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連載25 こぐれひでこ の いただきもの絵日記

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フグ


フグ

文・イラスト こぐれひでこ


こぐれひでこ
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イラストレーター&エッセイスト。『こぐれひでこのおいしい画帳』(東京書籍)、『こぐれひでこのごはん日記』春夏篇・秋冬篇(早川書房)、『私んちにくる?』(扶桑社)、『こぐれの家にようこそ』(早川書房)ほか、著書は30冊を超える。現在は、女性向けの人気情報サイト『カフェグローブ』で、ごはんをテーマにした『こぐれひでこの毎日ごはん』を、また遊び心をテーマにした情報サイト『あそびすと』でも連載中。

『こぐれひでこの毎日ごはん』
http://www.cafeglobe.com/travel/kogure/
人間国宝の歌舞伎役者が、フグの肝を食べて中毒死をしたというニュースを聴いた時、フグの毒はそれほどすごいものなのかと驚いた。その時私は20代の後半。フグに毒があるということは知っていたが、自分の生活とは無縁だったので、驚いたとはいえ、どこか遠い世界で起きた出来事のような感じだった。

私がフグデビューを果たしたのは、その事件から数年のちのこと。「安くてうまいフグ屋を発見した」という友人Cに連れられて行った庶民的な料理屋であった。

器の柄が透けて見えるほど薄く切られた刺身を、ポン酢じょうゆにつけて食べた。はかなそうな見た目と違い、その切り身にはしっかりした存在感があって、それまで私が体験した食べ物とは明らかに違う味わいだった。ひれ酒を飲んだのも、フグちり鍋を食べたのも、鍋の汁で作った雑炊に感動したのも、その時が初めて。

一般的に、人は何歳頃にフグデビューをするのだろう。私のデビューは遅かったのか。夫に尋ねてみると「俺のデビューも君と同じ。Cが連れて行ってくれたあの時だよ」とのこと。義父は料亭などによく出入りしていた人だったので、夫のデビューは私より早いだろうと思っていたのだが、その時まで彼も、フグの未体験者だったのだ。

フグ料理は西日本を中心に食べられていたもので、全国に広まったのは太平洋戦争後のことだという。生まれも育ちも関東である夫と私が30歳前後までチャンスに恵まれなかったのは当然のことだったのかもしれない。そういえば、山口県出身の同級生に「フグちり」というあだ名をつけたっけ。たおやかな美人の彼女に、そんなあだ名をつけたなんてずいぶん失礼だったなあ。しかし、フグの味は知らなかったのに、山口県がフグの本場であることを知っていたのは不思議……どうでもいいことだけど。

さて、フグデビューから30数年が経ったいま、私たちがフグのおいしさに感動するのは友人宅。寒い季節、この家に招かれた時は京都から取り寄せたフグのフルコースがふるまわれることになっているので、日本酒を片手にいそいそと出かけていくのである。京都で調理されたフグを、翌日東京で味わえるのは流通が進歩したおかげだと隔世の感を覚え、幸せな気分になる。フグ刺しをポン酢で食べ、フグを焼いて塩とカボスで食べ、フグをしゃぶしゃぶしてポン酢で食べ、最後にごはんと卵を入れて雑炊。「うまい」「おいしい」の声が飛び交う。

今年もフグの季節がやってきた。ああ、早くその日が来ないかなあ。