全文
はじめに
農業・農村は、今内外において、単に食料を供給するだけでなく、国土の保全、国民の保健休養等に資する多面的機能をもつものとして、国民共有の財産と認識されつつある。
21世紀においても活力ある農村地域を維持・発展させていくためには、良好な生産基盤、生活基盤を有する持続的な農業・農村の形成が求められる。しかし、現状においては、人口の減少・高齢化の進展や生活基盤の立ち遅れが見られ、農業の振興を含め、地域全体の振興・活性化を図るための新たな対応が必要となっている。特に中山間地域等においては、他の地域に比べ過疎化・高齢化が急速に進行する中で、農業生産条件が不利な地域が多いことから、農地等への管理が行き届かず、耕作放棄地の増加等による多面的機能の低下が懸念されている。
このような状況を踏まえ、食料・農業・農村基本問題調査会答申(平成10年 9月)では、中山間地域等への直接支払いについて、「真に政策支援が必要な主体に焦点を当てた運用がなされ、施策の透明性が確保されるならば、その点でメリットがあり、新たな公的支援策として有効な手法の一つである。」とされ、その導入が提言されたところである。
その後、「農政改革大綱」(平成10年12月)がとりまとめられ、中山間地域等に対する直接支払いの枠組みが示されるとともに、その実現に向け第三者機関を設置し、具体的検討を行うこととされた。本検討会は、農政改革大綱においてまとめられた枠組みに基づき、本年1月から8地区における現地調査、農業団体、経済団体、消費者団体からの意見聴取を行うとともに、9回にわたり、制度運営の課題、適切な運用方法等につき検討を行ってきたところである。
以下は、中山間地域等における直接支払制度のあり方について、検討結果を取りまとめたものである。
中山間地域等をめぐる事情
1.中山間地域等の重要性
平野の外縁部から山間地に至る中山間地域等は、河川の上流域に位置し、傾斜地が多い等の立地特性から、農業生産活動等を通じ国土の保全、水源のかん養、良好な景観の形成等の多面的機能を発揮しており、全国民の生活基盤を守る重要な役割を果たしている。
また、中山間地域等は多様な食料の供給を担うとともに、豊かな伝統文化や自然生態系を保全し、都市住民に対して保健休養の場を提供する等の役割も果たしている。
2.農業生産条件の不利性
中山間地域等では、傾斜地が多く、まとまった耕地が少ないことから、零細規模農家が大半を占め、農業生産性が低い農業構造となっている。
水田面積に占める傾斜水田(1/20以上)の割合は、平地農業地域では 6%にすぎないが、中間農業地域では18%、山間農業地域では24%となっている。農業生産基盤整備率(田)は、平地農業地域が63%であるのに対し、中山間地域等は45%と低く、農業生産基盤の整備が遅れている。
3.劣悪な定住条件
中山間地域等の主業農家の平均農家所得をみると、農業条件の不利性、アクセス条件の悪さ等により、他の地域に比べて、農業所得、農外所得いずれも少ない状況にあるなど就業機会に恵まれていない。また、道路、汚水処理施設等の生活環境施設の整備も遅れている。
4.過疎化、高齢化による担い手の減少と集落機能の低下以上のような農業生産条件の不利性、劣悪な定住条件により、中山間地域等においては、平地に比べて、65歳以上の農業従事者割合が大きい(基幹的農業従事者に占める65才以上の者の比率:平地農業地域36%、中山間地域等46%)など、高齢化の進行が著しく、担い手面での脆弱化が進んでいる。1995年農業センサスによると、過去5年間で世帯が減少した農業集落の割合は中間地域で38%、山間地域で44%となっており、また、現状のまま推移すれば、平成22年には中山間地域等の4割の集落で農家戸数が10戸以下になると推計されるなど集落機能の低下も懸念される。
5.耕作放棄の増加による多面的機能の低下
定住条件については、農村地域工業等導入、山村振興等農林漁業特別対策事業、中山間地域総合整備事業等の対策が講じられてきたが、高齢化の進行等を背景とした耕作放棄地の増大により農地の果たす多面的機能の低下が懸念されており、農業生産条件の不利性を補正する対策が必要となっている。
6.WTO農業協定における条件不利地域への直接支払いの位置付け等
1995年にWTO農業協定が成立、発効した。関税や輸出補助金等について一定の規律が導入されたほか、各国の国内農業政策についても、価格支持政策等から貿易歪曲効果の少ない政策へ移行すべきものとされた。この中においてEUが1975年以降実施してきた条件不利地域への直接支払いは、一定の要件の下で削減対象外の「緑」の政策として位置付けられている。
また、農業の持つ多面的機能については、1998年 3月に採択されたOECD農業大臣会合コミュニケにおいて、「農業活動は、食料や繊維の供給という基本的機能を越えて、景観を形成し、国土保全や再生できる自然資源の持続可能な管理、生物多様性の保全といった環境便益を提供し」、「この多面的性格を通じ、農村地域の経済的生活に特に重要な役割を果たしている」とされたところである。
施策の基本的方向
1.直接支払導入の必要性
(1)多面的機能の維持
中山間地域等は、下流域の都市住民をはじめとした国民の生命・財産を守るという、防波堤あるいは都市の里山ともいえる役割を果たしている。しかし、中山間地域等においては、高齢化が進行する中、農業生産条件が不利な地域があることから、耕作放棄地の増加等により多面的機能の低下が特に懸念されている。耕作放棄が行われ農地が荒廃すれば、その復旧には多大のコストを要するものであり、21世紀へ健全な農地・国土を引き継いでいくためには、耕作放棄の発生を防止し多面的機能を維持することが喫緊の課題となっている。
(2)耕作放棄の直接の原因となる生産条件の不利性の補正
