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南九州地域についての詳細
土地改良事業とは地理 土地改良事業とは主要河川(一級河川) 土地改良事業とは歴史 土地改良事業とは風土・文化
土地改良事業とは環境 土地改良事業とは農業の概要 土地改良事業とは農地の整備状況 土地改良事業とは名産品

地理

管内の地理

   南部九州土地改良調査管理事務所の所管区域は、宮崎県、鹿児島県の2県で、総土地面積は約16,922km2で全国の約4.5%を占めています。 
   宮崎・鹿児島両県の特徴として、広範囲にわったって火山灰性のシラス土壌の分布がみられることがあげられます。この土壌は保水力が著しく少ないという特徴があり、古くから、干ばつの被害に悩まされてきました。また、台風の通り道であるため、洪水や暴風の被害にも見舞われてきました。さらに、大消費地から遠隔にあるなど、農業を行うにあたって不利な条件下にあります。その一方、温暖な気候や十分な日照時間など、優れた自然条件を活かして、日本の食料供給基地としての役割を担っています。

宮崎県

   宮崎県は、九州の南東部に位置し、面積は7,735 km2で、東西約111km、南北約160kmにわたり、全国都道府県のうち第14位の広さです。1,700m級の山々が連なる九州山地が、県北部から西部域までの広い範囲に広がり、南西部には霧島山(標高1,700m)を中心とする霧島火山群、南部は鰐塚山地と、県面積の4分の3が山地で占められています。山地の間を縫うようにして、五ヶ瀬川、耳川、小丸川、一ツ瀬川、大淀川などの河川が県の東に広がる日向灘へと流れ出ています。これら河川の土砂運搬作用によって、下流には宮崎平野に代表されるような沖積低地が形成されました。
   日本の年間平均降水量が約1,700mmであるのに対し、宮崎県は全域で年間2,300mm以上の降水量がみられます。特に霧島山・鰐塚山あたりでは3,000mmを上回ることもあるほどの多雨地域で、四国の太平洋岸、紀伊半島の東部とともに日本の最多雨地帯になっています。宮崎県東部は年平均気温が17℃前後で、日本の中でも温暖な地域に属しています。

鹿児島県

   鹿児島県は、本土最南端に位置し、大隅半島、薩摩半島の二つの半島と、南海上に種子島、屋久島など多くの離島を有しています。面積は9,187km2で、東西約270km、南北約590Kmにわたり、全国都道府県のうち第10位の広さです。
県のほとんどが、高隈山地、出水山地、薩摩山地、肝属山地など比較的標高の低い山地で占められており、山地の間はシラスと呼ばれる火山灰により台地が形成されています。
   県の西に流れ出る九州第2位の河川、川内川を除いて、鹿児島県の川は流域、長さともに規模は大きくありません。また、川内川流域に見られる比較的広い平野部やその他2、3の河川河口部を除いて、鹿児島県にはほとんど平地が見られません。
   鹿児島県は台風の通り道であるため、宮崎県同様に日本有数の多雨地帯となっています。年平均降水量は県本土で2,100mmを超え、屋久島に至っては、年平均4,443mm(※1971~2015まで)と日本平均の約2.6倍もの雨が降ります。本県土の年平均気温は17~18℃、島しょ部では20~22℃と温暖な地帯に属しています。

主要河川(一級河川)

   管内には、宮崎県を流れる五ヶ瀬川、小丸川、鹿児島県を流れる肝属川、川内川、両県を流れる大淀川の5本の主要河川があります。総流域面積は6,609km2と南九州(鹿児島県、宮崎県)全土の約4割を占めており、この中でも大淀川が最大の流域(2,230 km2)を持っています。

管内の主要河川位置図
管内の主要河川位置図

五ヶ瀬川(ごかせがわ)

   五ヶ瀬川は、宮崎県と熊本県の県境に位置する向坂山(標高1,685m)の東に源を発し、北流しながら一旦熊本県に入り、その後熊本と宮崎の県境を流れ再び宮崎県へと戻ります。上流は阿蘇溶岩の台地を流れ、蘇陽峡や高千穂峡などの深い峡谷を形成しています。その後、多くの渓流と合流しながら東流し、延岡市を通って日向灘へと注いでいます。幹川流路延長106km、流域面積1,820km2の一級河川です。

