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特集2 ほっとするね。おばあちゃんの懐かしご飯(1)

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第11回 静子おばあちゃんの「いとこ煮」【山口県萩市周辺】


小豆とかぼちゃを煮込んだ〝いとこ煮〞は、全国各地にあるけれど、萩(はぎ)市のそれは実にユニーク。城下町らしく、汁の澄んだ上品な趣(おもむき)ですがなんと、砂糖で甘~く味付けされています。さまざまな材料を〝おいおい〞に入れるので、「甥(おい)と甥(おい)=いとこ同士」、だから〝いとこ煮〞と呼ばれるようになったとか。お祝いの席はもちろん、親族が集まるときは、〝これがないと始まらない〞という、ふるさとの味です。

静子おばあちゃんの「いとこ煮」

今は簡単に手に入るしいたけだが、戦前はまつたけ以上の高級食材だったとか

今は簡単に手に入るしいたけだが、戦前はまつたけ以上の高級食材だったとか

白玉粉はいとこ煮のほか、普段のおやつの、お汁粉にも使う

白玉粉はいとこ煮のほか、普段のおやつの、お汁粉にも使う

「白玉を作るときは、手の平のくぼみのところで、仲良くなるようやさしく丸めるそ」と静子さん

「白玉を作るときは、手の平のくぼみのところで、仲良くなるようやさしく丸めるそ」と静子さん

古都萩は、一歩路地に入るとタイムスリップしたかのような町並み

古都萩は、一歩路地に入るとタイムスリップしたかのような町並み

地図


文/吉塚さおり
写真/寺井信治
撮影協力/JAあぶらんど萩

毎日畑に出ているからか、静子さんは88歳の今も、足腰がしっかりして元気そのもの!

毎日畑に出ているからか、静子さんは88歳の今も、
足腰がしっかりして元気そのもの!


山口県萩市は、毛利氏が治める長州藩の中心地として発展し、明治維新の際は、吉田松陰をはじめ、多くの人材を輩出しました。今も市内のあちこちに、偉人ゆかりの建物や古きよき町並みが残ります。

いとこ煮は、そんな萩の郷土料理として、古くから親しまれてきました。冠婚葬祭で出される会席料理の一品で、小豆を、砂糖とだしで煮てから冷やし、白玉を浮かべていただきます。

「おめでたいときは紅白の白玉、不祝儀のときには、白と緑色の白玉が入るんじゃよ」と小野静子(おのしずこ)さん(88)が教えてくれました。

小豆と白玉のほかにも、しいたけやかまぼこなども入れるそう。不思議な組み合わせですが、甘いだしがそれぞれの素材をひとつにまとめ、絶妙なハーモニーを奏でます。透き通っただしに浮かぶ小豆と、白や赤の白玉は、見た目にも華やかです。

毛利公の遺徳(いとく)を偲(しの)んで〝いとこ煮〞という説も
「いとこ煮の最初の思い出は、4歳の頃。私のおばあちゃんが作ってくれたそ。日頃食べんけ(食べないし)、きれいだし、珍しいなぁと思ったのを覚えとる」と懐かしそうに話す静子さん。

「戦前、しいたけは山に自生しているものを採ってきたし、白玉粉も〝寒ざらし〞で作っとった。真冬に、もち米を水に浸して石臼で挽くんだけど、そりゃあ冷たくてね。小豆も貴重での。いとこ煮は、たいへんな手間をかけた、最高のおもてなし料理やったそ」

その当時、いとこ煮を作るときは、各家庭の主婦たちが食材を持ち寄り、火の通りにくいものから“おいおい”に煮込んだことから、名付けられたようですが、まったく別の説も。

「長州藩主だった毛利公の“遺徳(いとく)”を偲んで、いとく煮、いとこ煮と訛(なま)ったという話もあるそ。名前にも、諸説あっておもしろいでしょが」

しかし、冠婚葬祭の料理を仕出し店に頼むことが増えるにつれ、いとこ煮を作る人は少なくなりました。それでも、静子さんは、子供たちが大きくなるまで、作り続けたといいます。

「娘の桃の節句(3月3日)や、息子の端午の節句(5月5日)にも出したんよ。みんな『うみゃの~』って喜んでくれて、うれしかったいね」と微笑みます。

静子さんのいとこ煮は、甘さ控えめで、しいたけと昆布のだしがきいたやさしい味。若いころ、親戚の料理上手の人と台所に立って、見よう見まねで作り方を覚えたといいます。

近所に住む伊藤節子(いとうせつこ)さん(66)曰く、「静子おばあちゃんは、昆布と干ししいたけからだしをとるし、ひとつひとつの作業がていねい。私たちも見習わなくっちゃ」とか。

ほかの地域にお嫁にいっても、結婚式には“いとこ煮”を
萩に住む人にとって、いとこ煮は人生の節目に欠かせない一品です。

静子さんの息子の同級生である矢次妙子(やつぎたえこ)さん(58)は、「うちの娘は、下関で結婚式をするとき、式場に頼んで、いとこ煮を出してもらったの。やっぱり“これがなくっちゃ始まらんしね”」と話します。

先日、静子さんの親族が法事で集まった際は、お孫さんがいとこ煮を食べて、「おばあちゃん、これ何?おいしいね」と、聞いてきたそう。

静子さんは、「これはいとこ煮っていう、ご馳走なの。お母さんも、 おばあちゃんも大好物よ」と話し、簡単な作り方も教えたといいます。

お孫さんは、もちろんまだ“いとこ煮”を作れませんが、大きくなったら、きっとこの日を思い出し、台所に立ってくれることでしょう

ご近所の主婦たちが、静子さんから伝統的な料理を教わるために、よく集まるそう。左から、伊藤節子さん、静子さん、矢次妙子さん

ご近所の主婦たちが、静子さんから伝統的な料理を教わるために、よく集まるそう。左から、伊藤節子さん、静子さん、矢次妙子さん

食材なるほどメモ 「小豆」


食材なるほどメモ 「小豆」
小豆は非常に古くから栽培されている作物で、『古事記』や『日本書紀』にも登場します。名前は、「赤粒木(あかつぶき)」が転じたともいわれ、その赤色に魔よけの力があるとして、神に捧げる行事食などに用いられました。また、江戸時代には"かっけ"の薬として、重宝されたともいいます。