第7節 動植物防疫の確実な実施
食料の安定供給や農畜産業の振興を図るため、高病原性鳥インフルエンザ等の家畜伝染病や植物の病害虫の侵入・まん延を防止するとともに、地域の家畜衛生を支える産業動物獣医師(*1)の確保・育成を推進しています。
一方で、近年、これらの家畜伝染病や植物の病害虫の侵入リスクが多様化かつ、増大しており、動植物検疫の体制の見直しに向けた検討を行うことも必要です。また、薬剤耐性対策については、産学官の連携による動物用ワクチンの開発・安定供給の促進や、飼養衛生管理の向上に向けた指導等の強化が必要です。
本節では、動植物防疫措置の強化に向けた様々な取組について紹介します。
*1 牛や豚等の家畜の診療等に携わる獣医師や、家畜の伝染病のまん延防止等に携わる農林水産分野の公務員獣医師
(1)家畜伝染病への対応
(高病原性鳥インフルエンザの対策を推進)
高病原性鳥インフルエンザは、その伝播力(でんぱりょく)の強さや致死性の高さから、地域の養鶏産業に及ぼす影響が甚大であり、国民への鶏肉・鶏卵の安定供給を脅かしかねないだけでなく、鶏肉・鶏卵の輸出が一時的に停止するなどの影響が生じることから、引き続き発生予防とまん延防止に取り組んでいく必要があります。
令和6(2024)年シーズンにおいては、14道県51事例が発生し、およそ932万羽が殺処分対象となりました。令和7(2025)年1月には養鶏の集中地域における連続発生が顕著であったため、愛知県、千葉県、岩手県において農林水産省現地対策本部を設置し、同県と緊密に連携して緊急消毒や対策の再点検といった対策に当たりました。また、疫学調査の結果や地域での連続発生への対応を踏まえ、同年4月に地域ぐるみでの野鳥対策や塵埃(じんあい)対策等の飼養衛生管理の強化を始めとする対策パッケージを打ち出しました。
令和7(2025)年シーズンは、令和8(2026)年3月末時点で15道府県23事例が発生し、およそ552万羽が殺処分対象となりました(図表2-7-1)。令和8(2026)年1月の改正後の「飼養衛生管理基準」では、過去発生地域等を指定した上で、農場と地域における衛生対策の強化と野鳥飛来防止対策を規定するなど、集中的な対策と支援を行うこととしています。
農林水産省では、都道府県等と連携し、疫学調査等で得られた知見を踏まえ、農場における更なる発生予防対策のほか、高病原性鳥インフルエンザが発生した養鶏農家が早期に経営再開できるよう、埋却地・焼却施設の確保や飼養衛生管理に関する指導を実施しています。
(関係者一丸となって豚熱のまん延防止対策を推進)
豚熱(ぶたねつ)は、その伝播力の強さや致死性の高さから、地域の養豚業に及ぼす影響が甚大であり、国民への豚肉の安定供給を脅かしかねないだけでなく、豚肉の輸出ができなくなるなどの影響が生じることから、引き続き清浄化を目指していく必要があります。
我が国においては、平成30(2018)年に26年ぶりに国内で豚熱が確認されて以降、飼養豚では令和8(2026)年3月末時点の累計で25都県で102事例が発生し、約44万頭が殺処分の対象となっています。飼養豚の感染源となり得る野生イノシシについて、令和7(2025)年度には、4月に宮崎県、8月に福岡県、11月に鹿児島県、3月に熊本県において豚熱感染が確認されたことから、野生イノシシの感染拡大を防ぐため、経口ワクチン散布や、同県内でのサーベイランス(*1)、捕獲を強化するとともに、農場段階では、飼養豚へのワクチン接種に加え、飼養衛生管理を再点検し、異常を確認した場合の早期通報の徹底を進めました。
また、関係者が一丸となって今後の対策を推進できるよう、「豚熱清浄化ロードマップ」を令和7(2025)年6月に策定しました。同ロードマップを踏まえ、令和7(2025)年度においては、適時・適切なワクチン接種や飼養衛生管理の徹底を推進するとともに、飼養豚に対する豚熱マーカーワクチンの開発に向けた研究等を行いつつ、ワクチンの製造や供給に関する課題等について、産学官一体となって検討することとしています。さらに、野生イノシシに対しては、イノシシ用国産豚熱経口ワクチンを実用化し、令和8(2026)年1月に野外散布を開始しました。
*1 第4章第4節を参照
(アフリカ豚熱の侵入リスクの高まり)
