
2026年9月号
ジビエの
新しい価値
「ジビエ」とは食材となる野生鳥獣肉を表す言葉です。捕獲した有害鳥獣をジビエや食用以外の用途で利活用することで、地域の厄介者を"プラス資源"に転換する、日本のジビエ政策を深掘りします。
野生鳥獣による農作物の被害額は、2024年度で年間188億円という深刻な金額になっています。しかも、畑を荒らすシカやイノシシを捕獲しても、大半は埋めるか焼却することになるため、重労働な上に地域のコストも増えるばかり。捕獲を担う人のモチベーションも続きません。このまま鳥獣害が増大すれば、農家の廃業が進み、耕作放棄地が増えて、農山村地域そのものが衰退しかねない状況です。こうした問題を解決するために生まれたのがジビエの活用。悩みのタネだった有害鳥獣を食用や観光資源に利用し、マイナスの存在から地域資源に転換することでプラスの存在にしていくアイデアです。例えば静岡県富士宮市では、ジビエ処理加工施設の整備と利活用を進めた結果、捕獲体制が強化され、2013年に1,200万円以上だった被害額が8年間で約3分の1になりました。このように農家の被害軽減につながった事例もすでにあり、被害対策と地域振興を一体で進める仕組みが推進されています。政府は捕獲から処理加工施設整備、流通や消費を拡大する施策を講じ、2023年には2,729トンであったジビエ利用量を、2029年までにおよそ1.5倍の4,000トンにする目標を立てています。
ジビエ利用拡大の具体策とは
ジビエ利用は、外食や小売、学校給食、ペットフード等の様々な分野において広がり、地域の収入向上にも役立っています。しかし、野生動物は家畜と違って健康状態が管理されておらず、捕獲直後からの衛生管理がとても重要です。そのため地域の関係者が連携し、捕獲から加工、流通、提供まで一貫した衛生体制が求められています。このような体制の整備が進む一方で、ジビエとして実際に活用されるシカやイノシシは全体の1割ほどにとどまっているのが現状です。数年後に迫る政府目標を達成するには、施設の増設や搬入体制の改善、ジビエに適した捕獲方法や衛生管理の知識を有するジビエハンターの育成、衛生管理体制や流通網の確立、イメージ戦略など、解決すべき課題が山積しています。
適切な処理加工施設を増やすことが重要
ジビエ利活用には多くの課題がありますが、重要なことは、有害鳥獣を食肉に加工する、適切に管理された処理加工施設の確保です。衛生管理されていない有害鳥獣の肉を食肉として安全に届けるためには適切な処理が欠かせません。全国に800か所以上の施設がありますが、一部地域では処理加工施設が足りていないこともあるため、施設整備や捕獲個体の搬入体制の強化、また広域搬入体制の構築も重要です。施設整備には多額の費用がかかるため、国では助成金による支援を行い、地域や事業者をサポートしながら進めています。また、国が推進する「国産ジビエ認証制度」は、厚生労働省のガイドライン※に基づいた衛生管理を行うことで高い品質を保ち、消費者への安全性の担保を可能にしました。認証制度に基づき認証された施設は、ジビエの信頼性向上、市場拡大に向けて大きな役割を担うことが期待されています。
厚生労働省の「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」
有害鳥獣を食用にするには初動が大事。撃ったその場で血を抜き、低温で運搬という一連の処理を急いで行います。スピードと衛生管理を徹底し、消費者に届くまでを追います。
狩猟で捕獲した個体はすぐ放血したのち、運搬中は必要に応じて冷却し、一分でも早く施設に搬入することで肉質の劣化を防ぎます。捕獲段階のミスで食用にできないこともあるため、ジビエハンターの育成は必要不可欠です。施設では洗浄・剥皮・内臓の処理をして状態を確認。精肉や包装の工程でも低温を保ち衛生的に取り扱います。個体情報を記録・追跡できるようにすることも重要です。特に国産ジビエ認証制度の普及により、衛生管理とトレーサビリティが確保された安全なジビエを市場に届ける環境も整いつつあります。認証施設は温度管理など衛生面や交差汚染防止・記録管理などが厳格なため、処理・加工されたジビエ製品は学校給食や大手外食チェーンなどからも需要があり、利活用されています。こうしたプロセスを通じて有害鳥獣はジビエになり、安全な食材として消費者の元に届けられています。
