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大利根用水(おおとねようすい)(千葉県匝瑳市、旭市、香取郡東庄町、山武郡横芝町)

 九十九里平野の北部(現在の干潟町付近)には、昔、椿海(つばきのうみ)と呼ばれる総面積約5,000haに及ぶ広大な湖がありました。江戸の商人白井治郎右衛門(しらいじろううえもん)と幕府の大工棟梁辻内刑部左衛門は、僧侶鉄牛(てつぎゅう)の助力を得て、寛文11年(1671年)に、この湖の干拓を完了します。この干拓によって、「干潟八萬石」と呼ばれる約3,000haの水田と、18の新しい村が誕生しました。この水田の用水源には、周辺の丘陵部に、湧水などを貯める池をいくつも築いて用いました。しかし、椿海の水はもともと周辺の農地のかんがいに用いられていた他に、湖は遊水池としての役割も果たしていたため、干拓後もこの地域は、干ばつと洪水に苦しめられました。

 年月が経過するにつれて、ため池や水路には土砂が堆積し、自然に水田となってしまったところも少なくなく、その結果、利水治水の状況はますます悪化していきました。低いところは雨が降れば、もとの湖のようになり、日照りが続けば用水をめぐる争いが頻発しました。こうした事態を解消するため、利根川から取水する事業の計画が立てられましたが、規模が大きく、費用も膨大だったため、なかなか実現されませんでした。ようやく、事業が着工されたのは、昭和10年のこと、利根川の揚水機場と幹線用水路の施工が行われました。戦争中も中断はあったものの工事は継続され、昭和25年に完了しました。さらに、昭和32年から48年にかけては、支線用排水路が整備されました。

 しかし、大利根揚水の施設は、戦中、戦後の資材難の時代に施工されたものであるため、老朽化が著しく、昭和45年から国営事業により全面的な改修が実施されました。その結果、干ばつ時にも水量の安定した利根川の水が利用できるようになり、干潟八萬石とその近隣の農地約7,300haの用水は安定した農業を行うことができるようになりました。

 

大利根用水は、疏水百選に選ばれています。

WEBサイト「疏水名鑑」 【千葉県】大利根用水へ

 

 

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