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火傷病菌の解説
火傷病菌(Erwinia amylovora)は、りんご、なし等のバラ科植物に感染し、大きな被害をもたらす植物病原細菌である。感染した植物は、火にあぶられたような症状を示すため、それが病名の由来となっている。 我が国は、本細菌の発生国・地域からの宿主植物の生植物(種子を除き、生果実、花及び花粉を含む)の輸入は認めていない(植物防疫法施行規則別表2の第16項を参照)。こうした中、これまで発生国とされていなかった中国において、火傷病が発生していることが確認されたため、我が国は、2023年8月30日付けで中国からの宿主植物の輸入を停止した(農林水産省プレスリリースを参照)。 |
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1. 学名
Erwinia amylovora
2. 英名
Fire blight
3. 発生国・地域
韓国、中国、イスラエル、トルコ、イタリア、英国、オランダ、ドイツ、フランス、エジプト、米国、カナダ、メキシコ、ニュージーランド等
詳しくは発生国・地域一覧を参照。
4. 寄主植物
りんご属、なし属、さんざし属、かりん、びわ、等
詳しくは寄主植物一覧を参照。
5. 生態
本細菌は、枝や幹に形成された「かいよう病斑」で越冬する。翌春に気温が上昇すると急激に増殖して病斑から細菌泥(ゼリー状の物質)を漏出し、それが一次感染源となり、媒介昆虫や風雨によって花や新梢に伝搬する。花器感染の場合、柱頭から侵入し、感染する。新梢感染の場合、傷口や気孔等の開口部から侵入し、感染する。その後、感染は、花や新梢から枝、幹へと樹全体に広がり、枝枯れ、かいよう病斑等を引き起こす。 また、病斑が拡大し、病徴が激しくなると、葉、果実、枝等からも細菌泥を漏出し、それが二次感染源となる。詳しくは本誌第79号を参照。
6. 移動・分散方法
本細菌は、風雨、ミツバチやハエ等の媒介昆虫によって伝搬する。また、感染した苗木の植え付け、感染した穂木の接ぎ木、せん定作業や農機器具の汚染等の人為によっても伝搬する。
7.病徴
部位別及び時期別に以下の病徴を示す。ただし、発病の程度は、地域(園地単位を含む)、その年の天候及び植物の種類によって大きく変動する。
花 | 花全体がしおれて、褐色又は黒色になって枯れる。枯れた花柄は落ちないで枝に残ったままになることが多い。温暖多湿条件下では、花柄に白色~褐色、黒色の細菌泥が見られる。 |
葉 | 中肋付近から発病し、りんごでは褐色、なしでは黒色になって枯れる。秋遅くまで落葉せず、枝にぶら下がったまま、火にあぶられたような外観になる。葉柄や葉脈上には白色~褐色、黒色の細菌泥が見られる。 |
果実 | 感染した花器でも、すぐには発病せず果実を形成し、幼果期になって病徴を表す場合がある。幼果の表面にはりんごでは白色~褐色、なしでは白色~黒色の細菌泥が見られることが多い。また、降雹等の嵐で果実表面に傷が生じた際にも感染がおこりやすい。果実は灰緑色、水浸状となり、やがて褐色又は黒色に枯れる。枯れた幼果はミイラ果となって樹上に残る。 |
新梢 | 水分が多く軟弱な新梢は感染しやすい。褐変又は黒変し、先端がしな垂れて、「羊飼いの杖」症状を呈することが多い。表面には白色~褐色、黒色の細菌泥が見られる。 |
枝 | 夏期以降に見られる枝枯れは、多くの褐色又は黒色に枯れた葉が乾燥した状態(火にあぶられたような外観)で垂れている。 |
主幹・主枝 | 大量の細菌泥が漏出し、樹皮をつたって流下する。かいよう病斑によって樹皮全体に亀裂が生じ、ぼろぼろになる場合がある。かいよう病斑は、周囲の樹皮と比べて濃い褐色又は暗色であるなど色調が異なるが、違いが明瞭でない場合もある。 |
春季 | かいよう病斑で越冬していた本細菌は活動を開始し、急激に増殖し、周囲に感染を広げるとともに、細菌泥を漏出する。細菌泥は、風雨や昆虫により周囲に飛散し、花や新梢に感染する。感染した花や新梢は、しおれて枯れる。感染した本細菌は、樹内を移動し、枝や幹の樹皮を破って、細菌泥を漏出させることもある。 |
夏季 | 花や新梢に感染した本細菌は、樹内を移動する中、幹に移動し、台木に感染することもある。この時期には樹内以外の本細菌の活動はほとんど停止する。果実への感染は、降雹等の嵐で傷ついた場合に起こりやすく、収穫間際の果実でも発生することがある。 |