最前線で有害鳥獣と向き合う"ジビエハンター"の仕事とは。北海道美唄(びばい)市で処理加工施設や食肉店を営む(株)Mt.(エムティー)の代表でハンターの山本峻也さんに伺いました。
「昔はシカやイノシシの肉は臭くて硬いというのが定評でした。でも、僕たちが扱うジビエは違います。臭みがなく柔らかくてうまい。それに自然の中で育ったシカは究極のオーガニックフードなんですよ」と山本さんは自信を見せます。一般的なハンターとジビエハンターの違いは「肉にするかどうか」だと断じる山本さん。「撃つ瞬間から調理が始まるというのが僕の信条。良い肉質を守るためには、倒れても傷つかない平地にいるシカを狙う。衛生上、消化管の中身を肉につけないように胸ではなく、鼻か頭を一発で仕留めるんです。シカが恐怖も痛みも感じず、草を食(は)んだまま静かに倒れるくらいが理想ですね」。さらに「若いメスや未成熟のオスは肉質がいい。成熟したオスは肉が硬いので除外します。撃つ前に獲物を選ぶ眼こそ大事」と続けます。銃の腕だけではなく、動物の生態や血抜きなどの知識があり、場面に応じて適切な判断ができるのが良いジビエハンターだと語る山本さんの言葉には、猟場で培った豊富な経験がにじみます。
農家のシカ被害に直面し、
農協職員からハンターへ転身
山本さんがハンターを志したきっかけは、生まれ育った美唄で農協に勤めていた頃に経験した深刻なシカ害でした。
「農家さんに荒らされたキャベツ畑を見せられて、『これ見てどう思う?』と言われ、被害の重さに圧倒されました」。
防除策を試みても根本的な解決には至らず、「結局自分が駆除するしかないのか」と狩猟免許を取得したといいます。
「最初の頃は技術が未熟で、急所を外してシカに逃げられてしまい、追いかけて二発目を撃っても絶命せず、仕方なくナイフでとどめを刺したことがありました。その時のシカの声は一生忘れられません」。この経験で、命を奪う側に立つことの責任を胸に刻んだ山本さん。応募してくるハンターにはいつも約1時間の面接を課すそうです。「契約する前に、動物を苦しめず、命に敬意を払うという価値観を共有しています。このマインドがないと、すぐれたジビエハンターにはなれません」。信頼関係を築いた上で、門外不出の「アイヌ式血抜き術」など独自の捕獲マニュアルを共有し、技術と精神の両面で高い基準を求めています。
ジビエ購入は(株)Mt.のHPの注文フォームか電話で小ロットから注文が可能。美唄では直売店やジビエ料理のビストロ店も展開中。https://mt-ezo.jp/[外部リンク] TEL:0120-38-5528
地域を潤すジビエ利用、
うまくいくかはハンター次第
「シカは美唄の資源」と山本さんは言います。ジビエハンターが増えて、良質の肉が獲れるようになれば、地域経済の活性化につながると語ります。「獲った命が廃棄されずゴミにならないことが大事です。ジビエが広く流通して利益が出れば、駆除も継続できて、農家も助かります。その出発点がハンターの仕事だと自負しています」という山本さんは今年、地元の美唄でジビエを堪能できるビストロ店を開業し、ハンターの一撃から始まるという調理が山本さんの手の中で完結したのだとか。美唄を訪れたら、ぜひ一度ジビエの真髄を極めたプロの一皿を味わってみたいものですね。
ジビエ購入は(株)Mt.のHPの注文フォームか電話で小ロットから注文が可能。美唄では直売店やジビエ料理のビストロ店も展開中。https://mt-ezo.jp/[外部リンク] TEL:0120-38-5528
写真提供=(株)Mt.
国産ジビエ認証処理加工施設には、シカやイノシシなどの処理肉や加工品などのジビエ製品を販売する施設も多数。京都府と熊本県の認証施設で見つけた商品の一部をご紹介します。
イラストレーション=わたなべろみ
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