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動物医薬品検査所

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コリスチン耐性について

   コリスチンは、ペプチド系と呼ばれる主にアミノ酸でできている抗生物質です。国内では、動物用医薬品として牛や豚の細菌性下痢症の治療に、飼料添加物として牛、豚及び鶏に用いられています。人用医薬品としては、感染性腸炎の治療にカプセル剤などが用いられていましたが、近年、多剤耐性緑膿菌由来感染症などの治療のために注射剤が承認され、医療上重要な抗生物質となりました。

 コリスチンの耐性機構は、従来、細菌の染色体上の遺伝子の変異による耐性が知られており、伝達性があるプラスミド上の耐性遺伝子による耐性の報告はありませんでした。しかし、2015年11月に中国において、プラスミド上のコリスチン耐性遺伝子であるmcr-1を有する大腸菌が人、豚、豚肉及び鶏肉で確認されたとの文献*1が公表されました。

 その後、mcr-1は、複数の大陸にわたる諸外国において食用動物、食品、環境及び人などの異なる起源から分離された細菌からの検出が報告されています。さらに、ベルギーの豚由来大腸菌からは、新たなコリスチン耐性遺伝子であるmcr-2も確認されています。

 我が国においても、mcr-1の保有状況を確認するため、国立感染症研究所の鈴木らが遺伝子データベースGenEpid-J*2に収載されている国内のグラム陰性菌のデータを解析した結果、病気の家畜(乳牛及び豚)由来184株中5株(2.7%)においてmcr-1の保有が確認されました*3。また、農研機構動物衛生研究部門が、豚に病気を起こす大腸菌として主要な4種類の血清型(O139、O149、O116及びOSB9)に属する684株について調査した結果、2007年以降に分離された90株(13%)からmcr-1が検出されました*4。さらに、JVARM(動物由来薬剤耐性菌モニタリング調査)で収集した国内の健康家畜(牛、豚及び鶏)の糞便由来大腸菌9,306株(2000年~2014年収集)のうち、最小発育阻止濃度*5が2 µg/mL以上の838株についてmcr-1及びmcr-2の有無を調査したところ、2008年以降の分離株39株でmcr-1が検出されました(各年の保有割合は2008年:0.15%、2013年:0.94%、2014年:2.31%で、mcr-2についてはいずれの株からも検出されませんでした)*6。なお、食品からは、東京都健康安全研究センターの調査で国産とブラジル産の鶏肉由来大腸菌計11株、スペイン産の豚肉由来大腸菌1株よりmcr-1の検出が報告されています*7

 一方で、JVARMの調査結果によると、mcr-1保有株が確認された2008年以降も、健康家畜(牛、豚及び鶏)由来大腸菌におけるコリスチンの耐性率の増加傾向はこれまでのところ認められておりません。また、コリスチン耐性株のうちmcr-1保有株と非保有株の最小発育阻止濃度の分布に差は認められないことから、mcr-1の存在が耐性増強に大きく寄与するものではないことが示唆されています。

 家畜に使用するコリスチンについては、2017年1月に食品安全委員会が農林水産省からの評価依頼により実施した「薬剤耐性菌による食品を介した人への健康影響に関するリスク評価の結果」を公表しました*8。その評価結果では、「コリスチン耐性の大腸菌」がハザードとして特定され、「コリスチン耐性の大腸菌」に食品を介して人が暴露され、人用抗生物質による治療効果が減弱又は喪失する可能性は否定できず、そのリスクの程度は「中等度」とされました。また、評価結果の中のリスク管理措置に対する考察において、動物用医薬品のコリスチンについては、(1)適応症、及び(2)有効菌種の適切な設定、(3)より一層の慎重使用の徹底等のリスク管理措置の強化、並びに(4)コリスチン耐性及びmcr-1遺伝子の発現状況の的確なモニタリングが必要とされました。また、飼料添加物のコリスチンについては、人医療における重要性を踏まえたリスク管理措置の強化が必要とされました。

 農林水産省では、リスク評価の結果を踏まえ、これまでに食品安全委員会が「中等度」と評価した医療上重要度の高いフルオロキノロン製剤等と同様に、「動物用医薬品としてのコリスチン」については、第二次選択薬として位置づけ、モニタリング調査を強化するとともに、「飼料添加物としてのコリスチン」については、指定を取り消す方針です。動物医薬品検査所では、JVARMで収集した菌株について引き続きmcr-1及びその関連遺伝子の保有状況をモニタリングするとともに、詳細な遺伝子解析を実施することとしています。

 なお、わが国では、健康な家畜のみが、と畜場又は食鳥処理場での検査を受けて食肉処理されています。また、mcr-1の保有の有無や耐性菌かどうかにかかわらず、食肉は十分に加熱すること、調理器具や食器は熱湯でよく消毒し、よく乾燥させること、保存時や調理時に、肉と他の食材(野菜、果物等)との接触を防ぐことなどの一般的な食中毒対策を行えば、細菌を摂取することを防止できると考えられます。食品安全委員会のホームページにおいて、食中毒予防のポイントが掲載されていますので、併せて読んでいただくとよいと思います。

*1:Liu et. al. Emergence of plasmid-mediated colistin resistance mechanism MCR-1 in animals and human beings in China: a microbiological and molecular biological study. Lancet Infect. Dis. 2016 Feb; 16 (2): 161-8.

*2:GenEpid-Jは、日本の薬剤耐性菌の遺伝子のデータベースです。

*3:Suzuki et al. Investigation of a plasmid genome database for colistin-resistance gene mcr-1. Lancet Infect. Dis. 2016 Mar; 16 (3): 284-5.

*4:Kusumoto et. al. Colistin-resistant mcr-1-positive pathogenic Escherichia coli in swine, Japan, 2007−2014. Emerging Infect. Dis. 2016 Jul; 22 (7): 1315-17.

*5:抗菌性物質が細菌の発育を抑える最小の濃度で、細菌の薬剤感受性を示す指標です。

*6:Kawanishi et. al. Prevalence of colistin resistance gene mcr-1 and absence of mcr-2 in Escherichia coli isolated from healthy food-producing animals in Japan. Antimicrob Agents Chemother. 2016 Dec 27; 61(1).

*7:西野由香里ら、第37回日本食品微生物学会 平成28年9月

*8:「家畜に使用する硫酸コリスチンに係る薬剤耐性菌に関する食品健康影響評価」食品安全委員会https://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya03120816918