小丸川(おまるがわ)

   小丸川は、宮崎県の中央東にそびえる三方岳(標高1,479m)北麓に源を発し、尾鈴山(標高1,405m)の西麓に沿って東流し、途中、いくつかの支流と合流しながら日向灘へ注いでいます。幹川流路延長75km、流域面積474km2の一級河川です。

大淀川(おおよどがわ)

   大淀川は、宮崎県と鹿児島県の県境に位置する中岳(標高452m)に源を発し、都城盆地を流れる間にいくつかの支川と合流しながら、中流の山間狭窄部を流れます。その後、宮崎平野に入ったあたりで本庄川と合流し、宮崎市を通って日向灘へ注いでいます。大淀川の土砂運搬作用によって、下流部には広大な沖積平野が形成されています。幹川流路延長107km、流域面積2,230km2の一級河川です。

肝属川(きもつきがわ)

   一級河川で日本の最南端を流れるのが肝属川です。鹿児島県の御岳(標高1,182m)に源を発し、鹿児島県南東部の大隅半島のほぼ中央を横断するように流れています。途中、大隅半島南部の中岳などから流れ出る支流と合流しながら、肝属平野を貫流し、志布志湾へと注いでいます。幹川流路延長34km、流域面積485km2の一級河川です。

川内川(せんだいがわ)

   筑後川に続いて九州第2位の規模を誇る川内川は、熊本県南端にそびえる白髪岳(標高1,417m)に源を発しています。白髪岳から南流して宮崎県南西部の加久藤盆地を西流し、その後、鹿児島県北部に入り、多くの支流と合流しながら蛇行を繰り返し、さつま町の中流狭窄部を下って、川内平野に入り、そこでも多くの支流と合流しながら薩摩灘へと注いでいます。幹川流路延長137km、流域面積1,600km2の一級河川です。

歴史

宮崎県:児玉久右衛門(農業土木の偉人」)

生没年:1689年(元禄2)~1761(宝暦11)
 

   江戸時代の1689年、西都市三宅の庄屋の息子として生まれた児玉久右衛門(こだまきゅうえもん)は、一ツ瀬川(ひとつせがわ)から水を引き、西都市一帯の田園を潤す杉安井堰と杉安用水路を築き、この地の農業の基礎を築きました。

   当時、西都市一帯は、水利の便が悪く、水田を拓くこともできず、荒地が広がっていました。また、年貢の取り立ても厳しく、農民たちの中には、土地を手放し、村を離れる者も出るほどでした。 
   久右衛門は、水量の豊富な一ツ瀬川に堰を造り、水路を開削することを計画しますが、工事には莫大な費用が必要だったばかりでなく、堰の決壊による洪水を心配する村人や、水路の敷地となる土地の住民の反対など、村からの協力も得られない状況でした。 
    しかし、久右衛門は諦めず、豪商の日高六右衛門(ひだかろくうえもん)に出資を頼み、藩の許可を得て、井堰造りに着手しました。川幅が広く、流れも急な一ツ瀬川に堰を築くのは容易なことではなく、工事は何度も中止となり、途中で資金も底をつき、久右衛門は私財の一切を投げ打ち事業に当たったといいます。大地主の黒木弥能右衛門(くろきやのううえもん)の協力もあり、ようやく井堰が完成したのは計画から十年後の1722年のことでした。1750年には第二期工事が行われ、最終的に水路は約10km、開田面積は600haにも及びました。 
   久右衛門の築いた杉安井堰は、昭和の改修を経て、現在は近代的な杉安頭首工となっており、頭首工に隣接して設けられた西都市土地改良歴史資料館には児玉久右衛門や農業農村整備に関する資料が展示されています。

児玉久右衛門の銅像 

 児玉久右衛門の銅像

写真提供:宮崎県


鹿児島県:山田昌厳(農業土木の偉人)

生没年:1578年(天正6)~1668年(寛文8)  
 

