[History]小泉農学博士の大豆まめ知識 日本人と大豆
日本人とは長い付き合いの大豆は、健康効果もさまざま。大豆や納豆にまつわるエピソードを東京農業大学名誉教授・小泉武夫さんにうかがいました。
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日本人とは弥生時代からの付き合い 日本人と豆の付き合いは長く、縄文時代の遺構から炭化した豆(小豆の野生種)が出土します。 大豆は中国から渡来したのが弥生時代。それからみそやしょうゆのもとである穀醤(こくしょう)として利用され始めるのが奈良時代です。その間、大豆加工に試行錯誤が重ねられたのです。 文献上、最も古い大豆の記録は『古事記』の説話にあり、奈良時代の『風土記』には水田のあぜに大豆を植える様子が書かれています。 |
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なぜ節分に豆をまくのか? 丸い大豆の呪力 節分に福豆で邪気を払うのは「魔滅(まめ)」の語呂合わせといわれますが、根底には天道思想、すなわち、太陽を思わせる丸い豆が備える霊力への崇拝があるのでしょう。 節分の豆まきのほか、大豆の茎や葉の灰を悪霊が来そうなところにまいたり、いろりの灰で焼いた大豆で天候を占ったり、その霊力にたのむ儀式が各地にあります。 |
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稲作とセットの大豆発酵食品 インドネシアのテンペ、タイのトゥアナオなど東南アジアの稲作地帯にはたいていバナナの葉の菌で作る発酵大豆があり、これらの地域ではスープの具にしたり、蒸したり、焼いたり、火を通して食します。 西日本には昔から納豆文化が無い、というのは間違いで、ごはんに生の納豆をかけるようになってから衰退しただけです。また、西日本でも熊本などでは昔から好んで食されています。 |
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注目されるペプチドの可能性 大豆の生体機能に及ぼす効果は発酵させることで大幅に高まります。 アミノ酸が2つ以上つながったものを「ペプチド」といいます。大豆を基質として麹菌が作用してできるさまざまなペプチドには血圧上昇抑制や肝機能を向上させる作用があるとして注目され、研究が進められています。 またアミノ酸が2つつながったジペプチド、3つつながったトリペプチドはアミノ酸より吸収が早いとされます。 |
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大豆づくしのみそ汁は江戸っ子のスタミナ源 江戸の朝は長屋を回る納豆売りの声で始まりました。 当時は、みそ汁に納豆を入れるのが定番で、そこに豆腐を加えて油揚げの千切りをのせれば、最高のスタミナ食の完成です。 この大豆づくしを1日2回、たっぷりとれば、現代人のたんぱく質の摂取量とそん色ありません。しかも肉のように悪玉コレステロールや脂肪のとり過ぎを気にする必要もありません。 |
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アンチエイジングにも効果あり! 大豆は、アンチエイジング効果で注目されているポリアミン、総コレステロール値を低下させる大豆レシチン、腸内の善玉菌のビフィズス菌を増殖させるオリゴ糖、抗酸化作用がある大豆サポニンなど、多くの機能性物質を含んでいます。 また豆乳に多く含まれるフィチン酸の抗がん作用や抗酸化作用、大豆油に含まれるα-リノレン酸から体内で作られるエイコサペンタエン酸(EPA)の血圧低下作用、ドコサペンタエン酸(DPA)の抗アレルギー効果も期待されています。 日本人とは長い付き合いの大豆ですが、今なお、新たな健康効果が判明し続けているのです。 |
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「畑の牛肉」のたんぱく質量は本物に勝る 「畑の牛肉」と称される大豆ですが、文部科学省の「日本食品標準成分表」によれば、可食部100グラム当たりのたんぱく質量は牛肉を上回ります。 しかも米に少ないリジンなど体内で作ることのできない必須アミノ酸9種類を含め、人間が必要とするアミノ酸20種類すべてを含む強力なたんぱく源なのです。 |
大豆100グラム中の栄養成分 出典:日本食品標準成分表2015年版・七訂(国産・黄大豆・乾)より |
小泉武夫さん 1943年、福島県出身。東京農業大学名誉教授(農学博士)。鹿児島大学、琉球大学、別府大学、広島大学大学院医学研究科、石川県立大学で客員教授も務める。専攻は醸造学・発酵学・食文化論。『発酵食品礼讃』(文春新書)、『納豆の快楽』(講談社文庫)など著書多数。 |
旅のお供の乾燥納豆 その絶大な健康パワー サルの干物や豚の肝臓の熟(な)れ寿司など、食文化を研究する私はこれまで世界各地におもむき、ありとあらゆる物を口にしてきましたが、食中毒になったことは一度たりともありません。 その秘訣と確信しているのが、常食する納豆の整腸作用・抗菌作用です。私は旅に出るときもカリカリになるまで乾燥させた納豆を5~6キログラム携帯しますが、先人の知恵はたいしたもので、江戸時代の旅人も節分にまいた大豆を道中のお守り兼非常用食料として持参したといいます。 たんぱく質やビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に含み、ただでさえ強力な大豆の健康パワーは納豆菌によってさらに強められ、たとえばビタミンB2は発酵することにより7倍にもなります。 アジアの稲作地帯において穀類だけでは不足しがちな栄養素を補給するために発達したのが、大豆の食文化なのです。 |
取材・文/下境敏弘
撮影/島 誠
イラスト/あべかよこ
撮影/島 誠
イラスト/あべかよこ
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