令和6年度「甚四郎」における取り組み
岐阜県郡上市で豆腐作りをされている伊藤雅史さんにお話を伺いました。
(取材日:令和6年7月26日 聞き手:東海農政局 消費・安全部長 小山内司)
~こんな話を聞きました~
未経験者の私が、豆腐作りを始めるまで
(東海農政局)
伊藤さんは市役所に勤務されていたのですね。
(甚四郎)
郡上市役所の職員をしていて、令和4年3月、明宝振興事務所長で退職しました。年金の支給年齢引き上げもあり、退職の数年前から、第二の人生をどのように過ごそうかと考えるようになったんです。
畑もあるし、近所の農家さんにトマトの作り方を教わったのですが、この明宝地区(旧明宝村)は大きなスキー場もあるように積雪地帯。
雪に閉ざされて冬場に仕事がなくなってしまう。
そこで、両親の引退により平成12年に廃業した豆腐屋の再開を考えるようになりました。
(東海農政局)
豆腐作りの経験があったのですか。
(甚四郎)
うちは曽祖父の時代から続く豆腐屋で百年以上の歴史があります。
豆腐屋は両親の代まで続いたのですが、私は違う仕事に就きたかったので、家業は継ぎませんでした。
私自身、豆腐作りの経験はないのですが、小さい頃、間近で祖父母の働く姿を見て、何となく作り方の記憶は残っていました。
(東海農政局)
豆腐作りへと、伊藤さんの心を動かしたものは何ですか。
(甚四郎)
昔は、地域に豆腐屋が何軒もありました。昔ながらの製法で作られた豆腐には、スーパーの安価な豆腐にはない風味や歯ごたえがあり、地域の皆さんに好まれていました。
地域の豆腐屋が1軒、また1軒と姿を消し、令和3年には明宝地区最後の豆腐屋も廃業してしまったんです。
そんな状況を見つつ、〝代々伝承されてきた豆腐の製法技術がなくなってしまうのはもったいない〟という気持ちが日に日に高まり、妻と相談して、約20年ぶりの豆腐屋の再開を決めました。
(東海農政局)
豆腐はご夫婦で作っているのですか。
(甚四郎)
豆腐は私一人で作っています。
妻はパートで働いていますが、豆腐を試食してコメントをくれたり、販売価格を決める際にアドバイスをくれたりしますね。
主婦目線の指摘はありがたいです。
伊藤雅史さん
工場での伊藤さん
両親から受け継いだ、昔ながらの製法
(東海農政局)
20年ぶりの豆腐店の再開ですが、ご両親は機材を残していたのですか。
(甚四郎)
両親が使っていた機材は既に処分されていました。
新品は高額なので中古を探したところ、ちょうど良いサイズの中古機材があったので、一式揃えられました。とてもありがたかったです。
(東海農政局)
昔ながらの製法とは、具体的にどういうものですか。
(甚四郎)
豆腐は、大豆を一晩水に浸し、それをすりつぶして加温し、そこから絞り出した豆乳ににがりを加えて型に流し込むというのが大まかな流れです。
すりつぶした大豆の加温は、通常、高温の蒸気を当てて行われるのですが、昔ながらの製法では、釜で30分程度、冬場は1時間程度炊きます。
(東海農政局)
そうすると、豆腐にどんな違いがでるのですか。
(甚四郎)
釜で炊くことで、香ばしい風味が生まれます。
昔ながらの豆腐を好んで食べている方にとっては、この風味が一番の違いになります。
あとは、にがりを加えるタイミングや型に流し込んだ後の圧搾の時間を工夫することで、木綿豆腐を通常の市販品よりも固めに仕上げています。
豆腐作りを始めた頃、地域の方に無償で試作の木綿豆腐をお配りして声を聞き、改良を繰り返して、今の固さに落ち着きました。
1丁450gの釜炊き木綿豆腐はうちの代表商品です。
(東海農政局)
実際に豆腐を作ってみて、どんな苦労がありましたか。
(甚四郎)
両親から聞き、書き残した豆腐の製法メモと、幼い頃の記憶を元に豆腐作りを再現したのですが、豆腐の大きさに不揃いが出て、小さいものは販売できませんでした。
豆乳がどこかで失われてしまい、必要量に満たなかったことが原因です。
もう一つは、釜で炊く工程で、どうしても焦げてしまう。
釜の中のすりつぶされた大豆の中心温度を計り、状態を見ながら、匂いをかぎながら、かき混ぜるのですが、すぐに釜の底に焦げができてしまいます。
今は失敗することもほとんどなくなりましたが、釜で炊く工程では細心の注意を払っています。
釜炊き作業の様子
釜炊き木綿豆腐(税込540円)
朝がとても早い、豆腐作りの仕事
(東海農政局)
豆腐作りは朝が早いと思いますが、タイムスケジュールは。
(甚四郎)
午前3時半頃に機材の熱湯消毒を始め、その後、水に浸していた大豆を電動の石臼に投入し、6時半頃までに豆腐を成型し冷水に浸します。
朝食をとった後に、十分に冷えた豆腐を一つ一つ丁寧にパック詰めします。
8時半頃には、道の駅の売り場へ豆腐を運び、9時半頃に終わりとなります。
(東海農政局)
道の駅で販売されているのですね。
(甚四郎)
大部分は地元の道の駅で販売していますが、この工房に買いに来られるお客様もいますので、冷蔵庫にストックしています。
また、Aコープ、地元の商店、民宿、飲食店にも卸しています。
冷水に浸された豆腐
大豆の産地にはこだわりたい
(東海農政局)
原料の大豆にこだわりはありますか。
(甚四郎)
父の時代は、豆腐の生産量を増やしたこともあり、カナダ産大豆を使っていました。
大量に作って販売するとなると、どうしてもスーパーの安価な商品と競争することになり、国産大豆では価格面で太刀打ちできなかったのです。
