特集 野生鳥獣と向き合う(5)
[PART3 利活用] シカやイノシシは地産地消こそふさわしい 天然の食材“ジビエ”を新たな食文化に
野生鳥獣の被害が深刻な長野県で、地域の意識を変え、国産ジビエを定着させようと力を注いでいる料理人・藤木徳彦(のりひこ)さん。その活動は全国に広がり、新たな食文化への挑戦を続けています。
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藤木徳彦さん 1971年生まれ、東京都出身。高校卒業後に長野県内のオーベルジュ(宿泊施設併設のレストラン)で修業を積み、1998年に「オーベルジュ・エスポワール」を開業。信州産ジビエをはじめ、全国でジビエの普及に取り組む。特定非営利活動法人日本ジビエ振興協議会理事長、内閣官房地域活性化伝道師を務める |
東に八ヶ岳、北に蓼科山を望む標高1000メートルのリゾート地、蓼科高原(長野県茅野(ちの)市)の一角にたたずむフレンチレストラン「オーベルジュ・エスポワール」。ここで地元食材を使って腕を振るうオーナーシェフの藤木徳彦さんは、国産ジビエの普及に尽力しています。
現在は特定非営利活動法人日本ジビエ振興協議会理事長、内閣官房地域活性化伝道師を務める藤木シェフですが、国産ジビエとの最初の出会いは、オープン当初にお客さんからもらったシカ肉だったそう。「食材の確保が難しい長野県の厳しい冬に、ジビエはメイン食材になる」と確信し、お店で提供を始めます。
実のところ、長野県の鳥獣による農林業被害額は年間10億円以上(平成26年度)と深刻で、県はニホンジカやイノシシなどの駆除に力を入れていました。そのため、食材として入手するのは容易でしたが、実際には、処理方法や衛生面など、ジビエをめぐって多くの課題があったそうです。
処理ルールを守り安心でおいしいジビエを
日本には古来から狩猟をして獣肉を食べる文化がありましたが、現代では、捕獲された鳥獣の肉が食用として市場に出回ることはあまりありません。そのため、肉の処理や衛生面で、あいまいな部分が多かったといいます。
「"商品"にするために狩る、という猟師さんは少なかったですね。シカは体温が高く、手早く内臓を取り除かないとガスが溜まって肉が臭くなるので、猟師がその場でさばいてしまうこともありました。衛生面を考えれば、山で放血してすぐに処理施設に運ぶ方が望ましいのですが、施設も少なく、それぞれの連携が徹底されていなかったことも原因でしょう」
長野県は平成19年に、信州ジビエ衛生管理ガイドラインを制定し、獣肉の販売を目的とした衛生管理基準を定めました。獣肉の安全な普及のため、藤木シェフも制定に協力しました。以降、県は「信州ジビエ」をブランド化し、ジビエ普及のけん引役となっていきます。
「正しいルールのもと、獣肉が商品として流通する仕組みが整い、外食産業で販売できるようになれば、猟師や処理施設もプロの仕事をしてくれるようになります
産業として確立することで、安全の確保に成功したのです。
地域から全国へジビエファンの拡大
ジビエ普及の動きは長野県内にとどまらず、鳥獣被害に悩まされている各都道府県が、出口対策の一つとしてジビエに目をつけ始めています。藤木シェフは講習会の講師として全国を飛び回り、国の衛生基準や調理法といった知識と、調理技術を広める活動を積極的に行っています。
平成26年には、当時自民党幹事長を務めていた石破茂氏に陳情し、国のガイドライン制定のきっかけを作るなど、国がジビエに取り組む体制も後押ししました。昨今では、ファストフードやカレーといった身近な外食メニューの中にジビエを組み込んでいく活動に注力し、ファンの獲得を狙っています。
「ジビエには流通の指標となる肉の規格がまだない」と課題も認めつつ、農林水産省や自治体、販売企業と協力してジビエの規格を作るための検討会を設け、「来年度には基準を導入したい」と、流通拡大へ向けた取り組みも継続して行っています。
