このページの本文へ移動

農林水産省

メニュー

affインタビュー 第37回

  • 印刷

近藤文夫 さん

「てんぷら近藤」のオーナー近藤文夫さんは、常に斬新なてんぷらを生み出す料理人として広く知られている。「てんぷらにする食材の追及は永遠のテーマ」という近藤さんに、素材へのこだわり、てんぷらにかける思いをお伺いした。

私が素材にこだわるのは、「本物」をお客さんに食べていただきたいからです。
近藤文夫
近藤文夫
こんどう・ふみお/1947年東京都足立区に生まれる。高校卒業後の1966年お茶の水「山の上ホテル」に就職。23歳の若さで料理長となりその後、1991年まで料理長を務める。43歳で独立、銀座に「てんぷら近藤」を開店。顧客には絶品のてんぷらに魅了された文化人や作家も多い。

野菜
全国各地の契約農家から届けられる野菜。生産者がおいしさ100%の野菜を提供してくれたら、さらに120%のおいしさまで素材を生かして調理することが私たちの仕事と近藤さんは語る

天ぷら
最初のころはふきのとうを丸のまま揚げて出していたが、苦みがありすぎた。花のガクの部分を開き揚げてみたところ、本来のおいしさが引き出され苦みも減った。北海道産のアスパラガスは、衣はパリっと中はみずみずしくほっこりとした甘みがある

一流店が軒を連ねる銀座。賑やかな通りに面するビルの9階にある店を訪れると、芳ばしいごま油の香りが鼻をくすぐってきた。

「てんぷら近藤」は、食材の持つ本来の旨味や香り、素材の食感を活かした絶品のてんぷらで、居並ぶ食通をうならせている店だ。

「私はこだわるというよりも、お客さまに食材が持つ本物のおいしさを味わっていただきたい、という気持ちで素材を選んでいるだけなのです。しかし、最近は残念ながら本物が少なくなってきていると実感します。

たとえばシイタケ栽培は原木を減らして、菌床栽培が行われるようになっている。私が欲しいのは原木で育ったシイタケ。シイタケは木の幹の栄養分を吸うから、いい香りで歯ごたえある肉厚のものができる。

北海道の大地でのびのびと育ったアスパラガスは、太くてしっかりしている。

元気のある食材をお客さんに食べていただきたいのです。食べ物は正直ですからね、いい野菜はいい顔をしています」

契約農家との交流も大切に

店で提供する農産物のほとんどは、農家と直接契約を結び、採れたてを送ってもらう。

自ら農家に足を運び農場の環境、栽培の土壌を見て納得したうえで契約をするという。

「契約している農家には毎年あいさつに行きます。栽培環境、土を見ることも大事ですが、生産者の皆さんと直接会って話をすることが最大の目的。物流だけではなく人と人のつながりも大切ですし、なにより顔を合わせることで素材に対する安心感も生まれます」

近藤さんの強みのひとつは、各地に張り巡らされているネットワーク。難しいといわれる食材も、そこで調達してもらえることも多い。今が旬の山菜もこうしたつながりから入手している。

「以前は、山菜をてんぷらの素材に使う店はありませんでした。山菜は山で食べるもので、都会では手に入らなかった。それをどうにかしてお客さんにお出ししたかった。天然の山菜は茨城と福島の方が採って送ってくれます。そうした方がいるからこそ、お店で出せるのです」

永遠のチャレンジャー

ほかに先駆けて、てんぷらの素材として山菜に目を付けた近藤さん。

実はてんぷら専門店で野菜のてんぷらを初めて提供したのも近藤さんなのだ。

その昔、てんぷらは「江戸前」といって東京湾で捕れる魚介類が中心だった。野菜のてんぷらはあくまで惣菜で、てんぷら屋が揚げるものではないと考えられていた。

「野菜は種類も多く揚げるのが難しい。けれども、香りが高く、旬がはっきりしていて色が綺麗。これを素材にしない手はない。そう思って当時働いていた山の上ホテルの社長に直訴したんです」

その後、多くのてんぷら屋で野菜のてんぷらが提供されるようになったという。

数々の新しい発想でてんぷらの世界を広げてきた近藤さんは、「私は永遠のチャレンジャーですよ」と笑う。日々の食事の中でも、常にてんぷらの素材となるものを探求している。

「てんぷらを揚げ続けて41年。飽きませんね。てんぷらは、素材ごとにその良さを引き出すために、油の温度、揚げる時間、ころものつけ方や余熱のまわり方までを考えて調理します。非常に奥の深いものです。
本当のてんぷらの良さはまだ海外に知られてないと思うんです。そういう意味で、本物のてんぷら、そのおいしさを外国の方に知っていただくことが、素材の追及と並ぶ今後の私の課題でもあると考えています」