
「農家の役に立ちたい」という思いで母がはじめた移動販売が店に発展。母から引き継いだ店を、地元が大好きな長女が地域密着型で運営している。
背景には、有機農業がさかんな風土と有機に取り組む農業高校の存在もある。
名張市には自然農で知られる川口由一さんがはじめた「赤目自然農塾」があり、自然農塾のつながりで名張に移住してきた人も多く住む。
隣接する伊賀市には、公益社団法人全国愛農会(以下、愛農会)と愛農学園農業高等学校(以下、愛農高校)があり、有機農家も多い。その結果、さまざまな人が、さまざまな形でオーガニックを盛り上げる地域となっていて、人口7万6千人の名張市内に有機農産物を扱う店が4つもあるのだという。
その一つである「ハラペコあおむし」を運営しているのは葛原結実さん。父は、愛農高校の前校長の奥田信夫さん。母も愛農高校を共に支えてきた美和子さんで、葛原さんも愛農高校の卒業生だ。
母の美和子さんは30年以上前から、近隣の有機農家や愛農高校の生徒が栽培した野菜を集め、週に1回2トントラックに載せて移動販売を行っていた。それがハラペコあおむしの前身で、店舗を設立したのは2002年、葛原さんが本格的に関わったのは2010年のことだ。
「母には『愛農高校のお野菜を売りたい』という気持ちがあったと思います。その後、野菜だけではなく、添加物が入ってない加工品も販売するようになり、少しずつ規模拡大していきました。」
「母が売上よりも、農家の方をリスペクトしていることを私も見てきたし、愛農高校で学んだことで、私も農家の方を本当にリスペクトしています。同級生にもいっぱい農家の方がいるので、彼らが生産する農産物を販売する喜びは何にも代えられません。仕入時に生産者の思いが詰まった農産物を受け取り、それを売るというのはすごい感動的なことです。そういう気持ちを大事にしています。」
現在、売上は年4~5千万円ほどあるものの、経営的は厳しい状況だ。だが、葛原さんは母の美和子さんと同じように、売上よりも大切にしていることがある。「誰かの役に立つという喜びは何にも変えられません。」
仕入のかなりの部分は愛農流通センターや愛農高校の卒業生、そして地元の有機農家のネットワークによるものだ。愛農会は農家の育成と後継者の支援に力を入れてきたが、有機農業推進法制定後の2009年から地域ぐるみで農林水産省の「有機農業モデルタウン事業」に取り組み、それまで点在していた伊賀・名張地域の農家のネットワークを形成した。それが現在の店の仕入を支える存在となっている。
加工品も含めて登録している仕入先は約120先だが、季節で取引先は変わり、常時取引しているのは約60先程度になる。仕入はほぼ葛原さんが担当している。美和子さんの取り組みを見ていたので、「農家の方をできるだけ応援したい。」という気持ちで取り組んでいる。
仕入時の運送料は当店が負担し、また、販売は委託販売ではなく、買取販売としている。「できるだけ農家の方に負担をかけないようにして、どう利益をだすかが私の役割です。本当に戦いですね。母には父がいたし、私も夫がいるからできていることです。経営的には厳しい状況ですので、普通の感覚だったらやめるかもしれませんが、母も執念で続けていたので私も頑張っています。」
「通販の需要は感じていて考えたこともあるのですが、私は伊賀と名張がとても好きなので、まずは地元の方たちの役に立ちたい。直接顔が見える消費者の方を大事にしたいし、自分は通販よりそっちの方が向いているなと思っていて、名張市で店をしているということを大事にしています。」
2014年から駐車場を使って、毎週水曜日と第2土曜日に「ハラペコ里の市」と名付けたマルシェを開催している。出店は生産者のほか、飲食関係者も参加している。
「普段は私たちが農家さんに代わって販売していますが、作り手とお客さんが直接会うことも大切と思いはじめました。マルシェでは農家の方の顔を見て、会話をしてもらうことが第一で、それが農家の方を応援することに繋がります。現在、マルシェには10~13店舗が出店しています。」
PRはfacebook・インスタグラム・ホームページ等のSNSを使うが、情報の更新は後回しになりがちなため、愛農高校出身の弟の奥さんが担当してくれている。「愛農高校出身者は一言いえば全てが伝わり、私にとって最高のスタッフです。SNSへの投稿は思を伝えることがすごく大事なので、それを理解して伝えてくれている人がいるのがありがたいです。スタッフも愛農の先生の奥さんや愛農会に勤めていた人が多く、私の兄弟の奥さんもデザインなどで協力してもらっています。愛農高校は全寮制ですので、絆は強いです。」
店舗の設立に協力してくれた人から、「弱い存在である『あおむし』を店名に入れて欲しい。」との提案から、絵本の「はらぺこあおむし」を連想し、「ハラペコあおむし」という名前が決まった。「土の香市場」とあるのは、土の香りがするような野菜を売ることができたら、という気持ちが込められている。
葛原さんが目指すのは地域に根差す小さなスーパー。現在も志摩地域から届く海産物を扱っているが、魚をもっと増やしたいと考えている。野菜については農家のストーリーを伝えたいし、それが自分たちの役割と考えている。
「私たちのお店が楽しければ良いのではなく、地域に貢献できることが喜びになっていると最近は思います。だからこそ、地元で頑張っている人たちをもっと知りたいし、応援もしたい。
有機JAS認証がなくても、農家の方の顔が安心を示す認証の代わりだと思っています。」