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抗菌剤耐性:概論
 
Antimicrobial resistance: an overview
Rev. sci. tech. Off. int. Epiz., 2001, 20(3), 797-810
J. Acar & B. Röstel(所属は付録Aを参照)
 
OIE抗菌剤耐性特別専門家グループが作成したこの報告書は、まだOIE国際委員会の承認を受けていない。
 
要約
 
ヒトの重要な病原菌の抗菌剤耐性の増加および病院の閉鎖環境から開放的な地域社会への耐性の広がりが公衆衛生に対する脅威との認識を深めている。抗菌剤の使用はそれがヒト、動物、植物あるいは食品加工技術のいずれのためであれ、細菌に耐性を発生させることがある。畜産における抗菌剤の使用がヒトと動物に共通の菌種におけるこの現象に重要な寄与をしていると考えられている。耐性菌の選択と伝播を左右する個々の使用条件についてはさらなる研究が必要である。国際的な旅行および動物や食品の貿易が世界的に抗菌剤耐性のリスクを増大させている。各国は公衆衛生に対してリスクと思われる生産物の輸入制限を考慮しつつある。衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)のために世界貿易機関(WTO)参照機関の1つになっている国際獣疫事務局(OIE)は、国内措置におけると同様に、リスクアナリシスにもとづいて抗菌剤耐性に関する国際基準を作成しなければならない。ヒト医療における耐性の科学的背景と問題点をレビューする。現在の知識、欠けている情報およびとるべき措置を明らかにする。
 
キーワード
 
衛生植物検疫措置の適用に関する協定 - 抗菌剤耐性 - 耐性の抑制- 食品 - 国際基準 - 国内措置 ? OIE - 公衆衛生 - 耐性機序 - リスクアナリシス
 
緒言
 
抗菌剤耐性の存在、多数の抗菌剤に対する重要なヒト病原菌の耐性の増加およびどちらかといえば閉鎖的な病院の環境から開放的な地域社会への耐性の広がりが公衆衛生に対する脅威との認識を深めている。
 
新たな耐性機序の出現、多剤耐性または耐性の組み合わせの発生、ある場合には耐性をコードする遺伝物質が容易に異なる菌種の間に水平に伝達されるらしいことが、抗生物質が最初に開発された時にはコントロールされていると思われた病気に対して無防備であるような感覚を増大させている。
 
疫病が国の人口を減らし、婦人が産褥熱で死ぬ、という黙示録の場面を引用した報告は、公衆衛生上の重要な問題についての適切な説明を助けるより、むしろ公衆の恐怖を煽る傾向がある。不幸にして、「世界の主要な殺し屋が対策を免れようとしている」という類の発表は、販売成績を上げようとする種類のメディアによって伝達されるだけではなく、どちらかといえば一般的である。
 
抗菌剤の使用は、それがヒト、動物、植物または食品加工技術のいずれのためであれ、いつかの時点で細菌に耐性を生じさせる可能性がある。多くの刊行物が出始めているが、抗菌剤が好んで耐性菌を選択する、あるいは選択する程度が少ない使用条件の違いについてはほとんど判っていない。一旦生じた耐性は異なる生態環境または国境に束縛されない。耐性についての科学的研究が限られていること(数十年にわたって停止していた後に、懸念の増大に後押しされて、ようやく最近になって再開された)と、したがって科学的データが不足していることが、基礎にある原因が適切に識別されていないかもしれない場合に、修正措置を要求し、決定をする社会と意思決定者を不安な状況に置いている。
 
この状況と新しい作用機序を持つ新抗菌剤の発見と開発が遅くなり、ある分野では消滅していることが相俟って、効果があろうとなかろうと、直ちに措置を求める不安な雰囲気が作られる。
 
グローバリゼーション、新たな貿易環境および外国旅行を介する耐性菌の伝達および動物や食品の貿易が耐性を世界中に広げるリスクをもたらしている。また、不適切に評価されたあるいは認識されたリスクにもとづいて、各国が貿易のための国境を閉鎖するリスクも抱えている。
 
抗菌剤耐性-OIEの責任
 
OIEは抗菌剤耐性に対してなぜ行動したか
 
各国は動物とヒトの健康を守らなければならない。これには抗菌剤治療に対する細菌の耐性から生じるリスクからの保護も含まれる。
 
同時に、WTO加盟国はリスクアセスメントおよび科学的証拠にもとづき、選択した保護のレベルを達成するのに必要な程度に措置を制限するSPS協定の下で、その義務を守らなければならない。いくつかの可能な措置がある場合には、最小限の貿易制限措置を選択しなければならない。
 
動物の衛生に係る国際機関であるOIEは、動物の衛生上の問題ならびに動物および動物製品の貿易に関連する人獣共通感染症について、国際基準、ガイドラインおよび勧告を作成するために世界貿易機関(WTO)に認定された機関である。
 
抗菌剤耐性は、(動物間および動物からヒトに伝達される可能性のある)人獣共通細菌および耐性決定因子と関連があることから、そのコントロールはOIEの責任と権限の領域であるという観点で行動する。人獣共通細菌および耐性決定因子が動物の細菌に由来するということから、OIEは抗菌剤耐性の検出とコントロールに関する国際的勧告を作成するのに適当な機関である。これらの基準が完成し、OIE国際委員会で採択されたら、WTO参照基準として、貿易論争が生じた時に役に立つ。
 
OIEはどんな行動をとったか?
 
OIEヨーロッパ地域委員会で1998年にヨーロッパ50ヶ国の抗菌剤耐性の検出とコントロールについての既存の活動と能力が報告された。この報告は、公式な抗菌剤耐性サーベイランス/モニタリングプログラムを作成し、そのハーモナイゼーションと試験の方法のハーモナイゼーションを進めて、出てくる耐性データの信頼性を高め、比較可能な成績にするために、さらに努力すべきことを強調していた。この報告はまた各国が衛生措置の実行を考えた場合に、一般にリスクアナリシスが行われていないことも指摘した。
 
この報告にもとづき、OIEヨーロッパ地域委員会はOIE国際委員会に国際特別専門家グループを組織して、獣医療における抗菌剤の使用に由来する抗菌剤耐性に関連するヒトおよび動物の健康に対するリスクについて、総合的かつ多面的に検討させることを勧告した。
 
OIEは中軸となる以下の3つの戦略に携わることを決定した:
 
― 抗菌剤耐性を抑制し、減少させる即時的措置(抗菌剤の慎重かつ責任のある使用)
 
― 動物とヒトの健康に対するリスクを評価し、管理するためのツールの開発(リスクアナリシスの方法)およびサーベイランスシステムと検査方法の調和
 
― 世界全体の抗菌剤耐性に関する知識の向上(情報の集積)
 
OIE特別グループが達成したこと
 
OIE特別グループの作業の結果、各国はいまや客観的な、科学にもとづく、透明で、防御可能な方法で実施される適切な介入措置を識別し、決定することを保証する一連の総合的方法にアクセスできる。
 
異なる条件(地理、抗菌剤の使用、耐性の状況)および世界中の国の技術的可能性と能力に特に配慮して、これらの方法論が開発国と開発途上国の両方に同等に適用できる道を開いている。OIE特別グループは、国境に無関係に、世界中に動物またはヒトの健康問題が存在するとすれば、すべての国が動物とヒトのポピュレーションおよび自国の貿易上の利益を保護する同じ必要性を持っていることを強調している。
 
OIE特別グループの勧告の3つの柱のうち2つの基礎になるツール(畜産に使用される抗菌剤の量のモニタリングおよび抗菌剤の慎重かつ責任のある使用によって抗菌剤耐性を抑制するための即時的措置)ならびに動物およびヒトに対するリスクを評価し、管理するためのツール(リスクアナリシスの方法論、サーベイランスシステムおよび検査法の調和)を各国政府および所管官庁が利用できるようになった。
 
OIE特別グループが国連食糧農業機関(FAO)および世界保健機関(WHO)の参加を得て作成した5つのガイドラインがこの文書の本体をなす。
 
3つ目の柱(世界中の抗菌剤耐性に関する知識の向上)は最初の2つの柱を進行させ、いずれ成績を得るためのツールの実行を構成する。
 
OIEの今後の方向
 
2001年5月のOIE国際委員会第69回総会は、OIE専門家委員会で抗菌剤耐性の領域に国際基準を作成するように要求するNo. XXVを採択した。専門家委員会はこれらの基準を作成するためにOIE特別グループの勧告を使用することになる。専門家委員会が提案する基準案はOIE加盟国に配布され、コメントを求める。OIE加盟国に改訂基準案の2回目の配布を行い、2回目の改訂の後に、それが適切なら2002年5月のOIE国際委員会第70回総会で採択されることになる。この基準はInternational Animal Health Code the Manual of Standards for Diagnostic Tests and Vaccinesに公表される。
 
OIEは、加盟国がこの問題について客観的で、科学にもとづく見方を確立し、それによって動物の細菌の抗菌剤耐性を抑制するために、段階的に新しい方法論を用いることを奨励する。OIEはその実行に当って加盟国を援助することが適当なら、必要な手順をとることになる。
 
OIE基準委員会は2001年1月の春の会合で、抗菌剤感受性試験の基準をOIE Manual of Standards for Diagnostic Tests and Vaccinesに取り込むことを決定した。基準委員会は、また、動物の細菌の抗菌剤耐性の検出と定量化のためにOIE参照検査機関を指定することも勧告した。これらの検査機関は、それが適当なら、OIE加盟国が微生物検査機関を設立し、これらの検査機関の作業が品質保証の下で行われるようにするのを助ける。
 
OIEアフリカ地域委員会は2001年1月23~26日に開催した第14回会議で、加盟国が動物における抗菌剤の慎重使用の促進に積極的に乗り出すこと、および抗菌剤耐性の管理のための国内プログラムを確立する努力をすることを決めた。アフリカ地域委員会はまたOIE 参照検査機関が、各国の微生物検査機関の品質保証計画の実行と外部熟達能力試験プログラムへの参加についてOIE加盟国を支援するように勧告した。
 
OIEは、衛生措置が強固な科学的資料のリスクアセスメントにもとづき、適切に勧告された方法論にしたがって実施されることを主張し続ける。
 
いくつかの科学的事実
 
科学的背景
 
抗菌剤耐性とはなにか?
 