このような中で、直接支払いという手法は、外部経済効果に対して直接働きかけ、耕作放棄の原因となる生産条件の不利性を直接的に補正するものである。したがって、国民の納得が得られるような仕組み、運用等となるならば、適正な農業生産活動等の維持を通じて中山間地域等の多面的機能の維持・発揮を図っていくために有効な手法の一つであるとして、その導入が提言されることとなった。
(3)直接支払い導入の意義
直接支払い類似の対策は国に先行する形で各地の地方公共団体により実施されてきている。従来の農業政策の多くは国レベルで決定したものを地方が実施するというものであったが、今回導入されようとする直接支払いは地方で草の根的に実施されてきた政策をいわばボトムアップにより全国レベルで展開しようとするものであり、画期的な意義を有するものと考えられる。
2.直接支払い導入に際しての基本的考え方
(1)国民合意の必要性
ア 必要性、制度の仕組みについての国民理解
中山間地域等への直接支払いは有効な手法であるが、わが国農政史上例のないものであることから、導入の必要性、対象地域、対象者、対象行為等について、広く国民一般の理解を求めることが必要である。
イ WTO農業協定との整合性
また、新基本法に基づく政策について、国際的に通用することはもとより、国内で理解を得るためにも、WTO農業協定上「緑」の政策とすることが必要である。
(2)制度の仕組み
制度検討に当たっては、以下の諸点に配慮すべきであろう。
ア 真に政策支援が必要な主体に焦点を当てた運用が必要である。
イ 生産条件が不利な地域の一団の農地において、耕作放棄地の発生を防止し、水源かん養、洪水防止、土砂崩壊防止等の多面的機能を継続的、効果的に発揮するという観点から、既存の政策との整合性を図りつつ、対象地域、対象者、対象行為等を検討することが必要である。
ウ 広く国民の理解を得るためには、明確かつ合理的・客観的な基準の下に透明性を確保しながら実施することが 必要である。
エ 直接支払いは、生産性向上、付加価値向上、担い手の定着等による農業収益の向上、生活環境の整備等によ り、当該地域における農業生産活動等の継続が可能であると認められるまで実施する ことが必要である。
オ WTO農業協定では条件不利地域対策としての直接支払いについて、次のような規定があり、これと整合的に実施する必要がある。
- 条件不利地域とは、条件の不利性が一時的事情以上の事情から生じる明確に規定された中立的・客観的基準に照らして不利と認められるものでなければならない。
- 支払額は生産の形態又は量、国内価格又は国際価格に関連し又は基づくものであってはならず、かつ、所定の地域において農業生産を行うことに伴う追加の費用又は収入の喪失が限度とされる。
(3)国と地方公共団体の緊密な連携
農業生産活動等の継続を実効性のあるものにしていくためには、地方公共団体の役割が重要であり、国と地方公共団体が緊密な連携の下で実施していくことが必要 である。
(4)政策効果の評価と見直し
EUにおいては、1940年代からの英国の丘陵地農業対策、1972年からの仏の山岳地域対策を経て、1975年にECの条件不利地域対策が発足した後も、過放牧防止のための支給家畜単位の制限等の制度改正が数次にわたり行われ、現在でも、環境要件の付加や家畜単位当たりの支給方法の廃止が検討されている。本制度は我が国農政史上初めての手法であり、制度導入後も公正中立な第三者機関を設置し、実行状況の点検、政策の効果の評価等を行い、基準等について不断の見直しを行っていくべきであろう。
3.中山間地域等に対する振興対策の総合的実施
中山間地域等は、自然的・経済的・社会的条件が多様であることから、それぞれの地域は農業振興と農業経営の体質強化のみならず、就業機会の拡大、生活基盤の総合的整備、高齢化対策の推進による定住の促進や農林地の一体的整備等多様な課題を抱えている。生産条件の格差を補正することを目的とした直接支払いのみをもってしては、このような中山間地域等の抱えるすべての課題に対応できるものではない。農業生産条件の不利性を有する地域にあっても、集約型農業の振興対策等一定の面的まとまりのある農地の維持を目的とした直接支払い以外の施策が地域・農業振興にはより有効である場合も考えられる。農林水産省においては従来から各種の対策が講じられてきたところであるが、地域ごとに行われる諸事業が、当該地域の有する資源や諸条件、他の地域との関連性、事業相互間の関連性を考慮することなく、実施されることとなれば、一定の広がりをもった中山間地域等の全体的な振興を図る上で効果的・効率的なものとはならない。したがって、直接支払いも含め、総合的・計画的な中山間地域等対策が講じられる必要がある。このため、都道府県レベル、農林水産省レベルにおいて中立的第三者機関により中山間地域等対策の実施に関する方針を策定するなど、各種対策を相互に関連性を持たせながら、整合的・計画的に実施するとともに、他省庁とも連携しながら中山間地域等に対する振興対策を体系的、総合的、効率的に実施できるシステムを検討する必要がある。
具体的検討
以上の考え方の下に、具体的な項目についての検討結果をとりまとめると次のとおりである。(枠内は農政改革大綱(平成10年12月)の考え方である。)
1.対象地域及び対象農地 [1]対象地域は、特定農山村法等の地域振興立法の指定地域とし、対象農地はこのうち、傾斜地の農地等多面的機能を確保する必要性は高いが、農業生産条件が不利で、耕作放棄地の発生の懸念が大きい農用地区域内の一団の農地とする。 [2]対象農地の指定は、国が示す客観的基準に基づき、市町村長が行う。 |
(1) 基本的考え方
