第5節 付加価値向上に向けた取組
我が国の農林水産業・食品産業は、優良な品種、高い技術やノウハウ、特有の食文化等の知的財産によって強みを有しており、日本産農林水産物・食品は、世界で高く評価されていますが、その一方で、侵害リスクにもさらされています。
我が国の農林水産業・食品産業が、生産性・付加価値を高め、競争力を発揮していけるよう、知的財産を戦略的に保護・活用し、「稼ぐ力」を強化するとともに、その源泉たる新たな知的財産の持続的な創出につなげていくことが必要です。
本節では、付加価値向上に向けた取組について紹介します。
(1)優良品種の開発・導入促進
(優良品種の開発を強化)
食料の安定供給を確保するためには、生産性向上等に対応した優良品種を開発していくことが不可欠であり、そのためには産学官連携による品種開発の強化が必要です。
農林水産省では、多収品種やスマート農業技術に適性のある品種、高温耐性品種、病害虫抵抗性品種等の開発に取り組むとともに、品質の向上にも取り組んでいます。例えばカボチャの新品種「栗のめぐみ2号」は、栽培初期につるが伸びにくく、節間が短くなることから、管理作業を省力化できるほか、着果位置が揃うため果実を見つけやすく、機械収穫により作業負担を軽減できます。また、小麦の新品種「せとのほほえみ」は、縞萎縮病(しまいしゅくびょう)に強く、製パン適性に優れるほか、秋播性(あきまきせい)であるため春先の低温による凍霜害を受けるリスクが低いという特性を有しています。
また、気候変動等による農業生産への悪影響が顕在化する中、高温耐性・病害虫抵抗性・多収性といった形質を備えた重要品種の育成と、その迅速な普及の必要性はこれまで以上に高まっています。こうした状況を踏まえ、産学官が連携して重要品種の育成と種苗生産を一体的に推進できる仕組みづくりに向け、必要な制度の検討を進めているところです。
機械収穫に適した「栗のめぐみ2号」(左・令和6(2024)年度開発)とつる性の品種(右)
資料:農研機構
(育種ビッグデータやAI等を活用した品種開発を推進)
従来の品種開発では、多数の組合せによる交配を行い、子世代の多くの個体を栽培し、その中から優良な形質を持つ個体を選抜すること等から、10年以上の長い期間と多大な労力を必要としてきました。
このため、農林水産省では、病害虫抵抗性等の優良な形質を持つ個体を早期に判別できる特定のDNA配列を利用した目印(DNAマーカー)の開発等により、品種開発の迅速化・効率化を図ってきました。
他方、近年では、食料安全保障や気候変動等に対応できる優良な品種の開発と普及の迅速化がますます重要となってきています。このため、農林水産省では、育種ビッグデータやAI等を活用し、最適な交配組合せの予測や幼苗の葉等の情報を用いた将来の形質の予測等を行って、品種開発の迅速化・効率化を図る「スマート育種支援システム」の構築を推進しています(図表2-5-1)。
また、近年では、天然毒素を低減したバレイショの作出を始め、品種改良加速技術(ゲノム編集技術)(*1)を活用した様々な研究が進んでいます。一方、同技術は新しい技術であるため、消費者理解の促進が必要です。農林水産省では、一般消費者を対象に、同技術を活用した現場を体験できるオープンラボ交流会の実施、同技術を分かりやすく解説した漫画等のコンテンツの作成のほか、大学や高校等に専門家を派遣して出前講座を行うなど、消費者に研究内容を分かりやすく伝えるアウトリーチ活動を実施しています。
*1 自然で起きるランダムな突然変異を狙った場所で起こすことで、効率的に品種改良を行い、品種改良のスピードを速めることができる技術であり、消費者理解の促進のため、同技術の特徴を端的に表す「品種改良加速技術」を「ゲノム編集技術」と併記している。
(新品種の導入・普及が進展)
現場では、多収性、高温耐性、病害虫抵抗性等の形質を有する新品種の導入が着実に進み、食料の安定供給に貢献しています。
例えば大豆では、東北南部から九州において、各地域向けの多収で病害抵抗性の「そらシリーズ」の普及を進めています。モモでは、西日本を中心に、冬季の気温が高い年でも安定して開花・結実する「さくひめ」の普及が、バレイショでは、北海道において、ジャガイモシストセンチュウやそうか病に抵抗性を持ち多収の「ゆめいころ」の普及が進んでいます。
(2)知的財産の保護・活用の推進
(知的財産サイクルを確立し、国内生産基盤等を強化)
優良品種を農業者・産地全体の収益性向上につなげていくためには、育成者権や商標権等の知的財産権を活用して、産地化・ブランド化の取組を推進することが重要です。また、海外における戦略的なライセンスにより、海外から品種の経済的価値に見合った許諾料を得ることで、当該収入を品種の管理、産地化、ブランド化、更には品種の育成・産地への導入につなげる「知的財産サイクル」を確立し、国内生産基盤の強化や食料安全保障につなげていくことが重要です。加えて、我が国で育成された優良品種の海外での無断栽培を防ぐため、海外への品種登録出願を推進するとともに、品種登録出願中を含めた海外への流出を防止し、種苗の海外持出制限の実効性の強化を図ることも重要です。