アフリカ豚熱(以下「ASF(*1)」という。)は、これまで我が国では発生が確認されていませんが、ユーラシア全域で感染が拡大しています。令和7(2025)年10月には、これまで感染がなかった台湾でも発生があり、我が国への侵入リスクが高まっています。ASFは有効なワクチンや治療法がなく、環境中にウイルスが長く残ることから、一度侵入を許すと、我が国の畜産業に壊滅的な被害が生じることとなります。ASFウイルスの侵入に備え、安全で有効なワクチンを開発すべく、研究を推進しています。
ASFの感染拡大には野生イノシシの関与が極めて大きいと考えられており、我が国にウイルスが侵入した場合、感染拡大を防止するためには、サーベイランスによる早期発見と浸潤状況の的確な把握とともに、感染した野生イノシシの死体を迅速かつ、適切に処理することが重要です。
キャンプ場・登山道等での
消毒ポイントの設置
このため、農林水産省では、野生動物を対象とした対策の実施に必要な人材の育成・確保、侵入防止のための消毒ポイントの設置や周知活動等により、発生予防・まん延防止に向けた体制の整備を推進しています。また、政府一体となってASFの侵入防止に向けた対応強化を図るため、水際での摘発強化、広報活動の強化といった取組について、令和7(2025)年6月に関係省庁申合せを実施しました。
*1 African Swine Feverの略
(飼養衛生管理向上に向けた取組を推進)
消毒ゲートを通る車両
高病原性鳥インフルエンザや豚熱だけでなく、ヨーネ病や牛伝染性リンパ腫等の慢性疾病を含む家畜の伝染性疾病への対策の基本は、病原体を農場に入れないことと農場から出さないことであり、農場における適切な飼養衛生管理といった日頃からの取組が極めて重要になります。このため、農場における飼養衛生管理の向上や家畜の伝染性疾病のまん延防止・清浄化に向け、農場、都道府県の家畜保健衛生所、臨床獣医師や関係団体が連携した農場指導、検査、ワクチン接種等の取組を推進しています。
また、高病原性鳥インフルエンザや豚熱が発生した際に殺処分頭羽数の低減を図るため、施設や飼養管理を分けることにより農場を複数に分割し、別農場として取り扱う「農場の分割管理」の活用を推進しており、農場の分割管理に取り組む場合に追加的に必要となる車両消毒施設や農場境界柵等の整備を支援しています。
(牛のランピースキン病に係る新たな政令を施行)
我が国においては、令和6(2024)年11月に初めてランピースキン病(*1)の発生が確認され、福岡県と熊本県で計22事例の発生が確認されました。令和7(2025)年2月以降、新たな発生は確認されていませんが、依然として国内で発生・まん延するリスクは存在しています。このため、ランピースキン病の発生に際しても、家畜伝染病予防法に基づく家畜伝染病のまん延防止措置(殺処分の命令等)と同程度の措置を行えるよう、同法に基づく新たな政令(*2)が令和7(2025)年7月に施行されました。
*1 皮膚の結節や乳量の減少等の症状が見られる、牛・水牛の病気。牛乳の生産等に一時的な影響があるものの、致死性は低く、ほとんどの牛は徐々に回復する。ヒトには感染せず、畜産物も食用上安全
*2 正式名称は「ランピースキン病を家畜伝染病予防法第六十二条第一項の疾病の種類として指定する等の政令」
(2)植物の病害虫への対応
(植物の病害虫の侵入・まん延を防止)
気候変動等により病害虫等の発生地域の拡大、発生時期の早期化、発生量の増加が確認されています。令和7(2025)年は、斑点米(はんてんまい)カメムシ類に対し、延べ46件(35道府県)の注意報が発表されるなど、病害虫等による被害への警戒が高まったことを踏まえ、都道府県等と連携し、適時・適切な防除対策の徹底を呼び掛けました。また、クビアカツヤカミキリについて、令和8(2026)年3月末までに17都府県で発生し、うめやもも等の果樹園で被害が確認されていることから、生態や防除方法等に関する試験研究、使用可能な農薬の適用拡大等を推進しています。
さらに、農林水産省では、植物防疫法に基づき、病害虫の侵入防止のための輸入植物の検査等(輸入植物検疫)や輸出先国・地域の要求に応じた植物の検査等(輸出植物検疫)を実施しています。くわえて、特に侵入を警戒する重要病害虫を早期に発見するための侵入調査を実施するとともに、重要病害虫が発見された場合には、発生範囲の特定や薬剤防除等を行っています。
南西諸島(なんせいしょとう)や小笠原諸島(おがさわらしょとう)には、国内の他の地域に発生していないアリモドキゾウムシ等の農作物に大きな被害を与える病害虫が発生しています。これらの病害虫を発生していない地域にまん延させないために、病害虫及びその寄主植物等の移動を規制しています。
総合防除(IPM)の推進