ア 傾斜が厳しく、自然的条件の悪い農地を保有する農家であっても、都市近郊に位置しているため、就業機会が十分にあり、高い所得を得ている農家も存在する。他方、過疎地域で就業機会に恵まれない農家でも農地の自然条件に恵まれ高い農業所得を得ている農家も存在する。さらに、WTO農業協定にも規定されているように、農業生産条件の格差がないところは、そもそも対象農地とはならない。したがって、対象地域については、EUで採られているように、自然的・経済的・社会的条件のすべてが悪い地域とし、助成対象はこのうち、農業生産条件の不利な農地とすることが適当である。
イ この場合、自然的・経済的・社会的条件の悪い地域としては、従来から中山間地域総合整備事業、山村振興等農林漁業特別対策事業等を実施しており、かつ、国会の議決を経た法律に基づく地域である特定農山村法等の地域振興立法の指定地域を検討することが適当である。この地域の中から農業生産条件が不利で、耕作放棄の発生の懸念が大きく、生産条件格差を設定できる農地が対象となりうる農地である。
なお、地域振興立法の指定地域に存在するものの農業生産条件が不利でない農家が、兼業機会等農業とは別の問題を抱えているのであれば、それに見合う対策を講ずべきであろう。
ウ さらに、本制度においては将来的に真に維持すべき農地を対象とすべきであり、このため対象地域を市町村農業振興地域整備計画の農用地区域とするとともに、限界的農地については市町村や集落等の判断により、林地化を行う等の措置を講ずるべきであろう。
エ すなわち、直接支払いの対象は、地域振興立法指定地域の農用地区域の中で農業生産条件が不利で、耕作放棄発生の懸念が大きく、生産条件格差を設定できる農地となる。もとより、この要件に該当する農地はあくまで直接支払いの適格性を有する農地であって、直接支払いの対象は、積極的な営農活動を行う意欲のある地域、追加的なサポートがあれば営農活動が続けられる地域、すなわち農地を維持・管理する意欲や可能性のあるところを念頭に置いて実施すべきであろう。
オ 具体的な農地の指定に当たっては、中山間地域等の中でも対象となる農地と対象外の農地が存在することとなるため、コミュニティーを壊すことのないよう配慮すべきである。この点で市町村長の役割は重要であり、対象農地の指定に当たっては周辺住民も含め国民の合意を得られる説得力のあるデータや情報を開示することにより透明性を確保することが必要である。
カ 畑地等水田以外の農地の扱い等
(ア)田については、水源かん養等の多面的機能が高く評価されている。しかし、畑(肥培管理された牧草地を含む。)についても、洪水防止機能や水源かん養機能は田と比べ低いものの、土壌浸食防止や大気浄化の機能は田と比べ遜色なく、対象としてよいのではないかと考えられる。また、大気浄化、景観等の点で優れた採草放牧地も管理放棄が生じており、傾斜による生産条件格差が設定できる場合には対象としてはどうかと考えられる。
(イ)農業生産活動等のためにはけい畔の管理が必要であり、特に、水田については、傾斜が厳しくなればなるほどけい畔の占める割合も多くなることから、耕作対象である本地のみではなく、けい畔も対象としてはどうかと考えられる。
(ウ)水路・農道等の線的施設については、対象地域内の施設と一体的な管理が必要な施設も対象としてはどうかと考えられる。
(2)対象地域(地域振興立法の範囲)
地域振興立法としては、従来から中山間地域等対策を講じてきており、また、定住条件等にも恵まれない、特定農山村法、山村振興法、過疎法、半島振興法、離島振興法、沖縄振興開発特別措置法、奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の8法とすることが適当であろう。
(3)対象農地(農業生産条件の不利性を示す基準)
直接支払いの対象となる農地は、上述の地域内の農地の中で、農業の生産条件が不利で耕作放棄地の発生の懸念の大きい農地に限定する必要がある。
ア 傾斜度
(ア)地域別にみた傾斜水田(1/20以上)の割合は、平地で6%、中間で18%、山間で24%と中山間地域等の方が高くなっている。また、地域別、傾斜度別の基盤整備率をみると、平地地域から中間、山間地域へいくほど、また、傾斜が厳しいほど、整備率が低くなっている。傾斜が厳しくなるにつれ、生産条件も悪化しており、1/100未満の水田を100とした場合、1/100~1/20、1/20以上の水田は、経営規模では79.4%、72.1%、労働生産性では63.6%、53.4%、農業所得では64.4%、55.0%と低い水準にある。
(イ)畑地においても、傾斜農地は機械化による省力化や生産性の向上に限界があり、農業生産条件面で不利である。
(ウ)以上からすれば、急傾斜地(1/20、15度以上)を対象とすることは妥当である。さらに、緩傾斜地(1/100、8度以上)も、平坦地との生産条件の格差が存在し、守るべき価値がある農地であれば、対象とすることが適当である。急傾斜地は生産条件の不利性を補正され、緩傾斜地は一定の条件不利性があるにもかかわらず、補正されないとなれば、緩傾斜地で耕作放棄が生じることとなる。この場合には、急傾斜地への通作が困難となり急傾斜地も耕作放棄のおそれが高まるとともに、下流への水回り等が悪化するため平坦地も耕作放棄されることにもなりかねず、大幅な農業資源上のロスを生じることとなる。しかし、緩傾斜地については、当該地域の平坦地等との公平性の問題もあるので、急傾斜地と単価に格差を設定するとともに、急傾斜地と連担している場合、あるいは緩傾斜地が高齢化の進行により耕作放棄が進んでいる場合等は対象とするなど国が一定のガイドラインを示した上で、対象とするかどうか、あるいは対象とする場合、下限を1/100(8度)と1/20(15度)との間のどの水準に設定するのか等について市町村長(市町村長が行うことが適当でないと考えられる場合は都道府県知事)の裁量に委ねてはどうかと考えられる。
