

畜産農家の方々が大切に育てている家畜の健康を守る獣医師。今回は、肉用牛を例に、家畜の繁殖や病気の予防と治療、さらには飼育環境の管理など、その健康に関わる獣医師の仕事に迫ります。
肉用牛のライフサイクルに寄り添う獣医師
肉用牛の誕生から肥育までの流れと、そこに寄り添う獣医師の役割を紹介します。

発情から分娩まで
牛の妊娠期間は約285日。およそ年に1回くらいの割合で、生涯に8頭から10頭の子牛を生ませます。妊娠期間のそれぞれのステージで、獣医師はさまざまな役割を担っています。

発情と人工授精
発情開始後、6時間から18時間が授精適期、8時間から16時間が授精最適期とされています。近年は牛群の規模が大きくなっているため、発情の発見が難しくなってきており、獣医師が相談を受けることも。
妊娠鑑定
交配後、次の発情期になっても発情しなくなることなどにより、妊娠していることを確認します。獣医師の診断により、妊娠をより確実に判定することができます。
分 娩
分娩がはじまると、さまざまなトラブルが発生したり、介助が必要になることがあります。獣医師は、状況に応じて適切な処置を行うことで、分娩をサポートします。
哺育・育成期(子牛)

離 乳
3か月くらいから栄養バランスを整えた離乳食を食べ始めます。この段階では、 子牛は呼吸器、消化器の感染症に罹患しやすいため、その予防と治療をメインに行います。また、ワクチンの接種プログラムなどで病気の発生を予防します。
さらに、各都道府県の家畜保健衛生所の獣医師が、畜産農家を訪問して牛を飼育するうえでの衛生管理や環境整備などの指導を行うことで、感染症の発生を予防します。
肥育期(肉量を増やす)
生後9か月を過ぎると、肥育牧場へ出荷されます。

良い肉質のための飼料設計
肥育牧場では、飼料をたっぷり食べて大きく育ちます。飼料の配合は 牛の成長や肉質に大きな影響を与えます。そのため、成長を阻害する病気の予防や衛生管理と同時に、畜産農家の方からの相談に乗りながら、飼料の配合を細かく調整する飼料設計を行うこともあります。
獣医師は、畜産農家の方々と二人三脚で牛の一生に寄り添います。病気の予防や治療はもちろんのこと、飼育環境に対するアドバイスや、繁殖のサポート、栄養の管理なども獣医師の重要な仕事です。
産業動物臨床獣医師の
仕事に密着!
肉用牛をはじめとした家畜の獣医師のことを産業動物臨床獣医師と呼びます。今回は、島根県で地域の肉用牛や乳用牛などの診療を行うほか、全国の畜産農家からの要請に応じたコンサルティング業務なども行う(株)益田大動物診療所にお話を伺いました。

繁殖管理
診療所では、だいたい1日に10頭ほど出産の連絡が入ってきます。そのため毎日24時間体制の交代勤務を行っています。生まれた子牛のほとんどは健康に育つのですが、中には初乳を飲んでも抗体を上手く体内に取り込めない子牛がいます。そのような子牛には、対虚弱牛プログラムを実施しています。これは、ミルクの中に抗体を多く含む初乳粉末を必要量添加して腸管内に抗体を付着させるというもの。この乳汁免疫を一定期間集中的に続けることで、死亡率の高いロタウイルスなどの病気から大切な子牛を守ることができます。一方、母牛に対しては一年に一頭ペースで出産ができるように分娩間隔を管理しています。

妊娠鑑定の様子。
衛生管理
産業動物臨床獣医師の重要な仕事のひとつが、畜産農家の農場を定期的に訪問して一頭一頭の健康状態を確認することです。一頭でも病気に感染してしまうと、爆発的に感染が広がる恐れがありますから、要請があった時だけでなく、普段から牛の状態に目を配り、迅速に診断と治療を行います。また、同診療所では、聴診器や触診、血液検査などの従来型の診察だけではなく、超音波、レントゲンといった検査機器を積極的に使用しています。そうすることで、経験則や勘だけに頼らない、エビデンスに基づいた治療を行うことができるのです。