秋季 | 枝や幹の病斑の表面は、かさぶた状のかいよう斑になる。これが越冬病斑となり、翌年の一次感染源となる。感染した葉は、秋遅くまで落葉せず、枝にぶら下がったまま、火にあぶられたような外観になる。感染して枯れた果実は、ミイラ果となって樹上に残る。 |
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図1 花枯れ(西洋なし) 農研機構原図 |
図2 葉柄上の細泥(りんご) 農研機構原図 |
図3 枝枯れ(西洋なし) 農研機構原図 |
図4 主幹上の細菌泥(樹種不明) |
8. 識別のポイント
火傷病と類似の症状として、りんごでは、モニリア病、疫病、腐らん病、輪紋病、胴枯病等、なしでは、花腐細菌病、疫病、胴枯病、枝枯病、輪紋病、さび色胴枯病等がある。火傷病の典型的な症状として、細菌泥の漏出を伴うことが多い。特に、花、幼果、新梢又は新葉には、この症状が顕著に現れる。
健全部と病斑部の境界部分から試料を採取して、プレパラート標本を作製し、細菌が植物組織から流出する様子を観察することにより、糸状菌による病害であるか又は細菌による病害(火傷病を含む)であるかを簡易的に識別できる。
火傷病と日本既発生の病害による類似症状の見分け方については、「火傷病侵入警戒調査の手引き 写真で見る火傷病と類似症状の見分け方」を参照。
9. 診断、検出及び同定方法
血清学的診断法、遺伝子診断法、細菌学的性状の調査及び接種試験により総合的に同定する。簡易同定法として、血清学的診断法又は遺伝子診断法が実施可能である。
10. 発見した場合の対応
本細菌の感染が疑われる植物及び周囲の様子の写真を撮影した上で、最寄りの植物防疫所又は都道府県の病害虫防除所にお知らせください。なお、農林水産省は、園地調査について緊急のお願いをしていますので、以下に抜粋して掲載します。
【緊急】中国での火傷病発生に伴う園地調査のお願い(特に、りんご・なし生産者の皆様へ) |
11. 防除
本細菌を根絶できる有効な防除方法は確立されていないため、感染した植物の伐採による防除が必要である。海外においては、感染した植物の伐採のほか、抗生物質剤(ストレプトマイシン等)や銅剤(ボルドー液等)による予防的散布も行われている。
12. 経済的影響
米国ミシガン州南西部のりんご生産地域では、2000年春の異常な暖かさ、多湿及び雨天の影響により火傷病が大発生し、35~45万本のりんご樹が枯死、620~920haのりんご園地が廃園となり、当該地域の経済的損失は約4,200万ドルと算出された。
ハンガリーでは、1996年前半に火傷病の初発生が確認されて以来、1996年末までの防除費用は110万ドルに達し、りんご47,000本、マルメロ8,600本及び西洋なし8,100本が処分された。
13. 海外のニュース-火傷病の発生状況-
中国では、2023年に得られた情報によると、中国政府は、2021年に新疆ウイグル自治区及び甘粛省における本細菌の発生を報告している(中国農業農村部Home page)。
韓国では、2015年5月に安城市のなし園地で初めて火傷病が確認された。韓国政府は、本病の発生確認後、まん延防止及び早期根絶に向けて取り組んでいるが、発生範囲は拡大し、2020年6月時点で、忠州市、堤川市、陰城郡、安城市、天安市等のなし及びりんご462園地で発生が確認されている(IPPC Pest report)。
参考・引用文献
- Erwinia amylovora(火傷病菌)に関する病害虫リスクアナリシス(PRA)報告書
- 侵入調査マニュアル(11.ばら科植物)
- 重要病害虫発生時対応基本指針(平成24年5月17日付け24消安第650号消費・安全局長通知)
- 重要病害虫防疫指針(令和5年3月30日付け4消安第7555号植物防疫課長通知)
- 火傷病防疫指針(令和5年3月30日付け4消安第7555号植物防疫課長通知の別紙2)
- 火傷病菌の緊急防除実施基準(令和5年3月24日付け農林水産省告示第451号)
- 火傷病菌の緊急防除実施基準細則(令和5年3月24日付け4消安第6706号消費・安全局長通知)
- 火傷病侵入調査の手引き写真で見る火傷病と類似症状の見分け方
- 中国農業農村部Home page 全国农业植物检疫性有害生物分布行政区名录(accessed on 31 Oct. 2023)
- IPPC Pest report: Pest Reports from Republic of Korea, IPPC Home page(accessed on 31 Oct. 2023)
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