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PDF版:ジャガイモシストセンチュウの解説(PDF : 460KB)

ジャガイモシストセンチュウの解説

本線虫は、ばれいしょ等のなす科植物等に寄生し、甚大な被害を与えるシストセンチュウ類の一種であり、欧州、北米、南米、アフリカ等に生息している。シストセンチュウ類は植物の根に寄生し、雌成虫が自らの体内に産卵し、乾燥等の過酷な環境下でも長期間生き残ることができるシスト(包嚢)を形成する。
我が国は、本線虫の発生国・地域からの寄主植物の輸入を禁止している(植物防疫法施行規則別表2の項目10参照)。本線虫は、北海道、長崎県等の一部のほ場で発生が確認されているが、発生ほ場で生産される種ばれいしょは、種馬齢しょ検疫でその譲渡等が禁止される等のまん延防止対策を講じている(植物防疫法13条及び種馬鈴しょ検疫規程参照)。
   
(ばれいしょ根に寄生している雌成虫(赤矢印))

1. 学名

Globodera rostochiensis

2. 英名

Yellow potato cyst nematode, golden nematode

3. 発生国・地域

インド、インドネシア、日本、フィリピン、イスラエル、トルコ、アイルランド、英国、フランス、ドイツ、米国、カナダ、アルゼンチン、チリ、ペルー、エジプト、ケニア、豪州、ニュージーランド等
詳しくは発生国・地域一覧を参照。

4. 寄主植物

ばれいしょ、トマト、なす等のなす科及びあかざ属

5. 形態

シストの体形はほぼ球形で、茶褐色~褐色。シストの体長(頸部を除く。)は450±50μm、体幅は380±60μm。陰門窓の直径は19.0±2.0μm。肛門から陰門窓までの長さ66.5±10.3μm。雌成虫の体形は初めは紡錘形で、黄色。シストになる直前に球形になり、体長・体幅ともシストとほぼ同じになる。雄成虫の体形は糸状で、体長890-1,270µm、排泄口付近の体幅28±1.7μm、口針長26±1.0μm、尾長5.4±1.0μm。交接刺長35±3.0μm。第2期幼虫の体形は糸状で、体長は468±100μm。排泄口の体幅は18±0.6μm、口針長22±0.7μm。尾長は44±12μm、尾端透明部長は26.5±2μm。

      図1   シスト 図2   シスト及び雌成虫 図3   シストから出てきた卵及び第2期幼虫 図4   切開したシストから出てきた卵及び幼虫
     その他の写真はこちらを参照。

6. 生態

本線虫は雌雄が存在し、有性生殖する。雌成虫は、体内に200~500個の卵(卵内幼虫)を内包したまま死亡すると、体表皮は硬化してシストとなる。シスト内の卵内幼虫は寄主植物の根から分泌される物質(孵化促進物質)に反応して孵化し、シストから出て土壌中に遊出する。その後、土壌中を移動して、根に寄生する。シスト内の卵内幼虫は、孵化促進物質がない状況下では容易に孵化しない。また、シスト内の卵内幼虫は、硬化したシストと卵殻に含まれており、休眠状態となるため、土壌中で15年以上の生存が可能である。

7. 移動・分散方法

土壌中における本線虫の移動距離は、第2期幼虫で最大でも約1mである。風により飛ばされる土壌に混じってシストが分散したり、雨水・洪水により流されて分散する。また、本線虫を含む土壌やその土壌が付着した農機具等の人為的な移動により分散する。

8. 被害の特徴

根に寄生した幼虫が植物に多核質細胞を形成させることによって、植物体への養水分の吸収が阻害され、生育不良、黄化症状、地上部のしおれ等が見られる。ばれいしょでは、土壌中の線虫密度が高くなると、開花期頃から下葉のしおれや枯死症状が見られ、落葉が起こり、中葉まで進む。このような上葉だけが残る状態は“毛ばたき”症状と呼ばれる。
なお、ほ場への侵入から作物に被害が出るまでに5年以上かかり、発見までに長期間を要する場合もある。

   図5   ばれいしょの生育不良 (パッチ状に被害(黒枠内)) 図6   ばれいしょ下葉の枯死症状(毛ばたき) 図7   ばれいしょ塊茎に寄生している雌成虫(赤矢印は一部例)
     その他の写真はこちらを参照。