このような視点から、農林水産省では、我が国農業の稼ぐ力の強化に向けた「優良品種の管理・活用のあり方等に関する検討会」を開催し、令和7(2025)年6月には、品種登録前の管理、育成者権の存続期間の延長、登録品種の種苗の輸出目的での保管に対する刑事罰の適用等に関する法的環境の整備の必要性に関して中間報告が行われ、制度の改正を視野に検討を行っているところです。
(知的財産の戦略的な活用を推進)
農林水産・食品分野では、品種や技術等の知的財産を財産や権利として捉え、戦略的に保護・活用することでブランド化や国際競争力の強化につなげるといった意識が十分に醸成されていない状況です。
経済・社会のグローバル化・デジタル化の更なる進展が見込まれる中、我が国の農林水産業・食品産業の競争力強化に向け、(1)知的財産の戦略的な保護・活用及び持続的な創出に向けた枠組みの整備と活用推進、(2)これらの枠組みを活用する農林水産業・食品産業の現場や公的研究機関の知的財産マネジメントの向上を図り、農林水産業・食品産業の競争力の強化と「稼ぎ」の増大につなげていくことを旨とする「農林水産省知的財産戦略2030」を令和7(2025)年6月に策定しました。
知的財産マネジメントの実践に向けて、令和7(2025)年度から、育成者権や商標権等の知的財産権の保護・活用に係る方策等について、知的財産の専門家等が助言・支援をする「農業知財総合支援窓口」を開設しました。
海外における我が国の農林水産物・食品の知的財産の保護に向けた対応も強化しています。農林水産省が外務省、独立行政法人日本貿易振興機構(にほんぼうえきしんこうきこう)(以下「JETRO(ジェトロ)」という。)等の関係省庁等と連携して設置した10か国・地域の輸出支援プラットフォーム(*1)内の相談窓口では、輸出や海外展開を行う事業者・団体等から広く情報提供や相談を受け付け、模倣品対策を始めとした知的財産の活用方法について専門家等による提案・助言を行っています。これらの情報を基に、現地での商標取得等の権利化を促進するとともに、侵害が疑われる事案については現地当局に情報提供し、適切な取締りを依頼することとしています。
*1 第3章第2節を参照
(育成者権管理機関の早期立上げ・事業化に向けた取組を推進)
優良品種の育成者権者である公的機関等が、育成品種の無断栽培を海外現地で監視し、侵害対応を実施することは難しい現状にあります。このため、海外における無断栽培を抑止しつつ、海外からの稼ぎにつなげていくため、育成者権管理機関の早期立上げ・事業化を目指しています。
育成者権者は、育成者権管理機関を活用して、海外の信頼できるパートナーとのライセンス契約の締結や、ライセンスを受けた品種の無断利用への法的措置等を行うとともに、ライセンス契約に基づくロイヤルティ収入を得て、新たな品種開発への投資を行うことが期待されます。
農林水産省では、育成者権管理機関の早期立上げ・事業化に向け、令和7(2025)年度において、海外ライセンス先候補の調査、侵害の監視、苗木の個体管理システムの導入実証等への支援を行いました。
(海外との審査協力を推進)
我が国の植物品種の諸外国・地域における侵害に対処するためには、当該国・地域において品種登録が行われることが不可欠です。このため、我が国は、円滑かつ迅速な審査・登録に向けて、「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV(ユポフ)(*1)条約)の枠組みの下、加盟国・地域が相手国・地域からの出願品種の審査を行うに当たり、その相手国・地域における審査結果を活用する審査協力を進めており、令和8(2026)年3月末時点で19か国・地域と覚書を締結しています。
また、令和7(2025)年4月には、UPOVの「審査結果報告書交換モジュール」を通じてウェブサイト上で他のUPOV加盟国・地域と審査結果を共有することが可能となったほか、同年10月のUPOV PRISMA(*2)への参画により、我が国と海外との間で双方の出願の利便性が向上しました。これらの活用により、今後の更なる審査協力の促進が期待されます。
*1 Union Internationale pour la Protection des Obtentions Végétalesの略。英語表記は、International Union for the Protection of New Varieties of Plantsで、植物新品種保護国際同盟のこと