URL:https://www.maff.go.jp/j/syouan/
syokubo/gaicyu/g_ipm/index.html
このほか、化学農薬の多用によるリンゴ黒星病等における薬剤抵抗性の発達等も発生していることから、持続的かつ、効果的な防除を進めるため、化学農薬のみに依存しない「予防・予察に重点を置いた総合防除」を一層推進する必要があります。農林水産省では、総合防除実践マニュアルや各地域での取組事例等を作成し、農業者への普及に取り組んでいます。くわえて、令和7(2025)年1月から「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針の見直しに関する検討会」を開催し、同年9月には総合防除実践ガイドラインを策定したところです。
(植物防疫法に基づき緊急防除を実施)
植物の移動制限を
周知するポスター
新たに国内に侵入した病害虫がまん延し、有用な植物に重大な損害を与えるおそれがあり、これを駆除する必要がある場合等には、植物防疫法に基づく緊急防除を実施しています。
緊急防除では、防除を行う区域や期間を設定した上で、発生した病害虫の種類等に応じて(1)寄主(宿主)植物の栽培の制限又は禁止、(2)植物等の移動の制限又は禁止、(3)植物等の消毒、除去、廃棄等の措置等を実施することとしています。
令和7(2025)年度は、ジャガイモシロシストセンチュウ及びテンサイシストセンチュウの緊急防除を継続するとともに、令和6(2024)年3月に沖縄県でウリ科植物の害虫であるセグロウリミバエが確認されたため、令和7(2025)年4月から緊急防除を実施しています。
(3)動植物検疫の強化
(水際検疫の更なる強化に向けた対応を検討)
家畜伝染病や植物の病害虫等の発生予防においては、国内に侵入させないための水際対策が極めて重要です。農林水産省では、海外からの越境性動物疾病や植物の病害虫の国内侵入を防ぐために、空港や海港において入国者の靴底消毒・車両消毒、旅客への注意喚起、動植物検疫探知犬を活用した携帯品検査等の水際検疫の実施を徹底するとともに、家畜防疫官の質問・検査権限や廃棄権限を強化しています。また、ECサイトや外国食材店等で取り扱われている違法に輸入された疑いのある畜産物や植物の販売等に関する調査、ウェブサイト運営会社や各店舗に対する制度周知を行っています。
近年、訪日・在留外国人や国際郵便の増加、東アジアにおけるASF等の感染拡大等により、侵入経路が増加し、家畜伝染病や植物の病害虫等の侵入リスクが増大する中、より効果的・効率的な水際検疫を実施することが必要です。このため、令和7(2025)年3月から動植物検疫等に関係する分野の専門家で構成される「水際検疫の強化に向けた検討会」を開催し、同年6月に公表した中間取りまとめでは、我が国に持ち込ませないための水際検疫体制の強化として、CIQ(*1)関係行政機関や航空会社等との連携強化や先端技術等の活用による効果的な検査体制の構築、動植物検疫制度の周知徹底のほか、違反畜産物の国内流通への対応の強化として、家畜伝染病予防法の改正等が提言されました。
*1 Customs(税関)、Immigration(出入国管理)、Quarantine(検疫)の略
(家畜伝染病予防法改正案を国会提出)
政府は、輸入検疫体制の強化のため、輸入検疫を適切に受けずに持ち込まれる肉製品等の国内での販売等を禁止するなどの措置を講ずるほか、国内防疫体制の強化及び効率化のため、ランピースキン病の家畜伝染病への追加、豚熱のと殺対象範囲の見直し、飼養衛生管理者によるワクチン接種を当分の間可能とする措置等を講ずるよう、「家畜伝染病予防法の一部を改正する法律案」を第221回特別国会に提出しました。
(4)薬剤耐性対策の推進
(薬剤耐性菌の増加・伝播を防ぐ対策を推進)
抗微生物剤の不適切な使用を背景とした薬剤耐性(AMR(*1))の拡大により、人や動物の健康への影響が懸念されています。このような中、薬剤耐性の発生をできる限り抑制するとともに、薬剤耐性微生物による感染症のまん延を防止するため、令和5(2023)年に策定された「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」では、令和9(2027)年における畜産分野の動物用抗菌薬の全使用量を令和2(2020)年比で15%削減すること等を目標値として掲げています。
