特集 鳥獣被害対策を考える(2)
対策その1 犬による追い払い大作戦
モンキードッグ発祥の地を訪ねて
全国でサルを追い払う犬(モンキードッグ)を活用した獣害対策が進められているなか、 いち早くモンキードッグを利用して、効果を上げた長野県大町市を訪ねました。 |
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![]() ![]() モンキードッグは視認性のいいオレンジ色のベストを装着している。藪に引っかかって動けなくなることを防ぐため、破れやすい生地を採用しているという ![]() サル害対策に奔走する大町市役所農林水産課の矢口亨さん ![]() 大町市周辺の猿の生息域 ![]() 精悍な顔つきのクロ。サルの追い払い歴5年のベテランだ ![]() 葉物野菜や根菜などが植えられ、手入れの行き届いているこの畑も、かつてはサルが食い荒らし全滅したこともあるという ![]() 山側に設置されたクロの見張り小屋。家の人が留守のときクロは長いロープにつながれて、ここで監視をする ![]() クロの飼い主である降旗正さん・治代さん夫妻(後)とお嫁さんの菜穂子さん |
市街地を取り囲むように生息するサルの群れ
立山黒部アルペンルートの長野県側玄関口として知られる大町市。長野県北西部に位置し、西側には北の五竜岳から南の槍ヶ岳まで北アルプス連峰の雄大な風景が望めます。見渡せば、市街地は幾重にも折り重なる低い山々に囲まれ、人々が住むすぐそばまで林が迫っていました。いつ野生動物が出てきても不思議ではない環境です。「サルの被害が深刻化したのは平成5年くらいからでしょうか。それまで里へは頻繁に出てくることはなかったのですが」 と話すのは、大町市役所農林水産課の矢口亨さん 大町市周辺に生息しているサルの群れは、平成20年度の調査ではおよそ31群から46群が確認されているそうです。大町市で農作物に被害を与えている群れは9群。その個体数は約500頭とのこと。 「市の農協の調査では、サルによる農作物の被害額は年間2000万円を超えます。ただし、ここには家庭菜園の作物の被害額は入っていません。苦労して作り、やっと収穫するというときにサルに食べられてしまったのでは意気消沈しますよね」 高齢化した農家では生産意欲をなくし、耕作を放棄する例も目立っているといいます。耕作放棄地が増えれば、それだけ野生動物が隠れ、生息できる場所が増えます。そんな悪循環が各地で起こっているのです。 犬猿の仲を狙ってあげた成果
大町市がモンキードッグを導入するきっかけになったのは、被害農家から「飼い犬がサルを見つけて吠えたてたら、サルの逃げ方が違った」という話を聞いたことでした。それまでは農作物に被害を与えている9群の群れの中の1頭を捕獲し、発信機(テレメトリー)を付けた後、活動域の調査を続けるほか、ほ場を電気柵で囲ったり、ロケット花火による追い払いを行っていました。それでもなかなか成果はあがりませんでした。 農家の声を参考に検討を重ねた結果、モンキードッグ事業に着手。当初は「犬猿の仲事業」というネーミングも候補にあったとか。まさにことわざ通りの狙いでした。 かくして平成17年、3頭の飼い犬がモンキードッグになる訓練を受け、第1期生が誕生しました。現在では19頭のモンキードッグが活躍しています。 第1期生の活躍
モンキードッグを導入した地域では、常時40~50頭の群れで出没していたサルが、2カ月を経過した頃から出没が減り、農作物への被害が激減したそうです。「どうなるかだれも分からない状況で導入したクロが、一定の成果を上げてくれたおかげでモンキードッグ事業が根付きました」。そんな話をしながら矢口さんは、モンキードッグ第1期生のクロを飼育している降旗正さんの家に案内してくれました。 同市泉地区にある降旗さんの家では、庭先で何種類もの野菜を栽培していました。すべて自家用ですが、クロが追い払いをするようになる前は、サルによってこの畑も全滅したことがあるといいます。 「サルが来ると、クロが変な鳴き声を立てるので分かります。すぐに放してやると山にサルを追い立てに行き、周辺を監視しながら30分くらいしたら戻って来ます。朝夕の散歩のときに周辺の地形を学習させているので、行動範囲は覚えているんですね。最後はいつも近所にいるメス犬に挨拶をしてから帰ってくるみたいですよ」 クロはそんな飼い主の話をじっと聞いていました。 里に出てくるサルを徹底的に追い払う
モンキードッグの活動に欠かせないのが専門の訓練です。大町市から委託され、モンキードッグの訓練をしているのは安曇野(あずみの)市にある安曇野ドッグスクール。平成16年、犬を活用するサル害対策の相談を受け、モンキードッグの訓練を開始。訓練の柱は第一に人に危害を加えないこと。それから、サルを見たら追い払うこと。そして、追い払いが済んだあと、あるいは呼んだときには速やかに戻ってくることの3つ。 犬にもよりますが、訓練期間は5カ月間。毎週1回、飼い主が訓練所に足を運び、ともに基本的な服従訓練や追い払いの練習をします。 訓練士の磯本隆裕さん曰く「とにかくサルにイヤな思いをさせ、ここが来る場所ではないことを知らしめることが大事です。サルにとってイヤなことのひとつが、犬に追い立てられること。山に檻などを仕掛けても被害を出しているサルが捕獲できるとは限りません。里に来て被害を出しているサルを適切に追い払うことが大切です」 モンキードッグ今後の課題
1頭のモンキードッグが守れる範囲には限界があります。モンキードッグがいる地域にサルが出没しなくなっても、サルが活動エリアを移動させただけでは意味がありません。点のように配置しているモンキードッグを大町市内全域に帯状に配置するには、最低でも45頭程度が必要だといいます。かといって、犬の飼い主にモンキードッグの訓練を強制できるものではありません。モンキードッグのいない地域では、サル害対策協力員やパトロール員の連携をさらに深め、複合的な対策を実施していかなくてはなりません。 矢口さんは「訓練費用など諸々の問題をクリアしていかなくてはなりませんが、大町市では今後もモンキードッグの育成に努め、効果的な獣害対策を推進していきたい」と話してくれました。そして、こう結びました。 「大町市は黒部ダムや仁科三湖を擁する自然豊かな観光地でもあります。観光に来た方々の前にサルが姿を見せることもあります。見慣れない野生動物は可愛いかもしれませんが、エサをやったり、ゴミを置いて行くようなことは慎んでほしいですね。無意識の餌付けが鳥獣害を助長してしまうことになるのです」
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