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特集2 ほっとするね。おばあちゃんの懐かしご飯(1)

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第4回 敏子おばあちゃんの「茶台ずし」【大分県臼杵市】


古きよき城下町の街並みや伝統的な食文化を大事に守り続ける臼杵(うすき)市。
そこには親から子へ、子から孫へと伝わる郷土料理の〝茶台ずし〟があります。
人が集まれば、年中作るという茶台ずしを求めて、臼杵を訪ねました。

敏子おばあちゃんの「茶台ずし」

敏子おばあちゃん

臼杵市は、豊後水道と鎮南山をはじめとした山々に囲まれており、海の幸、山の幸、どちらも豊富

臼杵市は、豊後水道と鎮南山をはじめとした山々に囲まれており、海の幸、山の幸、どちらも豊富

「ひじきも茶台ずしにするとうまいの~」という正さんの言葉に、顔がほころぶ敏子さん

「ひじきも茶台ずしにするとうまいの~」という正さんの言葉に、顔がほころぶ敏子さん

自宅近くの畑で、茶台ずし用のきゅうりを収穫。「立派なのができとるよ~」

自宅近くの畑で、茶台ずし用のきゅうりを収穫。「立派なのができとるよ~」

文/吉塚さおり
写真/寺井信治
撮影協力/JAおおいた

彩り豊かに並べられた寿司。よく見ると、しゃりの上だけでなく下にもネタがあり、しゃりを上下から挟んでいます。

「これは“茶台ずし”っち言ってな、私らは“握り”っち言うけど、臼杵で昔から食べられとる寿司なんじゃわ」と料理上手で有名な新名敏子(にいなとしこ)さん(68)が教えてくれました。

上がアジ、下が青じその握りを一口頰張ると、しその香りがふわっと広がり、さっぱりとした酢飯とアジの相性も抜群。普通の寿司とは一味違う後味のよさに、思わず箸が進みます。

「あっさりしとるし、いろんな味が楽しめるじゃろ」と、敏子さん。

聞けば、挟むネタに決まりはなく、何でもよいとのこと。「家にあるものばっかり。四季折々の旬のものを好きなように。それが茶台ずし」

この寿司の歴史は古く、江戸時代にまでさかのぼります。

臼杵は、臼杵藩の城下町として栄えましたが、天保の改革の頃、凶作、飢饉が重なって財政が苦しくなり、徹底した消費節約が行われました。その “質素倹約”の精神のなかから生まれたのが、身近な食材を使いながら、見た目に豪華な茶台ずしでした。

下のネタを茶托(ちゃたく)に見立てて茶台という名がついたそうですが、こうすることでしゃりが皿にくっつかず、汚すこともありません。さらに、色とりどりの野菜を使うことで、華やかに見えます。


父を囲んで食べた思い出の味
先人の知恵が詰まった茶台ずしは、おもてなし料理として代々受け継がれてきました。敏子さんが子どもの頃、実家では、単身赴任していたお父さんが帰ってきたときのご馳走として、食卓に上がることが多かったそう。

敏子さんは「昔のお父さんは威厳があって怖かったじゃろ。だから、茶台ずしは嬉しさ半分、緊張半分の味。夏場は庭にゴザを敷いて、みんなで星が出るまで食べたんよ」と懐かしそうに話します。

お父さんの帰りを待ちながら、お母さんと一緒に作ったことも思い出のひとつ。「母はね、当時、珍しかったマヨネーズを手作りするほど、料理上手だったの」。お母さんの影響で敏子さんも、干し野菜や季節の漬物はもちろん、ケチャップなどの調味料まで手作りします。

忙しい日々の中、家族に喜ばれる料理を作ることが一番の楽しみという敏子さん。茶台ずしも、あれこれと創意工夫します。「特産のかぼすの皮を刻んで入れると、彩りもきれいじゃろ。握るときも、味と栄養のバランスを考えながら組み合わせを決めとるんよ」


茶台ずしがあれば家族みんな笑顔に
出来あがった茶台ずしをおいしそうに頰張るのは、結婚44年になる夫の正さん(70)。「いつもの食べ慣れた味で、うまい」と優しくほほ笑みます。変わらない味こそが、愛情たっぷりの証しです。

その味恋しさに、近くに住む子どもさんやお孫さんも時々顔を見せます。みんなが集まると茶台ずしの出番。敏子さんが台所に立つと、自ずとみんなが手伝います。

「孫はこれが大好きでね、よくリクエストされるん。一緒に作るときは『真剣に握るとまずくなるけ、8割くらいの力でね』っち言うと、上手に握るんよ」と嬉しそうに笑います。

臼杵で生まれた茶台ずしは、親子や孫が共に台所に立ちながら、その味を受け継いでいきます。

食材なるほどメモ 「 しいたけ」


食材なるほどメモ 「 しいたけ」
自然界で、主にシイやクヌギなどの広葉樹の枯れ木に発生するため、しいたけと呼ばれます。 グアニル酸などの旨み成分を豊富に含むため、食材としてだけでなく、だしをとるのにも使われます。乾しいたけの生産量は大分県が日本一、生しいたけは徳島県です。