抗菌剤耐性は一定の濃度の抗菌性物質に対する曝露を生き延びる細菌の能力である。抗菌剤耐性には、科学の領域とその目的に応じて、いくつもの定義がある:
 
― 臨床的定義:抗菌剤による適切な治療を生き延びる細菌
 
― 薬理学的定義:抗菌剤の推奨用量を投与した時に、身体の異なる部位に存在する抗菌剤のさまざまな量で表される濃度範囲を生き延びる細菌
 
― 微生物学的および分子学的定義:原株または野生株の菌よりも高い最小発育阻止濃度(MIC)を示す機序を持つ細菌
 
― 疫学的定義:ある抗菌剤に対するMICの正規(ガウス)分布が区別できる細菌株の群
 
特定の抗菌剤に対する耐性はその細菌の本来の特性のこともあり、二次的に獲得した機序のこともある。ある抗菌剤の影響を生き延びることは細菌細胞の正常な反応である。成功すれば、このような反応は抗菌剤に対抗できる細菌細胞のクローンの起源になる。しかし、耐性の機序に応じて、細菌のクローンは、以前には細菌細胞の発育を阻害できたMICに近い低濃度から非常に大量まで(たとえば、細菌が生産する加水分解外酵素)、さまざまな量の抗菌剤に対抗することがある。
 
細菌がどんな抗菌剤にも抵抗できることはきわめてよく知られた事実である。この現象は世界的であって、すべての国に影響を及ぼす。しかし、耐性現象の特性は菌種、抗菌剤の系統、抗菌剤が使用される場所(病院、地域社会、畜産現場など)の耐性菌株の分布に関連する。耐性菌株はその同定(属、種)および抗菌剤耐性の表現型(時にはアンチバイオタイプまたは耐性パターンともいう)にしたがって分類される。
 
抗菌剤耐性の表現型はその菌種(いくつかの抗菌剤に自然耐性かもしれない)の参照株(原株または野生株)に活性の抗菌剤のリストと検査してそれらの菌株が耐性であった抗菌剤のリストを比較して明らかにできる。これは自然耐性の対側にある獲得耐性を示す。同じ耐性の機序で説明できる場合には、抗菌剤をクラスおよびサブクラスにグループ分けすることが推奨される。これは交差耐性と呼ばれる(たとえば、大腸菌のβ‐ラクタマーゼTemタイプはすべてのアミノペニシリン、すべてのウレイドペニシリンおよび少数の第1世代セファロスポリンに対する交差耐性を支配する。アンピシリン耐性によって、6つの化合物に対する交差耐性が発現される)。
 
一連の耐性マーカーが異なる系統の抗菌剤に関係する時には、これらを共通耐性(co-resistance)と呼ぶ。
 
抗菌剤に対する細菌の耐性は以下の3つの面から考えることができる。
 
細菌が耐性である機序
 
細菌細胞が1つの抗菌剤に対してしばしば1つ以上の機序で耐性である点に注意することが重要である。いくつかの耐性機序が協力し合うとしばしば高度耐性になる。耐性機序のまとめ、影響を受ける抗菌薬および生じる耐性のレベルを表1に示す。
表1.耐性機序、影響を受ける抗菌剤および生じる耐性のレベル
機序 影響を受ける抗菌剤 耐性のレベル
薬物排出ポンプ テトラサイクリン系
マクロライド系
キノロン系
異なる系統の他の抗菌剤
低い
透過性 β‐ラクタム系
クロラムフェニコール
トリメトプリム
テトラサイクリン系
さまざま
標的の変化 β‐ラクタム系
アミノグリコシド系
マクロライド系
キノロン系
リファンピシン
グリコペプチド系
高い
拮抗 スルフォンアミド系
トリメトプリム
高い
酵素による不活化 β‐ラクタム系
アミノグリコシド系
マクロライド系
クロラムフェニコール
リンコサミド
高い

 

耐性株と原株に含まれる蛋白を支配する遺伝的機序
 
2つの遺伝的機序、すなわち既存の遺伝子の突然変異(染色体またはプラスミド)と耐性支配遺伝子のde novo獲得がある。
 
変化したまたは新たな遺伝子の所在部位を考えることが重要である(染色体、インテグロン、トランスポゾン、またはプラスミド)。耐性遺伝子の所在部位のもっとも重要な点は耐性の伝播に係わることである:
 
― 染色体突然変異は細菌細胞に影響を及ぼす。この細胞から放出されるクローンは増殖し、伝播する。この伝播様式はしばしば耐性の垂直伝達と呼ばれる。
 
― トランスポゾンまたはプラスミド上にある耐性遺伝子は、耐性クローンの伝播と無関係に、水平伝達されることが可能である。さらに、この水平伝達は異なる菌種間でも起こることがある。耐性菌の広がりに伴ってまたはそれと無関係に、プラスミド(遺伝子)の流行が起こり得る。これらの多くはグラム陰性菌の6~8種に起こると報告されている。
 
― プラスミドまたはトランスポゾンが耐性を細菌(ドナー)から細菌(レシピエント)に伝  達する主要なシステムである。これらは通常1つ以上の耐性マーカーを運ぶ。大きなプラスミドは異なる多数の抗菌剤に対するいくつかの異なる機序の耐性を伝達することがある。同一の細菌に同時に出現するのは、ある抗菌剤が一連の耐性機序(多剤耐性)の全部を一緒に選択し続けているためであろうことを示す。
 
医療(または治療)面
 
細菌の耐性は処方した抗菌剤治療で患者が治癒しない時および処方した抗菌剤で病原菌が損なわれることなく持続する場合に医療の場で認識される。これがヒトの医療が懸念を生じる時点である。ヒトの病原菌に特定の耐性が出現した時には、(染色体突然変異細菌の急激な選択は例外として)多くの細菌(常在菌、環境および動物)も同じ耐性機序を獲得している。耐性機序の出現とそれが医療の場で見えるようになるまでの間には遅れ、ときに非常に長い遅れがある。
     
なぜ、いかにして耐性を生じるか?
 
耐性は1つの抗菌剤によるまたは同様な耐性機序の少なくとも1つを共有するその他の化合物(たとえば殺菌剤)が及ぼす選択圧に対する応答として生じる。2つの条件が満たされなければならない。すなわち、選択物質(セレクター)が細菌のポピュレーションと長く接触しなければならず、このセレクターは細菌を生存させる濃度でなければならない。これを一般にsub-inhibitory concentrationと呼ぶ。しかし、sub-inhibitory concentrationの下限でもセレクターとして働くかどうかについてはまだよく調べられていないことに注意すべきである。
 
ある国における抗菌剤の大量消費/使用と耐性菌との間に正の相関があるという説と、個々の生態系(患者、動物または環境)において抗菌剤の低用量が耐性をより多く選択するという事実の間には矛盾があるように見える。これは直接関連性のない2つの異なる系を比較していることが原因である。1つのシステムはある国のヒトまたは動物のポピュレーション全体であり、もう1つのシステムは患者または患者群における細菌のポピュレーションである。抗菌剤の大量消費はヒト、動物および環境に分配された抗菌剤の量の代替の尺度である。重要な基準は個々の患者や動物における抗菌剤の高濃度ではなく、生態系における抗菌剤の分配の広さである。抗菌剤の分配が広範囲であるほど、どこかで細菌の大きなポピュレーションが抗菌剤のまさしく選択濃度に接触するチャンスが大きい。
 
細菌に耐性の発現をもたらし得る事象を表2に示す。
表2.耐性の発現をもたらす事象
事象 結果 伝播
突然変異
(1つ以上)
誘導
抑制解除
(すでに存在する機序が発現しないまたは発現が少ない)
標的の変化
細胞壁の変化
薬物排出ポンプ系
酵素の修飾
クローン性
(伝達されない)
突然変異
 (プラスミド)
酵素の修飾
誘導形質→構造的
クローン性で伝達可能
遺伝子の獲得
(プラスミド、トランスポゾン、ファージ)
酵素の変化
薬物排出ポンプ
標的のバイパス
伝達可能
ドナー株とレシピエント株が必要

 

最初の場合は、セレクターに接触した特定のクローンに起こる突然変異から生じる耐性形質から生じる。
 
2番目の場合は、耐性遺伝子の獲得にドナー株からレシピエント株への耐性遺伝子の伝達が必要である。この場合には、抗菌剤の存在下で、耐性(ドナー)と感受性(レシピエント)の2つの細菌のポピュレーションが必要である。
 
感染症においては通常、感染部位に1つの細菌のポピュレーションが存在する点に注目すべきである。患者は治療中に突然変異による耐性を獲得することがあり得る(リファンピン、フルオロキノロン)。突然変異による耐性が発現しただけなら、容易に、かつ速やかに患者にそれを観察できるが、遺伝子の獲得による耐性は数ヶ月もあるいは数年も経過してからしか認識できない。
 
耐性機序を支配し、それを同種または異種の細菌の間に広めることができる遺伝子の最初の由来はすっかり判っているわけではない。しかし、これらの遺伝子は一般に自身が生産する抗生物質から生き延びる機序(たとえばアミノグリコシドを修飾する酵素)を必要とする抗生物質生産菌に由来するらしいとされている。これらは自然に生じる現象であり、ヒトが行う抗菌剤の生産および使用とは無関係である。
 
自然耐性菌の染色体から遺伝子を移動させる“ピックアップ"機序から伝達性耐性遺伝子が生じるという証拠もある(たとえば、プラスミド局在セファロスポリナーゼ)。
 
染色体性耐性と伝達性耐性の厳密な分離はできないが、疫学的ツールとして区別をすることが有用である。キノロン耐性株の伝達は、セフトリアキソン耐性Salmonellaのそれと比較して、クローン性(キノロンに対する耐性は染色体性突然変異)であることを認識している必要がある。後者の場合は、クローンと結合したプラスミドによる伝達であり、異なるSalmonella種または他のEnterobacteriaceaeと連結できる。
 
どこで耐性が生じるか?
 
耐性発現に好都合な場所を証明した研究はきわめて少ない。セレクターは、耐性ポピュレーションの選択と増殖のために必要な適正濃度および時間に、細菌のポピュレーションと混合されなければならない。あるユニークな細菌ポピュレーションでは、発現する耐性が必ず細菌細胞に予め存在する遺伝子の突然変異を通して選択される。耐性発現の場所が、異なる細菌(耐性と感受性)の混合ポピュレーションからなる場合には、生じる耐性は突然変異によることもあり、耐性菌細胞から遺伝子をde novoに獲得することもある。いくつかの菌種が存在する場所に入った抗菌剤は、感受性菌を殺すが、一方、耐性菌株は単に生存できる強みによって増殖する。以下の場合に感受性ポピュレーションから耐性クローンが選択されることがある:
 
a) 抗菌剤の濃度が減少して、感受性集団の一部を生存可能にする
 
(1) 細菌のポピュレーション内に突然変異細菌細胞が存在する(突然変異の頻度は抗菌剤間
で大きく違う)
 
(1) 遺伝子(プラスミド、トランスポゾン)の伝達が、予め存在する耐性菌細胞と生存してい
る細菌細胞の間で起こる。
 
もっとも研究されている耐性発生の場所はヒトおよび動物の消化管である。腸内には莫大な数の細菌と菌種があり、ほとんどの抗菌剤が余儀なく存在する(経口投与および胆汁中排泄)ことから、耐性発現に不可欠な場の重要性が説明される。
 
明らかに、突然変異細菌細胞は理論的に細菌と抗菌剤が接触するあらゆる場所(たとえば、膿瘍、蓄膿症、尿など)で選択され得る。
 
しかし、染色体突然変異による耐性はもっとも頻度が高い耐性のシステムではなく、多くの抗菌剤に影響を与えない。高頻度に(>10-8)突然変異を生じる抗菌剤だけが影響を受ける(リファンピン、フシジン酸、キノロン、フォスフォマイシン)。
 
これらの場合に、突然変異は容易に選択される。耐性クローンはしばしば治療中にまたは短期間の遅れで観察される。このような耐性の発現は劇的であり、医師または獣医師によって容易に観察される。
 
実際には、突然変異は耐性問題の小さい部分である。主要な問題はもともと感受性である細菌細胞が獲得する外来遺伝子によって支配される機序の選択と安定化に関連する。
 
前述したように、細菌の強力な伝達が遺伝子の伝達または細菌細胞の伝達をもたらす。多剤耐性病原体(プラスミド、トランスポゾンまたはインテグロンによる)の発生には長期間かかり、この間に多くの細菌(常在菌、環境菌)が巻き込まれ、この期間中にはこの現象は臨床的に明らかにならない。この場合には、耐性病原体の発生は抗菌剤の処方者からずっと離れた場所で、最初の選択から長く経過してから起こる。
 
耐性株が作られ、選択される2に重要な場所は環境に関連する(水、土、動物の床敷、下水、病院の器材など)。
 
いくつかの抗菌剤が1ヶ所に一緒に存在することがある。これらの抗菌剤は別々に耐性を選択するが、すでにそれらに耐性である細菌が存在すれば、協力することがある。多剤耐性株は、複数の抗菌剤への曝露を容易に生き延びることができるので、好都合である。これらの多剤耐性株は新しい耐性も獲得しやすい。
 
直面している問題はなにか?
 
