特集2 食文化研究家・清 絢(きよしあや)の味わい ふれあい 出会い旅(1)
第6回鹿児島県伊佐市 薩摩がまるごと詰まった煮込み料理「とんこつ」を堪能する
食文化研究家のわたくし清 絢が、日本各地の郷土食を訪ねて歩く旅。 今回は、鹿児島県まで足を伸ばし、薩摩の人たちが愛してやまない黒豚の煮物、「とんこつ」を味わいに出かけました。 |
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清 絢( きよし・あや) 大阪府出身。日本各地の農山漁村を訪ね、伝統的な食文化や暮らしについて、調査研究を行う。 日本の食文化を次世代へ継承するために、執筆、講演など、さまざまな形で活動中。 |
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大山酒造
昔ながらの手法を受け継ぐ、豪快で繊細な焼酎造り |
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![]() ![]() ![]() 市内の郡山八幡(こおりやまはちまん)神社では、最古の「焼酎」の文字が見つかり、焼酎の故郷ともいわれる伊佐。大山酒造の麹造りは、蒸した米を台に広げ、熱いうちに麹菌をまぶして手作業で全体にもみつける。多くの蔵で機械化されているこの作業を大切にしている。一次仕込みでできたもろみに、サツマイモを加え、やがて泡が立つほどにまで発酵させる ![]() 文/清 絢 写真/川端正吾 イラスト/竜田麻衣 |
「とんこつ」というと、ラーメンのスープを思い出しますが、今回訪ねる「とんこつ」は、焼酎、黒豚といった薩摩のおいしさを凝縮した郷土食です。冬の足音が近づくと、鹿児島の人たちはじっくり煮込んだこの料理が恋しくなるのだとか。そこで訪ねたのは、鹿児島県伊佐市です。
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さつまや食堂
伊佐の魅力を全国に!若きリーダーの食事処 |
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次に訪ねた「さつまや食堂」を営む四代目の前田忠亮(ただあき)さんは、伊佐の地域おこしの若きリーダー。同世代の仲間とともにフリーマガジンや特産品の伊佐米グッズを作るなど、町が元気になるように盛り上げています。こちらで味わえるのは「手羽キング」というご当地グルメ。 「中骨を抜いた地鶏の手羽先に、金山(きんざん)ねぎや水田(すいでん)ごぼうなどの地元野菜を詰めて揚げます。甘酢やタルタルソースで食べるとおいしいですよ」と前田さん。伊佐愛がぎっしり詰まった味でした。
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ちょこっと寄り道
続いて大口地区へ移動し、鹿児島県立伊佐農林高校の直売所「農林館」へ立ち寄りました。週に一度だけオープンするこちらでは、高校生が実習で作った野菜や加工品が購入でき、毎週行列ができるほどの人気ぶりです。伊佐農林高校 農林部
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沖田黒豚牧場
かわいい黒豚がお出迎え。丘の上の牧場レストラン |
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![]() テレビなどでもたびたび特選素材として注目されてきた沖田さんの黒豚は、豚肉の質のよさに定評があり、全国にファンがいる。 ![]() ![]() 直売店では豚肉が購入可能 |
町の中心から30分ほど車を走らせた山合いにあるのは「沖田黒豚牧場」。 「サツマイモと麦とトウモロコシを中心に、添加物をいっさい入れない飼料を与え、放牧で豚を育てます。生まれて4~5か月たったら放牧場に出し、そこで10か月くらいまで過ごさせます。泥を浴びてひなたぼっこをしたり、ミネラル補給のために土を食べたり。ストレスがないからか肉質がよくなります。十分な運動もしているので肉の締まりがよく歯切れもいい。脂が白く透き通り、あっさりとした甘みがあるんですよ」と向かいの山肌を駆ける黒豚を眺めて話す、牧場主の沖田健治さん。 「どれだけいい環境で豚たちが育っているのか、実際に現場を見てもらって、豚肉を味わってもらいたい」と、昨年1月には息子の大作さんが、放牧地を望む高台に牧場民宿レストラン「和(のどか)」をオープン。県内外からお客さんが訪れる評判の店です。焼酎に黒豚と、鹿児島の美食に触れ、とんこつへの期待が高まりました。
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女性農業経営士の下野美保子さん
母から教わったのは、うまみたっぷりぜいたく煮物 |
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![]() ![]() 鹿児島では、戦国時代には既に豚が飼われていたそうで、「とんこつ」も武士が戦場や狩り場で豚をつぶして食べていたことに由来するとか。「骨からとびきりのだしが出るから、かならずあばら肉を使って」と下野さん。 ![]() 食後のデザートには、下野さん手づくりの「栗の渋皮煮」もいただいた |
今回、作り方を教えてくださったのは、伊佐で食育活動に励む女性農業経営士の下野(しもの)美保子さん。 「昔はどこの農家でも豚を飼っていたから、豚は身近な存在でしたよ。秋から冬にかけて根菜類がとれはじめると、とんこつが食べたいなーって思うの。一度にたくさん作っておいてね、味のしみた2日目もおいしいんですよ。調理のポイントは焼酎。焼酎は飲んで楽しむものだけど、調理にも利用するの。とくに豚やイノシシ、シカなどの肉料理を作るときには欠かせない。くさみをすっかり取り除いて、うまみをぎゅっと引き出してくれる感じ」と語る下野さん。 焼酎でくさみを取った骨付きのあばら肉は、ダイコンやニンジンといった根菜類などといっしょに、黒砂糖と麦味噌という鹿児島らしい調味料のみで味つけし、ことこと煮込みます。2~3時間ほど煮ると、豚骨のうまみが野菜にもしみこんで、肉もほろほろに。このまま一晩置き、さらに味を含ませる人もいるとか。深みのある味がごはんにぴったりで、伊佐米が何杯でも食べられそうなぐらい。芋焼酎にもよく合うこと請け合いです。 「いつまでたっても母の味にはかなわないなぁ」とつぶやく下野さん。こんなに絶品なのに、子どもの頃に食べた「おふくろの味」というのは偉大なんですね。下野さんのお子さんも、お母さんの味を目標にして、お孫さんへと伝えていくことでしょう。レシピだけではわからない下野家ならではの味の秘訣とともに……。 |
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