*2 UPOVのウェブサイトを経由して同加盟国への出願書の作成と提出をサポートするシステムのこと
(新たに7産品がGI登録)
地理的表示(GI(*1))保護制度は、その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を地域の知的財産として保護する制度です。同制度は、国による登録により、そのGI産品の名称使用の独占が可能となり、模倣品が排除されるほか、産品の持つ品質、製法、評判、ものがたり等の潜在的な魅力や強みを「見える化」し、GIマークとあいまって、効果的・効率的なアピール、取引における説明や証明、需要者の信頼の獲得を容易にするツールとして機能するものです。
国内のGI登録産品については、地理的表示法の施行から10年を迎えた令和7(2025)年度には新たに7産品が登録され、これまでに登録された国内産品は、令和8(2026)年3月末時点で計167産品となりました(図表2-5-2)。
また、日EU・EPA、日英EPAにより、双方のGI産品が相互に保護されています。このほか、タイやベトナムとの二国間の協力に基づき、GIの保護を進めています。
農林水産省では、農林水産物・食品の輸出拡大、所得、地域活力の向上に資するよう同制度の活用を推進しています。また、GI産品やその加工品へのGIマーク活用の働き掛けや、観光業を始めとするGI産品と他業種とのコラボレーションを通じて、同産品や同マークを露出する機会を増やし、実需者の認知・価値を向上させていくこととしています。
さらに、海外ECサイトにおける国内GI登録名称等の不正使用調査を実施し、その結果を踏まえ、ECサイトに対して不正使用の削除を求めるなどの対策を実施しています。
*1 Geographical Indicationの略
(事例)GI登録を契機に地域一体となったPRを展開(奈良県)
奈良県桜井市(さくらいし)を中心とした三輪地方(みわちほう)は、手延べ素麺発祥の地として1,300年の歴史を有しています。同地方で奈良時代に生産が始まり、地域の生業として同県全域で生産されている三輪素麺(みわそうめん)は、伝統の味を損なうことなく、新しい技術を導入しながらも、伝統的な手延べ製法を継承しています。
三輪素麺の製造事業者を中心に結成された奈良県三輪素麺工業協同組合では、三輪素麺の品質を確保するために、上級品・最上級品は粗タンパク質量を10.8%以上とするなどの自主基準を定めており、三輪素麺は細くしっかりとしたコシの強さが特徴となっています。
同組合や販売促進を担う奈良県三輪素麺販売協議会は、平成27(2015)年から行政や金融機関と連携し、販売力と知名度の向上を目指し、GIの登録に向けて、生産工程管理業務の方法等について検討を重ねてきました。平成28(2016)年3月にGIに登録され、三輪素麺の登録基準を満たす商品全てにGI産品であることを証するGIマークが表示可能となったことから、原材料から製造方法まで厳しい規格を守って製造された商品であることを示すことができるようになりました。また、飲食業界等とともに、地域に一体感が芽生え、より良い素麺を作ろうという意識も共有されました。
平成29(2017)年には、三輪素麺の普及のために、三輪素麺を食べる習慣を広め、伝統文化への理解の促進を目的とする「桜井市三輪素麺の普及の促進に関する条例」が同市で制定されました。
同地方では、同県産小麦による素麺の製造にも試験的に取り組んでいるほか、GIの認知度を高めるため、GIに登録された他の産品との連携も深めていくこととしています。

三輪素麺
資料:奈良県三輪素麺工業協同組合
(3)付加価値の高い品目の輸出等
(日本産品の差別化やブランディングを推進)
海外市場において、日本産品はその品質から高い評価を受け、輸出も年々増加している一方で、フリーライドを狙う、他国産の「日本風」産品が増加し、日本産の評価・ブランドを毀損するような粗悪なものも数多く存在しています。また、我が国から流出した品種が現地で生産されて品質が低い収穫物が出回る一方で、最近では栽培技術の向上により品質が向上し、日本産品の輸出に悪影響を及ぼし始めているものも存在しています。現地の消費者がこのような「日本風」の産品と日本産品を見分けて判断することは容易でなく、日本産品であることが適切に認知されず、その価値が市場で評価されていないケースも散見されます。
他国産との差別化やブランディングを進め、競争力を高めるため、模倣品等の対策だけでなく、既に複数の認定品目団体が取り組んでいる日本産品であることが一目で分かる日本産品の統一マークの整備・活用についても引き続き推進していくこととしています。
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