ヒト医療における感染症と耐性
 
抗菌剤耐性の現状を説明する際にわれわれが直面する問題は、この領域の組織的な公的疾病調査および報告が限られているまたは多くの場合に欠如していることである。検査室で確認された症例のようなしっかりしたデータは、疾病調査と報告の精緻なシステムが存在する開発国においてさえ限られている。疾病の総発生率、罹病率、死亡率および経済的影響の記述は推定にもとづいており、その推定は基礎にある仮定の妥当性に応じて誤差と不確かさが内在していることがある。近年、少数の国がin vitro細菌感受性データを入手する公的な耐性調査を開始している。しかし、臨床的結果に関する組織的なデータの報告は限られている。したがって、多くの場合にin vitroのデータは、臨床的結果と関連付けることなしに、解釈しなければならない。
 
この状況の理由は、先ず病気の調査と報告に付随する経費に関連があることもあるが、政治的意識に欠けることおよび疾病統計が公衆の意見にマイナスの影響があることにもよる。
 
WHOによれば、ヒト病原体における抗菌剤耐性の発生と伝播は、ヒトにおける感染症の治療の成功にますます大きく影響する世界的問題と考えられている。
 
WHOは世界中で感染症による死亡の90%をもたらしている6つの疾病(結核、マラリア、肺炎、[HIV]/後天性免疫不全症候群[AIDS]、下痢症および麻疹)を明らかにしている。これらの疾病の一部は細菌によるが、比較的大きな部分は寄生虫とウイルスの感染による。
 
医療における耐性の状況を概観するために、これらの感染症を簡単にレビューする。
 
結核
 
一旦はコントロールされたと思われた疾病である結核は現在、年間150万人の死亡の原因になっている(さらに50万人が結核とHIV/AIDSの併発で死亡している)。20億人近く(世界の人口の約1/3に当る)が結核に不顕性感染している。これがこの疾病の膨大な潜在的保有宿主を構成している。結核は青年と成人の最大の感染症死の原因の1つであり、婦人の死亡の主因でもある。HIV感染が免疫系を弱くし、不顕性結核感染を活性化することがある。HIVの感染も結核にかかるリスクを増大させると思われる。現在、すべてのAIDS死の約1/3が結核による。
 
1人の患者がAIDSと結核の両方に感染していることがあるから、結核の保有者は増加しており、地域社会のより多くのヒトが脅威にさらされている。
 
さらに、結核はますます抗結核薬に耐性になりつつある。多剤耐性結核症例は現在の世界の結核症例数のほぼ1~2%と研究者は推定している。しかし、世界の一部の地域では多剤耐性結核の率はもっと高い。中国(Henan and Zhejiang)、インド(Tamil Nadu)、イラン、モザンビークおよびロシア(Tomsk)では、それぞれ多剤耐性結核が新たな症例に高率(3%以上)と報告されている。イスラエル、イタリア、メキシコ(Baja California、OaxacaおよびSinaloa)では新たな症例と以前に治療した症例を併せて6%以上に多剤耐性が報告されている。
 
マラリア
 
マラリアは年間100万人を殺しており,その大多数は幼児である。マラリアによる死亡のほとんどはサハラ以南のアフリカで起こり、そこではすべての子供の死亡の1/5がマラリアによる。婦人は妊娠中にとくにこの病気にかかりやすく、流産または未熟な低体重児出産を起こし、またこの疾病で死亡しやすい。世界中では、毎年、推定3~4億人がこの蚊が媒介する寄生原虫に感染している。
 
マラリア原虫の耐性発現は細菌耐性と類似している。
 
後天性免疫不全症候群および性交感染症
 
1999年の終りに、世界中で推定3,360万人のHIV患者が生存していた。まだ、治癒した例はない。いくつかの国では、成人の4人に1人がHIV/AIDSに感染して生活している。最悪の発生地域はサハラ以南のアフリカである
 
ジドブジン(AZT)に対して一次耐性を示す患者は、少数とはいえ増加しつつあるが、これは患者の病気の経過を通してウイルスが抗ウイルス薬にますます非感受性になる“二次"耐性とは異なる。これは10年前に利用され始めたにすぎないプロテアーゼ阻害剤も同様である。
 
淋病および性交感染症(STIs)は、HIVの伝播および蔓延の重要な補助因子である。これはHIVが泌尿生殖器系周囲の炎症部位に集積する白血球と結合するからである。淋病とHIVに同時感染している患者はHIV単独感染者よりも9倍のHIVを排出することを示す調査がある。
 
軟性下疳およびクラミジア感染症を含むSTIsのうちで、淋病の耐性率が高く、もっとも元気がよく、新たな治療戦略を逃れつづけている。淋病の耐性はベトナム戦争中に兵士の間に初めて出現し、いまでは世界中に蔓延し、毎年感染する患者の60%が多剤耐性株による。東南アジアの大部分では、ペニシリンに対する耐性が全体としてすべての株の98%近くに報告されている。新しい高価な薬剤、とくにシプロフロキサシンが同様に無効率の増加を示しつつある。耐性のために、慢性淋病がHIV流行の原動力になっている。
 
肺炎
 
急性呼吸器感染症(ARIs)が毎年、350万人の死亡に関与している。もっとも危険なARIである肺炎が、他のどんな感染症よりも多くの子供を殺している。これらの死の大多数(99%)は開発途上国で起きている。一方、工業国では肺炎による子供の死はまれである。肺炎はしばしば出生時体重の低い子供または栄養不良や他の病気で免疫系が弱っている子供をおかす。治療しないと、肺炎は速やかに死をもたらす。
 
肺炎の主因はインフルエンザウイルスとStreptococcus pneumoniaeである。
 
今日では、世界中でペニシリンGに対して耐性を生じたStreptococcus pneumoniaeが認められている。しかし、耐性株の浸潤率は調査した検査株の5%から70%とさまざまであった。これらの株のほとんどは、他のいくつかの抗菌剤(マクロライド系、テトラサイクリン系、トリメトプリム)にも耐性で、第一選択の治療法の選択を危険なまでに制限する。
 
麻疹
 
麻疹はヒトの疾病のうちでもっとも伝染性が強い。これは開発途上国における子供の主要な死因であり、年間約90万人がこのために死ぬ。麻疹ウイルスは、肺炎、下痢および栄養不良を併発するので、他のいずれの単独感染微生物よりも多くの子供に死をもたらす。
 
院内感染症
 
メチシリン耐性Staphylococcus aureus (MRSA)、バンコマイシン耐性グラム陰性桿菌(VRE)およびEnterococciと発酵性グラム陰性Enterobacteriaceaeが、開発国でも開発途上国でも、病院でもっともしばしば分離される多剤耐性菌で、院内感染症の治療をもっとも困難にしている。
 
下痢性疾患
 
下痢性疾患は年間200万人近くの5歳未満の子供の命にかかわるといわれる。これは発展途上国に広範に蔓延しており、しばしば両親がこの危険な徴候を認識していない。子供は食物の不足で栄養不良であり、急速な水分喪失のために衰弱する。下痢性疾患は開発途上国にとって大きな負担であり、5歳未満の子供に年間15億症例の発生をもたらす。この負担は衛生状態が悪く、消毒が不十分で、飲み水が安全でない貧困地帯にもっとも高率である。いくつかの開発途上国では、コレラや赤痢のような下痢性疾患の流行が成人も子供も同様に襲っている。
 
その他の下痢性疾患として、発疹チフスおよびロタウイルス感染症、サルモネラ症およびカンピロバクター症を含む。
 
多剤耐性は下痢性疾患を起こさせる微生物にも生じている。このような病原体の1つであるShigella dysenteriaeは強度の毒力を持つ微生物であり、入手可能なほとんどすべての薬剤に耐性である。この増大しつつある危機は、1994年のルワンダの内戦につづいて、この細菌が戦争と敗北ですでに傷ついて、衰弱した難民の間に蔓延した例にもっとも顕著に示された。治療しないで放置すると、感染後数日で死亡する。10年前には、Shigellaの流行はゾロ品が安く入手できるコトリモキサゾールで容易にコントロールできた。今日、Shigellaのほとんどすべてがこの薬剤に応答せず、一方、残された唯一の有効な薬剤であるシプロフロキサシンに対する耐性が出現し始めている。
 
コレラおよびチフスの原因菌も容易に耐性を獲得することが認められている。コレラ患者の治療には補液がなによりも重要であるが、抗菌剤(とくにテトラサイクリン)が流行を制限する重要な公衆衛生上の役割を果たす。Salmonella Typhiは、Shigellaと同様に、耐性遺伝子の蓄積したカセットを持ち、第1選択、第2選択、いまや第3選択の薬剤に抵抗する菌株を作る。1972年まではインド亜大陸の発疹チフスの多くはクロラムフェニコールが第1選択薬であった。1992年には、報告症例の2/3がクロラムフェニコール耐性で、高価なキノロン剤による治療が不可欠になり、この薬剤の有効性も失われつつある。適切に治療しないと、チフスは重篤でしばしば再発する病気であり、感染者の10%も死ぬことがある。
 
食品由来疾患
 
食品と水に由来する疾病は主として下痢性疾患である。6つの主要菌種(SalmonellaCampylobacterE. coliYersiniaClostridiaおよびListeria)がこれらの感染症に関与している。重篤な症例は全身性疾病を起こすことがある。
 
ヒトが摂取する食品と水が動物および環境中の細菌に汚染されている可能性が強いので、科学者はこの領域に特別な注意を払い始めている。入手可能な科学的データは限られているが、食品と食品由来疾患がヒトの抗菌剤耐性疾患に特別な役割を果たしていると多くのヒトが考えている。
 
