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農林水産省

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明日をつくる 東日本の復旧・復興に向けて vol.8

地域再生の願いを胸に丹精込めて「ネギ」を育てる

福島県南相馬市 北萱浜(きたかいはま)機械利用組合




津波と福島第一原子力発電所事故により被害を受けた故郷を再生するため、農業設備の無償貸与を受けるなど各種支援制度を活用し、営農を再開した福島県南相馬市北萱浜のベテラン農業者たち。収益性の高い農業経営を目指す彼らが選んだ作物は、ネギでした。
福島県南相馬市


農地整備組合の組合長も務める林一重組合長(左から2人目)農地整備組合の組合長も務める林一重組合長(左から2人目)


太平洋に面した緑豊かな田園風景が一変しました。東日本大震災の津波に襲われ、田畑は浸水し、見渡す限りがれきが散乱する荒れ地となったのです。どうにか無事だった高台の農地も、福島第一原子力発電所事故のため、農作物の作付自粛や出荷制限を余儀なくされました。


営農再開のために立ち上がったベテラン農業者たち
95戸中65戸の家屋が全壊するという壊滅的被害を受けた福島県南相馬市北萱浜行政区では、長期にわたって避難生活を続けていました。そうして、多くの住民が他地域への移住を決断する中、家屋とともに農機具や農業施設、資材、種もみまで濁流に流されながらも、この地に留まろうと決めた人たちがいます。

「江戸時代の飢きんを乗り越えて祖先が大切にしてきた故郷を守らなくてはいけない」。そう誓ったのは、平均年齢70歳に近い8人の農業者でした。

個々では営農の再開が困難でしたが、生死を共にした仲間でこれからも生きていこうと決め、「役員報酬なし、働いた分を時給換算で平等に分ける組織」を旗印に、平成25年1月に北萱浜機械利用組合を設立しました。

「みんなで話し合い、目をつけたのがネギでした」と話すのは、組合長の林一重さんです。

南相馬市は東北地方でありながらも冬はほとんど雪が降らず、ネギは夏の一時期を除いてほぼ通年で出荷できます。安定的な需要が見込めるうえ、生産体系の機械化が確立していることも、選択の理由でした。


いつか帰郷する若い農業者に受け継いでもらえるように
トラクターや育苗箱、洗浄機などの農業機械・農機具は国の被災地域農業復興総合支援事業の無償リース制度を活用し、パイプハウスや作業所、農業資材は民間の支援(キリン絆プロジェクト)を受けました。栽培技術は県相双農林事務所の指導を受け、茨城の先進的な生産地も視察しました。

転出した人を含め25人の地権者から土地を借り、がれきや堆積土砂を除去し、25年4月、1・2ヘクタールで作付を開始。以降、組合員が力を合わせて土寄せや病害虫防除などの作業を行いました。

「海藻やかつお節などを用いて土づくりを行い、品質の高いネギの生産を目指しました。初めての試みでしたからどうなるか未知数でしたが、想像以上に出来がよく、柔らかくて生でも甘みのあるネギが採れました」

今後はネギに加えてブロッコリーやサトイモなど数種類の野菜を通年で収穫できる体制を目指して、作付面積を拡大していく予定といいます。

「故郷を離れざるを得なかった若い人たちが、いつか戻って来たら、野菜作りを受け継いでもらい、誇りを持って働ける場をつくれるよう、みんなでがんばっていきます」

微笑む林さんの視線の先には、鎮守の杜が寄り添うネギ畑のみずみずしい緑が広がっています。


北萱浜機械利用組合は、地元の住民有志25人で旗揚げ。種まきから全員で作業
北萱浜機械利用組合は、地元の住民有志25人で旗揚げ。種まきから全員で作業
半自動式定植機のほか、ブームスプレヤーや乗用型収穫機などを支援制度で導入
半自動式定植機のほか、ブームスプレヤーや乗用型収穫機などを支援制度で導入
がれきや堆積土砂を除去したほ場で栽培を開始した
がれきや堆積土砂を除去したほ場で栽培を開始した
2年前、津波で何もなくなった北萱浜にビニールハウスを建て、再生の一歩を踏み出した 撮影/寺島英弥  河北新報社
2年前、津波で何もなくなった北萱浜にビニールハウスを建て、再生の一歩を踏み出した 撮影/寺島英弥  河北新報社


文/下境敏弘