9. 識別のポイント

本線虫を含むシストセンチュウ類は、属ごとにシストの形が異なる。本線虫やジャガイモシロシストセンチュウ(Globodera pallida以下、「Gp」という。)が属するGlobodera属は球形で、テンサイシストセンチュウ等が属するHeterodera属はレモン形である。
本線虫とGpの違いについて、シストの色のみで両種の識別はできないが、陰門及び肛門周辺の形態により識別できる場合もある。第2期幼虫では、本線虫はGpと比べ、口針及び尾長が若干短い。また、雌成虫では、本線虫は黄色、Gpは白色。詳しい識別手法は、侵入調査マニュアルを参照。

図8   シスト:球形 (ジャガイモシストセンチュウ) 図9   シスト:レモン形 (テンサイシストセンチュウ) 図10   雌成虫:黄色 (ジャガイモシストセンチュウ) 図11   雌成虫:白色 (ジャガイモシロシストセンチュウ)

10. 診断、検出及び同定方法

地上部の被害だけでは診断できないので、植物検診又は土壌検診を実施する。また、小さなばれいしょを土壌と一緒に透明なカップに入れ、カップ内で発根させた後、その根に寄生したシストセンチュウ類を検出する“カップ検診”という方法もある。詳しい検診手法は、侵入調査マニュアルを参照。

11. 発見した場合の対応

可能であれば本線虫、及び寄生が疑われる植物及び周囲の様子の写真を撮影の上で、最寄りの植物防疫所又は都道府県の病害虫防除所にお知らせください。本線虫が寄生している又は寄生の疑いのある植物(根回りの土壌を含む。)がある場合は、分散防止のために植物をビニール袋等に入れて密封した上で、上記連絡先までお知らせください。

12. 防除

D-D剤、メチルイソチオシアネート等のくん蒸剤や(海外においては)オキシムカルバメート等の非くん蒸剤による化学的防除のほか、輪作や抵抗性品種、対抗植物を利用した耕種的防除、湛水や蒸気処理等の物理的防除が知られている。
抵抗性品種開発において、対象となる線虫の病原型により抵抗性遺伝子は異なり、日本国内で発生している本線虫に対して、強力な抵抗性を発現するH1遺伝子が見つかっている。本線虫とGpに対する抵抗性は全く別のものであり、本線虫の抵抗性品種であってもGpに対して感受性の品種やその逆もある。
近年の本線虫及びGpの抵抗性品種の開発及び普及については、いも類振興情報第155号を参照。品種毎の抵抗性の有無については、主要品種の特性表を参照。本線虫及びGpのいずれにも有効である対抗植物(ハリナスビ及びトマト野生種)については、いも類振興情報第149号を参照。また、我が国では、人工合成した孵化促進物質による防除の開発研究が行われている(詳しくはこちらを参照)。

13. 経済的影響

本線虫によるばれいしょの被害は、土壌中の線虫密度の増加に伴う収量の減少である。英国の調査では、本線虫及びGpの線虫密度が土壌1g当たり40~60卵であった場合、1ha 当たりの減収は1.67トンであったが、土壌1g当たり20卵増すごとに1ha当たり2.75トン減収した。最大の減収は1ha当たり22トンであった。

14. 海外のニュース-発生状況-

欧州では、1840年代のジャガイモ疫病の発生による大飢饉を受けて、ジャガイモ疫病抵抗性品種の育成のために南米からジャガイモを輸入した。これにより南米原産の本線虫が欧州に侵入・まん延した。その後、1940年代に米国等、1960年代にインド、カナダ等、1970年代に南アフリカ、日本、ニュージーランド、メキシコ等でそれぞれ発見された(MAI, 1977)。また、最近では東部アフリカで発生範囲が広がっており、2014年にケニア、2017年にルワンダ、2019年にウガンダでそれぞれ発見された(EPPO Homepage)。

参考・引用文献

ジャガイモシストセンチュウの発生国・地域一覧表

ジャガイモシストセンチュウの写真

ジャガイモシストセンチュウの被害写真

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編集責任者   三角   隆