これに関連して抗菌剤耐性を考える場合には、多数の要素を考慮すべきであり、そのいくつかを以下に述べる。
 
食品または水に由来する細菌がヒトに疾病を起こさせる場合(たとえばSalmonellaCampylobacter)には、抗菌剤に耐性であるか、感受性であるかにかかわらず、直接的にヒトに病気を起こさせる。これらの食品および水に由来する疾病のほとんどが下痢性疾患をもたらす。これらの疾病の大多数は自己限定的で、抗菌剤治療を必要とせず、対症療法で治療するのがもっとも適当である。疾病が耐性菌によって起こり、かつ抗菌剤治療を必要とする場合には、治療が長引いたり、他のおそらくもっと高価な抗菌剤を用いなければならないことがある。細菌が入手可能なすべての抗菌剤に耐性である場合には、その感染症は抗菌剤で治療できないことがあり、最終的に患者はコントロール不可能な感染症の結果として死ぬことがある。
 
食品または水に由来する細菌がヒトに疾病をもたらさない時(Enterococci)には、動物または環境中細菌が抗菌剤に耐性になっている場合、およびそれらの細菌の耐性遺伝子がヒトの病原体に伝達される可能性がある特殊な場合に、間接的にヒトに疾病をもたらすことがある。その結果として、食品または水由来ではないかもしれない完全に異なるヒトの疾病の治療が困難になるまたは不可能になることがある。動物または環境中の非病原菌からヒトの病原菌に耐性遺伝子が伝達される可能性の影響を評価することは、非常に複雑で難しく、現状ではまだ研究の段階である。動物/環境およびヒト病原菌の両方にある耐性遺伝子の組成が同じであることを証明するため、および動物/環境からヒトの細菌ポピュレーションへ、あるいはその逆の遺伝子の伝達を追跡するために、分子的および疫学的方法が必要である。伝達の方向の追跡は、問題の抗菌剤がヒトと動物または植物の両方に使用されている場合にはとくに困難である。
 
ヒトに使用されていない動物または植物の抗菌剤が、ヒトの健康に与える影響と重要性を評価するためには、耐性病原体による食品と水の汚染、食品由来感染症、耐性菌の感染症の割合(%)およびこれらの耐性菌感染症の臨床的結果に関するデータを体系的に収集すべきである。
 
食品由来疾患のサーベイランスと耐性
 
食品由来疾患のサーベイランスはいくつかの国では20年も前から始まっているが(WHO Surveillance Programme for Control of Food Borne Infections and Intoxications in Europe)、世界中の多くの国には食品由来疾患のサーベイランスが欠けているようであり、明らかに改善が必要と思われる。しかし、この種のサーベイランスが存在する場合にも、食品および水中の抗菌剤耐性菌に関するならびに抗菌剤耐性の動物または環境細菌によるヒト感染症に関する情報の体系的な公的収集は少ない。
 
食品および水に由来する疾患の報告のいくつかを以下に引用するが、これらによって食品由来疾患における抗菌剤耐性の役割ならびにヒトの耐性問題における動物または環境由来の耐性伝達に食品および水が果たす役割の評価の複雑さをある程度示せるかもしれない。
 
WHO Surveillance Programme for Control of Foodborne Infections and Intoxications in Europeの報告書第7版は「さまざま、かつ広範囲な食品由来疾患についてその発生と蔓延に関する正確なデータを提供できる国はなく、サーベイランスプログラムがあるとしても、そのほとんどは少数の発生について情報を収集しているにすぎない。したがって、その問題の実際の程度を推定することは不可能である。病因が本質的に多因子性であり、長期に曝露された場合にだけ発病する例もある。その結果として、食品の汚染から生じる健康上の問題の多くは食品由来疾患の統計に現われない」と述べている。
 
この報告書は、動物における抗菌剤の使用が、(耐性S. Typhimurium DT 104に見られるような)抗菌剤耐性非チフスSalmonella血清型やヒト、家禽および家禽肉から分離されるフルオロキノロン耐性Campylobacter jejuniを選択するという直接的証拠があることを指摘しているが、しかし「人獣共通感染菌の蔓延と伝播に関する情報は限られている。一部の国におけるモニタリングプログラムは開発の初期段階にあり、これらのいくつかは病院と地域社会における耐性モニタリングの強化と並行している。食用動物および動物性食品に由来する細菌の抗菌剤耐性のモニタリングは、国内にしても、国際的にしても、まだ揺籃期にある」ことを指摘している。
 
米国では食品由来疾患の定量的な集計データを容易に入手することが可能であり、1997年の以下に示す。
 
米国では、食品由来疾患で7,600万人が病気になり、325,000人が入院し、5,000人が死亡すると推定されていて、死亡者のうち1,800人は特定の原因に関連づけられている。食品で伝播するとされるすべての疾病のうち、30%は細菌、3%は寄生虫、67%はウイルスが原因である。食品に関連すると推定される死亡の90%以上を占める5大病原体は、Salmonella(31%)、Listeria(28%)、Toxoplasma(21%)、ノルウォーク様ウイルス(7%)、Campylobacter(5%)およびE. coli O157: H7(3%)である。
 
1997年に、US FoodNetによる積極的なサーベイランスで食品由来疾患の検査機関で確認された8,576症例が報告されており、そのうち3,974症例はカンピロバクター症、2,205症例はサルモネラ症、1,273症例はシゲラ症、468症例はクリプトスポリジウム症、340症例はE. coli O157: H7、139症例はエルシニア症、77症例はリステリア症、51症例はビブリオ感染症、49症例はサイクロスポラ症と同定された。検査機関で確認された8,576症例のうち、全体として1,270症例(15%)が入院したが、その内訳はリステリア症が最高(88%)で、つづいてE. coli O157: H7感染(29%)、サルモネラ症(21%)の順であった。検査機関で確認された感染症例のうち36例が死亡したが、15例がListeria、13例がSalmonella、4例がE. coli O157: H7、2例がCryptosporidiumCampylobacterおよびShigellaが1例ずつであった。1997年の調査は米国の全人口の6.0%に当る1,610万人を含む地域で行われた。
 
残念ながら、これらの発表には現在のところ耐性菌による感染の割合についての情報はない。
 
科学的評価
 
現在の知識
 
抗菌剤耐性は自然現象である。これは抗菌剤の影響から自身を防御する細菌の自然応答である。抗菌剤耐性の発現は生態学的現象ある。ヒト、動物または植物/環境のどこで抗菌剤を使用しても、耐性を生じることがある。原則として、ヒト、動物および植物に抗菌剤の同じ分子および同じ系統が使用される。ヒト、動物および環境が耐性を発現させるリザーバーの代表である。大多数の細菌が、少なくとも一過性には、可能なあらゆる宿主-ヒト、動物、植物、環境-に汚染またはコロニーを形成することが可能であり、異なる宿主間および宿主と環境の間の交換がある。
 
ヒト医療における抗菌剤耐性の問題は、世界中で公衆衛生上の脅威であるとの認識が高まりつつある。主要な問題についての記載があり、これらは一般に寄生虫、ウイルスおよびヒト病原菌感染症ならびにヒト医療における抗菌剤の使用と大きく関連している。ヒトの6大疾患の1つである下痢症の一部は人獣共通感染菌に関連している。WHOはコレラ、チフス、Shigellaおよびロタウイルス感染が、栄養不良、悪い衛生設備、不衛生および危険な飲水と組み合わさって、発展途上国における激しい下痢性疾患発生の主因になっていると指摘している。米国では、SalmonellaListeriaおよびToxoplasmaの3つの病原体が既知の病原体による死亡の75%以上を占めると考えられている。これらのうちの1つのSalmonellaは人獣共通感染菌である。
 
ヒト医療における既存のおよび新たに発生する耐性に加えて、動物および植物における抗菌剤の使用が耐性をもたらし、ヒトに既に存在する耐性にそれが付加されるという懸念がますます表明されるようになった。
 
動物または植物/環境からヒトに耐性が伝達される方法には2つの可能性がある:
 
a) 病原性細菌の伝達
 
 
耐性人獣共通感染菌の感染は直接的にヒトの疾病をもたらすことがある。しかし、ヒトにおける全体的な耐性負荷への寄与の程度は注意深く評価すべきである。この領域における既存の耐性データはきわめて限られており、この評価が困難なことが証明されるかもしれない。
 
非病原菌の伝達については、可動性の、伝達性遺伝子にコードされた耐性機序がすでに多剤耐性であるヒト病原菌に伝達され、これによる感染症を治療不可能にし、致死的感染症にするかもしれないとして大きな恐怖になっている。あまり劇的でないシナリオとして、耐性遺伝子の伝達はヒト病原体の多剤耐性を付加することがあり得る。多剤耐性感染症の治療はより難しく、より経費がかかるから、そういう感染症は公衆衛生経費の増加をもたらすであろう。
 
細菌間の耐性遺伝子の伝達についての研究が公表されている。耐性遺伝子が伝達される可能性の影響は現在のところ研究の段階である。きわめて少数の国がEnterococci(これらの常在菌は、伝達可能な耐性を容易に発現するまたは取り込むので、適当な指標細菌と考えられている)を耐性サーベイランスに含めているが、サーベイランスの知見をどう解釈すべきかについての科学的コンセンサスは得られていない。
 
欠けている情報
 
ヒトの感染症情報が公的に収集されている場所でも、耐性感染症の比率および臨床的結果のデータは限られている。食品由来疾患のサーベイランスは多くの国で行われているが、国ごとにかなり多様であり、強化と調和が必要である。その他の国では、食品由来疾患のサーベイランスは行われていない。人獣共通病原体と同様に、動物の細菌と食品の抗菌剤耐性の公的サーベイランスは非常に少数の国で、限られた数の細菌について最近開始されたにすぎない。
 
WHOやOIEのような国際機関の支持の下に、多くの国が行う重要な努力を認識し、世界中の国が適切なデータの収集にさらなる努力をしなければならない。各国は識別された公衆衛生上の問題点、それに要する経費および利用できる資源を考慮して優先順位を確立するように試みるべきである。
 
引き続き抗菌剤耐性の知識を増大させるための研究が重要であり、これは意思決定過程に科学的知識を最大限に組み込むためである。
 
将来の研究
 
この課題の今後の研究はすべて有用であり、抗菌剤耐性の知識と抑制のための適切な措置についてのわれわれの理解を深めてくれる。
 
さらなる情報の取得が非常に重要と考えられる課題領域のいくつかを以下に示す:
 
a) 動物とヒトにおける抗菌剤の異なる使用様式の役割。これは病原体、常在菌および環境
細菌における耐性菌株の発生と増加に重要である。いくつかの課題を考慮すべきである:用量と投与期間、投与経路、薬物動態、薬力学、投与患者数/動物数、環境(下水、床敷き、土壌、動物舎)中安定性、菌種および動物種。
 
b) 細菌および遺伝子を動物とヒトの間で伝達させる無数の経路。生きている動物から消費
者の食卓の汚染食品に至るまでには、多くの汚染と伝播の機会がある。このため、汚染は必ず保有動物に由来するという考え方に疑問が生じ、この疑問を解明するために非常に注意深い研究が求められる。このような研究は、菌株ではなく、耐性遺伝子を追跡する場合に、設計と実施がとくに難しい。
 
c) 動物および環境細菌のヒトにおけるコロニー形成。グラム陽性菌はグラム陰性菌とは違
う伝播の仕方をするように思われる。細菌の宿主特異性に関係する因子はほとんど分かっていない。
 
d) リスクアナリシスの検討によってヒトの健康の問題を測ろうとする場合、とくにそれを
耐性形質(耐性遺伝子の伝達)に適用する時には、この因子を考慮すべきである。
 
e) 耐性問題を評価し、追跡するのに必要な情報。これはヒトと動物における抗菌剤消費の
サーベイランスシステムと記録による。ほとんどの国にはまだまったくサーベイランスシステムが作られていない。その上、比較と結果の解釈の方法がまだ整備されていない。
 
f) 耐性菌蔓延の増加または減少を説明するであろう因子。これらは最近、特定の抗菌剤と
の関連の強さを明らかにするために検討された。多剤耐性の場合には、直接関心のある以外の抗菌剤が共通または交差耐性に関与しているために、難しい問題を生じる。抗菌剤耐性の減少または抑制についての懸念にしたがって、他の多くの疑問が生じる。最近になって理解され始めたばかりであるが、環境生態系、動物およびヒトは、細菌の循環を通して非常に緊密に関連し合っている。
 
