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東日本大震災からの復旧・復興に向けて

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わたしにできるいちばんの復興策なんです

この地で、もう一度農家として生きる!
福島県オリジナル米「天のつぶ」を、もっと多くの消費者へ [福島県広野町/横田和希さん]


東日本大震災の影響で、米の生産ができない状況になった福島県広野町の横田和希(かずき)さん(33)。作付・出荷制限が続く中、米作りへの情熱を持ち続け、平成25年、ついに本格的に米作りを再開。今年は、震災前の3倍近い面積で栽培を行って約84tの米を収穫。地域の若手農業者に希望を与えています。

「天のつぶ」を収穫する横田さん。「今年も無事収穫できて、本当にうれしいですね。上々のできですよ」
「天のつぶ」を収穫する横田さん。「今年も無事収穫できて、本当にうれしいですね。上々のできですよ」

根からの放射性セシウムの吸収を抑制するため、適切な量の「カリ肥料」などを散布した

根からの放射性セシウムの吸収を抑制するため、適切な量の「カリ肥料」などを散布した

県が出荷前に行う全量全袋検査。万一にも基準値を超過した米は廃棄され、市場には出回らない

県が出荷前に行う全量全袋検査。万一にも基準値を超過した米は廃棄され、市場には出回らない


天のつぶ


文/梶原芳恵
写真提供/広野町産業振興課
福島県浜通り地方中部に位置し、東に太平洋を臨む広野町は、古くから知られる米どころ。横田さんも、震災前、5haの田んぼでコシヒカリを栽培。横田さんの米は、味がよいと評判で、生産量の約9割を、顧客に直接販売していました。

原発事故で、町全体が緊急時避難準備区域に……
平成23年3月、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故は、原発から30km圏内にある広野町の農業にも、大きな影響をもたらしました。

広野町は、同年4月に緊急時避難準備区域に指定され、その年は米の生産ができませんでした。横田さんは当時を振り返り、「移住も考えましたが、わたしにとっては、これまでもこれからも、広野町ほど愛すべき場所はありません。だから、この地で農家として生き抜くことを決めました」と話します。

同年9月、緊急時避難準備区域の指定は解除され、横田さんは、10人ほどの仲間とともに、トラクターで田んぼの耕起作業を実施。営農再開を目指し、活動を始めたのです。

平成24年、町は米の生産を自粛することを決めましたが、翌年度以降に、皆が安心して生産に取り組めるように、町内の約40か所の田んぼで試験的に生産を行うことにしました。さらに、横田さんも、「自分自身でも田んぼの状態を確かめたい」との思いから、自分の田んぼで、試験的に米を育てたのです。この田んぼでの試験の結果、放射性セシウムの根からの吸収を抑制する働きのある「カリ肥料」を、適切に田んぼに散布するなど低減対策に取り組めば、安全な米が生産できることが分かりました。

「結果が分かったときは、本当にうれしかった。これで米が作れるんだって」と、横田さん。

この町で、農家として生きていけると証明したい!
この結果、平成25年から、町は本格的に生産を再開。しかし、原発事故による風評被害の深刻さなどから、米作りをあきらめる農家が続出しました。

「農家として生き残るために、どうすればいいのか。どうすれば、次の世代に農業の道を選んでもらえるのか。これからの町の農業を担う人間として、しっかり考えなければと思ったんです」

そこで横田さんが選んだのは規模の拡大です。近隣の離農者の田んぼを請け負い、平成25年は、震災前の倍近い9haを栽培。平成26年には、10軒の農家の田んぼを引き受け、作付面積は14haとなり、約84tを収穫しました。

さらに、栽培する品種を、食べ応えのあるしっかりした食感が特徴の福島県オリジナル水稲品種「天のつぶ」に変更。これまで以上に顧客開拓にも力を入れ、新たに飼料用米の栽培に乗り出すなど、安定した農業経営を目指し、チャレンジを続けています。

「この町で、農家が自立して暮らしていけると証明するのが、わたしのできるいちばんの復興策です。今後も、安全なのはもちろん、味もいい最高の米を消費者のみなさんに届けられるよう、全力を尽くします」

町の農業の未来を担う若手農家の一人として、横田さんは力強く前を向いています。