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動物医薬品検査所

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平成14年度家畜由来細菌の抗菌性物質感受性調査成績の概要について

1.はじめに

最近、食用動物へ抗菌性物質を使うことにより選択された薬剤耐性菌もしくは耐性遺伝子が食物連鎖を介して人へ伝播し、人の細菌感染症の治療を困難にするという潜在的な危険性について、公衆衛生や家畜衛生関連の国際機関や欧米において、緊急課題として取り上げられている。このような国際動向を背景とし、我が国では畜産分野における薬剤耐性モニタリング調査が、平成11年度から本格的に開始され、今年で5年目を迎えている。本調査では、特に公衆衛生分野への影響に配慮しており、食品媒介性病原細菌としてサルモネラとカンピロバクターを、薬剤感受性の指標細菌として腸球菌と大腸菌を調査対象としている。

平成14年度の薬剤耐性菌の発現状況調査(家畜由来細菌の抗菌性物質感受性調査)は、抗菌性物質に対する耐性菌の発現状況等の動向を把握すると共に、抗菌性物質の人と動物の健康に対するリスク分析の基礎資料を得ることを目的としたものである。本調査は、畜産振興総合対策事業実施要領(平成14年4月15日付け13生畜B第10200号農林水産省総合食料局長及び農林水産省生産局長通知)に基づき、実施された。本稿では、平成14年度における調査成績の概要を紹介する。

2.平成14年度調査成績の概要

調査検体は健康家畜の糞便とし、検体数は都道府県ごとに各菌種とも4畜種(肥育牛、肥育豚、産卵鶏及び肉用鶏)×6畜産経営以上×1検体=24検体以上(流通飼料対策事業の調査も実施する県は8畜産経営以上、32検体以上)を原則とし、1検体から都道府県ごとに指定された菌種を各検体2株分離することとした。なお、各都道府県は毎年1菌種について調査し、調査対象となる菌種は地域に偏りがないように配慮されている。

本調査は、対象菌種ごとに統一化、平準化された分離培養法、菌種同定及び薬剤感受性試験法により実施した。菌の分離・同定は、形態学的、生化学的性状検査及び遺伝学的検査により行った。分離菌株の供試薬剤に対する感受性の測定は、「MIC測定用試験紙」(昭和薬品化工(株))を用いた一濃度ディスク拡散法により推定最小発育阻止濃度(MIC)を求めた。MIC値は、米国臨床検査標準委員会(NCCLS)の提唱する表示法に準拠して2の乗数値μg/mlで表した。なお、耐性限界値(ブレークポイント)は、供試菌株のMIC分布が二峰性を示した場合のみ、感受性菌と耐性菌のピークの中間値として設定した。

(1)サルモネラ

糞便からのサルモネラの分離は、ハーナテトラチオン培地での遅延二次増菌培養を併用することにより行った。その結果、供試された340検体中26検体(7.6%)から50株(肥育牛2株、肥育豚2株、採卵鶏9株及びブロイラー37株)が分離された。分離菌株の血清型別では、9種類の血清型が検出され、その主要な血清型は主にブロイラーから分離されるS. Infantis及び肥育牛と肥育豚から分離されるS. Typhimuriumであり、両者で全体の半数以上を占めた。

分離菌22株の薬剤感受性試験成績を表1(PDF:55KB)に示した。供試20薬剤中9薬剤に二峰性のMIC分布が認められ、その耐性率はビコザマイシン(BCM)26.0%、カナマイシン(KM)40.0%、オキシテトラサイクリン(OTC)76.0%、トリメトプリム(TMP)30.0%、ジヒドロストレプトマイシン(DSM)28.0%、ナリジクス酸(NA)14.0%、アンピシリン(ABPC)12.0%、クロラムフェニコール(CP)12.0%、及びオキソリン酸(OA)4.0%の順であった。セフェム系薬剤(セファゾリン(CEZ)、セフロキシム(CXM)、セフチオフル(CTF))に対する耐性株は認められなかった。由来動物ごとの各薬剤に対する耐性率には特徴がみられ、OTCに対しては、産卵鶏以外の動物由来株において、いずれも50%以上の高い耐性率を示した。ABPC及びDSMに対しては、牛及び豚由来株は全てMIC値64μg/ml以上の耐性を示した。一方、フルオロキノロン剤であるエンロフロキサシン(ERFX)及びオフロキサシン(OFLX)に対しては、極めて高い感受性を示した。