(参考)
傾斜度による生産条件の不利性
- 1/20以上の水田:30a区画以上のほ場整備が困難
- 1/100以上の水田:30a区画以上のほ場整備は可能であるが、 1ha以上のほ場整備は困難
- 15度以上の畑 :農業機械の利用が困難
- 8度以上の畑:農業機械作業の精度・効率が低下
イ 自然条件により小区画・不整形となる田
自然条件により小区画・不整形となる谷地田においては、洪水調整や水源かん養等の機能のほか、水路と水田との水位差がないことから、ドジョウ、タニシ、メダカ、フナ等の水生生物が水田等に生息し、生態系保全の面からも高い多面的機能を有している。
自然条件により小区画・不整形な水田では、効率的なほ場整備が技術的に困難であることから大型の農業機械の導入も限定され、多くの労働時間を要するため、耕作放棄率が高くなる傾向にある。
このような農地を対象とする場合、小区画の基準については、10a当たり労働時間は 1ha農地で13時間、30a農地で17.5時間となっていることから、大多数の区画が30a未満(整備可能なものを除く。)であって、平均規模が20a以下となる一団の農地を対象とすることが適当ではないかと考えられる。
ウ その他の条件
(ア)高齢化率・耕作放棄率の高い農地
農業従事者の高齢化率が高くなるほど耕作放棄率が高くなる傾向がある。また、耕作放棄地は発生率が高くなるに従い、病虫害、鳥獣害の温床となること、他の農地の日陰となること、水路・農道等の管理水準の低下を招くこと等から、周辺の農地に悪影響を与え、耕作放棄が新たな耕作放棄の原因となる。
しかし、このような農地を対象とする場合にあっても、傾斜などの本来的な自然的条件による不利性ではなく、人為的条件に由来する農業生産条件の不利性によるものであること等から、その基準は平均的数値を上回るある程度高い水準とするとともに、農地転用等を目的とした耕作放棄の増加というケースは排除するなど高齢化率・耕作放棄率の高い農地を対象とするか否かを市町村長(市町村長が行うことが適当でないと考えられる場合は都道府県知事)の判断に委ねることが適当であろう。また、高齢化・耕作放棄率の高い農地は担い手が不足している場合が多いことから、後述の基本方針の中で、適切な担い手による農業生産活動等が行われるよう配慮が必要である。
この場合、意図的・人為的に高齢化率・耕作放棄率の数値を上昇させて助成を受けること(意図的に耕作放棄を行ったり、生産条件が悪く耕作放棄されている農地と生産条件の良い農地を一団の農地として合算して耕作放棄率を上昇させる等)はモラルハザードであり、適当ではない。他方、協定期間中に関係者の努力により、これらの数値が改善した場合には助成を継続すべきものと考えられる。一方、協定農地について協定期間中に耕作放棄に係る改善努力がなされなかった場合には助成の打ち切りなどの措置が必要であろう。
(注)耕作放棄率を適正に反映するデータを採用することが必要である。
(イ)その他の自然条件については、積算気温、積雪、標高等も挙げられるが、日本は南北に長く、それぞれの気象風土を利用した適地適産が行われており、作物に共通した有利性、不利性は認められず、全国的な基準として採用することは難しい。しかし、積算気温が著しく低い地域の中には、牧草以外の畑作物の生育が困難であり、かつ、その収量も他地域に比べ劣っており、耕作放棄の懸念が大きい地域がある。したがって、英国が草地率70%以上の農地を条件不利地域としているように、農地に占める草地面積の比率が著しく高い地域の草地も対象とすることが適当ではないかと考えられる。
(ウ)8法地域以外でも8法地域内対象農地と同様の自然的・社会的・経済的条件の不利な地域もあり、また、8法地域内においても傾斜度等以外にも生産条件に恵まれず対象作物が限定されている等の条件が不利な地域もあり、地域の実態に応じた基準に該当する耕作放棄の発生の懸念が大きい農地は対象とする道を残してはどうかと考えられる。このような地域は地元が追加の負担をしてまで指定したいという地域であるので、国の負担する額を引き下げる等対象地域の無制限な拡大に対する歯止め策を講じた上で、一定の基準に基づき算定される都道府県ごとの農地の一定割合を指定できる仕組みを検討してはどうかと考えられる。また、地域の実態に応じた基準を設定する場合においても透明性を確保する観点から都道府県レベルで設置される中立的な第三者機関で審査・検討が行われるとともに、地域間で基準の著しい不均衡が生じないよう国レベルの第三者機関に必要なデータが提出され、調整されることが望ましい。
(4)対象農地の指定単位
ア 多面的機能を発揮するためには、一定の面的なまとまりのある農地を対象とすることが適当であるが、戸数の少ない集落もあることから下限面積を1haとすることが適当ではないかと考えられる。この場合、一団の農地の指定は物理的連担性だけでなく、営農の活動上の一体性等にも配慮し、市町村長の判断により、集落単位での指定を行ったり、他方、連担している農地でも傾斜等が異なる農地で構成されている場合には一部農地を指定することも認めてはどうかと考えられる。
イ ただし、第3セクター等が農地を個別に引き受ける場合には、一団の農地性は必要ではなく当該農地を対象農地として指定すべきである。
2.対象行為 対象行為は、農業生産活動等(「耕作及び農地管理並びに水路、 農道等の管理」をいう。)の継続により農地の有する多面的機能が発揮されていることを踏まえ、地域の創意工夫が活かせるよう、 市町村長が認定する次に掲げる協定に基づき5年以上継続して行われる多面的機能の発揮に寄与する適正な農業生産活動等とする。 なお、協定に違反した場合には、支払停止、直接支払いの返還等の措置を講じる。 [1]対象地域における農業生産活動等に関する集落協定 [2]第3セクターや認定農業者及びこれに準ずる者が賃借、農作業受託等により耕作放棄される農地を引き受けて行う農業生産活動等に関する個別協定 (注)集落とは一団の農地において合意の下に協力して営農・営農関連活動を行う集団をいう。 |
