このページの本文へ移動

農林水産省

メニュー

特集1 鯨(4)

[Interview]「多様性」が切り拓く捕鯨の未来(IWC日本政府代表・森下丈二さん)



日本は鯨の持続的利用を目指していますが、反捕鯨の立場の国もあります。
鯨をめぐる対立に精通する東京海洋大学教授の森下丈二さんは対立の先にある大きな問題を指摘します。


唐突な商業捕鯨停止提案とIWCでの多数派工作
今では反捕鯨の立場をとっている国を含め、欧米諸国はかつて鯨油を目的とする捕鯨を盛んに行っていました。1960年代には大規模な母船式捕鯨を展開して乱獲状態となり、危機感をもったIWC(国際捕鯨委員会)が資源管理を強化したことから採算が合いにくくなり、欧米諸国は次々と撤退していきました。最後まで残ったのが日本です。

アメリカが唐突に商業捕鯨の停止の提案を行ったのは、1972年6月、スウェーデンで開催された国連人間環境会議でした。

同年、IWCは「科学的な正当性がない」と否決しますが、国際社会で「鯨を救え」というキャンペーンが展開され、環境保護や動物愛護をうたう市民運動が活発化します。IWC内では反捕鯨国を加盟させる形で多数派工作が行われた結果、1982年にモラトリアムが採択され、大型鯨類の商業捕鯨が一時停止されました。この撤廃には、IWC加盟国の75パーセント以上の賛成が必要です。

決して永久に禁じたのではなく、資源管理するには科学的データが不十分だから暫定的に止め、遅くとも1990年までにデータを集めてゼロ以外の捕獲枠を検討するという内容であり、正しく解釈すれば、商業捕鯨再開の手続きを定めたものです。

日本政府はこれに従って地道に調査捕鯨を実施してきました。

捕鯨に関する日本の見解とかたくなな反捕鯨国の姿勢
日本政府の見解は、「鯨類は、貴重な水産資源であり、科学的根拠に基づき持続的に利用すべき」というものです。

調査の結果、鯨種によっては十分な資源量があり、南極海のザトウクジラやナガスクジラは年間10パーセントくらいのペースで回復していることが明らかになっています。反捕鯨国にとっては、捕鯨国に科学的データを持ち出されてもやすやすと譲歩するわけにはいかない事情もあるのでしょう。

反捕鯨勢力が国際世論を醸成し、今や調査捕鯨にまで「悪」のレッテルを貼ろうとする反捕鯨団体や、鯨やイルカを「カリスマ的動物」として特別視する人たちが登場しています。こうなると科学の範ちゅうの話ではありません。


鯨の(推定)資源量
鯨の(推定)資源量 資料:IWC
イラスト提供/日本鯨類研究所


鯨を含む「カリスマ的動物」に対する規制の強化
FAO(国連食糧農業機関)の事務局長だったジャック・ディウフによれば「過去、人類が農業の対象とした植物は7000を超えるが、現在の人類はわずか23種の動植物に食料の90パーセントを依存している」そうです。

「多様性の維持」こそが食料安全保障のキーワードなのですが、すでに極端なモノポリー(独占)が進行しているのです。

問題は、鯨を前例として、国際会議の場で科学的根拠のないまま、あれもダメ、これもダメと絶滅危惧種の提案や利用を厳しく制限する提案が続出し、ゾウなどの大型の陸上動物、マグロやサメが「カリスマ」のリストに加えられようとしていることです。こうなると、多様性はさらに失われます。

ほんの数カ国の主要食料生産国が小麦や牛肉を世界中に供給する世界で、未曽有の干ばつや家畜の伝染病が発生すれば、人類は危機的状況にさらされることになります。IWCで日本を支持する開発途上国は、しばしば「捕鯨は国家主権の問題」と発言しますが、世界各地で生きる人々は自らの意思に基づき、さまざまな食料資源を持続可能な形で利用する権利があるはずです。

「カリスマ的」といった概念を持ち込めば、「私たちの文化は他の文化より勝っている」という文化帝国主義的な議論になりかねません。鯨についても異なる考え方がある。意見の相違があっても相手を尊重する。これもまた、鯨に対する見方の「多様性」であり、まずはこの合意を議論の前提として求めていくべきです。


商業捕鯨/先住民生存捕鯨等を行っている国々
商業捕鯨/先住民生存捕鯨等を行っている国々
※注:捕獲頭数は2014年の実績(IWC)。


森下丈二さん 森下丈二さん
1957年生まれ。京都大学卒業。82年農林水産省に入省し、水産問題を担当。現在、東京海洋大学海洋政策文化学部門教授。


海の恵みの豊かさを日本の子どもやアフリカに伝えたい
NGO「ウーマンズフォーラム魚」は、1993年発足以来、鯨・魚食文化の大切さを伝える活動をしています。

中でも、全国の小学校で続けている体験型の「クジラの授業」は100回を超えました。

また現在、持続的利用支持国でもある西アフリカ諸国の女性漁業者との活動にも力を入れています。

西アフリカでは、電気の供給不足から、せっかく捕った魚が捨てられがちでした。そこで日本式の加工・保存法などを伝え、本来のおいしさを知ってもらう取り組みを行っています。

こうしたことが現地の人々の食生活の改善、就業機会の拡大にもつながっています。
アフリカの女性たちに魚のすり身の作り方を実演する白石ユリ子代表。
アフリカの女性たちに魚のすり身の作り方を実演する白石ユリ子代表。
全国の小学生に「クジラから世界が見える」と題した授業を行っている。
全国の小学生に「クジラから世界が見える」と題した授業を行っている。

西アフリカ22カ国では女性漁業関係者のネットワーク(RAFEP)が設置されている。
西アフリカ22カ国では女性漁業関係者のネットワーク(RAFEP)が設置されている。



取材・文/下境敏弘
撮影/島 誠(森下さん)


読者アンケートはこちら