第3節 合理的な費用を考慮した価格形成
食料の持続的な供給を実現するためには、生産だけでなく、加工、流通、小売等の各段階の持続性が確保される必要があり、このことは、消費者の利益にもかなうものです。生産や流通に要するコストが上昇する中、我が国の農業・食品産業において食料の持続的な供給を実現するためには、これらのコストを適切に価格へ転嫁することが重要です。そのためには、食料システムの各段階におけるコストを把握・明確化し、生産から消費に至る食料システム全体で合理的な費用が考慮される仕組みを構築する必要があります。
本節では、価格転嫁等の動向や、国民の理解と納得を得られる合理的な費用を考慮した価格の形成に向けた取組について紹介します。
(1)農産物と農業生産資材の価格動向と課題
(農業生産資材価格指数は高止まり、農産物価格指数は上昇傾向で推移)
農業経営体が購入する農業生産資材価格に関する指数である農業生産資材価格指数については、令和3(2021)年以降、肥料や飼料等の価格高騰により上昇し、令和5(2023)年4月以降は横ばい傾向で推移しており、令和8(2026)年2月時点で127.7となっています(図表4-3-1)。一方、農業経営体が販売する農産物の生産者価格に関する指数である農産物価格指数については、令和3(2021)年以降、ほぼ横ばいで推移しており、農産物価格と農業生産資材価格の相対的な関係の変化を示す農業交易条件指数については、おおむね令和2(2020)年の平均値である100を下回る水準で推移していました。その後、令和6(2024)年8月以降、米や野菜等の価格が大きく上昇したことを受け、上昇基調で推移しており、令和8(2026)年2月時点では110.3となっています。令和6(2024)年9月以降は100を上回る水準で推移しています。
データ(エクセル:35KB)
(コスト高騰を踏まえた農産物・食品への価格転嫁を推進)
農林水産省では、食品製造業者と小売業者、又は卸売市場の仲卸業者等と小売業者との取引関係において問題となり得る事例等を示した「食品製造業者・小売業者間における適正取引推進ガイドライン」及び「卸売市場の仲卸業者等と小売業者との間における生鮮食料品等の取引の適正化に関するガイドライン」の普及を通じて、取引上の法令違反の未然防止に努めるとともに、事業者の品質向上等の経営努力が報われる適正な取引を推進しています。
農業生産資材や原材料の価格高騰は、農業者や食品企業の経営コストの増加に直結し、最終商品の販売価格まで適切に転嫁できなければ、食料安定供給の基盤自体を弱体化させるおそれがあります。このため、農業者や製造事業者等の売り手が自らのコスト構造を把握し、買い手に対して説明できるようにすることで、コストの実態について消費者等の理解を得ながら、食料システム全体で合理的な費用を考慮した価格形成が行われるよう、環境整備を進めていくことが必要です。
(事例)生産コストの見える化による価格交渉(静岡県)
静岡県静岡市(しずおかし)の静岡県経済農業協同組合連合会(以下「JA静岡経済連」という。)は、令和7(2025)年に策定した「JA静岡経済連3か年計画」において、生産コストの上昇を加味した販売価格の実現を位置付けています。農業経営を支えるためには、安定的な取引関係を構築しつつ、価格交渉を行うことが重要です。このため、JA静岡経済連では、産地が価格形成等に関与する取引である直接販売取引を進めています。
農業生産資材の価格高騰により経営費が上昇する中、価格交渉を円滑に進めるためには、経営費の上昇分を「見える化」することが重要です。JA静岡経済連では、令和4(2022)年から、同県がモデルごとに作成した栽培コストに、JA静岡経済連が取り扱う農業生産資材の価格を反映させることで、主要品目の標準的な経営費を算出し、経営費の増加に対する実需者の理解を得ることに役立てています。具体的には、卸売業者を通じて実需者の希望数量を取りまとめた上で販売先を決定するとともに、取引価格は、前年の市場価格をベースに経営費の上昇分を加味した消費者が継続して購入できる価格となるようバランスを考慮して設定しています。
また、価格交渉に先立ち、流通関係者と販売戦略を共有するために戦略書を作成して、需要量のヒアリングを実施し、生産計画と照らし合わせた販売計画書の作成、生産者・卸売業者等との意見交換等を行っています。このような取組を通じて、産地と実需の関係者間で販売強化に向けた連携と信頼関係の構築を進めています。

「JA静岡経済連3か年計画」の内容
資料:静岡県経済農業協同組合連合会
(2)合理的な費用を考慮した価格形成に向けた取組が進展
(食料システム法に基づきコスト指標の対象品目を指定)