農林水産省では、動物用抗菌薬の農場単位での使用実態を把握できる仕組みの検討や、ワクチンの開発・実用化の支援等を行っています。令和7(2025)年度においては、動物用抗菌薬の使用実態の把握に資するため、電子指示書システムの運用を開始したほか、飼養衛生管理の向上、ワクチンの活用等による感染予防に焦点を当てた薬剤耐性対策について関係者の理解を深めるためのオンラインセミナーを開催するなど、適正使用の普及・啓発に取り組みました。
*1 Antimicrobial Resistanceの略
(動物用ワクチン戦略を踏まえた取組を推進)
動物用ワクチンは、伝染性疾病対策や薬剤耐性対策にとって欠かすことのできない重要な生産資材である一方、我が国では、国際競争力の後退、終売(しゅうばい)による品揃(しなぞろ)えの縮小等が表面化しており、畜水産業の生産現場が求めている動物用ワクチンの迅速な開発・実用化、安定供給に向けた体制の構築が急務となっています。
農林水産省では、令和6(2024)年11月に策定した「2024動物用ワクチン戦略中間取りまとめ」に基づき、令和12(2030)年と令和32(2050)年の到達目標の達成に向け、産学官による連携体制(VMC(*1))を構築し、開発・承認・製造・販売体制の強化の取組を推進していくこととしています。同戦略を踏まえ、令和7(2025)年3月に「VMCプラットフォーム」を立ち上げ、同プラットフォームの下に、国内製造安定供給等のテーマ別のワーキンググループを設置したところです。
*1 Veterinary Medicine Industry-Academia-Government Collaborationの略
(5)獣医療提供体制の整備
(診療効率の向上や産業動物獣医師の確保による地域の獣医療提供体制の整備を推進)
産業動物獣医師については、地域によっては、その確保が困難であることにより、診療効率が低下し、一部地域では、農家の求めに応じた診療を提供できない状態となっているほか、業務の一部を縮小しなければならない状況となっています。また、獣医系大学の新卒獣医師のうち産業動物分野に就業する者の割合が2割で推移する中で、地域の獣医療体制を整備していくため、診療効率の向上や産業動物獣医師の確保に取り組んでいく必要があります。
農林水産省では、デジタル技術を活用した遠隔診療を推進するとともに、産業動物獣医師の確保に向けて、獣医学生への修学資金の給付、家畜保健衛生所等と獣医系大学との連携強化、現場を離れている女性獣医師等への復職支援等を実施しています。
獣医学生を対象とした
家畜保健衛生所での研修の様子
資料:和歌山県紀北家畜保健衛生所
(事例)海を越えて離島の畜産農家とつながる遠隔診療を推進(沖縄県)

家畜の遠隔診療の様子
資料:NOSAI沖縄八重山家畜診療所
産業動物獣医師は、我が国の畜産業に欠かせない存在である一方、産業動物獣医師の地域偏在や往診時間の長時間化等により、十分な獣医療が提供できない地域が存在している状況にあることから、デジタル技術を活用して家畜の遠隔診療を導入し、効率の良い家畜の診療を推進することが課題となっています。
沖縄県石垣市(いしがきし)のNOSAI沖縄(おきなわ)(沖縄県農業共済組合)八重山家畜診療所(やえやまかちくしんりょうじょ)では、石垣島(いしがきじま)から複数の離島へ家畜診療を行っていますが、離島への移動手段は定期船や飛行機であり、移動に時間を要していました。このため、令和3(2021)年度から、離島の畜産農家と同診療所の産業動物獣医師をビデオ電話でつなぎ、家畜の遠隔診療の取組を試行的に開始しました。また、令和6(2024)年度からは、専用のアプリを使用し、本格的に家畜の遠隔診療に取り組んでおり、移動時間が削減されたことで、労働時間の減少につながっています。
同診療所では、従来は離島の畜産農家からの電話での相談に応じていましたが、家畜の状態を詳しく把握できず、適切な処置を指示することが難しいといった課題がありました。他方、家畜の遠隔診療では、映像や写真を通じて状態を確認できることや、複数の産業動物獣医師による診断も可能なことから、より客観的な診療を行うことができるようになりました。離島の畜産農家からは、映像や写真を見て指示を出してくれるので、電話相談に比べ、より安心できるといった声もあり、同診療所では、家畜の遠隔診療を継続し、地域の獣医療体制の維持に取り組むこととしています。
お問合せ先
大臣官房広報評価課情報分析室
代表:03-3502-8111(内線3260)
ダイヤルイン:03-3501-3883




