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連載28 こぐれひでこ の いただきもの絵日記

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バカガイ


バカガイ

文・イラスト こぐれひでこ

こぐれひでこ
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イラストレーター&エッセイスト。『こぐれひでこのおいしい画帳』(東京書籍)、『こぐれひでこのごはん日記』春夏篇・秋冬篇(早川書房)、『私んちにくる?』(扶桑社)、『こぐれの家にようこそ』(早川書房)ほか、著書は30冊を超える。現在は、女性向けの人気情報サイト『カフェグローブ』で、ごはんをテーマにした『こぐれひでこの毎日ごはん』を、また遊び心をテーマにした情報サイト『あそびすと』でも連載中。

『こぐれひでこの毎日ごはん』
http://www.cafeglobe.com/travel/kogure/
青柳(あおやぎ)には磯の香りとツルリンとした食感と甘みがあっておいしい。しかし青柳とは貝の名前ではなくバカガイという貝のむき身を指す言葉なのだ。ずっと、青柳とは貝の正式名称だと信じて暮らしてきたけれど、十年ほど前、千葉県富津(ふっつ)市の青柳加工業者から「青柳の本名はバカガイだ」と聞かされて、驚いたのである。本名がバカガイだなんて、あんまりじゃありませんか。

貝殻から赤色の足がだらしなく出ているから蔑称のようなそんな名前が付けられたんじゃないか、加工業者はそう言っていた。むき身を青柳と言うようになったのは江戸時代。「バカガイってえ名前じゃ、オメエ、誰も食いたくねえだろっ」というわけで、当時バカガイのむき身加工の中心地だった地名の青柳と名付けたのだとか。ふーむなるほど、青柳なら粋な感じがするものね。

貝殻の大きさ8cm以上。立派な姿の貝なのに、海にいるときにはだらしなく足をだらりと出しているのかぁ……美しい姿の貝殻からもおいしそうな青柳の姿からも、やる気のなさそうなバカガイの生活態度を想像するのは難しい。

富津港は屈指の漁場として知られる東京湾にある。東京湾には江戸川、荒川、多摩川などいくつもの川が養分を運んでくる。三浦半島と房総半島に囲まれていて荒波がたたないため、魚介類にとって楽園のような環境なのだそう。

港には大きな船、中くらいの船、小ぶりな船、いろんな船が停泊している。バカガイを採るのは小ぶりな船だ。船には大きな熊手のようなものに網のついた道具が備わっていて、これがバカガイ採取の道具。その名を「マンガ」という。貝だけでなく採取する道具にも冗談みたいな名前がついている。

バカガイは砂だしが面倒な貝だそうで、加工所では砂だしをした後の青柳を箱詰めやパック詰めにして出荷する。言われてみれば、バカガイが貝殻のまま売られているのを見たことがない。

富津の郷土料理は青柳を使った「さんが」という料理。みじん切りにした青柳とネギとショウガに味噌を混ぜ合わせた料理だ。外房ではアジを使って同じように作る「なめろう」という料理が知られているが、富津では青柳を使うのである。生のままのものを「なめさんが」、ホタテ貝の殻に載せて焼いたものを「焼きさんが」という。仕事が終わった夕暮れ時に、七輪の上でさんがを焼きながら、お酒を片手に世間話で盛り上がったんでしょうな、昔の人は。

バカガイは今が旬。青柳の刺身とさんが、小柱のかき揚げ……今日はバカガイ三昧をしてみようか。