細菌のサーベイランスシステムならびに抗菌剤のもっと責任の持てる使用と合わせて、基礎および応用研究がフィードバックをもたらし、新たな理解の手がかりを与えるはずである。すべての抗菌剤が同じように行動するわけではなく、同じ系統に属す抗菌剤でもそうである点を理解していなければならない。このような科学的知識は公衆衛生上のまたは政策的な決定をする場合および消費者と地域社会をよりよく保護するためにガイドラインを修正し、更新する際に不可欠である。
 
取るべき行動
 
直ちにとるべき行動
 
OIE特別専門家グループは各国が抗菌剤耐性の問題を意識するように促している。
 
OIEは、直ちに取るべき行動として、OIE特別専門家グループの抗菌剤耐性:動物用抗菌剤の責任ある慎重な使用の勧告に示されているように、各国に動物用抗菌剤の慎重かつ責任のある使用の実行を強く促している。
 
抗菌剤の慎重使用の実行と同時に、各国は動物用抗菌剤の輸入、流通および使用のサーベイランスを確立することを求められている。各国は、必ず、模造抗菌剤の輸入、流通および使用を阻止するために必要な努力を行うべきである。OIE特別専門家グループのこの勧告は抗菌剤耐性:畜産に使用する抗菌剤の量のモニタリングに含まれている。
 
さらに、各国は、予備的評価として、その国においてもっとも重要な公衆衛生および抗菌剤耐性の問題を概観する試みを行うべきである。これを行うためには、動物の生産と医療分野との連絡を確立すべきである。
 
各国は、識別されたもっとも重要な問題に応じて、実行の時間枠を含む中期的行動の優先順位を決めるべきである。
 
将来必要なこと
 
OIE特別専門家グループは、OIE加盟国が新しい方法論を持つことおよびそれを自国における耐性の状況の客観的な、科学にもとづく見方を確立するために使用することを促している。OIEは各国が抗菌剤耐性に関連する衛生措置を定める場合に、リスクアナリシスを行うように強く勧める。関連情報とOIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:動物由来の抗菌剤耐性菌が公衆衛生に及ぼす可能性のある影響に対するリスクアナリシスの方法論に含まれている。
 
OIE加盟国は抗菌剤耐性の検出と識別に標準化された検査法の使用を確保すべきである。信頼できる耐性データを出すために、微生物検査機関は品質保証計画を実行し、外部の熟達試験プログラムに参加すべきである。熟達試験プログラムは地域レベルまたは準地域レベルで実施するのが好ましいであろう。OIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:抗菌剤耐性の検出と定量化のための検査法の基準化と調和に含まれている。
 
最も重要な公衆衛生および抗菌剤耐性に優先順位をつけたら、各国は必要ならヒト病原菌の、それが適当なら、動物の細菌および食品の抗菌剤耐性サーベイランスプログラムを確立すべきである。この問題をどう扱うかについてのOIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:動物および動物由来食品の各国の抗菌剤耐性モニタリング/サーベイランスプログラムの調和に含まれている。
 
この問題の重要性を考慮し、意思決定の一貫性を促すために、OIEはFAOやWHOのような他の国際機関と協調して作業を継続し、また、そうすることが適当なら、その他の国際的または地域の機関との共同作業も引き続き行うことになる。
 
付録A
 
OIE抗菌剤特別専門家グループ
メンバー
 
Jacques Acar (Chair), Emeritus Professor of Microbiology, Universit Pierre et Marie Curie, Paris, France. E-mail: wanadoo.fr
 
Sharon Thompson (Vice-Chair), Joint Institute for Food Safety Research, Department for Health and Human Services Liaison, 1400 Independence Avenue, SW, Mail Stop 2256, Washington, DC 20250-2256, United States of America. E-mail: sthompson@jifsr.gov
 
Francis Anthony, Topic Leader Guideline No. 2, Fresh Acre Veterinary Surgery, Flaggoners Green, Bromyard, Herefordshire, HR7 4QR, United Kingdom. E-mail: francis.anthony@virgin.net
 
Anders Franklin, Topic Leader Guideline No. 5, Department of Antibiotics, SVA, SE 751 89 Uppsala, Sweden. E-mail: Anders.Franklin@sva.se
 
David Vose, Topic Leader Guideline No. 1, David Vose Consulting, Le Bourg, 24400 Les L ches, France. E-mail: dvose@compuserve.com
 
Terry Nicholls, Topic Leader Guideline No. 3, Animal Health Science and Emergency Management Branch, National Offices of Animal and Plant Health and Food Safety, Department of Agriculture, Fisheries and Forestry, P.O. Box 858, Canberra ACT 2601, Australia
R. Gupta, College of Veterinary Sciences, Veterinary Bacteriology, Department of Microbiology, G.B. Pant University of Agriculture and Technology, Pantnagar 263 145 Uttar Pradesh, India
 
Yutaka Tamura,National Veterinary Assay Laboratory, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, 1-51-1 Tokura, Kokubunji, Tokyo 185-8511, Japan. E-mail: tamuray@nval.go.jp
 
E. John Threlfall, Laboratory of Enteric Pathogens, PHLS Central Public Health Laboratory, 61 Collindale Avenue, London NW9 5HT, United Kingdom. E-mail: jthrelfall@phls.nhs.uk
 
Moritz van Vuuren, Department of Veterinary Tropical Diseases, Faculty of Veterinary Science, University of Pretoria, Private Bag X04, Onderstepoort 0110, South Africa. E-mail: mvvuuren@op.up.ac.za
 
David G. White, Topic Leader Guideline No. 4, Centre for Veterinary Medicine, Food and Drug Administration, Office of Research, HFV-530, 8401 Muirkirk Rd, Laurel, MD 20708, United States of America. E-mail: Dwhite@cvm.fda.gov
オブザーバー
Maria Lourdes Costarrica, FAO, Food Quality and Standards Service, Via delle Terme de Caracalla, 00100 Rome, Italy. E-mail: lourdes.costarrica@fao.org
 
H.C. Wegener, WHO, Division of Emerging and Transmissible Diseases, Animal and Food-related Public Health Risks, 20 avenue Appia, 1211 Geneva, Switzerland
OIE
Barbara R stel, OIE Collaborating Centre for Veterinary Medicinal Products, ANMV-AFSSA Foug res, B.P. 90203, 35302 Foug res Cedex, France. E-mail:b.rostel@anmv.afssa.fr
 
Jacques Boisseau, Director of OIE Collaborating Centre for Veterinary Medicinal Products, ANMV-AFSSA Foug res, B.P. 90203, 35302 Foug res Cedex, France. E-mail: j.boisseau@anmv.afssa.fr
 
Jim Pearson, Head, Scientific and Technical Department, Office International des Epizooties, 12 rue de Prony, 75017 Paris, France. E-mail: je.pearson@oie.int
 
付録B
 
抗菌剤耐性に関するOIEガイドライン
 
以下の文書がOIE抗菌剤耐性特別専門家グループの業績と勧告である。この分野で認められている国際的な専門家がこのグループを構成している。このグループは世界の異なる地域を代表するように設定された。さらに、医学および獣医学、微生物学、検査法およびリスクアナリシスの国際的に認められた専門家も加えた。
― 動物由来の抗菌剤耐性菌が公衆衛生に及ぼす可能性のある影響のリスクアナリシスの方法
― 動物用抗菌剤の責任のある慎重な使用
― 畜産に使用する抗菌剤の量のモニタリング
― 抗菌剤耐性の検出と定量のための検査法の基準化と調和
― 各国の動物および動物由来食品の抗菌剤耐性モニタリング/サーベイランスプログラムの調和
 
付録C
 
背景文献
Boisseau J. & Röstel B. (1999). ? The role of international trade in animals, animal products and feed in the spread of transferable antibiotic resistance and possible methods for control of the spread of infectious agent resistance factors. In Comprehensive reports on technical items presented to the International Committee or to Regional Commissions. Office International des Epizooties, Paris, 197-234.
Centers for Disease Control and Prevention (1998).  Incidence of foodborne illnessess  FoodNet, 1997. MMWR, 47 (37), 782-786.
Mead P.S., Slutsker L., Dietz V., McCaig L.F., Bresee J.S., Shapiro C., Griffin P.M. & Tauxe R.V. (1999).  Food-related illness and death in the United States. Emerg. infect. Dis., 5 (6), 840-842.
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最初の場合は、セレクターに接触した特定のクローンに起こる突然変異から生じる耐性形質から生じる。
 
2番目の場合は、耐性遺伝子の獲得にドナー株からレシピエント株への耐性遺伝子の伝達が必要である。この場合には、抗菌剤の存在下で、耐性(ドナー)と感受性(レシピエント)の2つの細菌のポピュレーションが必要である。
 
感染症においては通常、感染部位に1つの細菌のポピュレーションが存在する点に注目すべきである。患者は治療中に突然変異による耐性を獲得することがあり得る(リファンピン、フルオロキノロン)。突然変異による耐性が発現しただけなら、容易に、かつ速やかに患者にそれを観察できるが、遺伝子の獲得による耐性は数ヶ月もあるいは数年も経過してからしか認識できない。
 
耐性機序を支配し、それを同種または異種の細菌の間に広めることができる遺伝子の最初の由来はすっかり判っているわけではない。しかし、これらの遺伝子は一般に自身が生産する抗生物質から生き延びる機序(たとえばアミノグリコシドを修飾する酵素)を必要とする抗生物質生産菌に由来するらしいとされている。これらは自然に生じる現象であり、ヒトが行う抗菌剤の生産および使用とは無関係である。
 
自然耐性菌の染色体から遺伝子を移動させる“ピックアップ"機序から伝達性耐性遺伝子が生じるという証拠もある(たとえば、プラスミド局在セファロスポリナーゼ)。
 
染色体性耐性と伝達性耐性の厳密な分離はできないが、疫学的ツールとして区別をすることが有用である。キノロン耐性株の伝達は、セフトリアキソン耐性Salmonellaのそれと比較して、クローン性(キノロンに対する耐性は染色体性突然変異)であることを認識している必要がある。後者の場合は、クローンと結合したプラスミドによる伝達であり、異なるSalmonella種または他のEnterobacteriaceaeと連結できる。
 
どこで耐性が生じるか?
 