   山田昌巌(やまだしょうがん)は、戦国時代から江戸時代に、薩摩国(鹿児島県)島津氏に仕えた武将で、朝鮮出兵や関が原の戦いでは、大いに軍功を挙げ、天草の乱では島津氏の名代として総大将を務めるなど、華々しい経歴を残しています。
   晩年の1629年には、肥後国(熊本県)との国境に位置する要害の地、現在の出水(いずみ)市の地頭に任じられ、青少年の教育に熱心に取り組み、「出水兵児(いずみへこ)」と呼ばれる薩摩最強の武士団を養成しました。昌巌は、文武両道に優れた名地頭としても伝えられており、この地で、用水路や水田開発にも積極的に取り組んでいます。
   出水の山麓にある萩之段(はぎのだん)の地には、昌巌溝(しょうがんみぞ)と呼ばれる、軸谷川(じくやがわ)から取水する2.1km にもおよぶ用水路がありますが、これは、江戸時代に昌巌の命により開削されたものだといいます。昌巌溝は、出水最古のトンネル掘削による用水溝で、途中、60mにもわたって岩盤を掘り抜かねばならず、工事は困難を極めたといいます。昌巌の高い人望なくしては、工事の完成はありえないことだったかもしれません。
   この昌巌溝の水は、現在も田畑を潤し続けています。

山田昌厳の墓

山田昌巌の墓

写真提供:出水市役所


天孫降臨(てんそんこうりん)・二つの高千穂(南部九州コラム)

    「記紀」の日本神話では、乱れた地上界(葦原中国)を治めるためにアマテラス(天照大神)の孫であるニニギノミコトが高天原(たかまがはら)から「日向国(ひゅうがのくに)の高千穂峰(たかちほのみね)」に降り立ったとあります。降臨というのは、言うまでもなく神話的表現であり、実際には大陸から渡ってきて日本で勢力を築いたということでしょう。

   同じく日本神話では、この天孫族が大国主命(オオクニヌシノミコト)から日本国支配をまかされた(「国譲り神話」)とあり、その後、日本はこの天孫一族(大和王朝か?)が支配することになっています。アマテラスがニニギノミコトに与えた三種の神器は古くから皇位継承の璽(しるし)として代々伝えられてきました。

    この「日向国の高千穂峰」の場所をめぐっては「臼杵高千穂説(宮崎県)」と「霧島高千穂説(鹿児島県)」があり、江戸時代から論争が続いています。いわば、天皇家の祖先がどこで定着したかをめぐる論争です。 

一般的には霧島の高千穂が有力視されていますが、『古事記伝』の著作で有名な本居宣長は、2つとも正解であり、臼杵高千穂から霧島高千穂へ移動したとの高千穂移動説をとっています。最近、哲学者の梅原猛氏が『天皇家の“ふるさと”日向をゆく』(新潮社)の中で本居宣長の唱えた「高千穂移動説」を再評価したことから、この説が注目されています。

   梅原氏の主張は、弥生時代中期、ニニギノミコトが稲作技術を持って笠沙御崎(かささのみさき:鹿児島県笠沙町の野間岬)に上陸したが、シラス台地であったため稲作は無理だと判断し、宮崎県の高千穂に入り、その後、霧島へ移動したというものです。

   高千穂町(宮崎県)は四方を山に囲まれた山間の盆地であり、農地はわずかしかありません。水田を造るならもっと良いところがありそうなのに、なにゆえこんな遠い山の中を選んだのか分かりませんが、高千穂町には天の岩戸(あまのいわと)、天安河原(あまのやすがわら)などもあり、おびただしい数の神話や民話、伝統芸能が今に伝えられています。

   中でも有名なのが夜神楽(よかぐら)。これは毎年11月の末から翌年2月にかけて各地の集落で、33番の夜神楽を奉納するという行事で、各地では夜を徹して行なわれます。伝承によれば、アマテラスが岩戸に隠れた際のアメノウズメの踊りとされています。確かに、踊りは神話的おおらかさにあふれており、通常の神楽とは異なった特徴を持っています。また、その謠(うた)には意味不明な言葉も多く、1番だけでも数十分かかる舞が33番まであるなど、通常の農村の伝統芸能をはるかに超える水準に驚かされます。

   天皇家の故郷かどうかは別として、この地に古代の豊かな勢力があったことは間違いないものと思われます。






 

霧島連山高千穂峰

霧島連山高千穂峰(鹿児島県)
写真提供: 農林水産省林野庁
九州森林管理局

 

