特集1 養殖技術開発の最前線(5)
育種研究+養殖新技術
世界初、ウナギの完全養殖を達成
日本でのウナギの人工種苗生産の研究開始からおよそ40年を経た平成14年、世界で初めてシラスウナギの人工生産に成功し、平成22年に 完全養殖を達成しました(農林水産省農林水産技術会議事務局の委託プロジェクト研究「ウナギの種苗生産技術の開発」の研究成果)。 その長い歳月が物語るように、ウナギの人工ふ化から稚魚の生産までは試行錯誤の連続でした。 |
![]() 受精後30~31時間を経て、世界初の完全養殖ウナギのふ化した瞬間(写真提供:独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所) ![]() 「レプトセファルス」と呼ばれる透明なウナギの仔魚(写真提供:独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所) ![]() ウナギの完全養殖への技術開発を牽引してきたウナギ量産研究グループの田中秀樹さん ![]() ウナギ完全養殖の流れ |
難しいウナギ仔魚(しぎょ)の飼育
私たち日本人にとってウナギはなじみ深い食材ですが、実は繁殖生態はよく分かっておらず、最近までどこで生まれるのかさえ不明でした。出荷されているウナギのほとんどは、養殖ウナギですが、これらはシラスウナギと呼ばれるウナギの稚魚を沿岸で漁獲し、これを種苗として育てたものです。養殖産業にとってはシラスウナギを安定的に確保することが重要となっていますが、シラスウナギの漁獲量は年々減少し、とうとうニホンウナギは「絶滅危惧種」に指定されてしまいました。このことにより、ますますウナギ養殖用の種苗を供給するために、人工的な種苗量産を求める声が高まってきました。 しかし、人為的に成熟させ、採卵、受精、ふ化、仔魚の飼育を経て、人工シラスウナギを生産することは容易ではありません。ウナギから卵をとるには、まず性成熟させて卵を産める状態にする必要があります。人工飼育下では性成熟の進行や産卵を起こすホルモンによる情報伝達系が正常に働かなくなるため、まずそれをスムーズに行えるような技術開発が必要となりました。 さらに大変なのが、ふ化した仔魚の飼育です。人工ふ化仔魚がサメの卵をよく食べることを発見したことによって給餌飼育が可能となったのですが、それを発見したのが今回お話を聞いた水研センター増養殖研究所の養殖技術部ウナギ量産研究グループの田中秀樹グループ長でした。 シラスウナギ量産化への課題
青白い光に包まれた仔魚の飼育室に案内されました。アクリルの円形水槽には目をこらさなくてはすぐには分からない、透明なウナギの仔魚が浮遊していました。サメの卵などの材料をポタージュスープ状に調製した餌を2時間間隔で1日5回、長いガラスのスポイトで静かに流し込んでいるといいます。残餌によって汚れた水は少しずつ注水しながら洗い流し、水槽内は常に清潔に保つよう管理しています。光の色もアクリルの円形水槽も注水装置もその方法も、試作・改良を繰り返し、研究開発によって得た産物でした。ウナギは養殖環境ではほとんどの親がオスになってしまいます。人工飼育でも同じだったため、採卵するための母親候補のウナギには成長期の初期に女性ホルモンを加えた特別な餌を与えなくてはならないなど、手をかけなくてはいけないことが山ほどありました。 こうして世界で初めて人工養成ウナギから人工受精によって世界初のふ化仔魚が誕生し、世界初の完全養殖に成功したのです。しかし「問題はこれからだ」と田中さんは言います。「課題は人工シラスウナギの大量生産をいかにクリアするかです。現在は、農林水産技術会議事務局の委託プロジェクト研究『天然資源に依存しない持続的な養殖生産技術の開発』において、親魚の成熟誘起法等も含め、良質卵の安定大量生産技術の開発と、ふ化仔魚の適正な環境、飼餌料の開発等、量産のための飼育システムの開発に取り組んでいます」と話していました。 日本の食文化である「鰻」が後世に伝えられるためにも、またウナギの資源回復や養殖ウナギの安定供給のためにも、今後の田中さんたちの技術開発に期待が寄せられています。 |
![]() 成魚が飼育されている水槽が並ぶ。卵を抱えたメスが何匹も見られた。もうじき採卵するという ![]() 深い海の中を思わせる幻想的な光に包まれた仔魚の飼育室 写真提供:独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所 |
|