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近畿農政局

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加古川流域の自然

01自然

1.位置と地形

事業地区

兵庫県は、北は日本海、南は瀬戸内海に面しています。このうち瀬戸内海側、おおむね六甲山地から西は、旧国名(播磨国)どおり「播磨地方」と呼ばれています。
兵庫県は近畿では突出した面積を持つ県ですが、この播磨地方だけで約4割を占めています。

播磨国は、畿内と九州大宰府を結ぶ官道、山陽道の入り口にあたる国でした。当時、全国に7本整備された官道のうち、山陽道は唯一の「大路」。朝廷にとっては最も重要な陸路であり、播磨国はその影響を強く受けてきました。現在も中国縦貫道や山陽新幹線、東海道本線が通り、中国地方への玄関口となっています。

播磨は、上図のようにほぼ中央部を境に、東播地方と西播地方に分けられます。瀬戸内海沿岸に比較的広い平野をもつ西藩と、台地(段丘を含む)や丘陵地が入り組んでいる東播。古くから発展してきたのは姫路を中心とする西播地方でした。
本事業の対象地域は、台地の多い東播地方に位置しています。加古川中流部を挟む「加古川西部地区」と「東条川地区」。印南野台地を中心とした「東播用水地区」。「東条川地区」「東播用水地区」は、加古川が最も低いところを流れ、東に行くほど土地が高くなっています。

 

 

 

2.川

川

東播地方には多くの小河川が流れていますが、そのほとんどが県内最大の河川である加古川に流れ、広大な加古川水系を形成しています。
加古川本流、志染川や東条川、美の川などの支流は、それぞれの川沿いに細長い平野をつくっています。

一方、広大な印南野台地では、小さな川が散在しているだけで、川らしい川はみられません。きわめて水の便が悪い地域でした。豊富な水量を持つ加古川は、台地の西を流れているため、簡単に水を引くことはできません。
台地の東や北から水を引こうとすれば、トンネルで導水する必要があるため、この地域の新田開発は、近代までほとんど不可能でした。

東播にはため池が多く、特に印南野台地とその周辺地域には約600ものため池が密集しています。兵庫県は、全国で最もため池の多い県ですが、なかでもこの地域は日本有数のため池密集地帯として知られています(写真参照)。
東播にとってのため池は、細々と流れる川の水をできる限り有効に使うための、ほとんど唯一ともいえる手段でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ため池群 

ランドサットに写る印南野のため池群

3.気候

播磨は一年を通じてからりとした天候に恵まれていますが、日本でも特に雨の少ない瀬戸内海沿岸地域に含まれます。最も雨の少ない沿岸部では、年間の平均降水量が1100~1200mm、地域によってはそれ以下の所もあるようです。日本の平均降水量が約1700mmですから、ほぼ6割にしかなりません。

日照時間が多く、温暖な気候は、作物の生長にも適していますが、雨の少なさは、播磨の農民にとって大きな悩みの種でした。東播では、近世以降も多くの干害に見舞われています。明治から昭和にかけては、およそ3~4年に1回の割合で干害が発生しました。台地が多いという地形的な条件と、雨が少ないという気候条件が重なり、東播は長らく水の便に苦労することになります。

4.土壌

東播にみられる台地の多くは、今から80万年以上前に始まった地殻変動によってつくられました。古くにできた地層であり、乾燥して固いという特徴があります。また、地下水が深い位置にあるため、井戸を掘るのも容易ではありません。印南野台地を筆頭に、東播の台地では、地下水に頼ることもできませんでした。

一方、加古川をはじめとする川沿いの平野は、川の運ぶ土砂が積もってできました。1万年前までにつくられた比較的新しい土壌であり、稲作の適地となっています。
河川の水源となる山々では、樹木が育ちにくく風化しやすい土壌が多くみられます。土砂の流失も多いため、比較的水を蓄えにくい土壌ともいえるでしょう。 


 ページ上部イメージ写真(左側):「蝶」(写真提供:神戸観光壁紙写真集HP)