耐性発現に好都合な場所を証明した研究はきわめて少ない。セレクターは、耐性ポピュレーションの選択と増殖のために必要な適正濃度および時間に、細菌のポピュレーションと混合されなければならない。あるユニークな細菌ポピュレーションでは、発現する耐性が必ず細菌細胞に予め存在する遺伝子の突然変異を通して選択される。耐性発現の場所が、異なる細菌(耐性と感受性)の混合ポピュレーションからなる場合には、生じる耐性は突然変異によることもあり、耐性菌細胞から遺伝子をde novoに獲得することもある。いくつかの菌種が存在する場所に入った抗菌剤は、感受性菌を殺すが、一方、耐性菌株は単に生存できる強みによって増殖する。以下の場合に感受性ポピュレーションから耐性クローンが選択されることがある:
 
a) 抗菌剤の濃度が減少して、感受性集団の一部を生存可能にする
 
(1) 細菌のポピュレーション内に突然変異細菌細胞が存在する(突然変異の頻度は抗菌剤間
で大きく違う)
 
(1) 遺伝子(プラスミド、トランスポゾン)の伝達が、予め存在する耐性菌細胞と生存してい
る細菌細胞の間で起こる。
 
もっとも研究されている耐性発生の場所はヒトおよび動物の消化管である。腸内には莫大な数の細菌と菌種があり、ほとんどの抗菌剤が余儀なく存在する(経口投与および胆汁中排泄)ことから、耐性発現に不可欠な場の重要性が説明される。
 
明らかに、突然変異細菌細胞は理論的に細菌と抗菌剤が接触するあらゆる場所(たとえば、膿瘍、蓄膿症、尿など)で選択され得る。
 
しかし、染色体突然変異による耐性はもっとも頻度が高い耐性のシステムではなく、多くの抗菌剤に影響を与えない。高頻度に(>10-8)突然変異を生じる抗菌剤だけが影響を受ける(リファンピン、フシジン酸、キノロン、フォスフォマイシン)。
 
これらの場合に、突然変異は容易に選択される。耐性クローンはしばしば治療中にまたは短期間の遅れで観察される。このような耐性の発現は劇的であり、医師または獣医師によって容易に観察される。
 
実際には、突然変異は耐性問題の小さい部分である。主要な問題はもともと感受性である細菌細胞が獲得する外来遺伝子によって支配される機序の選択と安定化に関連する。
 
前述したように、細菌の強力な伝達が遺伝子の伝達または細菌細胞の伝達をもたらす。多剤耐性病原体(プラスミド、トランスポゾンまたはインテグロンによる)の発生には長期間かかり、この間に多くの細菌(常在菌、環境菌)が巻き込まれ、この期間中にはこの現象は臨床的に明らかにならない。この場合には、耐性病原体の発生は抗菌剤の処方者からずっと離れた場所で、最初の選択から長く経過してから起こる。
 
耐性株が作られ、選択される2に重要な場所は環境に関連する(水、土、動物の床敷、下水、病院の器材など)。
 
いくつかの抗菌剤が1ヶ所に一緒に存在することがある。これらの抗菌剤は別々に耐性を選択するが、すでにそれらに耐性である細菌が存在すれば、協力することがある。多剤耐性株は、複数の抗菌剤への曝露を容易に生き延びることができるので、好都合である。これらの多剤耐性株は新しい耐性も獲得しやすい。
 
直面している問題はなにか?
 
ヒト医療における感染症と耐性
 
抗菌剤耐性の現状を説明する際にわれわれが直面する問題は、この領域の組織的な公的疾病調査および報告が限られているまたは多くの場合に欠如していることである。検査室で確認された症例のようなしっかりしたデータは、疾病調査と報告の精緻なシステムが存在する開発国においてさえ限られている。疾病の総発生率、罹病率、死亡率および経済的影響の記述は推定にもとづいており、その推定は基礎にある仮定の妥当性に応じて誤差と不確かさが内在していることがある。近年、少数の国がin vitro細菌感受性データを入手する公的な耐性調査を開始している。しかし、臨床的結果に関する組織的なデータの報告は限られている。したがって、多くの場合にin vitroのデータは、臨床的結果と関連付けることなしに、解釈しなければならない。
 
この状況の理由は、先ず病気の調査と報告に付随する経費に関連があることもあるが、政治的意識に欠けることおよび疾病統計が公衆の意見にマイナスの影響があることにもよる。
 
WHOによれば、ヒト病原体における抗菌剤耐性の発生と伝播は、ヒトにおける感染症の治療の成功にますます大きく影響する世界的問題と考えられている。
 
WHOは世界中で感染症による死亡の90%をもたらしている6つの疾病(結核、マラリア、肺炎、[HIV]/後天性免疫不全症候群[AIDS]、下痢症および麻疹)を明らかにしている。これらの疾病の一部は細菌によるが、比較的大きな部分は寄生虫とウイルスの感染による。
 
医療における耐性の状況を概観するために、これらの感染症を簡単にレビューする。
 
結核
 
一旦はコントロールされたと思われた疾病である結核は現在、年間150万人の死亡の原因になっている(さらに50万人が結核とHIV/AIDSの併発で死亡している)。20億人近く(世界の人口の約1/3に当る)が結核に不顕性感染している。これがこの疾病の膨大な潜在的保有宿主を構成している。結核は青年と成人の最大の感染症死の原因の1つであり、婦人の死亡の主因でもある。HIV感染が免疫系を弱くし、不顕性結核感染を活性化することがある。HIVの感染も結核にかかるリスクを増大させると思われる。現在、すべてのAIDS死の約1/3が結核による。
 
1人の患者がAIDSと結核の両方に感染していることがあるから、結核の保有者は増加しており、地域社会のより多くのヒトが脅威にさらされている。
 
さらに、結核はますます抗結核薬に耐性になりつつある。多剤耐性結核症例は現在の世界の結核症例数のほぼ1~2%と研究者は推定している。しかし、世界の一部の地域では多剤耐性結核の率はもっと高い。中国(Henan and Zhejiang)、インド(Tamil Nadu)、イラン、モザンビークおよびロシア(Tomsk)では、それぞれ多剤耐性結核が新たな症例に高率(3%以上)と報告されている。イスラエル、イタリア、メキシコ(Baja California、OaxacaおよびSinaloa)では新たな症例と以前に治療した症例を併せて6%以上に多剤耐性が報告されている。
 
マラリア
 
マラリアは年間100万人を殺しており,その大多数は幼児である。マラリアによる死亡のほとんどはサハラ以南のアフリカで起こり、そこではすべての子供の死亡の1/5がマラリアによる。婦人は妊娠中にとくにこの病気にかかりやすく、流産または未熟な低体重児出産を起こし、またこの疾病で死亡しやすい。世界中では、毎年、推定3~4億人がこの蚊が媒介する寄生原虫に感染している。
 
マラリア原虫の耐性発現は細菌耐性と類似している。
 
後天性免疫不全症候群および性交感染症
 
1999年の終りに、世界中で推定3,360万人のHIV患者が生存していた。まだ、治癒した例はない。いくつかの国では、成人の4人に1人がHIV/AIDSに感染して生活している。最悪の発生地域はサハラ以南のアフリカである
 
ジドブジン(AZT)に対して一次耐性を示す患者は、少数とはいえ増加しつつあるが、これは患者の病気の経過を通してウイルスが抗ウイルス薬にますます非感受性になる“二次"耐性とは異なる。これは10年前に利用され始めたにすぎないプロテアーゼ阻害剤も同様である。
 
淋病および性交感染症(STIs)は、HIVの伝播および蔓延の重要な補助因子である。これはHIVが泌尿生殖器系周囲の炎症部位に集積する白血球と結合するからである。淋病とHIVに同時感染している患者はHIV単独感染者よりも9倍のHIVを排出することを示す調査がある。
 
軟性下疳およびクラミジア感染症を含むSTIsのうちで、淋病の耐性率が高く、もっとも元気がよく、新たな治療戦略を逃れつづけている。淋病の耐性はベトナム戦争中に兵士の間に初めて出現し、いまでは世界中に蔓延し、毎年感染する患者の60%が多剤耐性株による。東南アジアの大部分では、ペニシリンに対する耐性が全体としてすべての株の98%近くに報告されている。新しい高価な薬剤、とくにシプロフロキサシンが同様に無効率の増加を示しつつある。耐性のために、慢性淋病がHIV流行の原動力になっている。
 
肺炎
 
急性呼吸器感染症(ARIs)が毎年、350万人の死亡に関与している。もっとも危険なARIである肺炎が、他のどんな感染症よりも多くの子供を殺している。これらの死の大多数(99%)は開発途上国で起きている。一方、工業国では肺炎による子供の死はまれである。肺炎はしばしば出生時体重の低い子供または栄養不良や他の病気で免疫系が弱っている子供をおかす。治療しないと、肺炎は速やかに死をもたらす。
 
肺炎の主因はインフルエンザウイルスとStreptococcus pneumoniaeである。
 
今日では、世界中でペニシリンGに対して耐性を生じたStreptococcus pneumoniaeが認められている。しかし、耐性株の浸潤率は調査した検査株の5%から70%とさまざまであった。これらの株のほとんどは、他のいくつかの抗菌剤(マクロライド系、テトラサイクリン系、トリメトプリム)にも耐性で、第一選択の治療法の選択を危険なまでに制限する。
 
麻疹
 
麻疹はヒトの疾病のうちでもっとも伝染性が強い。これは開発途上国における子供の主要な死因であり、年間約90万人がこのために死ぬ。麻疹ウイルスは、肺炎、下痢および栄養不良を併発するので、他のいずれの単独感染微生物よりも多くの子供に死をもたらす。
 
院内感染症
 
メチシリン耐性Staphylococcus aureus (MRSA)、バンコマイシン耐性グラム陰性桿菌(VRE)およびEnterococciと発酵性グラム陰性Enterobacteriaceaeが、開発国でも開発途上国でも、病院でもっともしばしば分離される多剤耐性菌で、院内感染症の治療をもっとも困難にしている。
 
下痢性疾患
 
下痢性疾患は年間200万人近くの5歳未満の子供の命にかかわるといわれる。これは発展途上国に広範に蔓延しており、しばしば両親がこの危険な徴候を認識していない。子供は食物の不足で栄養不良であり、急速な水分喪失のために衰弱する。下痢性疾患は開発途上国にとって大きな負担であり、5歳未満の子供に年間15億症例の発生をもたらす。この負担は衛生状態が悪く、消毒が不十分で、飲み水が安全でない貧困地帯にもっとも高率である。いくつかの開発途上国では、コレラや赤痢のような下痢性疾患の流行が成人も子供も同様に襲っている。
 