  ニニギノミコト像

ニニギノミコト像
宮崎県高千穂町国見ヶ丘。
高天原から降り立った神々が
庶民の暮らしを眺めたと
言われる場所。
写真提供:宮崎県地域振興課

下川登神楽

上田原神楽

「高千穂の夜神楽」
(写真上)下川登神楽
(写真下)上田原神楽
写真提供: 高千穂町教育委員会 

  

神武天皇の父・鵜戸神宮の奇観(南部九州コラム) 

 

   高千穂へ降臨したニニギノミコトは笠沙御崎(かささのみさき:鹿児島県笠沙町の野間岬)で土着の豪族の娘をめとり、子供をもうけたとあります。兄がホデリ(火照命、あるいは火闌降命)、弟がホオリ(火遠理命、あるいは彦火火出見尊)、いわゆる「海彦山彦の神話」の主人公です。

   あらすじは、弟の山彦が釣りの得意な兄の海彦に釣りざおを借り、釣り針をなくしたことから始まります。怒った兄から逃れ浜辺をさまよっていると一人の老人に出会い竜宮城のようなところへ案内されます。そこで海神の娘・豊玉姫(とよたまひめ)と出会い、3年暮らします。山彦は海神が探しあてた釣り針を持って兄に届けると、海神から教わった呪術で兄を屈服させ、ニニギノミコトの正当な後継ぎとなります。豊玉姫との間に生まれた子が初代天皇とされる神武(じんむ)天皇というわけです。

   「記紀」による神話の解釈は非常に難しく、史実性は薄いとされています。確かに荒唐無稽な話ばかりで実話として信じる人はいないでしょう。しかし、「記紀」の成立は8世紀初頭ですからこれが書かれた時代には仏教も普及しており、遣唐使によって大陸の文化もたくさん輸入されています。つまり、日本が充分に文明国家と呼べる時代に朝廷の命を受けて書かれた書物ですから、全部でたらめと切り捨ててしまうわけにもいきません。一種のオデッセー(叙事詩)ですから物語としての脚色は当然としても、まったく根拠のないことは書かれておらず、何らかの状況を示唆する物語として解釈するのも神話の楽しみ方のひとつでしょう。

   海彦山彦の話も、縄文人(海彦)と弥生人(山彦)の闘いであると推測する人もいます。また、後の大和朝廷(山彦)勢力が薩摩隼人(海彦)の部族を攻略した話とする人もいます。あるいは海洋民族と農耕民族のせめぎあい、浦島太郎伝説や竹取物語などと関連付ける説もあったりと、神話の解釈は百家争鳴、実に賑やかです。

   神話では、山彦と豊玉姫の子である神武天皇が東征して大和の地で政権を築くとなっています。稲作が東へ北へと伝播していく様ととらえるのも一興かも知れません。

   さて、その豊玉姫が後の神武天皇を産んだとされるところが鵜戸神宮(うどじんぐう:宮崎県日南市宮浦)。海岸に面して奇岩が連なる大洞窟の中に朱色の神殿が鎮座しています。

   創建は第十代崇神(すじん)天皇の御代(神話の時代)、その後、桓武天皇の時代に天台宗寺院として現在のような神殿が再興されたとのこと。

   確かに、こういう場所に皇族につながる神社を建てること自体、農耕民族にはありえないことで、古代日本における部族の多種多様性を物語る生きた歴史かも知れません。


鹿児島県:喜界島の歴史と農業の発展(南部九州コラム)

喜界島の歴史、地下ダム開発の背景、農業の将来展望等を紹介した報文を建設情報誌「しまたてぃ」に寄稿しました。

喜界島の歴史と農業の発展 ~地下ダムの恵みは新たなステージへ(PDF : 3,263KB)

風土・文化

宮崎県

ひむか神話街道100の伝承地(宮崎県HPへ) 
ひむか神話街道50の物語集(宮崎県HPへ)
【ふるさと再発見】
みやざきの百一人(宮崎県HPへ)
うたと芸能101(宮崎県HPへ)
味と花101(宮崎県HPへ)
神話と伝承101(宮崎県HPへ)

鹿児島県

文化の紹介(鹿児島県HPへ)

