みどりすとVol.4
蛍の舞う田んぼで ― 大田さんの渡津米づくり

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訪れたのは4月の中ごろ。その朝は、空の青さが一段と澄んでいた。陽の光がまぶしく、頬を撫でる風が心地よい。ここは石川県白山市渡津町。圃場に一歩足を踏み入れた瞬間、小鳥のさえずりと大日川のせせらぎが優しく耳に届く。辺りを囲む山々は堂々たる姿を見せ、川辺には満開の桜が咲き誇っていた。足元にはつくしや色とりどりの小さな花々が春の訪れを告げている。
ここでは、6月になると美しい蛍が夜空を舞うという。そんな自然の中で米づくりに取り組むのが大田さんだ。日焼けした顔にくしゃっと笑みを浮かべ、まるで太陽のようにエネルギーを放つ男性だった。

大田さんは42歳まで横浜で鉄鋼業に従事し、20年にわたり溶接技術者として橋梁工事などの公共事業に携わってきた。転機が訪れたのはその後。農業というまったく異なる道を選び、生まれ育った渡津に帰ってきた。農業の道に足を踏み入れたことで、作物の育て方だけでなく、人と人との繋がりの大切さを改めて学ぶことができた。地域の人々の思いやりや助け合いの気持ちがどれほど農業に欠かせないものかを知った。今では10ヘクタールの田んぼで有機肥料100%による米づくりを1人で行っている。
春の訪れとともに、田んぼの準備が始まる。お米作りの第一歩は、種籾(タネモミ)の消毒である。一般的には、この工程に薬剤が使用される。病気の予防には効果的であるが、どうしても薬剤の力に頼ることとなる。そこで、おおた農場では薬剤の代わりに、お湯を用いて種籾を消毒しているのだ。これは「温湯消毒(おんとうしょうどく)」と呼ばれる手法で、一定の温度のお湯に種籾を浸し、病原菌などを取り除く、昔ながらの方法である。
彼の栽培した米は、農薬不使用の「鳥越渡津蛍米こしひかり」と、農薬を地域の基準の7割減で栽培した「鳥越渡津米こしひかり」(※鳥越は渡津集落のある旧・鳥越村に由来)があり、高級日本料理店にも届けられている。見た目だけでなく、味にも環境にもこだわり抜いたお米だ。その品質の高さと環境への配慮が認められ、「いしかわエコデザイン賞」をはじめ、「石川県エコ農産物認定」、さらには「米・食味分析鑑定コンクール国際大会 金賞」という、名誉ある賞を受賞している。彼自身も「米・食味鑑定士」と「水田環境鑑定士」の資格を持ち、米・食味分析鑑定コンクール国際大会の審査員として活動している。


渡津地区のような山あいでの農業には課題も多い。特にイノシシによる被害は深刻で、電気柵の設置やさまざまな対策を講じているものの、完全な解決には至っていない。「自然と共に生きるってのは、こういうことですわ」と大田さんは苦笑する。このほかにも、おおた農場では生産面でさまざまな工夫が凝らされている。なかでも特徴的なのは、雑草や害虫への対応、そして苗づくりに関わる三つの取り組みだ。

