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佐賀県 佐賀の治水の神様 成富兵庫茂安

佐賀県佐賀市鍋島町、佐賀郡大和町他
1560年(永禄3年)~1634年(寛永11年)

疎導要書
石井樋略図「疎導要書」

発掘された石井樋
発掘された石井樋

成富兵庫茂安は、現在の佐賀市鍋島町に生まれ、堤防、井樋、用水路、ため池など100数カ所の事業に携わり、佐賀の農業用水や飲用水を導くための利水開発や洪水防止の事業を進め、治水の神様と呼ばれました。

茂安が築造した施設の中で、日本最古の取水施設とさ れているのが「石井樋」です。

約400年前、佐賀城ができた頃、佐賀藩では、生活用水や農業用水として多くの水が使われるようになっていました。

佐賀平野には嘉瀬川という大きな川が流れており、そこから分かれる多布施川を通して佐賀城下に水を運んでいました。多布施川への水は、嘉瀬川に井ぜきを造って流れ込むようにしていましたが、大雨が降ったり台風が来たりすると、嘉瀬川はたびたび大水となり、井ぜきが壊されることもありました。このため、田や畑には、井ぜきからの水の取り入れができなくなり、農民たちは水不足に苦しみました。

そこで茂安は、「嘉瀬川の水を大井手(堰)で止め、『象の鼻』、『天狗の鼻』と呼ばれる突堤で水の流れをゆるやかにし、土砂を沈ませ、きれいな水だけを多布施川に取り入れる」、という仕組みをもった「石井樋」という施設を考え、農民と共に建築しました。これによって洪水被害も治まり、田畑に必要な水量も確保でき、農作物の収穫も安定していきました。

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農村振興局整備部設計課 
ダイヤルイン:03-3502-6204
FAX:03-5511-8251

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