<対談>放牧酪農で未来を拓く担い手
―足寄町から広がる新規就農と地域活性の可能性―
今回の対談では、父・吉川友二氏の後継として親元就農で酪農を始めた若手農業者の吉川元氏、放牧酪農の先駆者で、吉川友二氏をはじめ多くの酪農家に影響を与え、現在も酪農の魅力向上に尽力する海野泰彦氏、そして、放牧酪農の生乳に惚れ込みチーズ職人として酪農の魅力を伝える本間幸雄氏の三名に話を伺いました。
立場の異なる彼らの言葉からは、農業の可能性と地域の未来を見据えた想いが伝わってきます。

日時:令和7年7月25日(金曜日)
場所:足寄町(ありがとう牧場、しあわせチーズ工房、ネイパル足寄)

(よしかわ はじめ)
2003年生まれ、足寄町在住。父である吉川友二氏の病気をきっかけに、フランスでのパティシエ修行から帰国。現在は「ありがとう牧場」で酪農を営みつつ、将来的には自家製牛乳を使った菓子製造・販売を目指している。

(かいの やすひこ)
大阪府出身。1987年に浜中町で新規就農。自らの牧場でレストラン「ファームデザインズ」を開業し、六次産業化を推進。現在は星野リゾート・トマムで放牧酪農を展開し、地域と観光をつなぐ取り組みを続けている。

(ほんま さちお)
長野県出身。チーズ職人として足寄町に移住。放牧酪農の牛乳に魅了され、2013年に「しあわせチーズ工房」を開設。ジャパンチーズアワード日本一、ワールドチーズアワードスーパーゴールド受賞など、国内外で高い評価を得ている。
【帯広地域拠点】
今回、新規就農を増やすこと、そして、新規就農を巡る課題を解決する一つの事例として、放牧酪農を推進する足寄町で活躍されている吉川元氏、本間幸雄氏、そして、新規就農の経験者として海野泰彦氏にお集まりいただきました。
新規就農のきっかけや放牧酪農の魅力、新規就農を支える地域での取組などの話をお聞かせください。
「新たなかたちを模索した先に、地域の豊かさがある。」
■現在の仕事への思い
【吉川氏】
酪農はまだ2年目ですが、父が築いてきた牧場の土台があるので、仕事自体はそれほど大変ではありません。自分の夢は、家の牛乳をすべて自分で加工して販売すること。パティシエとしての経験を活かしながら、酪農と菓子づくりを融合させた新しい形を目指しています。
【海野氏】
僕は30年以上酪農を続けてきましたが、放牧酪農に転換したのは、消費者の声がきっかけでした。牛が自然の中で過ごす姿に価値を感じる人が多く、そこに応える形で牧場のあり方を変え、六次産業化という言葉がない頃から自分の牧場でしぼった牛乳を加工して、ソフトクリームやチーズケーキ等を製造し、販売してきました。今は星野リゾートと連携し、観光と酪農を融合させた取り組みをしています。
【本間氏】
ヨーロッパの伝統的なチーズ作りを学ぶ中で、牛乳の質がいかに大切かを痛感しました。放牧酪農の牛乳は風味が豊かで、牧場ごとに個性が出る。それがチーズにも反映されます。足寄町で放牧酪農の価値を感じ、今は足寄のミルクにこだわり、地域の魅力をチーズで伝えることに力を入れています。

就農について語る吉川氏

ありがとう牧場の放牧地で対話する吉川氏と海野氏
「農村でしか味わえない豊かさがある。」
■今後の展望や課題意識
【海野氏】
新規就農者の多くは、規模拡大よりも家族での暮らしや自然との共生を重視しています。その部分と、国の農政とのギャップが課題ですね。もっと多様な農業のあり方を認める政策が必要だと思います。僕自身、浜中町で新規就農した二番目の酪農家ですが、今では町の酪農家の3分の1が新規就農者です。変化は起きているけれど、制度や支援のあり方はまだ追いついていないと感じます。
【本間氏】
放牧酪農の付加価値が乳価に反映されていないのが課題です。それぞれの牧場によって味が違い、そこの親方(経営主)の顔が思い浮かぶようなチーズの個性を作り出せる。地元で価値を生み出し、それを還元する仕組みが必要。複数の農家で会社を作って、チーズ職人を雇い、地域に利益を残すような形も考えています。ヨーロッパでは、小さな町でも一軒のチーズ工房が観光資源になっている。足寄でもそういう可能性はあると思います。
【吉川氏】
放牧酪農の魅力をもっと発信していきたいです。父が築いたつながり(注)があったからこそ、今の自分があります。これからは自分が発信する側になって、次の世代につなげていきたいです。放牧酪農家はこじんまりとした経営が多いですが、それでも情報発信を続ければ、自然と人が集まってくると思います。

対談で自らの経験を語る海野氏(右から2人目)

ありがとう牧場の放牧場を視察する海野氏
(注)吉川友二氏(故人)は、海野氏が新規就農時のことをまとめた本がきっかけの一つとなり、足寄町茂喜登牛(もきとうし)地区で新規就農し、放牧を主体とする「ありがとう牧場」を立ち上げ、放牧酪農に関心を持つ就農希望者や酪農実習生を積極的に受け入れるなど、次代を担う酪農家の育成に尽力された。
■
これから就農する人に向けてのメッセージ
【海野氏】
新規就農は簡単ではありませんが、地域に根ざして生きる覚悟があれば、道は開けます。サポート体制や制度も整ってきているので、まずは現場を見て、自分のやりたい農業を見つけてほしいです。田舎暮らしに憧れて来る人も多いですが、現実とのギャップに悩むこともある。だからこそ、実習や見学を通じて、しっかりと自分の方向性を見極めてほしいですね。
【本間氏】
農業はコスパだけで考えると厳しいですが、ここにしかない豊かさがあります。文化としての農業、暮らしとしての酪農を大切にしてほしい。見学や実習から始めて、地域とのつながりを感じてください。足寄町には、民間の移住支援会社もあり、役場とは違った形で若者の受入れを支えています。そうした“地域の応援団としてのつなぎ役”の存在が、就農のハードルを下げてくれると思います。
【吉川氏】
僕自身、酪農をやるつもりはなかった。乳房炎の多発等メンタルにくることも多かったけど、やってみたら面白かった。やりたいことがあるなら、まずは一歩踏み出してみてください。自分の牛乳で何かを作ることを考えるって、すごく楽しいですよ。今は酪農のことしかできていないけど、これからは加工や販売にも挑戦していきたい。夢は、家の牛乳を使ったスイーツを世界に届けることです。

自らの経験を語る本間氏

しあわせチーズ工房を説明する本間氏(左から2人目)
まとめ
足寄町では、放牧酪農を軸にした新しい農業の形が育まれています。吉川元氏のような若手の担い手が現れ、父・友二氏やチーズを製造しつつ地域の魅力を発信する本間幸雄氏のような先駆者が支えることで、地域に新たな風が吹いています。
また、消費者目線を意識したことで始めた放牧酪農と、その生乳の付加価値を六次産業化の実現により高めた海野泰彦氏の経験談は、放牧酪農の可能性を示してくれました。
新規就農は決して平坦な道ではありませんが、自然とともに生きる豊かさと、地域を支える力があると感じました。
農林水産省では、就農支援の制度の充実や情報発信の強化を図っています。
新規就農の促進(農林水産省へリンク)
今回のインタビューが、就農(農業を仕事にすること)に向けた検討や準備のきっかけとなることを期待しています。
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