(1)対象行為としての適正な農業生産活動等
ア 直接支払いの対象地域は、中山間地域等のすべての地域をカバーすることとはならないことから、周辺の非農家のみならず非対象農家の理解を得るためにも、地域の指定が明確な条件不利性に裏付けられたものであるとともに、対象農家が直接支払いの対価として耕作放棄の発生を防止し、多面的機能を十分に発揮していることを国民に示していくことが必要と考えられる。他方、農業サイドにおいても、従来と同じ行為に対して直接支払いが交付されることについては、農家の誇りを傷つけるのではないかという指摘がある。
また、次期WTO農業協定交渉では、より環境重視の方向が出されることも予想され、EUにおいては、これを先取りする形で条件不利地域対策等の直接支払いに(環境直接支払いとの違いを明確にした上で、)何らかの環境上の行為を要件に加えようとしている。
イ したがって、農業生産活動等に加え、地域の中で、国土保全機能を高める取組、保健休養機能を高める取組又は自然生態系の保全に資する取組等多面的機能の増進につながるものとして例示される行為(これに準ずる行為も含む。)から集落が集落の実態に合った活動を協定上に規定してはどうかと考えられる。ただし、この場合においても、農法の転換まで必要とするような環境保全行為は要求すべきではない。また、営農の継続のためには基盤整備が不可欠である地域が多く、耕作放棄を防止し多面的機能の維持・発揮に資する基盤整備に向けたプランを策定することも多面的機能を増進する行為の一つとして選択してはどうかと考えられる。
ウ さらに、営農継続のためには集落の維持が前提であり、非農家も含め将来の集落のあり方についてのマスタープランを検討・策定することも任意的な事項として集落協定に含めることが望ましいという意見も出された。
(2)集落協定
ア その重要性
耕作放棄の要因をみると、傾斜地等の生産条件の不利性や高齢化が放棄率の引上げ要因となっているのに対し、生産組織への農家の参加率が引下げ要因となっており、集団的な農業活動が耕作放棄の防止に有効な対策となっている。特に、中山間地域等においては、起伏の多い地形から、平地のように個々の農業者が水路・農道等を含めた農地の管理をすべて行うことは困難であり、おのずから集団的対応をなさざるをえず、このような対応ができなくなった地域では一気に耕作放棄が進行することとなりかねない。
また、集落は、その構成員のうちにその兼業先での勤務によりそれぞれ機械、化学、土木、経営、経理、マーケティング等についての専門的知識・技術・資源を持つ者を有する集団であり、このような集団が有機的に連携し総合力を発揮することができれば、個々の農業者以上の成果をおさめることも十分期待できよう。
すなわち、中山間地域等ではこれまで容易に認定農業者が出現してこなかったという状況にあるが、今後定年帰農者等が増加することも想定される中で、従来の集落営農とは異なる、兼業農家性を逆手にとった新しいタイプの担い手を育成しうる余地がある。さらに、集落という集合体は構成員が他の構成員の脱落をカバーできるという柔軟性があり、継続性を有しているというメリットもある。
したがって、中山間地域等で営農活動を定着化させ、耕作放棄を防止するという直接支払いの目的を達成するためには、集落の持つ諸機能を活用する集落協定による対応は有効と考えられる。
その際、構成員の役割分担やこれに対する正当な報酬の分配等が明確化された協定の策定に向けての集落内部の合意形成とその実行を支援するものとして、自治体のリーダーシップが要請されることとなろう。また、特定のオペレーター等に負担がかかりすぎるとの批判がある従来型の集落営農とは異なる新たな集落営農を発展させていくためには、集落のリーダー等担い手の育成、構成員の役割分担に応じた収益分配システムの確立、集落内外からの新規就農者の導入等による集落営農組織の新たな再編・構築が集落機能の強化とともに必要である。
イ 集落協定規定事項
協定の規定事項としては、次のようなものが考えられる((キ)及び(ク)は任意的事項)。このような集落協定の作成に当たっては、新規参入者の受入れ等集落内外に開かれた協定とするとともに、集落に過度の事務的負担をかけないよう配慮する必要がある。
(ア)対象地域の範囲(対象農地)
(イ)構成員の役割分担
農地の管理者及び受託等の方法、水路・農道等の管理活動の内容と作業分担、経理担当者、市町村に対する代表者等
(ウ)直接支払い額の配分方法
農地及び施設管理に係る配分比率作業受託(一部受託を含む。)する者への配分、法面管理・水回り等をそれぞれ担当する者への配分、水路・農道の管理活動に参加した者への配分等
(エ)対象行為として取り組む事項(農業生産活動等及び多面的機能を増進する活動。基盤整備等の実施に関する事項を多面的機能を増進する活動として選択することも可能。)
(オ)生産性や収益の向上による所得の増加、担い手の定着等に関する目標
(カ)食料自給率の向上に資するよう規定される米・麦・大豆・草地畜産等に関する生産の目標
(キ)集落の総合力の発揮に資する事項(以下、項目の例示)
- 新規就農者(定年帰農者も含む。)の受入れ方法
- オペレーターの募集・育成方法
- 共同利用機械の維持・管理の方法
- 農地の連担化
- 一集落一農場制による機械コスト低減に向けての検討
- 畜産農家との連携による堆きゅう肥の活用