診療の様子。
飼料設計
飼料の設計は、牛の健康や肉質に直結します。そのため、診療所では、たとえば血液検査の結果などから判断できる栄養素の過不足などについてリアルタイムでモニタリングしながら、これまでのノウハウやデータを活かしつつ、牛の状態に合わせて最適な飼料の設計を行っています。また、飼料は畜産経営という視点でみるととても大きなコストとなるため、畜産農家の方々との意見交換も不可欠です。たとえば、ビタミンAを制限することで、適度にサシを入れ、和牛としての価値を高めたいと考える畜産農家は少なくありません。しかし、ビタミンAの摂取を抑えるとビタミンA欠乏症や代謝性肝炎、第四胃の変位といった疾病のリスクが高まります。どの程度ビタミンAを抑え、その代わりに何を与えるのか、牧場ごとの肉質の個性を出すうえでも、畜産農家の方々ときちんと相談して飼料設計を行うようにしています。

(左)おからを配合した発酵飼料(おからサイレージ)(右)乳牛の配合飼料。
(上)おからを配合した発酵飼料(おからサイレージ)(下)乳牛の配合飼料。
「私の相棒」
(業務の中で、特に思い入れのある道具)
パソコン

益田大動物診療所 加藤大介 獣医師
「科学的なデータを分析して最適な治療を行い、治癒率を高めることで畜産農家の方々をサポートしています」
診療所の獣医師の皆さんに
「仕事のやりがい」について
聞きました。

足立全 獣医師
15年前に作られた牧場が今では大規模(メガファーム)に成長し、ともに関われていることです。食の安全を守る立場であり、自分の子どもにも安心して食べさせることができます。(足立全 獣医師)

原知也 獣医師
牛を飼育するプロである畜産農家の方々と一緒に牛の命を守れることです。(原知也 獣医師)

加藤圭介 獣医師
畜産農家の方々の生産性を保つために日々さまざまな選択をしていく、奥の深さがあります。この世界に一度足を踏み入れて欲しいです。(加藤圭介 獣医師)
自分の好きな牧場に関われることが嬉しいです。(伊藤容平 獣医師)
本当にたくさんの経験をさせていただき、忙しくて大変ながらも充実感があるところです。(高橋海秀 獣医師)
今回教えてくれたのは・・・

(株)益田大動物診療所 代表
加藤 大介 獣医師
産業動物臨床獣医師。島根県益田市で肉牛、乳牛の診療を行う。個体の診療はもとより、牛群としての衛生管理、疾病予防、飼養管理を行うほか、牧場コンサルタントなど、牧場が持つ課題を共有し、幅広くサポートする活動を行っている。
家畜保健衛生所の
獣医師の仕事に密着!
病気の予防やまん延防止、畜産農家の指導や支援など、診療所の獣医師と連携して全国各地の畜産農家を支えているのが、各都道府県にある家畜保健衛生所です。今回は、島根県の益田家畜保健衛生所にその仕事内容についてお話を伺いました。

畜産農家への指導
畜産農家は、家畜伝染病予防法という法律によって、各種の届け出や定期的な検査などが義務付けられています。その届出や検査などを担当しているのが各地の家畜保健衛生所です。そのため、家畜保健衛生所の獣医師は、定期的に地域の畜産農家を訪問し、飼育環境や病気などを検査し、指導などを行っています。また、畜産農家の方々からの相談に乗ることもあります。病気の発生を予防するだけでなく、万が一病気が発生した時の対応や、感染を防ぐための対策をサポート、地域全体の家畜の伝染性疾病の対策の体制づくりも重要な仕事のひとつです。

各農場と普段からコミュニケーションをとりながら、家畜の伝染性疾病の発生防止に努める。
病気の原因究明
肉牛は子牛の頃に呼吸器や消化器の病気にかかりやすいという特徴があります。病気になると成長が遅れたり、大きくなれないことがあります。そのため、定期的に牧場を訪問して牛の検査を行ったり、暑さ対策や寒さ対策といった飼育環境を指導したりなど、病気を予防するための対策を行います。また、死亡原因が不明の牛を解剖し、その原因を突き止めることも大切な仕事のひとつ。病気なのか事故なのか、原因をきちんと突き止めることで対策を行うことができるのです。畜産農家の方々が安心して、健康な牛を育てることができるようにするのが、家畜保健衛生所の獣医師たちの使命なのです。

