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農林水産省

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日本の篤農家 第13回

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鶴田ほとり

地域の有機農業をけん引

味にこだわった柑橘類の生産を続け、中山間地農業のモデルを示す。


労働条件は厳しいけれど、段々畑で水はけもよく、日当たりもいい。美味しいミカンができる条件は整っています。
鶴田ほとりさん

つるた・ほとり
つるた・ほとり
昭和25年、熊本県に生まれる。
昭和48年、鶴田志郎氏(現・株式会社マルタ代表取締役会長)に嫁ぐ。
昭和49年以降、鶴田有機農園の経営に着手。
平成6年、農園を法人化、有限会社鶴田有機農園設立。現社長

農園を手伝う次男の正徳さん。現在パートも含め20人体制で収穫、出荷をこなしている。長男と三男は父・志郎さんの仕事を手伝い、東京に赴任している
農園を手伝う次男の正徳さん。現在パートも含め20人体制で収穫、出荷をこなしている。長男と三男は父・志郎さんの仕事を手伝い、東京に赴任している

多品種栽培の特徴を生かした詰め合わせセット。中身は季節ごとの収穫状況や顧客のオーダーに応じて変わる
多品種栽培の特徴を生かした詰め合わせセット。中身は季節ごとの収穫状況や顧客のオーダーに応じて変わる
熊本は八代海を見下ろす小高い山の斜面で、オレンジ色の実が海風に揺れていた。はるかに天草を望むこの中山間地に、鶴田ほとりさんが営む鶴田有機農園がある。

果樹の農園主が女性であること自体珍しく、また栽培している柑橘類の品種数の多さも、ほかにあまり類を見ない。

ほとりさんが、江戸時代初期から続く果樹農家に嫁いだのは昭和48年のこと。鶴田家は明治33年にレモンやネーブル、グレープフルーツなどの苗木を導入した先進的な農家である。

ほとりさんが嫁いだ当時は、まさに甘夏の黄金時代。地域全体が大変な収益を上げており、周辺の農家では床畑(庭先につくられた自給用の畑)をつぶしてまでも甘夏を植えていたという。

ところが、その甘夏の黄金期に義父の源志さんとご主人の志郎さんは「味が落ちた」と盛んに嘆いていたという。熱心なふたりは食味の落ち込みの原因を究明し続け、果樹の品質と味の維持には土づくりが重要だということを確信する。

以来、義父とご主人は有機農業生産組合の設立に奔走。果樹園の仕事の一切をほとりさんが仕切ることになった。

ちょうど3人の子育ての時期と重なり、毎日が戦争のようだったが、本格的に有機栽培を目指すようになってからは食生活も見直した。小麦から菜種油まで自給する生活になったそうだ。「非農家から嫁いだので、それも魅力的に感じたのかもしれませんね」

果樹は、無農薬での栽培が難しい。無化学肥料、無農薬での栽培を始めて10年間は、収益が思うように上がらず、樹が枯れることもあったという。村の人からは笑われるし、親類からはたびたび呼び出され「代々続いてきた農家をつぶすつもりか」と怒られた。

当時でいうところの有機栽培を始めて、何とかやっていけるめどが立った頃、オレンジの輸入自由化が決まった。甘夏一本ではやっていけないと考えた鶴田家は、オレンジの輸入自由化を機に融資を受け、柑橘類の多品種栽培に切り替えた。5年くらい経営は不安定になるが何とかしようと決心する。甘夏を栽培していた6haのほ場のうち、4haにいろいろな品種を高接ぎした。

すでに甘夏のブームは去り、地域経済は衰退していた。村の人たちに働く場所は提供してきたつもりだが、日当を支払っての雇用形態。いつか従業員の身分保障ができる態勢にしたいと、できるだけ長い期間出荷できるよう、露地栽培のまま時期をずらして収穫・出荷できる品種を導入した。そして、平成6年に農園を法人化し、通年雇用を実現。

多品種栽培が軌道に乗った頃、北海道の知人から贈られた豆の詰め合わせからヒントを得て、柑橘類の詰め合わせ販売を思い付いた。投資して常に新しい品種を導入した結果、15種類を数える柑橘類が次々に収穫できるため、1年の大半、詰め合わせ販売ができる。この詰め合わせがヒットし、販路はさらに拡大していった。

現在、鶴田有機農園では、年間10数名の研修生を毎年受け入れている。就農希望者も多い。「地域の発展のためにも新規就農できる場所を確保したい」という思いから、現在、荒廃してしまった休耕地3・5haの造成を進めている。

「私たちは10年間苦労したけれど、その分、今だったらいい栽培方法を教えてあげられる。そうして地域に貢献していきたいという思いでいっぱいですね」

はるか 温州 甘夏 甘夏
はるか
温州
甘夏
瀬戸香(せとか)
レモン ネーブル 紅小夏(べにこなつ) 南津海(なつみ)
レモン
ネーブル
紅小夏(べにこなつ)
南津海(なつみ)
黄金柑(おうごんかん) 桜小夏(さくらこなつ) 不知火(しらぬい)  
黄金柑(おうごんかん)
桜小夏(さくらこなつ)
不知火(しらぬい)
 

Photo:Atsushi Soumi