- 集落外農家との連携、農地の受託
(ク)将来の集落像についてのマスタープラン
(ケ)市町村の基本方針により規定すべき事項
(3)個別協定
また、集落営農とは別に、認定農業者及びこれに準ずる者や第3セクターが農地を個別に引き受けて行う活動も、持続的な農業生産を確保し、多面的機能の維持・発揮を図る観点から有効である。なお、この場合の対象者を認定農業者等及び第3セクターに限定するのは、農地の有効利用の継続性を確保する必要があるからである。 この場合には、一団の農地すべてを対象とする必要はないが、集落の他の農業者とのバランスを考慮し、助成対象は引受分に限定すべきであろう。ただし、大規模経営層では集落協定が想定できない場合もあることから、一団の農地すべてを耕作する場合や一定規模以上の経営の場合は、個別協定を集落協定とみなして自作地も対象とすべきであろう。
(4)協定違反の場合の直接支払いの返還と不可抗力の場合の免責
ア 一部農地について耕作放棄が生じ、集落内外の関係者でこれを引き受ける者が存在せず協定に違反した場合には、協定参加者に対し、直接支払いの返還を求めるべきである。
イ ただし、次のような場合は不可抗力として返還は義務づけられないとすべきである。
(ア)農業者の死亡、病気等の場合
(イ)自然災害の場合
(ウ)土地収用を受けた場合
(エ)承認を受けて植林した場合
(5)米の生産調整との整合性
ア 米の生産調整との関係については、
(ア)米が過剰であることから、直接支払いの対象から水田を除外すべきである、あるいは、稲作付地においては直接支払いを行うべきではない。
(イ)ハンディキャップを有する中山間地域等では、過大な要求を行うべきではなく転作等を緩和すべきである。中山間地域等で復田した場合も稲の作付けを認めるべきである。また、一部の中山間地域等では高品質米の生産に適したところもあり、このようなところでは米の生産を認めるべきである。
(ウ)効率的な米生産の観点からは、むしろ中山間地域等で転作を行い、平地地域で生産を行う方がコストも低く消費者の利益や国際競争力の確保の観点からも望ましい。中山間地域等での復田により、米の過剰がさらに強まり、別の行政コストの増加を招くことは避けるべきである。
等の種々の考え方がある。
イ しかし、アの議論については、地域間における米生産の分担のあり方等に関する問題であり、中山間地域等の耕作放棄を防止し多面的機能を維持するという本対策とは本来別個の政策目的に係る問題である。上記(ウ)の考え方のように、中山間地域等の農地は、米の生産性等が平地地域に比べて劣るため、米生産の効率性の面からは必ずしも好ましくないという批判もあるが、多面的機能の発揮、米以外の農作物の作付けによる食料自給率の向上という観点からは有益な農地であり、農地としての機能を維持していくべきものと考える。
ウ いずれにしても、農政全体としての整合性・効率性を保つことが重要であり、このような観点から、双方の助成の調和が図られるよう、必要となれば何らかの調整措置は講ぜられるべきであろう。
3.対象者 対象者は、協定に基づき、5年以上継続して農業生産活動等を行う者(第3セクター、生産組織等を含む。)とする。なお、水路・農道等の管理については、対象行為を行う土地改良区、集落等とする。 |
(1)基本的考え方
ア 対象行為とも関連するが、本制度は対処療法的に耕作放棄を防止するという短期的、防御的なものにとどまるのではなく、持続的な農業生産を確保するという観点から青年が地域に残り、新規就農者も参入し、世代交替もできる永続的な集落営農の実現という長期的、積極的、体質改善的なものも目指すべきであろう。
したがって、他の施策も活用しつつ、第3セクター等を通じた集落のコアとなる担い手の育成、さらには、集落営農を発展させた特定農業法人化などを積極的に推進すべきである。
イ なお、本制度の対象としては、農地の所有者ではなく、実際に農業生産活動、農地の維持管理作業を行っている者を対象とすべきである。この場合、農業委員会等の支援を受けつつ、農地の所有者と農業生産活動等を行う者との調整を行うことが必要である。
さらに、集落協定で直接支払いの配分方法が明確になっている場合には集落そのものも支払いの対象者とする柔軟性も求められるべきである。また、水路・農道の維持管理行為に対して直接支払いが配分される場合には、水利組合や土地改良区等も対象者として配分される仕組みとすべきである。
(2)担い手確保・育成政策との整合性
ア これまで中山間地域等への直接支払いの導入が見送られてきた大きな理由は、直接支払いが零細な農業構造を温存し、我が国の構造政策を遅らせるのではないかという懸念が強かったためである。
しかし、多面的機能の発揮という観点からは、対象者を限定すべきではなく、特に、棚田等多面的機能の高い農地では自然条件により規模が小さくならざるをえず、対象者を限定することは中山間地域等の農業実態に合致しない。中山間地域等では、市町村当たり認定農業者数は他の地域の47人に対し、16人にすぎず、0.5ha未満の規模の小さい農家も平地の29%に対し、47%となっている。また、集落は排除の論理ではなく、規模の小さい農家を排除すると集落協定が機能しなくなる。以上の観点に立てば、規模の小さい農家も対象とすべきであろう。
イ 他方、本制度が対処療法的な耕作放棄の防止という短期的な目標ではなく、担い手の育成・定着を通じて持続的な農業生産の確保を図るという長期的な目標を視野に入れるべきであるとの観点からは、集落のコアとなる担い手を育成することができるよう、新規就農の場合や担い手が耕作放棄を生じさせないようにするため条件不利な農地を引き受けて規模拡大する(一定期間以上行われる定着的な作業受委託を含む。)場合においては、直接支払いの上乗せ助成を検討すべきである。すなわち、条件不利性については、現時点で中山間地域等の傾斜地と平地地域との間に存在する静態的な条件不利性に加え、中山間地域等で規模拡大する場合には傾斜地の存在等から平地地域に比べてコストが十分に低下しないという動態的な条件不利性をも考慮すべきと考える。