まず、田んぼで雑草が繁茂するのを防ぐために、大田さんは田植え前の段階で雑草の芽出しを行い、その後、代掻きを2~3回繰り返す。この作業によって、雑草の種子密度を効果的に減らし、田植え後の除草作業や農薬への依存を最小限に抑えている。農薬を使わない農業を実現するうえで、土づくりの段階から雑草への備えを徹底する姿勢がうかがえる。
また、害虫対策としては、稲に被害をもたらすカメムシへの対応が挙げられる。一般的には農薬で防除されることが多いこの害虫だが、大田さんは田植えの時期をあえて遅らせることで、カメムシの成長サイクルと稲の生育をずらし、被害を抑える工夫をしている。田植えを遅らせることで、前述の雑草管理の作業時間も確保でき、一石二鳥の効果を生んでいる。
さらに、大田さんは苗づくりにも工夫を重ねる。短期間で水稲苗の活着を促すため、根切りの影響が少ないポット苗を使用しているのだ。これにより、田植えを遅らせたとしても苗の生育期間を十分に確保することができ、安定した収量につなげている。
これら三つの取り組みは、いずれも環境への負荷を抑えつつ、持続可能な農業を実現するための工夫である。
白山麓に広がる自然豊かな地域。その名も「蛍の里」。ここでは、毎年6月になると、幻想的な光を放ちながら舞う蛍を楽しむ「蛍の鑑賞会」が開催されている。今年もその光景をひと目見ようと、延べ5,000人もの参加者が見込まれているという。この地域の田んぼでは、【ヘイケボタル】が水面近くを優雅に飛び交い、その周辺には川のせせらぎがやさしく響く。まるで時間がゆっくりと流れているかのようなその風景は、まさに自然の息吹が感じられる場所だ。除草剤や農薬を最低限に抑えた水田と川沿いには、多種多様な生き物たちが共存しており、この地域全体がひとつの大きな生命の循環の中で息づいている。
今では日本全国どこでも見られるわけではなくなった蛍。その姿は、昔の夏の原風景として、多くの人の記憶に残っている。しかし近年では、開発や農薬の影響で、蛍の光は少しずつ失われてしまっているのが現実だ。そんな中、この「蛍の里」では、【ゲンジボタル】と【ヘイケボタル】の両方を同時に観賞できるという、全国的にも非常に珍しい環境が保たれている。
この鑑賞会には、ただ美しい光景を楽しんでもらうだけでなく、もうひとつの大きな目的がある。主催者である大田さんはこう語る。「蛍が生きられる環境とは、どういうところなのか。それを目で見て、心で感じてもらいたい。蛍の舞う田んぼがあるということは、それだけでその土地が健全で、生命にやさしい場所だという証です」
美しい蛍の姿に心を動かされた人たちが、「環境に優しいとはどういうことか」「自分にできることは何か」と自ら考え、行動を変えるようになる。それが大田さんの願いでもある。自然を守ることは、一人ひとりの選択から始まる。
大田さんは「みどりの食料システム戦略」についても熱く語ってくれた。消費者が求めているのは、美味しさだけでなく、環境に優しい農業だといい、こうした考え方を市町村レベルで広めていくことの必要性を訴える。この美しい水と大地と空気、環境と多様な生物との共存が地域と私たちの未来に繋がると考え、今後もこの活動を続けていきたいと強く語った。
この風景を守るために、大田さんは今日も田んぼに立つ。
大田さんの作る渡津米は、多くの料理人にも選ばれています
大田さんが米を卸しているという都内の高級日本料理店、それが東京でも屈指の老舗ホテル「ホテルニューオータニ(東京)」や、能登の老舗旅館・加賀屋が銀座に出す日本料理店「日本料理 加賀屋 銀座店」だ。きっかけとなったのは、地元や都内で開催されたイベントで積極的に自らの米を売り込んだことから。イベントが終わった後も東京に米のサンプルを送るなど、大田さん自ら営業をかけた。おおた農場の「環境に配慮した栽培方法」や、何より「おいしい」お米ということが担当者の心を動かし、はや13年以上の取引が続いている。

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私たちホテルニューオータニ(東京)では、料理を提供するだけでなく、環境と社会に配慮した取組を日々続けています。特に食品ロスの削減や循環型農業には20年以上前から力を入れており、毎日約3トンの生ごみを堆肥化して農家に提供し、育てられた野菜を再びホテルで使用するという、持続可能な循環システムを築いてきました。
また、水資源についても、雨水や中水の活用を進めることで、東京都内でも上位に入る水使用量を少しでも抑える努力を重ねています。これらの取組は、未来のために欠かせない責任だと考えています。
私たちが使用しているおおた農場のお米は、農薬を一切使用していない「鳥越渡津蛍米コシヒカリ」。玄米の状態で仕入れ、栄養価の高さと、安全・安心な品質にこだわっています。

特に朝食でご提供しているのは、この玄米をベースに雑穀をブレンドし、ホテル独自の配合で炊き上げた「Jシリアル」。健康を意識されるお客様からも、大変ご好評をいただいております。
38年間シェフとして歩んできた私にとって、「美味しい」を届けることはもちろんですが、その背景にある素材の力や、環境との共生もまた、料理人として大切な使命だと感じています。

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私は徳島で生まれ大阪で育ち、神戸・京都にて日本料理の修業を重ねたのち、2001年よりご縁をいただき、加賀屋銀座店の料理長を務めています。今日まで20年以上にわたり銀座の地で料理をお届けしております。
おおた農場との出会いは、約13年前に開催された「石川マルシェ」でのひとときでした。大田さんの環境に対する真剣な眼差しと、農への深い愛情、自然と共に生きるという揺るぎない想いに心を打たれ、「この方の育てた米でお客様をもてなしたい」と強く感じたことを今でも鮮明に覚えています。

当店で現在使用している「鳥越渡津米こしひかり」は、環境への細やかな配慮と丁寧な手仕事に裏打ちされた滋味あふれるお米です。炊き上げた瞬間に立ちのぼる香り、口に含んだときのやさしい甘み。冷めてもなお、しっとりとした旨味が持続するその味わいは、お客様からもたいへんご好評をいただいております。
私たちは、加賀屋が大切にしてきた「おもてなしの心」を、料理というかたちでお届けしたいと日々願っております。石川県の風土に育まれた食材を通して、その土地の空気や季節の息づかいまでを感じていただけるよう、丁寧な仕事を心がけています。おおた農場の米は、まさにその想いを支えてくれる、かけがえのない存在です。これからも素材と誠実に向き合い、真心を込めた料理を通して、お客様に豊かなお時間をお届けしてまいります。
Writer:山森
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