世界かんがい施設遺産「稲生川」
春の稲生川 |
親しまれている「せせらぎ水路」 |
稲生川ふれあい祭り |
地域の概要
この地域の農業開発は、南部盛岡藩士 新渡戸傳と長男 十次郎、孫 七郎の三代が不毛の地(「実に無益なる荒野なり」東遊記より)であった三本木原台地に「稲生川」を開削し上水したことに始まる。稲生川は太平洋を目指し三本木原台地を東走する農業用水路で安政2年(1855)年に着手、安政6年5月4日上水に成功しており、父子三代による開削は明治4年(1871)頃までに2箇所の穴堰約4キロを含む約11キロにわたり、現在の十和田市駅付近までの水路が完成した。
その後も、この地域の開拓事業は地域の人々に受け継がれ、昭和12年から昭和41年までの国営三本木開拓建設事業【後に、国営相坂川左岸農業水利事業(昭和53年~平成18年)にて改修】により太平洋までの水路が完成しており、その他にも、十次郎が万延元年(1860)に完成させた碁盤の目状の街割りは謙信流の兵法に基づき計画され、近代都市計画のルーツと称されている。
地域の保全のための取り組み
稲生川は単なる農業用水ではなく、十和田のまちのルーツであり、地域の歴史、文化に深く根ざした身近な水場として、有形無形の多くの恵みを与えています。また、平成26年から取り組みが始まった歴史的なかんがい施設を国際かんがい排水委員会(ICID・本部インド)が登録・表彰する制度の「世界かんがい施設遺産」に平成26年に登録されたことから、農家と地域住民、関係団体が連携する保全管理策や様々な創造運動を進めています。
交通アクセス
1.東北新幹線七戸十和田駅より車で約20分
2.第二みちのく有料道路下田ICより車で約25分
お問合せ先
農村振興局整備部設計課
代表:03-3502-8111(内線5561)
ダイヤルイン:03-3595-6338