その他の下痢性疾患として、発疹チフスおよびロタウイルス感染症、サルモネラ症およびカンピロバクター症を含む。
 
多剤耐性は下痢性疾患を起こさせる微生物にも生じている。このような病原体の1つであるShigella dysenteriaeは強度の毒力を持つ微生物であり、入手可能なほとんどすべての薬剤に耐性である。この増大しつつある危機は、1994年のルワンダの内戦につづいて、この細菌が戦争と敗北ですでに傷ついて、衰弱した難民の間に蔓延した例にもっとも顕著に示された。治療しないで放置すると、感染後数日で死亡する。10年前には、Shigellaの流行はゾロ品が安く入手できるコトリモキサゾールで容易にコントロールできた。今日、Shigellaのほとんどすべてがこの薬剤に応答せず、一方、残された唯一の有効な薬剤であるシプロフロキサシンに対する耐性が出現し始めている。
 
コレラおよびチフスの原因菌も容易に耐性を獲得することが認められている。コレラ患者の治療には補液がなによりも重要であるが、抗菌剤(とくにテトラサイクリン)が流行を制限する重要な公衆衛生上の役割を果たす。Salmonella Typhiは、Shigellaと同様に、耐性遺伝子の蓄積したカセットを持ち、第1選択、第2選択、いまや第3選択の薬剤に抵抗する菌株を作る。1972年まではインド亜大陸の発疹チフスの多くはクロラムフェニコールが第1選択薬であった。1992年には、報告症例の2/3がクロラムフェニコール耐性で、高価なキノロン剤による治療が不可欠になり、この薬剤の有効性も失われつつある。適切に治療しないと、チフスは重篤でしばしば再発する病気であり、感染者の10%も死ぬことがある。
 
食品由来疾患
 
食品と水に由来する疾病は主として下痢性疾患である。6つの主要菌種(SalmonellaCampylobacterE. coliYersiniaClostridiaおよびListeria)がこれらの感染症に関与している。重篤な症例は全身性疾病を起こすことがある。
 
ヒトが摂取する食品と水が動物および環境中の細菌に汚染されている可能性が強いので、科学者はこの領域に特別な注意を払い始めている。入手可能な科学的データは限られているが、食品と食品由来疾患がヒトの抗菌剤耐性疾患に特別な役割を果たしていると多くのヒトが考えている。
 
これに関連して抗菌剤耐性を考える場合には、多数の要素を考慮すべきであり、そのいくつかを以下に述べる。
 
食品または水に由来する細菌がヒトに疾病を起こさせる場合(たとえばSalmonellaCampylobacter)には、抗菌剤に耐性であるか、感受性であるかにかかわらず、直接的にヒトに病気を起こさせる。これらの食品および水に由来する疾病のほとんどが下痢性疾患をもたらす。これらの疾病の大多数は自己限定的で、抗菌剤治療を必要とせず、対症療法で治療するのがもっとも適当である。疾病が耐性菌によって起こり、かつ抗菌剤治療を必要とする場合には、治療が長引いたり、他のおそらくもっと高価な抗菌剤を用いなければならないことがある。細菌が入手可能なすべての抗菌剤に耐性である場合には、その感染症は抗菌剤で治療できないことがあり、最終的に患者はコントロール不可能な感染症の結果として死ぬことがある。
 
食品または水に由来する細菌がヒトに疾病をもたらさない時(Enterococci)には、動物または環境中細菌が抗菌剤に耐性になっている場合、およびそれらの細菌の耐性遺伝子がヒトの病原体に伝達される可能性がある特殊な場合に、間接的にヒトに疾病をもたらすことがある。その結果として、食品または水由来ではないかもしれない完全に異なるヒトの疾病の治療が困難になるまたは不可能になることがある。動物または環境中の非病原菌からヒトの病原菌に耐性遺伝子が伝達される可能性の影響を評価することは、非常に複雑で難しく、現状ではまだ研究の段階である。動物/環境およびヒト病原菌の両方にある耐性遺伝子の組成が同じであることを証明するため、および動物/環境からヒトの細菌ポピュレーションへ、あるいはその逆の遺伝子の伝達を追跡するために、分子的および疫学的方法が必要である。伝達の方向の追跡は、問題の抗菌剤がヒトと動物または植物の両方に使用されている場合にはとくに困難である。
 
ヒトに使用されていない動物または植物の抗菌剤が、ヒトの健康に与える影響と重要性を評価するためには、耐性病原体による食品と水の汚染、食品由来感染症、耐性菌の感染症の割合(%)およびこれらの耐性菌感染症の臨床的結果に関するデータを体系的に収集すべきである。
 
食品由来疾患のサーベイランスと耐性
 
食品由来疾患のサーベイランスはいくつかの国では20年も前から始まっているが(WHO Surveillance Programme for Control of Food Borne Infections and Intoxications in Europe)、世界中の多くの国には食品由来疾患のサーベイランスが欠けているようであり、明らかに改善が必要と思われる。しかし、この種のサーベイランスが存在する場合にも、食品および水中の抗菌剤耐性菌に関するならびに抗菌剤耐性の動物または環境細菌によるヒト感染症に関する情報の体系的な公的収集は少ない。
 
食品および水に由来する疾患の報告のいくつかを以下に引用するが、これらによって食品由来疾患における抗菌剤耐性の役割ならびにヒトの耐性問題における動物または環境由来の耐性伝達に食品および水が果たす役割の評価の複雑さをある程度示せるかもしれない。
 
WHO Surveillance Programme for Control of Foodborne Infections and Intoxications in Europeの報告書第7版は「さまざま、かつ広範囲な食品由来疾患についてその発生と蔓延に関する正確なデータを提供できる国はなく、サーベイランスプログラムがあるとしても、そのほとんどは少数の発生について情報を収集しているにすぎない。したがって、その問題の実際の程度を推定することは不可能である。病因が本質的に多因子性であり、長期に曝露された場合にだけ発病する例もある。その結果として、食品の汚染から生じる健康上の問題の多くは食品由来疾患の統計に現われない」と述べている。
 
この報告書は、動物における抗菌剤の使用が、(耐性S. Typhimurium DT 104に見られるような)抗菌剤耐性非チフスSalmonella血清型やヒト、家禽および家禽肉から分離されるフルオロキノロン耐性Campylobacter jejuniを選択するという直接的証拠があることを指摘しているが、しかし「人獣共通感染菌の蔓延と伝播に関する情報は限られている。一部の国におけるモニタリングプログラムは開発の初期段階にあり、これらのいくつかは病院と地域社会における耐性モニタリングの強化と並行している。食用動物および動物性食品に由来する細菌の抗菌剤耐性のモニタリングは、国内にしても、国際的にしても、まだ揺籃期にある」ことを指摘している。
 
米国では食品由来疾患の定量的な集計データを容易に入手することが可能であり、1997年の以下に示す。
 
米国では、食品由来疾患で7,600万人が病気になり、325,000人が入院し、5,000人が死亡すると推定されていて、死亡者のうち1,800人は特定の原因に関連づけられている。食品で伝播するとされるすべての疾病のうち、30%は細菌、3%は寄生虫、67%はウイルスが原因である。食品に関連すると推定される死亡の90%以上を占める5大病原体は、Salmonella(31%)、Listeria(28%)、Toxoplasma(21%)、ノルウォーク様ウイルス(7%)、Campylobacter(5%)およびE. coli O157: H7(3%)である。
 
1997年に、US FoodNetによる積極的なサーベイランスで食品由来疾患の検査機関で確認された8,576症例が報告されており、そのうち3,974症例はカンピロバクター症、2,205症例はサルモネラ症、1,273症例はシゲラ症、468症例はクリプトスポリジウム症、340症例はE. coli O157: H7、139症例はエルシニア症、77症例はリステリア症、51症例はビブリオ感染症、49症例はサイクロスポラ症と同定された。検査機関で確認された8,576症例のうち、全体として1,270症例(15%)が入院したが、その内訳はリステリア症が最高(88%)で、つづいてE. coli O157: H7感染(29%)、サルモネラ症(21%)の順であった。検査機関で確認された感染症例のうち36例が死亡したが、15例がListeria、13例がSalmonella、4例がE. coli O157: H7、2例がCryptosporidiumCampylobacterおよびShigellaが1例ずつであった。1997年の調査は米国の全人口の6.0%に当る1,610万人を含む地域で行われた。
 
残念ながら、これらの発表には現在のところ耐性菌による感染の割合についての情報はない。
 
科学的評価
 
現在の知識
 
抗菌剤耐性は自然現象である。これは抗菌剤の影響から自身を防御する細菌の自然応答である。抗菌剤耐性の発現は生態学的現象ある。ヒト、動物または植物/環境のどこで抗菌剤を使用しても、耐性を生じることがある。原則として、ヒト、動物および植物に抗菌剤の同じ分子および同じ系統が使用される。ヒト、動物および環境が耐性を発現させるリザーバーの代表である。大多数の細菌が、少なくとも一過性には、可能なあらゆる宿主-ヒト、動物、植物、環境-に汚染またはコロニーを形成することが可能であり、異なる宿主間および宿主と環境の間の交換がある。
 
ヒト医療における抗菌剤耐性の問題は、世界中で公衆衛生上の脅威であるとの認識が高まりつつある。主要な問題についての記載があり、これらは一般に寄生虫、ウイルスおよびヒト病原菌感染症ならびにヒト医療における抗菌剤の使用と大きく関連している。ヒトの6大疾患の1つである下痢症の一部は人獣共通感染菌に関連している。WHOはコレラ、チフス、Shigellaおよびロタウイルス感染が、栄養不良、悪い衛生設備、不衛生および危険な飲水と組み合わさって、発展途上国における激しい下痢性疾患発生の主因になっていると指摘している。米国では、SalmonellaListeriaおよびToxoplasmaの3つの病原体が既知の病原体による死亡の75%以上を占めると考えられている。これらのうちの1つのSalmonellaは人獣共通感染菌である。
 
ヒト医療における既存のおよび新たに発生する耐性に加えて、動物および植物における抗菌剤の使用が耐性をもたらし、ヒトに既に存在する耐性にそれが付加されるという懸念がますます表明されるようになった。
 
動物または植物/環境からヒトに耐性が伝達される方法には2つの可能性がある:
 
a) 病原性細菌の伝達
 
    1 非病原菌またはその耐性をコードしている遺伝子の伝達
 
耐性人獣共通感染菌の感染は直接的にヒトの疾病をもたらすことがある。しかし、ヒトにおける全体的な耐性負荷への寄与の程度は注意深く評価すべきである。この領域における既存の耐性データはきわめて限られており、この評価が困難なことが証明されるかもしれない。
 
非病原菌の伝達については、可動性の、伝達性遺伝子にコードされた耐性機序がすでに多剤耐性であるヒト病原菌に伝達され、これによる感染症を治療不可能にし、致死的感染症にするかもしれないとして大きな恐怖になっている。あまり劇的でないシナリオとして、耐性遺伝子の伝達はヒト病原体の多剤耐性を付加することがあり得る。多剤耐性感染症の治療はより難しく、より経費がかかるから、そういう感染症は公衆衛生経費の増加をもたらすであろう。
 
細菌間の耐性遺伝子の伝達についての研究が公表されている。耐性遺伝子が伝達される可能性の影響は現在のところ研究の段階である。きわめて少数の国がEnterococci(これらの常在菌は、伝達可能な耐性を容易に発現するまたは取り込むので、適当な指標細菌と考えられている)を耐性サーベイランスに含めているが、サーベイランスの知見をどう解釈すべきかについての科学的コンセンサスは得られていない。
 