(3)高額所得者の扱い
高額所得者については、これを除外すると集落協定が機能しないという問題のほか、認定農業者が排除されてしまうという問題もあるので、対象とすべきであろう。
また、この関連で、所得の上限金額の水準を設定する決め手はないとすれば、直接支払いの額の上限を考えてはどうかという考え方も示された。
4.単価 直接支払いの単価は、中山間地域等の農業生産条件の不利な地域において、農業生産活動等を継続し、多面的機能の低下を防ぐとの観点から、中山間地域等と平地地域との農業生産活動等に係る生産条件の格差を考慮し、その範囲内で設定する。 |
(1)基本的考え方
農業構造が脆弱化している中山間地域等の現状を考慮すれば、生産費格差を十分反映した単価とすべきであるとの考え方がある。
他方、我が国のように中山間地域等も含め、引き続き構造改革を推進する必要がある中で生産条件の格差すべてを補正することについては、中山間地域等における生産性向上へのインセンティブを失わせ、担い手対策の実施を遅延させるのではないかというおそれもある。さらに、中山間地域等と平地地域との間に作付けされる品目に大きな違いが見られない我が国においては、中山間地域等への直接支払いが平地地域の農業を圧迫することのないよう留意する必要がある。このような考え方に立てば、単価は抑制的に設定すべきであろう。
したがって、単価の設定に際しては、この二つの考え方のバランスを採った設定の仕方を追求すべきものと考える。
さらに、中山間地域等での新規参入や担い手の定着を助長し、長期的な耕作放棄を防止するとの見地からは、既に述べたように、助成単価への上乗せによる耕作放棄防止に対するインセンティブを与えるべきであり、このような仕組みは平地地域との生産条件の格差が拡大し、将来的に助成単価が増大することを抑制するためにも必要である。
(2)条件不利の度合に応じた段階的な単価設定
傾斜度の度合等に応じて生産条件の格差には明確な違いがあり、条件の不利度、生産条件の格差に応じて段階的に単価を設定することは、一律のバラマキではないことを示す上でも、国民の理解の得られる方法ではないかと考えられる。ただし、段階が多くなりすぎると、条件の悪い農地を過度に保護することになりかねないことや、市町村での制度運用が複雑となる。したがって、田・畑・草地・採草放牧地別に単価を設定するとともに、原則として、急傾斜農地とそれ以外の農地とで生産条件の格差に応じて2段階の単価を設定してはどうかと考えられる。
(3)直接支払いの額の上限
ア WTO農業協定では「生産要素に関連する支払いは、当該要素が一定の水準を超える場合には、逓減的に行う。」とされており、また、EUでは直接支払いについて一戸当たりの受給総額の上限が設定されている。
イ 高額所得者を除外することについては、その所得の水準をどのようにするか等の問題があることから、むしろ直接支払いの額の上限を設定すべきであるという考え方もあり、また、上記のWTO農業協定の規定や非農家の理解の必要性を考慮すると、一戸当たりの受給総額の上限が設定されるべきである。
他方、その水準については、少数の担い手が作業受託等により相当の農地の農業生産活動等を受け持つ場合もあることを考慮して、設定してはどうかと考えられる。
ウ なお、本問題は一戸の農家が多額の金額を受領することは周囲の非農家の感情を考えると好ましくないのではないか等の見地から検討が必要となるものであり、多数のオペレーターや構成員からなる第3セクター、生産組織等の場合には直接支払いの額の上限を設けることはそもそも不適当である。
5.地方公共団体の役割 本政策は、国と地方公共団体とが共同で、両者の緊密な連携の下で実施する。 |
(1)実施主体
市町村の土地利用を定めた農業振興地域整備計画、農業経営基盤強化促進基本構想等と整合的に行う必要があること、また、保全する農地は地域が主体性を持って指定していくことが適切であること等から、直接支払いに関する事業の実施主体は市町村が望ましい。
さらに、中山間地域等の特徴はその多様性にあり、かつ、抱えている課題も多様であることを考慮すると、国が明確かつ客観的な枠組み・基準を示した上で、集落協定の内容、直接支払いの配分方法などの制度の運用は地方公共団体に可能な限り自由度を与えながら、その自主性と責任の下で実施していくべきである、具体的には、市町村が、市町村内の集落協定の共通事項、生産性・収益の向上や担い手の定着に関する目標、集落のコアとなる担い手の育成や新規就農者の受入れ方法、集落相互間の連携、交付金の配分方法等市町村の認定基準となるような基本方針を作成してはどうかと考えられる。このような基本方針は、直接支払いを受けない非農家、非対象農家に対しても必要な情報を開示し、透明性を確保するという点でも望ましいものと考えられる。
(2)費用分担
ア 直接支払いにより、適正な農業生産活動が維持され、洪水や土砂崩壊の防止、定住条件の向上等を通じ、当該中山間地域等の経済活動や生活・居住環境等が改善されるとともに、当該地域以外の住民に対しても、水源のかん養、保健休養等の多面的機能が及ぶものと期待される。
イ 我が国農業政策における補助体系をみると、生産調整を含む価格政策についてはモノは全国的に流通し全国画一的な政策が必要であることから全額国庫負担で行い、それ以外の政策については国と地方が応分の負担をしながら実施してきている。
