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連載27 こぐれひでこ の いただきもの絵日記

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苺

文・イラスト こぐれひでこ

こぐれひでこ
profile
イラストレーター&エッセイスト。『こぐれひでこのおいしい画帳』(東京書籍)、『こぐれひでこのごはん日記』春夏篇・秋冬篇(早川書房)、『私んちにくる?』(扶桑社)、『こぐれの家にようこそ』(早川書房)ほか、著書は30冊を超える。現在は、女性向けの人気情報サイト『カフェグローブ』で、ごはんをテーマにした『こぐれひでこの毎日ごはん』を、また遊び心をテーマにした情報サイト『あそびすと』でも連載中。

『こぐれひでこの毎日ごはん』
http://www.cafeglobe.com/travel/kogure/
埼玉県の農家に嫁いで数十年の旧友から荷物が届いた。甘い香りが漂っている。苺のいい香りだ。荷を開けると、5センチ以上もある大きな苺がお行儀よくスポンジの窪みの中に並んでいた。光沢のある鮮やかな赤色の果肉にはくっきりと粒々が刻まれていて、息を呑むほどに立派だ。苺の品種は「紅ほっぺ」。

たまらず手にとって食べてみると、果皮はしっかりしているのに果肉が軟らかでジューシー。食べ応えのある食感である。それだけでなく甘さと酸味のバランスも素晴らしい。これはおいしいわ~、と2粒目を食べ終えたところであら不思議。口の中は満足感で満たされていて3粒目に手が伸びなかった。味の濃いおいしさは後を引かない。苺の箱を閉めながら、「ああおいしかった~」という言葉がふいに漏れた。

「あまおう」「さちのか」「とちおとめ」「さがほのか」などなど、苺売り場にはさまざまな名前の苺が並んでいて、どれも甘さと酸味のバランスが良く、苺特有のうま味がぎゅっと詰まっている。どれにしたらいいものやら……選択するのにいつも悩む。

昔、私が小学生だった頃(50年以上前のことだが)、苺は初夏を代表する憧れの果物だった。日当たりのいい石垣で育つと教えられた。だからクリスマスケーキに飾られた苺はいったいどこで栽培されているのかと、いつも不思議だった。

あの頃の苺は現在出回っている苺に比べたら、甘みも酸味も香りも薄くてねぼけた感じだったけれど、味だけでなくカワイイ姿も少女のイチバン人気の果物だったはず。18歳で下宿生活を始めたとき、自分で選んだカーテンやコーヒーカップには苺の模様がついていた。苺は女子の心を虜にする魔法の力を持っていたような気がする。

今、冬の果物売り場に並ぶさまざまな品種の苺を目にするたび、なぜ冬に苺なの? と不思議な気持ちになる。反射的にそうなる。そりゃまあ、品種改良やハウス栽培が発展したおかげで冬においしい苺が食べられるようになったということも分かっている。そんなことはちゃんと分かってはいるのだが、幼少期に身についた知識はそう簡単に消えてはくれない。

そういえば先日、バスの中で「そろそろ苺の季節は終わりね」と話している中年女性の声を耳にして、「エッ今は冬なのに、苺の季節がもう終わっちゃうの?」とびっくりして振り向いてしまった。

苺は冬の果物なのか、初夏の果物なのか……そのことの決着がつかずにこんなことを繰り返しながら、私の生活は続いていくのだろう。