ホーム > 農村振興 > 管内国営事業所・事務所のご案内 > 和賀中部農業水利事業所 > 地域の歴史


ここから本文です。

地域の歴史

「土地の記憶(和賀川下流域の開発の歴史)」

古くからの潤いの地

昭和36年頃、和賀仙人遺跡と大台野(おおだいの)遺跡から出土した石器は、それぞれ約1万5千年前と1万8千年前の旧石器と鑑定されました。このことから和賀川流域で人間が住んでいた歴史は相当に古いことが判ります。もともと「和賀(わが)」という地名はアイヌ語の「わっか(水、水飲み場、清き流れ)」に由来していると言われています。太古から水と共に、脈々と文化を育んできた人々がここで暮らしていたのです。日本最大級の古墳遺跡群とされる江釣子、長沼古墳群もすべて和賀川沿いにその足跡をとどめています。

威嚇的な鬼のような面(仏の化身)をつけ勇壮に踊るところから「鬼剣舞」と呼ばれ、北上市の代表的な民族芸能です。写真提供:「北上市」

鬼剣舞

開田に尽くした二人の八左衛門

江戸時代に入ると藩政により開田・新田政策が推し進められました。そのために清水・溜池が活用されましたが、それだけでは拡がる田をまかなうことが困難となり、和賀川から水を引いて新田開発に取り組む人々が出現しました。なかでも、松岡八左衛門は、明暦2年(1656年)、それまでは不可能とされていた水位の低い和賀川から和賀川左岸台地(和賀川の上流から下流に向かって左側の台地)に引水することを計画し、3,800石の新田開発に成功しました。

続いて、和賀川左岸台地にさらに大規模な新田開発を行ったのが奥寺八左衛門です。後に「奥寺新田」と呼ばれるこの開発は、南部藩最大の規模(7,600石)であり、トンネルによって和賀川の上流から引水したこと、尻平川(しったいがわ)の水位をせき上げて用水路を通したことなど、当時としては最新技術を駆使したものでした。

注1)石(こく)は、当時1年間に1人が食べる米の量です。面積にすると1石は約0.1haです。二人の八左右衛門による開田で、約1万1千人もの人々を養うことができました。

不作、凶作、年貢との闘い

水の確保に成功し、次々と新田開発が行われても、農民の生活は常に苦しいものでした。藩政中期は現在に比べ、米の品種も稲作技術も貧弱なため、東北特有の冷涼な気象の影響を受けやすかったのです。南部藩は江戸時代の256年間に大小合わせて92回の不作・凶作に見舞われ、そのうち減収50%以上の凶作は4年に1度、餓死者を出す程の凶作は16年に1度の割合で発生しました。

稲作を強制させられ、不作・凶作に苦しんでいた農民は、年貢の厳しい取り立てにより、新田開発反対の陳情や一揆の行動に出ざるを得ませんでした。

新たな開発の波

大正8年、岩手県によって三堰(上堰、下堰、猿田堰)の水利調査が行われ、「和賀川の水量は豊富なので、三堰の幹線水路の改修を行えば旧田の水利を完全にするばかりでなく、水田開発も可能…。」というものでした。これが翌大正9年の「和賀郡中央耕地整理組合」の結成の起因となり、昭和2年~13年まで続く幹線水路の大改修、そして1,200haの開田事業につながりました。この開田事業は250年前の「奧寺新田」以来の開発となりました。

その後、これらの施設が老朽化したため、用排水施設の合理化を行うことを目的に、昭和43~51年度に国営和賀中央農業水利事業が行われ、県内有数の水田地帯となっています。

大規模な開発による台地の開発

古来から先人たちが幾多の苦労と闘いながら開拓をしてきた和賀川下流域ですが、左右岸の広大な和賀台地は用水確保が難しく、数千haが原野として放置されてきました。この原野を開発するため、昭和27年、「北上川総合開発事業」の一環として和賀川上流に湯田ダムが建設されるにあたり、「和賀中部総合開発土地改良事業期成同盟会」が結成され、地元の努力で事業化されたのが「国営和賀中部開拓建設事業」です。この事業は昭和38年~45年度の8年間に54億円(当時)の巨費を投じ、悲願であった約4,000haの水田及び畑地の造成と農業用水の供給が実現しました。また、並行して行われた県営大規模圃場整備事業によって、近代的な農業が全国に先駆けて行われるようになりました。

しかし、これらの水利施設も、建設後40年以上が経過し、維持管理に多大な労力と経費を要するようになってきました。また、営農形態の変化等により用水不足が顕著となってきました。このため、ダム取水口、頭首工及び用水路の改修を行い、維持管理の軽減を図るとともに、入畑ダム等に新たに水源を求めて、農業用水の安定供給を図る「国営和賀中部農業水利事業」に平成18年度に着手しました。

施工状況
 通水状況
国営和賀中部開拓建設事業
夏油(げとう)頭首工 護床ブロック劣化・浸食状況 
                   夏油(げとう)頭首工                                                 護床ブロック劣化・浸食状況

 

<主な引用・参考文献>
「和賀中部を拓く」和賀川土地改良区史(昭和56年)
「水いのち 土たまし」和賀川土地改良区30周年記念誌(平成3年)
「北上の歴史」北上市(昭和62年)
「北上地方の水田開発史(前編・後編)」北上市(平成15年・平成17年)

 

 

ページトップへ

お問い合わせ先

和賀中部農業水利事業所
〒024-0333 岩手県北上市和賀町長沼6-131-1
電話:0197-71-7725
FAX:0197-71-7729

東北農政局案内

リンク集