ウ EU加盟国内部の負担関係は種々であるが、EUにおいては、ほとんどの国や地域に対し、EUが25%の補助を行っており、所得水準が低く財政力の弱い一部の国や地域に対しては、50%から75%まで補助率を引き上げている。EUが共通農業政策の中の価格政策と異なり条件不利地域対策等の構造政策について、各国の負担を求めているのは、EU規則の下で極力各国の自主性と責任の下に事業を実施すべきであるという考え方に基づくものである。
エ 既に本対策類似の地方単独事業が実施されている例があり、また、本対策については地方の要望を踏まえて検討されることとなったという経緯もある。
オ 以上の観点からは、本事業は国と地方公共団体が緊密な連携の下で実施すべきものであり、地元の自由度と責任を持った弾力的な運用や地域の実態を踏まえた対象地域の指定など地元の意欲と責任を引き出していくような事業とするためには、国とともに地方公共団体も負担する方向で検討していく必要がある。その場合においても、地方公共団体出身の専門委員の中には、本事業が農業政策の基本にかかわる問題であり、多面的機能はアのように広い範囲に及ぶことから、全額国が負担すべきであるとの意見があったことや、直接支払い制度の対象となる中山間地域等の市町村は財政事情の厳しいところが多いことに留意する必要がある。以上を総合的に踏まえ、国と地方の負担割合を適切なものとするとともに、地方公共団体の財政負担に対しては、所要の地方税財源を確保した上で、適切な地方財政措置を講じることを検討すべきである。
6.期間 直接支払いは、生産性向上、付加価値向上、担い手の定着等による農業収益の向上、生活環境の整備等により、当該地域における農業生産活動等の継続が可能であると認められるまで実施する。 |
農業生産活動等の継続が可能であると認められる場合として、最終的には生産性等が近隣の非対象地域並みとなった場合とすることが考えられる。 しかし、このような目標達成に向けては段階的なアプローチが必要であり、事業自体について5年間というくくりを設けて見直すとともに、個別集落については、集落で決めた生産性向上等の目標を達成した後、当該集落が次の第2ステップへのマスタープランを作成した場合に次の段階の直接支払いの対象とすることが適当であろう。
7.関連事項 |
(1)既に、各地で直接支払い類似の事業が実施されてきており、本制度を円滑に実施していくためにも、これら具体的事業の内容・運用の実態等を広く周知していくことが重要である。
(2)農家への直接支払い導入に伴い必要となる透明性の確保が行政コストを増大させないような取組も必要となろう。
(3)地図等の空間情報は十分整備されていない状況にあり、直接支払いを含め実効ある地域政策を推進するためには、これら空間の情報のデータベースを早急に構築すべきである。
(4)森林についても高い多面的機能を有していることから、農地への直接支払いと同様の対策を検討すべきであるとの意見が強く出された。しかしながら、農地への直接支払いが、WTO農業協定の緑の政策のフレームワークの中に位置付けられる一方で、森林については同協定の対象とはなってはいないことに加え、実態的にも森林の多くは傾斜地に存在し、平地との生産条件の補正という制度にはなじまないこと、国土保全等の観点から治山事業や個人に助成を行う造林補助事業が既に実施されていること等から、今回の検討からははずれることとなった。農地と一体となった周辺林地の管理などについては本対策の集落協定の対象となり得るが、森林自体に関する施策については、林業生産活動に対して森林の多面的機能に着目した助成措置が既に講じられていることから、別途、林政全体の検討の中で、森林・林業の実態や既存施策との関係等を十分踏まえて、総合的な観点から検討されるべきである。
中山間地域等直接支払制度検討会委員・専門委員名簿
座長 | 祖田 修(京都大学教授) |
委員 | 小田切徳美(東京大学助教授) 柏 雅之(茨城大学助教授) 金子 弘道(日経産業消費研究所主席研究員) 後藤 康夫(日本銀行政策委員会審議委員) 佐藤 洋平(東京大学教授) 内藤 克美((財)日本農業土木総合研究所理事長) 西崎 哲郎(経済評論家) 服部 信司(東洋大学教授) 松田 苑子(淑徳大学教授) |
専門委員 | 岡本 坦(横浜市助役) 黒澤 丈夫(群馬県上野村長) 小山 邦武(長野県飯山市長) 佐々木 健(島根県美都町長) 林田 敦(宮崎県西郷村長) 原田 克弘(前山形県副知事) 松本 允秀(福島県葛尾村長) 向田 孝志((財)北海道農業開発公社理事長) |
中山間地域等直接支払制度検討会の審議経緯
第1回(1月29日(金曜日))
直接支払いをめぐる事情等の全般的事項
第2回(2月17日(水曜日))
対象地域、対象行為、対象者
第3回(3月15日(月曜日))
対象者、交付単価、地方公共団体の役割、期間
第4回(4月5日(月曜日))
関係団体(農業団体、経済団体、消費者団体の5団体)からヒアリング
第5回(4月23日(金曜日))
主要論点の整理
第6回(5月24日(月曜日))
中間とりまとめ
第7回(6月21日(月曜日))
残された論点についての議論
第8回(7月28日(水曜日))
残された論点についての議論
第9回(8月5日(木曜日))
最終とりまとめについての議論
現地調査
3月24~25日 高知県本山町、大豊町
4月6~7日 熊本県久木野村、宮崎県高千穂町
4月8~9日 新潟県牧村、安塚町
4月15~16日 山形県真室川町、大江町
4月15~16日 兵庫県村岡町、加美町
5月10~12日 沖縄県国頭村、伊平屋村
5月10~11日 北海道別海町、中標津町
5月18~19日 北海道津別町、足寄町
お問合せ先
農村振興局農村政策部中山間地域振興課
代表:03-3502-8111(内線5632)
ダイヤルイン:03-3501-8359