(2)カンピロバクター

カンピロバクターは、家禽等の食肉を原因食品とした人の下痢症の原因菌であり、欧米では最も多発する散発性食中毒の原因菌である。最近では、カンピロバクター腸炎の治療薬であるフルオロキノロン剤の耐性株が人の症例や畜産食品等からの分離が報告され、その薬剤感受性動向が注目されている。

採取した糞便はシードスワブ(輸送用培地)を用いて実験室に輸送し、CCDA培地による直接分離培養によりCampylobacter jejuni および C. coliの分離を行った。分離菌株について、生化学的性状検査及びPCR法により菌種同定を行った。本調査では、肥育牛96検体中16検体(16.7%)、肥育豚91検体中22検体(24.2%)、産卵鶏89検体中36検体(40.4%)及びブロイラー66検体中20検体(30.3%)から計168株が分離された。その菌種内訳はC.jejuni 112株及びC.coli56株であった。肥育牛、産卵鶏及びブロイラーからは主にC.jejuniが、肥育豚からは主にC.coliが分離された。

分離されたC.jejuniについては耐熱抗原による血清型別(Pennerの方法)を行った。その結果、その結果、肥育牛由来はB群9株、D群4株、G群1株、J群1株、U群1株、R群2株、Z5群2株および型別不能6株、肥育豚由来では型別不能2株、産卵鶏由来ではA群1株、B群17株、E群4株、F群1株、G群6株、U群2株、Y群7株、Z群1株、複合型4株および型別不能9株、ブロイラー由来ではA群4株、B群3株、C群1株、D群6株、G群2株、I群1株、J群1株、K群2株、U群2株、Z群1株、Z5群1株および型別不能8株であり、B群、D群およびG群が多く認められた。

薬剤感受性試験は、5%馬脱線血添加ミューラーヒントン寒天培地を用いたディスク拡散法により行った。その培養条件は37℃、微好気、48時間とした。分離菌168株の薬剤感受性試験成績を表2(PDF:55KB)に示した。供試した16薬剤中、10薬剤においてMIC分布に二峰性が認められ、その耐性率はOTC50.6%、キノロン系薬剤(NA,OA,ERFXおよびOFLX)16.1-17.9%、DSM13.7%、タイロシン(TS)13.1%、の順に高い結果となった。由来動物別に耐性率を比較すると、いずれの薬剤についても肥育豚由来株の耐性率がもっとも高かった(表5)。

(3)腸球菌

腸球菌の選択培地であるBile Esculin Azide培地(BEA)から、一般腸球菌としてEnterococcus faecalis 及びE.faeciumの2菌種を分離し、かつ同じ検体についてBEAに6μg/mlのバンコマイシン(VCM)を添加した培地(VCM-BEA)から、VCM低感受性腸球菌の分離を試みた。供試した糞便324検体中、160検体(49.4%)から246株(肥育牛27株、肥育豚59株、産卵鶏83株及びブロイラー77株)の一般腸球菌が分離された。一方、VCM低感受性腸球菌は、同じ糞便391検体中、72検体から98株が分離された。VCM低感受性腸球菌を構成する菌種は、その多くがVCMに低度の自然耐性を示す運動性腸球菌(E.gallinarum, E.casseliflavusあるいはE.flavescens)であり、MIC値はいずれも低く、人の医療上、問題となるいわゆるVanAおよびVanB型のバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)は認められなかった。

分離された一般腸球菌246株の薬剤感受性について、表3(PDF:55KB)にまとめた。供試した20薬剤のうち、GM、EM、TS、OTC、CP、アビラマイシン(AVM)及びエフロトマイシン(EFM)の7薬剤について、二峰性のMIC分布が認められた。特に、OTC(60.6%)及びEFM(58.9%)に対する耐性株が多く、動物種別で見ると、OTCでは肥育豚(72.9%)、次いでブロイラー(72.7%)の順に耐性率が高く、EFMでは肥育豚(67.8%)、次いで産卵鶏(63.9%)の順に耐性率が高かった。

(4)大腸菌

一般大腸菌についてはDHLを、O157(志賀毒素産生性大腸菌)についてはBCM O157寒天培地(栄研化学(株))をそれぞれ用いて分離を試みた。供試した糞便384検体中、302検体(78.6%)から550株(肥育牛181株、肥育豚140株、産卵鶏114株及びブロイラー115株)の一般大腸菌が分離された。O157は359検体中、肥育牛の1検体から2株が分離された。

