3.特産物【地域情報】
多古米(多古町)
「おかずのいらない米」と評され、古くは江戸時代からその味の良さが評判となった多古米(たこまい)。栗山川(くりやまがわ)にはぐくまれた豊かな土壌は、ミネラル分が多い粘土質で米作りには最適とされ、明治時代には石川県に次いで全国で2番目に、早くも田んぼの耕地整理が行われました。昭和の時代には天皇陛下の献上米に選ばれ、「全国自主米品評会」では食味日本一にも輝いています。現在も、町内には米作りの研究グループがいくつもあり、平成9年には「ライスセンター」も設立されるなど、さらなる食味向上をめざしています。
写真提供:多古町
植木(匝瑳市)
匝瑳市の植木生産は明治時代に始まり、現在では植木の栽培面積日本一を誇るほどの大産地となりました。観賞用、生け垣用、街路樹、造園用など、300種あまりの植木を日本全国に送り出し、近年では中国やヨーロッパなど海外へも輸出されています。千葉県では、今後の植木生産に役立てるために「植木伝統樹芸士・植木銘木100選」を認定し、伝統的な樹芸技術を保存継承していますが、県内の植木伝統樹芸士のうち半数が匝瑳市在住。また植木職人の技により造形木として芸術的な美しさを持つ植木銘木として指定を受けている植木のうち半数は匝瑳市内にあり、匝瑳市の植木産業の水準の高さを証明しています。
写真提供:匝瑳市
ひかりねぎ(横芝光町)
昭和43年頃から麦の裏作として秋冬ネギの栽培が盛んになりましたが、昭和40~50年代にかけて宝米(ほうめ)地区や小田部(こたべ)地区の台地畑が整備されたことも、ネギ栽培を後押ししました。その後も栽培方法の改良が重ねられ、夏ネギの栽培にも力を入れて周年出荷を実現しています。現在は春ネギ、秋冬ネギが国の産地指定を受け、「ひかりねぎ」のブランド名で市場で高く評価されています。この「ひかりねぎ」から贅沢に抽出したエキスに、キンカンやショウガのエキスを加えてつくる「ねぎのど飴」は、マイルドでのどにやさしい飴だと好評を得ています。
写真提供:横芝光町
いわし(九十九里町)
九十九里浜(くじゅうくりはま)は、刑部岬(ぎょうぶみさき)から太東岬(たいとうみさき)まで南北57.9km、幅200mもある砂地の海岸です。この九十九里の沖には黒潮が通るため、えさになるプランクトンが多く、水温・塩分などもイワシの生息に適していることから、江戸時代からイワシ漁が行われていました。海底が平らで遠浅な海岸のため、浜近くの村々では昔から地引網が発達しました。江戸時代以降は、食料以外にもイワシで作った干鰯(ほしか)という肥料の需要が急に高まり、全国のイワシの漁獲高の三分の一をしめる産地となりました。
写真提供:厚生水産株式会社
長生ブランド(長生村)
長生村では、温暖な気候と東京に近いという地の利を生かして、昭和30年代より野菜栽培、特にビニールハウスを利用した促成栽培が始められました。昭和41年には、トマト・キュウリがともに国の指定産地の認定を受け、「長生トマト」・「長生ねぎ」・「ながいき美人米」を始め、メロン・キュウリ・梨など、地場の野菜としてブランド化に成功。産地整備もすすめられ、良質な野菜を育てるための畑づくりから厳しい品質チェックまで、生産・品質管理体制を徹底しています。
写真提供:JAグリーンウェーブ長生
北清水みそまんじゅう(横芝光町)
横芝光町の味噌づくりは、もともと政府の減反政策で米の代わりに大豆を栽培したことから、その大豆を使って味噌や豆腐をつくったのが始まりです。その後、大豆や味噌を使用した加工品が増え、中でもみそまんじゅうはJAや道の駅、百貨店の物産店などでも人気の商品となりました。皮に味噌を練り込んでつくったみそまんじゅうは、味噌を加えることにより、皮がとてもふっくらと仕上がります。生地に使う小麦粉も麦から作るなど、地元の材料にこだわった商品開発をすすめています。
お問合せ先
農村振興部設計課
ダイヤルイン:048-740-0541