病気の原因究明業務。
「私の相棒」
(業務の中で、特に思い入れのある道具)
『獣医鍼灸』

益田家畜保健衛生所 石川初 獣医師
「大学時代『牛にお灸をすると子宮動脈の血流量がどのくらい増えるか』をテーマに卒論を書いたんです。畜産農家の方々を対象としたセミナーで牛のお灸を紹介するとけっこう反響があるんですよ」
今回教えてくれたのは・・・

島根県西部農林水産振興センター
益田家畜衛生部(益田家畜保健衛生所)
家畜衛生課長
石川 初 獣医師
公務員獣医師。島根県益田市、津和野町、吉賀町の1市2町において家畜の伝染性疾病の発生予防・まん延防止に関する業務、家畜疾病の診断や飼養衛生管理の指導などを行う。
動物用医薬品の開発に
携わる獣医師の仕事
家畜も病気の予防のためにワクチンを接種し、病気になった時は薬を投与することで治療します。そうした動物用医薬品の開発にも、実は獣医師が関わっています。共立製薬(株)で動物用医薬品の開発に携わる獣医師に、牛の医薬品開発についてのお話を伺いました。

牛のワクチン開発
新たなワクチンを開発するためにはその病気に対して最も有効で、安全で、流行状況にも合っていて、と数々の条件をクリアする必要があります。共立製薬(株)で牛のワクチン開発を担当するチームは、試行錯誤を重ねながら作り上げたワクチンを、研究所内で飼育している牛に接種し、効果を測定しながら開発を進めています。そのため、開発期間が5年や10年という長期間に及ぶのは当然のことといえるのかもしれません。牛のワクチン開発は基礎研究から生産、製品化まで全てのプロセスに関わることができるという点がやりがいを感じるところだそうです。

牛のワクチン開発には5年から10年かかるという。

牛伝染性鼻気管炎、ウイルス性の呼吸器病などを予防する。

日本初の乳房炎ワクチン。(輸入販売製品)
開発後も改良は続く
ワクチンは開発したら終わり、というわけではありません。発売後も改良を続けていきます。そのため、ワクチン開発チームにとっては、全国各地の畜産農家を訪問するのも仕事のひとつです。畜産農家の方々や産業動物臨床獣医師など、実際に日々牛と接し、最も牛の状態を理解している方々のもとを訪ね、実際にワクチンを使用する中での意見や要望などを把握し、それを改良につなげています。製薬会社の研究開発の仕事というと、研究室に籠もって試験管やビーカー、シャーレなどを手にしているというイメージでしたが、牧場へ出かけて牛と接する機会も多いというのは少し意外でした。

「私の相棒」
(業務の中で、特に思い入れのある道具)
実験ノート

共立製薬(株) 安部 優里 獣医師
私たちの会社は基礎研究に関しても自由度が高く、いろんなアイデアを採用してくれるのでやりがいがあります。ですから、入社以来日々の研究結果を記録し続けてきた実験ノートは、私の研究者としての最大の財産です。
今回教えてくれたのは・・・

共立製薬(株)ワクチン開発部
安部 優里 獣医師
2014年に共立製薬(株)に入社。以来、牛のワクチンや新薬の研究・開発に携わる。

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未来の獣医師を育てる
「獣医学部」ってどんなところ? -
家畜の健康を支える
獣医師の仕事を知ろう -
養殖業の発展を支える
水産獣医師の仕事 -
未来、そして世界へ!
獣医師たちの挑戦 -
治療をあきらめない!
工夫や高度技術で
さまざまな動物を救う
編集後記
今週は、家畜の診療所や家畜保健衛生所のお仕事を、そこで働く獣医師の方々に教えていただきました。畜産農家の方々と密接に連携しながら、家畜のライフサイクルに寄り添い健康を守ってくれるなんて、まさしく家畜のかかりつけ医ですね。(広報室SD)
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大臣官房広報評価課広報室
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