環境

宮崎県

   宮崎県は、九州の南東部に位置し、東は太平洋に面しています。
   地形的には、山岳地帯が多く、これらを水源に五ヶ瀬川、耳川、小丸川、一ツ瀬川、大淀川など流路70km以上にわたる河川が太平洋にそそぎ、豊富な水資源をもたらしています。
   気候は、温暖で特に快晴日数は全国第2位となっています。
   一方、冬は海岸部ではほとんど雪は見られませんが山沿いでは雪が積もり、スキー場としては日本最南端の五ヶ瀬ハイランドスキー場があります。
   また、宮崎県を代表する景勝地の青島は周囲1.5km程の小さな島で橋で渡れます。島の周囲は、長年の浸食により独特な形状へ変化した岩で囲まれており、干潮の際には沖合い約100mにも及ぶ見事な景観となります。その岩の形状が洗濯板に似ている事から「鬼の洗濯板」と呼ばれています。
   野生動植物については、標高1,500m前後の山岳が連なっているため、植物相は多様で、照葉樹林の自然植生のほか、沿岸部ではビロウ、ハカマカズラ、ハマオモトなどの熱帯性、亜熱帯性植物もみられます。また、県北~西部の山地帯の温帯性夏緑広葉樹林には、ブナ、ミズナラ、シナノキなどが生息しており、ブナクラスの南限域となっています。
   動物では、哺乳類のニホンカモシカが国の特別天然記念物に指定されているほか、鳥類のクマタカ、ハヤブサ、ヤイロチョウなど種の保存法指定種も含まれています。
   また、両生類では環境省レッドリスト掲載種のオオイタサンショウウオ、ベッコウサンショウウオ、オオサンショウウオなど、は虫類ではアカウミガメ、アオウミガメ、ニホンスッポンなど、昆虫類ではグンバイトンボ、ルーミスシジミ、タガメなどの希少種が生息しています。
   自然公園等は、県内には国立公園が霧島錦江湾国立公園1か所、国定公園が日南海岸国定公園等4か所、県立自然公園が尾鈴県立自然公園等6か所あります。

国立・国定公園

県立自然公園

国立公園(1ヶ所)

霧島錦江湾国立公園

県立自然公園(6ヶ所)

祖母傾県立自然公園

尾鈴県立自然公園

西都原杉安峡県立自然公園

母智丘関之尾県立自然公園

わにつか県立自然公園

矢岳高原県立自然公園

国定公園(4ヶ所)

日南海岸国定公園

祖母傾国定公園

日豊海岸国定公園

九州中央山地国定公園

宮崎県の自然公園

鹿児島県

   鹿児島県は、日本本土の西南部に位置し、太平洋と東シナ海に囲まれた南北約600キロメートルにわたる広大な県土を有しています。
   気候区は温帯から亜熱帯に至り、全国の中でも平均気温が高く、温暖な気候に恵まれています。また、種子島、屋久島、奄美群島をはじめとする多くの離島は、県内総面積の約27%と大きな比重を占めています。
   中央部を南北に霧島火山帯が縦断し、北部の霧島から南海のトカラ列島まで11の活火山が分布しており、豊富な温泉にも恵まれています。また、県下のほとんどの地域が火山噴出物であるシラス層によって厚く覆われています。
   野生動植物については、多様な気候と地理的な特性を背景に豊かな自然が育まれ、多種多様な野生生物が分布しており、維管束植物は約3,100種類、鳥類は約400種類、哺乳類は約50種類が生息・生育しています。
   特に、奄美地域は、アマミノクロウサギやルリカケスなどの固有種が多く生息しており、生物多様性保全の視点から世界的にも重要な地域です。
   また、県内には絶滅のおそれがあるとともに学術的に価値のある野生動植物種が多く生息・生育しています。 
   このうちツルは、国際希少野生動植物種と国の特別天然記念物に指定されており、毎年約10,000羽が出水平野で越冬することから、ネグラの設置や給餌などツル保護のための諸対策を講じています。ウミガメは、春から夏にかけて県内各地の海岸に延べ8,000頭前後(日本一)が産卵のため上陸することから、ウミガメ保護のための監視活動や保護思想の普及啓発等を行っています。 
   自然公園等は、県内に国立公園が霧島錦江湾国立公園等4か所、国定公園が甑島国定公園等2か所、県立自然公園が吹上浜県立自然公園等8か所あります。
   また、屋久島世界遺産地域は、世界的に特異な樹齢数千年のヤクスギをはじめ、多くの固有種や絶滅のおそれのある動植物を含む生物相を有するとともに、海岸部から亜高山帯に及ぶ植生の典型的な垂直分布が見られるなど、特異な生態系と優れた自然景観を有する地域であることから、平成5年12月、世界遺産条約に基づき、青森・秋田両県にまたがる白神山地とともに、わが国で初めての世界自然遺産地域として登録されました。