欠けている情報
 
ヒトの感染症情報が公的に収集されている場所でも、耐性感染症の比率および臨床的結果のデータは限られている。食品由来疾患のサーベイランスは多くの国で行われているが、国ごとにかなり多様であり、強化と調和が必要である。その他の国では、食品由来疾患のサーベイランスは行われていない。人獣共通病原体と同様に、動物の細菌と食品の抗菌剤耐性の公的サーベイランスは非常に少数の国で、限られた数の細菌について最近開始されたにすぎない。
 
WHOやOIEのような国際機関の支持の下に、多くの国が行う重要な努力を認識し、世界中の国が適切なデータの収集にさらなる努力をしなければならない。各国は識別された公衆衛生上の問題点、それに要する経費および利用できる資源を考慮して優先順位を確立するように試みるべきである。
 
引き続き抗菌剤耐性の知識を増大させるための研究が重要であり、これは意思決定過程に科学的知識を最大限に組み込むためである。
 
将来の研究
 
この課題の今後の研究はすべて有用であり、抗菌剤耐性の知識と抑制のための適切な措置についてのわれわれの理解を深めてくれる。
 
さらなる情報の取得が非常に重要と考えられる課題領域のいくつかを以下に示す:
 
a) 動物とヒトにおける抗菌剤の異なる使用様式の役割。これは病原体、常在菌および環境
細菌における耐性菌株の発生と増加に重要である。いくつかの課題を考慮すべきである:用量と投与期間、投与経路、薬物動態、薬力学、投与患者数/動物数、環境(下水、床敷き、土壌、動物舎)中安定性、菌種および動物種。
 
b) 細菌および遺伝子を動物とヒトの間で伝達させる無数の経路。生きている動物から消費
者の食卓の汚染食品に至るまでには、多くの汚染と伝播の機会がある。このため、汚染は必ず保有動物に由来するという考え方に疑問が生じ、この疑問を解明するために非常に注意深い研究が求められる。このような研究は、菌株ではなく、耐性遺伝子を追跡する場合に、設計と実施がとくに難しい。
 
c) 動物および環境細菌のヒトにおけるコロニー形成。グラム陽性菌はグラム陰性菌とは違
う伝播の仕方をするように思われる。細菌の宿主特異性に関係する因子はほとんど分かっていない。
 
d) リスクアナリシスの検討によってヒトの健康の問題を測ろうとする場合、とくにそれを
耐性形質(耐性遺伝子の伝達)に適用する時には、この因子を考慮すべきである。
 
e) 耐性問題を評価し、追跡するのに必要な情報。これはヒトと動物における抗菌剤消費の
サーベイランスシステムと記録による。ほとんどの国にはまだまったくサーベイランスシステムが作られていない。その上、比較と結果の解釈の方法がまだ整備されていない。
 
f) 耐性菌蔓延の増加または減少を説明するであろう因子。これらは最近、特定の抗菌剤と
の関連の強さを明らかにするために検討された。多剤耐性の場合には、直接関心のある以外の抗菌剤が共通または交差耐性に関与しているために、難しい問題を生じる。抗菌剤耐性の減少または抑制についての懸念にしたがって、他の多くの疑問が生じる。最近になって理解され始めたばかりであるが、環境生態系、動物およびヒトは、細菌の循環を通して非常に緊密に関連し合っている。
 
細菌のサーベイランスシステムならびに抗菌剤のもっと責任の持てる使用と合わせて、基礎および応用研究がフィードバックをもたらし、新たな理解の手がかりを与えるはずである。すべての抗菌剤が同じように行動するわけではなく、同じ系統に属す抗菌剤でもそうである点を理解していなければならない。このような科学的知識は公衆衛生上のまたは政策的な決定をする場合および消費者と地域社会をよりよく保護するためにガイドラインを修正し、更新する際に不可欠である。
 
取るべき行動
 
直ちにとるべき行動
 
OIE特別専門家グループは各国が抗菌剤耐性の問題を意識するように促している。
 
OIEは、直ちに取るべき行動として、OIE特別専門家グループの抗菌剤耐性:動物用抗菌剤の責任ある慎重な使用の勧告に示されているように、各国に動物用抗菌剤の慎重かつ責任のある使用の実行を強く促している。
 
抗菌剤の慎重使用の実行と同時に、各国は動物用抗菌剤の輸入、流通および使用のサーベイランスを確立することを求められている。各国は、必ず、模造抗菌剤の輸入、流通および使用を阻止するために必要な努力を行うべきである。OIE特別専門家グループのこの勧告は抗菌剤耐性:畜産に使用する抗菌剤の量のモニタリングに含まれている。
 
さらに、各国は、予備的評価として、その国においてもっとも重要な公衆衛生および抗菌剤耐性の問題を概観する試みを行うべきである。これを行うためには、動物の生産と医療分野との連絡を確立すべきである。
 
各国は、識別されたもっとも重要な問題に応じて、実行の時間枠を含む中期的行動の優先順位を決めるべきである。
 
将来必要なこと
 
OIE特別専門家グループは、OIE加盟国が新しい方法論を持つことおよびそれを自国における耐性の状況の客観的な、科学にもとづく見方を確立するために使用することを促している。OIEは各国が抗菌剤耐性に関連する衛生措置を定める場合に、リスクアナリシスを行うように強く勧める。関連情報とOIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:動物由来の抗菌剤耐性菌が公衆衛生に及ぼす可能性のある影響に対するリスクアナリシスの方法論に含まれている。
 
OIE加盟国は抗菌剤耐性の検出と識別に標準化された検査法の使用を確保すべきである。信頼できる耐性データを出すために、微生物検査機関は品質保証計画を実行し、外部の熟達試験プログラムに参加すべきである。熟達試験プログラムは地域レベルまたは準地域レベルで実施するのが好ましいであろう。OIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:抗菌剤耐性の検出と定量化のための検査法の基準化と調和に含まれている。
 
最も重要な公衆衛生および抗菌剤耐性に優先順位をつけたら、各国は必要ならヒト病原菌の、それが適当なら、動物の細菌および食品の抗菌剤耐性サーベイランスプログラムを確立すべきである。この問題をどう扱うかについてのOIE特別専門家グループの勧告は抗菌剤耐性:動物および動物由来食品の各国の抗菌剤耐性モニタリング/サーベイランスプログラムの調和に含まれている。
 
この問題の重要性を考慮し、意思決定の一貫性を促すために、OIEはFAOやWHOのような他の国際機関と協調して作業を継続し、また、そうすることが適当なら、その他の国際的または地域の機関との共同作業も引き続き行うことになる。
 
付録A
 
OIE抗菌剤特別専門家グループ
メンバー
 
Jacques Acar (Chair), Emeritus Professor of Microbiology, Universit Pierre et Marie Curie, Paris, France. E-mail: jfacar7@wanadoo.fr
 
Sharon Thompson (Vice-Chair), Joint Institute for Food Safety Research, Department for Health and Human Services Liaison, 1400 Independence Avenue, SW, Mail Stop 2256, Washington, DC 20250-2256, United States of America. E-mail: sthompson@jifsr.gov
 
Francis Anthony, Topic Leader Guideline No. 2, Fresh Acre Veterinary Surgery, Flaggoners Green, Bromyard, Herefordshire, HR7 4QR, United Kingdom. E-mail: francis.anthony@virgin.net
 
Anders Franklin, Topic Leader Guideline No. 5, Department of Antibiotics, SVA, SE 751 89 Uppsala, Sweden. E-mail: Anders.Franklin@sva.se
 
David Vose, Topic Leader Guideline No. 1, David Vose Consulting, Le Bourg, 24400 Les L ches, France. E-mail: dvose@compuserve.com
 
Terry Nicholls, Topic Leader Guideline No. 3, Animal Health Science and Emergency Management Branch, National Offices of Animal and Plant Health and Food Safety, Department of Agriculture, Fisheries and Forestry, P.O. Box 858, Canberra ACT 2601, Australia
R. Gupta, College of Veterinary Sciences, Veterinary Bacteriology, Department of Microbiology, G.B. Pant University of Agriculture and Technology, Pantnagar 263 145 Uttar Pradesh, India
 
Yutaka Tamura,National Veterinary Assay Laboratory, Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, 1-51-1 Tokura, Kokubunji, Tokyo 185-8511, Japan. E-mail: tamuray@nval.go.jp
 
E. John Threlfall, Laboratory of Enteric Pathogens, PHLS Central Public Health Laboratory, 61 Collindale Avenue, London NW9 5HT, United Kingdom. E-mail: jthrelfall@phls.nhs.uk
 
Moritz van Vuuren, Department of Veterinary Tropical Diseases, Faculty of Veterinary Science, University of Pretoria, Private Bag X04, Onderstepoort 0110, South Africa. E-mail: mvvuuren@op.up.ac.za
 
David G. White, Topic Leader Guideline No. 4, Centre for Veterinary Medicine, Food and Drug Administration, Office of Research, HFV-530, 8401 Muirkirk Rd, Laurel, MD 20708, United States of America. E-mail: Dwhite@cvm.fda.gov
オブザーバー
Maria Lourdes Costarrica, FAO, Food Quality and Standards Service, Via delle Terme de Caracalla, 00100 Rome, Italy. E-mail: lourdes.costarrica@fao.org
 
H.C. Wegener, WHO, Division of Emerging and Transmissible Diseases, Animal and Food-related Public Health Risks, 20 avenue Appia, 1211 Geneva, Switzerland
OIE
Barbara R stel, OIE Collaborating Centre for Veterinary Medicinal Products, ANMV-AFSSA Foug res, B.P. 90203, 35302 Foug res Cedex, France. E-mail:b.rostel@anmv.afssa.fr
 
Jacques Boisseau, Director of OIE Collaborating Centre for Veterinary Medicinal Products, ANMV-AFSSA Foug res, B.P. 90203, 35302 Foug res Cedex, France. E-mail: j.boisseau@anmv.afssa.fr
 
Jim Pearson, Head, Scientific and Technical Department, Office International des Epizooties, 12 rue de Prony, 75017 Paris, France. E-mail: je.pearson@oie.int
 
付録B
 
抗菌剤耐性に関するOIEガイドライン
 
以下の文書がOIE抗菌剤耐性特別専門家グループの業績と勧告である。この分野で認められている国際的な専門家がこのグループを構成している。このグループは世界の異なる地域を代表するように設定された。さらに、医学および獣医学、微生物学、検査法およびリスクアナリシスの国際的に認められた専門家も加えた。
― 動物由来の抗菌剤耐性菌が公衆衛生に及ぼす可能性のある影響のリスクアナリシスの方法
― 動物用抗菌剤の責任のある慎重な使用
― 畜産に使用する抗菌剤の量のモニタリング
― 抗菌剤耐性の検出と定量のための検査法の基準化と調和
― 各国の動物および動物由来食品の抗菌剤耐性モニタリング/サーベイランスプログラムの調和
 
付録C
 
背景文献
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お問い合わせ先


動物医薬品検査所企画連絡室
担当者:企画調整課
代表:042-321-1841(内線321)
ダイヤルイン:042-321-1861

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