このページの本文へ移動

農林水産省

メニュー

今月の農林水産大臣賞 vol.3

手をかけてあげると、貝は応えてくれる 愛情込めて育て上げる真珠



波が穏やかな美しい海で育てられる真珠。世界中の人を魅了してやまない、その光り輝く宝石は、
真っ黒に日焼けしながら、貝に日々愛情を注ぎ続ける海の男によって育まれています。


第39回全国真珠品評会(浜揚げ珠)農林水産大臣賞 受賞 全国真珠品評会は、全国真珠養殖漁業協同組合連合会と一般社団法人日本真珠振興会の共催で行われます。この品評会では、指定期間中に同一区域内の100貝を出品、各地区で選抜された中から、品質面、商品珠出現率の優れたものが入賞。最優秀賞に農林水産大臣賞が贈られます。


冨高さんが育てた花珠。強い光沢を持つ最高級品。
冨高さんが育てた花珠。強い光沢を持つ最高級品。


有限会社冨高真珠(大分県) 冨高秀一さん・美穂さん 有限会社冨高真珠(大分県)
冨高秀一さん・美穂さん

秀一さんは1969年生まれ。21歳のとき、父親が創業した冨高真珠で働き始め、2代目を継承。美穂さんは1968年生まれ。1993年に秀一さんと結婚。以来、5月から11月の繁忙期は作業を手伝い、夫を支えている。
所在地/大分県津久見市網代


人の手をかけてこそ生まれる海の宝石
自然光の下でも、内側から光を放つような深い輝き。かすかにクリーム色がかった直径8ミリメートルの真珠は、美しい光沢に富んでいます。

「真珠層に厚みがあって、ガチガチに巻いている。これが"花珠(はなだま)"です」と教えてくれるのは冨高真珠の冨高秀一さん。

花珠とは、真珠の品質を評価する"巻き・光沢・キズ・色・形"のすべてにおいて最も優れたもので、めったに採ることができないと言われている希少な真珠のこと。「こういう、いい珠(たま)が出たときが一番うれしい」と目を細めます。

真珠は、貝の持つ自然の力から生まれる宝石ですが、優れた真珠を養殖するには、さまざまな工程でこまやかな手間をかけなければなりません。人の力があって初めて、美しい真珠が生まれるのです。

いい真珠の養成は健康な母貝育成から
真珠の養殖は母貝(ぼがい)になるアコヤ貝の育成から始まります。稚貝(ちがい)を籠(かご)に並べて海中に入れ、貝の成長に合わせて籠を替え、貝掃除、貝殻の寄生虫駆除などの手入れをしながら、1年半ほどかけて育てます。

冨高真珠の場合は、その数12万~13万個。その後、真珠のもとになる"核"を挿入するための処理を施し、10万個に核を挿入。穏やかな内湾で養生させたあと、沖合の漁場で飼育(本養殖)します。

「真珠の出来は、挿核(そうかく)までで8~9割が決まる、と僕は思う。健康な母貝を育ててあげれば、あとは貝がどんどん自分の力で、いい珠を育ててくれます」

とはいえ、1年半から2年かけて養殖し、真珠の収穫作業である"浜揚げ"ができるものは65パーセントほど。養殖期間中に貝が死んだり、珠になっていないものがあるからです。

そのため、貝のまま出品し、審査の際に貝を開いて中の真珠を取り出して、品質面と商品珠出現率(商品になる珠がどれくらいあるか)を選考する全国真珠品評会(浜揚げ珠)は、養殖業者の真の実力が問われると言われています。

冨高さんは昨年、この品評会(第39回)で最優秀賞である農林水産大臣賞を受賞。同時に第12回全国花珠真珠品評会でも水産庁長官賞を受賞しました。

  津久見湾の穏やかな内湾に面した作業所。海底が見えるほど海は透き通って美しい。
津久見湾の穏やかな内湾に面した作業所。海底が見えるほど海は透き通って美しい。
  沖合にある養殖場。浮き玉イカダの下にいくつもの籠が吊るされている。
沖合にある養殖場。浮き玉イカダの下にいくつもの籠が吊るされている。

真珠を体内に抱えた珠貝(たまがい)たち。この珠貝はことしの12月に浜揚げされるもの。
真珠を体内に抱えた珠貝(たまがい)たち。この珠貝はことしの12月に浜揚げされるもの。

籠に入れた母貝をイカダから吊るして育成する。
籠に入れた母貝をイカダから吊るして育成する。

オレンジ色の卵を抜いて、挿核する。


毎日、貝と真剣に向かい合う
「赤ちゃん(稚貝)のときから、毎日貝と真剣に向き合って育てていれば、手入れの際の反応などで、いい珠が出来ているかどうか感覚で分かるようになってくる。そう言うと、おこがましいけれど」

もともと漁師だった父親が、大分県佐伯(さいき)市で始めた真珠養殖。冨高さんが手伝うようになったのは21歳のときでした。貝の大量死というトラブルに見舞われ、津久見市への漁場移転を経て、貝と向かい合うこと26年。その間に美穂さんと結婚し、2人の女の子にも恵まれました。

作業が忙しくなる5月から11月までは家族と数人の従業員で働きますが、それ以外の期間は冨高さん一人。台風としけのときを除けば、作業しない日はありません。

「手をかけてあげると、貝は応えてくれる。手をかけすぎてもよくないけれど」「広々としたいい環境で育てると、いい真珠が育つ」。冨高さんの言葉は、まるで子育てを語っているよう。真っ黒に日焼けした顔をくしゃくしゃにして「いやいや」と照れながらも、海の男は「魂込めて育ててます」ときっぱり。

そのまなざしは、真珠に注ぐ慈愛に満ちあふれています。


アコヤ真珠養殖の流れ

人工採苗   雌貝の卵子と雄貝の精子を採集し、人工交配する。
 
稚貝の育成   稚貝が約10ミリメートルになるまで籠に入れて海で育てる。
※冨高真珠はここから作業開始
 
母貝の育成   養殖籠に入れ、イカダから吊るして育てる。
 
母貝の仕立て   貝の生理活動を抑える「抑制」、生殖巣の卵を抜く「卵抜き」、挿核のために貝を開けやすくする「貝立て」などの作業を行う。
 
挿核   真珠のもとになる核を貝に挿入する。
 
養生   母貝(珠貝)が体力を回復するまで安静にさせる。
 
本養殖   珠貝を沖合の浮き玉イカダに吊るして飼育する。
 
浜揚げ   珠貝から真珠を取り出し、商品になる真珠を選別。入札会に出品する。



取材・文/岸田直子
撮影/原田圭介


読者アンケートはこちら