国立・国定公園

県立自然公園

国立公園(4ヶ所)

雲仙天草国立公園

霧島錦江湾国立公園

屋久島国立公園

奄美群島国立公園

県立自然公園(8ヶ所)

吹上浜県立自然公園

坊野間県立自然公園

阿久根県立自然公園

藺牟田池県立自然公園

川内川流域県立自然公園

高隈山県立自然公園

大隅南部県立自然公園

トカラ列島県立自然公園

国定公園(2ヶ所)

日南海岸国定公園

甑島国定公園

鹿児島県の自然公園

農業の概要

地域の農業の特徴

  南部九州土地改良調査管理事務所が管轄する南九州地域(宮崎県及び鹿児島県)では、温暖な気候や十分な日照時間など優れた自然条件を活かした畜産や野菜、お茶などの農業生産が高く、日本の食糧供給基地としての役割を担っています。
  南九州地域の耕地面積は全国の約4.5%農家数は約4.8%ながら、農業産出額は9.0%%を占めています。
  また、耕地面積は畑が約6割を占め、畑作が盛んな地域です。

南九州地域の耕地面積他

  南九州地域の農業産出額は、畜産(約64%)と畑作物(約25%)が高い割合を占めています。
  なかでも、肉用牛、豚、ブロイラーの産出額は全国1位~3位をそれぞれが占め、宮崎県はきゅうりが全国1位、ピーマンが全国2位、鹿児島県は荒茶が全国1位、茶(生葉)、ばれいしょ、さとうきびが全国2位、鶏卵、かんしょ全国3位となっています。

農業産出額部門別構成比

農産物産出額上位品目

地域の取り組み

  南九州地域は、保水力が著しく少ないという特徴がある火山灰性のシラス土壌が広範囲に渡って分布しているため、古くから干ばつ被害に悩まされてきました。また、台風の通り道に位置するため、洪水や暴風の被害にも見舞われてきました。さらに、首都圏・関西圏などの大消費地から遠いため、農産物の供給に有利とはいえない条件下にあります。
  したがって、温暖な気候や広大な畑地などの特徴を活かした畜産・野菜・園芸を中心とした農業を展開し、安心・安全で品質の良いものを安定的に出荷できる競争力の強い産地づくりを推進してきました。その取り組みのなかで、南部九州土地改良調査管理事務所は、昭和33年より、畑地かんがい、用水補給、農地造成、施設整備、開拓、干拓、海岸保全などの事業計画策定などを通じて、当地域の農業発展を支援してきました。
  その結果、畑作物の農業産出額農業産出額部門別構成比において、いも類が減少し、野菜が大幅に増加したことにより、かんがい事業により確保された農業用水を活用した営農へ移行してきたことがわかります。
畑作物部門別構成比の変化
  農産物の高収入化と多様化により、農家の経営規模も全国に比べて拡大傾向に転じ、安定した農業経営が可能となりました。

南九州における農産物販売額規模別農家割合の推移.

  認定農業者数も平成30年には鹿児島県が全国で9位、宮崎県が10位となり、農業法人経営数では平成27年に鹿児島県が全国で2位、宮崎県が9位を占め、農業経営の安定・多角化などが今後も期待されます。
認定農業者数

農業法人経営体数


農地の整備状況

  南九州地域(宮崎県、鹿児島県)の農地の整備状況は、年々向上しているものの、まだまだ十分とは言えない状況です。
  これからも農地の整備を推進していく必要があります。水田の整備率・畑地かんがい整備率

名産品

宮崎県

みやざきブランド推進本部HPへ


鹿児島県

鹿児島ブランド推進本部HPへ

お問合せ先

南部九州土地改良調査管理事務所

〒885-0093  宮崎県都城市志比田町4778-1
TET:0986-23-1293  FAX:0986-27-1281

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