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宮崎県 延岡の岩熊井堰を拓いた藤江監物

農民を救った監物

宮崎県延岡市
生年不詳~1731年(享保13年)

岩熊井堰
現在の岩熊井堰
監物の慰霊祭
毎年行われる監物の慰霊祭

岩熊井堰は、延岡市を流れる五ヶ瀬川にあります。今から約270年ほど前の江戸時代の中頃、農民たちは、水が少なく「ひばりの巣」と呼ばれたこの地域で農業を営んでいました。米もなかなか取れず、貧しい暮らしをしていました。

それを知った延岡藩家老の藤江監物は、1724年、水田へ水を引くために五ヶ瀬川に井堰をつくるよう、 郡奉行の江尻喜多右衛門に命じました。

工事は、台風や洪水によりなかなか進みませんでした。まだ工事が完成していない1731年に、家臣の策略によって監物親子4人が投獄されるという事件が起き、監物はその4ヶ月後に亡くなりました。

それでも工事は進み、監物が亡くなってから3年後の1734年、ついに岩熊井堰が完成しました。そして、水不足に苦しんでいた農民たちは救われ、工事前には150石しかなかった米の収穫量も755石まで増えました。

地域の人びとは約270年後の現在でも、命日の旧暦8月18日には、延岡市出北の観音堂や日之影町舟の尾の墓所などに参拝し、慰霊祭を行い感謝の意を尽くしています。

参考情報

お問い合わせ先

農村振興局整備部設計課 
ダイヤルイン:03-3502-6204
FAX:03-5511-8251

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