道前平野の歴史
道前平野においては、古代(弥生時代前期)の早い時期から稲作が始まったことが窺える遺跡が確認されています。7世紀に設立した律令制という国家体制の下で、「条里制」による農地の区画割りや水利施設の整備が行われ、今日につながる農地整備の基礎となりました。その後も、奈良・平安、鎌倉・・・と時代を経る中で、領主・豪族・農民などの様々な人の手により農地の改良がなされてきたようです。
江戸時代になると、藩による新田開発が盛んとなり、河川沿いの砂洲における新田開発や海岸部における干拓が行われています。また、かんがい用水供給を目的とした土木工事も行われ、釜之口井堰(中山川からの取水堰)や劈厳透水(岩盤を掘削した用水路)にまつわる話が語り伝えられています。
近代では、瀬戸内の寡雨地帯に属するため水資源に恵まれない、といった立地条件を克服し農業経営を安定させるため、昭和32(1957)年~昭和42(1967)年に国営道前道後平野農業水利事業によって面河(おもご)ダムや中山川取水堰などが築造され、道前・道後の両平野13,000ヘクタールを潤す端緒が開かれました。この事業後も、地下水位の低下や営農形態の変化にも対応するため、後継の国営事業(二期事業)が平成元(1989)~平成25(2013)年に行われ、道前平野側に志河川(しこがわ)ダム、道後平野側に佐古(さこ)ダムが築造されたことで、面河ダムと連携した用水供給が可能となりました。

このように、本地域は長い歴史の中で人々が農業を営みながら生活をしてきたところです。地域の古い時代の痕跡が地下に残っているため、地面を掘削する工事前の段階で埋蔵文化財の調査を実施しています。
参考:「愛媛の土地改良史」(愛媛県農林水産部耕地課、愛媛県土地改良事業団体連合会、昭和6年)
「新田開発の地を訪ねる」(東予市立郷土館、平成16年)
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