徐々に広がりをみせるジビエですが、「食肉として利用されているのは、シカでは捕獲頭数の5%(平成26年度、日本ジビエ振興協議会調べ)程度で、まだこれからの産業」と藤木シェフ。「ただ処分されていただけのものを利活用し、自然の恵みとして日本の食文化に定着させたい。ブームで終わってしまっては、地域の取り組みも無駄になってしまう」と熱意を語り、日本の新たな食文化を築く活動を続けています。
![]() 「オーベルジュ・エスポワール」で提供している、シカ肉のロティ地元産野菜添え ジビエソース。ロティは「ロースト(蒸し焼き)」のこと |
![]() マルカッサン(仔イノシシ)骨付きロースのロティ パースニップを包み込んだパイヤソン添え。仔イノシシのことを「マルカッサン」というのに対し、成獣を「サングリエ」という |
![]() 藤木さんはジビエ講習会の講師としても、日本全国を駆け巡っている(長野県大鹿村にて) |
![]() ジビエ料理には地元で採れた野菜も使う。夏~秋にはポルチーニ茸やシモフリシメジなどのキノコ類が豊富だ |
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藤木シェフが伝授!家庭でも作れるおいしいジビエ料理
シカやイノシシの肉を手に入れたけれど、どう調理すればいいの?―― そんな方のために、手軽にトライできるジビエ料理を藤木シェフが教えてくれました。 イノシシ肉のオイル煮 調理はとても簡単。圧力鍋を使えば、ももやスネなどの赤身の部位もやわらかくなり、うま味が凝縮されます。脂身の多いジューシーなお肉は、野菜といっしょにいただくと、より味わいが広がります。 ![]() 材料(4人分)
イノシシ肉 (部位は好みで)・・200グラム セロリ・・2分の1本 にんじん・・2分の1本 玉ねぎ・・4分の1個 にんにく・・1片 ローリエ・・1枚 塩 オリーブ油 作り方 1.肉はひと口大に切り、塩小さじ1と2分の1をふる。 2.セロリ、にんじん、玉ねぎはひと口大に切る。 3.圧力鍋にすべての食材とオリーブ油1カップを入れて、必ず弱火で約40分加熱する。 圧力鍋は使い方を間違えると蒸気がふき出すなどの危険があります。取扱説明書どおりに正しく使用してください シカトマトクリームシチュー
シカ肉は「調味液」で漬け込むとやわらかくなり、臭みも取れます。かみ応えがある肉のうま味も増します。トマトベースのクリームシチューにサフランライスを添えました。 ![]() 材料(4人分)
シカもも肉・・400グラム 調味液(砂糖小さじ2 塩小さじ1 酢大さじ2) 玉ねぎ・・小2個 にんにく・・2片 トマト水煮缶・・400グラム トマトペースト・・大さじ1 顆粒コンソメ・・小さじ2と2分の1 生クリーム (動物性)・・2分の1カップ 片栗粉 サラダ油 オリーブ油 塩 作り方 1.肉は3ミリ厚さに切る。混ぜ合わせた調味液に10分ほど漬け込み、片栗粉適量をまぶしておく。 2.フライパンにサラダ油適量を入れて中火で熱し、1を炒める。 3.鍋にオリーブ油適量を入れて弱火で熱し、薄切りにした玉ねぎとにんにくを加えて透きとおるまで炒める。 4.3にトマト水煮、トマトペースト、水1カップを加えて強火にかけ、沸騰したらあくを取る。コンソメを加えて中火で15分ほど煮込み、火を止める。 5.4に生クリームと塩適量を加え、粗熱が取れたらミキサーにかけて滑らかにする(省いても構わない)。 6.5を鍋に戻し、2を入れて温める。 ※1カップ=200ミリリットル ![]() |
撮影/島 誠
イラスト/岡本健太郎 ©岡本健太郎/講談社
(イラストは漫画『山賊ダイアリー』からの引用です)
イラスト/岡本健太郎 ©岡本健太郎/講談社
(イラストは漫画『山賊ダイアリー』からの引用です)