合理的な費用を考慮した価格形成の仕組みづくりに当たり、農林水産省では、令和5(2023)年8月に設置した「適正な価格形成に関する協議会」において、米、野菜、飲用牛乳、豆腐・納豆について実務に精通した取引担当者等による課題の分析等を行いました。
こうした議論を踏まえ、食料システム法では、食品産業の持続的な発展を促す認定制度を創設(*1)するとともに、食品等の取引の適正化を図るため、売り手と買い手双方に対する努力義務の措置と努力義務が果たされているかの判断の基準となるべき事項(判断基準)の策定を行い、取組が不十分な場合等には農林水産大臣による指導・助言、勧告・公表、公正取引委員会への通知等の措置を講ずることとしています(図表4-3-2)。さらに、取引において、消費者の値頃感等から、飲食料品等のうち持続的な供給に要する費用について認識しにくいものの指定や当該指定飲食料品等についてコストの指標を作成する団体の認定、卸売市場における指標の公表等の措置も講ずることとしており、令和8(2026)年1月に米穀、野菜、豆腐、納豆、飲用牛乳(成分無調整牛乳のみ)を指定飲食料品等として規定する省令を公布しました。食料システム法に基づく食品等の取引の適正化について、令和8(2026)年4月の施行に向けて実効性を確保するため、令和7(2025)年10月から農林水産省本省や地方農政局等に専門職員(フードGメン)を配置し、生産から販売に至る各段階の取引実態調査を行うほか、取引や協議に関する外部からの相談等に対応する情報受付窓口を設置し、体制整備に取り組んでいるところです。
*1 第4章第2節を参照
(3)消費者の理解醸成に向けて
(フェアプライスプロジェクトを引き続き展開)
持続的な食料システムを確立するためには、生産者等の売り手と小売業者等の買い手との間でコストを考慮した取引が行われることに加え、消費者からコストの実態に対する理解と支持を得ることが不可欠です。
テレビアニメーション
「あはれ!名作くん」との
コラボビジュアル
このため、農林水産省では、農林水産業の現状や我が国の未来について考え、生産等の現場の実情やコスト高騰の背景等を分かりやすく伝える広報活動「フェアプライスプロジェクト」を継続して実施しています。同プロジェクトのウェブサイトでは、生産者のインタビューのほか、生産者と消費者をつなぐ食品スーパーにおける価格決定の難しさを描いた動画等を紹介しています。
(コラム)値段のないスーパーマーケット・豆腐屋さんを開催
農林水産省は、食品の合理的な費用を考慮した価格形成について消費者が主体的に考える場を提供するため、「フェアプライスプロジェクト」の一環として、「値段のないスーパーマーケット」を開催しました。同イベントは、農林水産・食品産業を取り巻く現状について学び、値付け体験を通して食品の価格が生産者・流通業者・販売者・消費者にとって「フェアな値段」であるとはどういうことかを考えてもらうという取組で、令和7(2025)年2月の4日間、東京都で、令和7(2025)年11月の2日間、大阪府で開催されました。
同イベントでは、実際のスーパーマーケットのように牛乳、豆腐、納豆、野菜が陳列されていますが、商品には値札が付いていません。参加者は、展示されたパネルから生産や流通にまつわる現状について学んだ上で、自分がフェアだと考える価格を設定し、その価格で商品を購入することができます。購入後には、自分で設定した価格と実際の小売価格との比較結果が記載されたレシートが発行され、価格に対する理解を深めることができる仕組みになっています。
また、会場ではショートドラマやアニメーション、インタビュー動画等も上映され、子供から大人まで幅広い層が楽しみながら学べる工夫が施されました。多くの来場者が価格を自分で決めるという新しい体験を通じて、食品の価値や価格の裏側にあるストーリーに触れることを目指したものです。
さらに、同プロジェクトの一環として「値段のない豆腐屋さん」が令和7(2025)年10月の4日間、東京都で開催されました。豆腐を消費者が購入するまでのサプライチェーンにも目を向けながら「フェアな値段」について考えてもらう場を提供しました。まず、豆腐の原料となる大豆の生産から、豆腐を製造し、小売店に並べられるまでの工程やコスト、食品の供給に係る背景について、展示を通して学んでもらいました。その上で、将来にわたって良質な豆腐が提供され続けるためには豆腐の値段はいくらが妥当であるか、豆腐の値付け体験を通して、考えてもらいました。
イベント会場内
体験レジ
このような取組は、単なるイベントにとどまらず、持続的な食料供給の実現に向けた社会的な意識改革の一環であり、オンライン上で値付けできるウェブ体験版や学校での出前授業等を通じて、全国的に展開することとしています。
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