自分は国産にこだわりたい気持ちがあったのと、スーパーと価格競争はしないということで、地元郡上産大豆を中心に岐阜県産大豆で豆腐を作ることにしました。
タンパク質含有量が高く、豆腐作りに適したフクユタカという品種を通年で確保していく考えです。
大豆の生産にも挑戦したのですが、獣害防止の柵を跳び越えてやって来たシカにきれいに食べられてしまい、諦めました。
30kgの大豆が入った袋
袋の中の大豆
狩猟免許の取得から、ジビエの活用へ
(東海農政局)
柵があっても、被害は防げないのですね。
(甚四郎)
そうなんです。以前からイノシシやシカの被害が出ていて、10年くらい前に、わなと鉄砲の狩猟免許を取得したんです。
自分一人だと限界があるので、営農組合の仲間にもわなの免許を取得してもらいました。
でも駆除するだけではもったいないと思い、平成27年に明宝ジビエ研究会という組織を立ち上げて、工房を構えることにしました。
(東海農政局)
工房ではどんな製品を作っていますか。
(甚四郎)
イノシシは豚熱の問題があり現在活用できないため、いまはシカをメインに解体をしています。
肉の品質を維持するため、わなにかかったシカを生け捕りにして、生きたまま工房に持ち込んでもらうようにしています。
工房では、わな猟師で移住された方を工房長に迎え、精肉や味付け肉を作っています。
ジャーキーやウインナーは、特別な機材が必要になるので、地元のハム会社に製造を委託しています。
(東海農政局)
ジビエ製品は道の駅で販売されるのですか。
(甚四郎)
近隣の道の駅数か所に置いていただいています。
名古屋市や東京の高級レストランとも多少の取引があります。
(東海農政局)
ジビエは地元の方にも食べてほしいですね。
(甚四郎)
学校給食では地元の食材が推奨されていることもあり、以前、栄養士さんに相談したことがありました。
価格の問題とともに、未知の食材だったシカ肉に栄養士さんが前向きになれなかったこともあり、残念ながら頓挫してしまいました。
ただ、明宝ジビエ研究会の活動で、子どもたちと里山保全活動をするイベントがあるのですが、そのときにはシカ肉のカレーを振る舞うんです。
みんな、おいしいって喜んでくれます。
こうした地道な活動は続けていきたいですね。
シカ肉のジビエ製品
イベントのシカ肉カレー
若手として、地域活動にも参画
(東海農政局)
豆腐作りとジビエ製品作りのほかに、活動されていることはありますか。
(甚四郎)
営農組合では自分はまだ若手と言われ、中心メンバーの一人として活動しています。
この辺りは受け手のいない小区画の水田が多いことから、農地は保全管理が中心となりますが、一部の水田を使って、田植え体験や稲刈り体験など、都市住民との交流を図っています。
また、営農組合として観光農園を開園するため、数年前に、ブルーベリーの苗木を二百本植えました。
このほか、郡上市の農業委員も務めていていますし、少しですが個人的に米を作っています。
棚田地域として国の選定を受けた田んぼの米を、甚四郎棚田米と名付け、道の駅などで販売しています。
道の駅で販売されている棚田米
屋号に込めた思いと今後の夢
(東海農政局)
地域のために、幅広く活動されている様子がよく分かりました。
ところで、豆腐店の屋号になっていて、お米にも使われている「甚四郎」の由来は。
(甚四郎)
昔、伊藤家の本家では、家長は代々、甚四郎と名乗っていました。
私もその流れをくむ人間なので、ご先祖様に思いをはせて、歴史ある豆腐作りを再開するにあたり、屋号を甚四郎としました。
(東海農政局)
今後挑戦してみたいことがあれば、教えてください。
(甚四郎)
豆腐については、いろいろな形で食べてもらえるように新たな商品作りをしてみたいです。
今製造しているのは、成型した木綿豆腐と絹ごし豆腐、そして油揚げの3種類ですが、豆腐の売り上げが落ちる夏場対策として、滑らかな食感の寄せ豆腐、ワサビを包み込んだ手軽に食べられる豆腐も作っていきたいです。
豆腐以外では、どぶろく造りにも興味があります。
郡上市はどぶろく特区の国の認定を受けているので、一定の要件をクリアすることで取り組むことができます。
(東海農政局)
豆腐店の将来をどのようにお考えですか。
(甚四郎)
長女は既に嫁いでおり、二人の息子は、現在、東京や海外で働いています。
つい最近、下の息子から「一応、豆腐の作り方を教えておいてほしい」と言われたので、口頭で昔ながらの製法を伝えました。
その息子はメモを取っていましたが、私が退職前に両親から製法を聞き取ったときのことを思い出しました。
息子は、豆腐作りを継ぎたいとは言いませんけどね。引退後も、昔ながらの製法が後世に残っていくようなら、私としては嬉しいですね。
工房の前の看板
工房兼店舗の外観
伊藤雅史さん(右)と小山内消費・安全部長(左)
取材場所:甚四郎
(岐阜県郡上市明宝奥住1499)
甚四郎のサイトはこちらから
甚四郎インスタグラム
https://www.instagram.com/jinshiro_meiho/(外部リンク)
(甚四郎webサイトは準備中)
PDF版
令和6年度「甚四郎」における取り組み(PDF : 1,012KB)
お問合せ先
消費・安全部消費生活課
担当者:消費者対応班
代表:052-201-7271(内線2807)
ダイヤルイン:052-223-4651