これら大腸菌及びO157の計552株の薬剤感受性について、表4(PDF:55KB)にまとめた。供試した20薬剤のうち、ABPC、CEZ、CXM、CTF、APM、DSM、NA、OA、ERFX、OFLX、OTC、CP及びトリメトプリム(TMP)の計13薬剤について、二峰性のMIC分布が認められた。特にOTC(51.3%)、DSM(31.0%)及びABPC(23.0%)に対する耐性株が多かった。由来動物別でみるとOTCでは肥育豚(67.9%)、次いでブロイラー(66.7%)の耐性率が高く、DSMではブロイラー(41.2%)、次いで肥育豚(31.4%)の耐性率が高く、ABPCではブロイラー(40.4%)、次いで肥育豚(24.3%)の耐性率が高かった。セフェム系薬剤(CEZ、CXM、及びCTF)に対しては、耐性株の多くがブロイラー由来であった(3薬剤ともに耐性率2.6%)。一方、肥育牛でCXMに(0.5%)、産卵鶏でCEZに(0.9%)耐性株が認められたが、肥育豚では全く認められなかった。フルオロキノロン剤(ERFX及びOFLX)に対しては、低率ながらもそれぞれ2.2%及び2.7%に耐性株が認められ、ブロイラー(5.3及び6.1%)、肥育豚(2.9及び3.6%)の順に耐性率が高い傾向にあった。

O157の薬剤感受性については、一般大腸菌で耐性株が認められた13薬剤のMIC値と比較すると、全体に高い感受性を示し、耐性株の出現は認められなかった。

3.おわりに

本稿では、平成14年度に実施した家畜由来細菌の抗菌剤感受性調査成績の概要を紹介した。今回の調査4菌種における由来動物別の主要薬剤、すなわち、β-ラクタム系、アミノグリコシド系、マクロライド系、テトラサイクリン系及びキノロン系薬剤に対するそれぞれの耐性率を比較した成績を表5に示した。いずれの菌種でも、由来動物ごとに耐性率に差が認められた。産卵鶏由来株における耐性株の出現は、いずれの菌種でもブロイラー由来株に比べて全体に少なく、野外での限定的な抗菌剤の使用実態(産卵鶏に使用が認可されている抗菌剤は極めて少ない)を反映しているものと推察された。フルオロキノロン剤に対する耐性株は、過去の調査と同様に、カンピロバクターと大腸菌分離株の一部に認められており、今後とも耐性動向を特に注視しなければならない。

従って、今後とも全国レベルでの畜産分野における各種細菌の抗菌剤感受性調査を継続し、得られた成績を集積・解析後、順次それらの試験調査データを公表していくこととしている。また、平成13年度以降、各種抗菌剤の活性成分ごとの使用量が動物別に集計される予定であり、これら統計情報データ等に基づき、野外での抗菌剤の使用実態と薬剤感受性の変化との関係や畜産業における抗菌性物質の使用が人医療に及ぼす影響について分析を実施している。そのためにも、調査事業の遂行上、医学関係機関や食品衛生関係部署との協力・連携を深め、これら国内外の機関との情報交換及び調査データの共有化等を図っていくことが不可欠となる。「国立感染研・国立衛研・都衛研・動薬検技術連絡会議」(動薬検ニュースNo.250参照)のメンバーに埼玉衛研と動衛研を加えて同連絡会議が拡大し、家畜衛生分野と公衆衛生分野での耐性菌調査に関する情報交換等を継続している。また、平成15年度より厚生労働科学研究費補助金による食品安全確保研究事業として「食中毒菌の薬剤耐性に関する疫学的、遺伝学的研究班」が設置され、当所も分担研究機関となって、薬剤耐性菌に関する実質的な省庁横断的共同研究がスタートした。この連携の充実により我々が実施してきた畜産分野における一連の耐性菌調査データの中に「危険度分析」と「耐性閾値」の概念を盛り込め、データの科学的価値を高めることができると考える。

耐性菌問題に対する獣医領域の主要な対応策は、人の医療分野と同様であり、国際的な共通認識となっている「慎重使用の原則」の遵守である。すなわち、抗菌性物質の使用の現場においては、原因菌の薬剤感受性試験データや添付文書等の有用な基本情報(抗菌スペクトル、薬物動態等)に基づく薬剤選択が、益々重要なこととなっている。

                                                                                                                                                              農林水産省 動物医薬品検査所
                                                                                                                                                              独立行政法人 肥飼料検査所