
2026年7月号
暑さに向き合う~進む日本の農業~
年々厳しさを増す夏の暑さは、農業の現場に深刻な影響を与えています。収穫量の減少、品質の低下、多発する病害による生産者への打撃…。野菜や果樹では今、高温によってどのような問題が起きているのでしょうか。
2025年の夏(6月から8月)の平均気温は、1991年から2020年の30年平均値と比べて2.36℃アップ。1898年の統計開始以来、夏としてはこれまででもっとも高い記録となりました。特に1990年代以降は記録的な高温の年が頻出しています。各地で最高気温が35℃を超える猛暑日の日数も増加しており、「暑すぎる夏」は、もはや当たり前となりつつあります。農林水産省では全国47都道府県を対象に毎年、地球温暖化の影響に関する調査を実施していますが、2025年の調査では、水稲・野菜・果樹・家畜などで高温による深刻な影響が報告されました。特に野菜ではトマトやいちごで着果不良が、果樹では、りんごやぶどうで色づきの悪化が全国的に確認されています。生産現場では今、暑さへの対応が急がれているのです。
高温で果樹の見た目や品質が悪くなる
果樹への高温の影響は、見た目にわかりやすく現れます。りんごやぶどうは、アントシアニンという成分がつくられることで赤や紫の色がつきますが、高温になるとこの働きが鈍くなり、色がつきにくくなります。また、気温の高い日に強い日射しが当たって果実の表面が45℃から50℃になると、組織が傷む「日焼け果」が発生。「日焼け果がある場合は、ジュースなどに加工します。また、日焼けが果実全体の2割から3割に及ぶと中身も傷んでしまっているので、廃棄せざるを得なくなります」と国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の杉浦俊彦さん(果樹茶業研究部門 研究推進部 研究推進室)は語ります。影響は見た目だけではありません。気温が高くなると果実の呼吸量が増え、呼吸によって酸味のもととなる成分が消費されて酸の含有量が減り、結果的に味も変化します。特にワイン用のぶどうはワイナリーごとに必要な酸の基準があり、それに達しなくなってしまう問題も起きています。「そこで農研機構では、果樹の生産に様々な影響を及ぼす高温障害に対応するための高温対策技術や、高温に強い新しい品種の開発を進めています」(杉浦さん)。
高温でバクテリアによる病気も多発
野菜でも高温の影響は深刻です。葉物野菜では強い日差しによる「葉焼け」、キャベツやレタスの葉が球状にまとまらない「結球不良」も問題です。果菜類(トマト・なす・きゅうりなど、実を食べる野菜)では花がつかない、花が落ちる、実がつかない、果実が太らないなどの障害が生じており、収穫量を減らす原因になっています。また、果実の色がつきにくくなる、果実の皮が割れるなどで、出荷ができなくなることも増加しているのです。高温障害のわかりやすい例が、高温や乾燥ストレスで果皮のつやが失われる「つやなし果」です。高温になると、バクテリアによる「青枯(あおがれ)病」も多発します。「なす科の青枯病を完全に防ぐのは難しいのですが、被害の軽減と安定生産の実現に向けて品種開発に長年取り組んできました」(農研機構野菜花き研究部門野菜育種研究領域ナス科育種グループ・宮武宏治さん)。農研機構では暑さに強い様々な農作物の品種開発の研究が進められており、その様子はYouTube「気候の変化に向き合う農作物づくり~未来の食を支える研究~」[外部リンク]でも紹介されています。
高温障害への対応として農研機構が力を入れる「暑さに強い品種開発」から、りんごとなすの事例を紹介します。
暑さに負けない赤いりんごの2品種
高温下でも着色しやすいりんごとして開発されたのが、「紅(べに)みのり」と「錦秋(きんしゅう)」の2品種。「どちらも着色不良の解決策となる品種として、2019年に品種登録が完了。『紅みのり』は約38年、『錦秋』は約25年と、いずれも開発には非常に長い時間がかかっています」(農研機構 果樹茶業研究部門リンゴ研究領域リンゴ育種グループ・森谷茂樹さん)。2品種のもっとも大きな違いは収穫時期で、「紅みのり」は初秋に収穫できる「早生(わせ)品種」、「錦秋」は秋の中頃に収穫できる「中生(なかて)品種」です。温暖化が進み、主力の早生品種である「つがる」の着色不良が問題になり始めたことから、暑くても安定して色づく品種として「紅みのり」が注目されています。時代の変化が、「紅みのり」の着色の良さを必要とするようになったのかもしれません。暑くても果実がやわらかくならず、しっかりとした歯ごたえが楽しめるのも、「紅みのり」の長所です。
「錦秋」は非常に優秀な品種で、栽培上の大きな欠点も見当たらなかったといわれます。甘みと酸味のバランスが良く濃厚な味わいで、果肉が滑らかで歯触りの良さが特徴です。品種登録が終わった今、「紅みのり」と「錦秋」に興味を持つ生産者が個別に栽培をし始めたところです。「岩手県と山形県では、この2品種を推進品種として採用しており、今後、産地全体での栽培の普及が期待されています。りんごの品種開発は、種をまいてから初めて実がなるまでも5から10年、その後も完成までには長い年月がかかるもの。今後は病気に強い品種や生産性の高い品種を、着色の良さと組み合わせることで、より暑さに強い品種を開発していきたいですね」(森谷さん)。
受粉せず実がなる、「あのみのり」シリーズ
なすの「あのみのり」シリーズは、暑い夏の栽培にも強みを発揮する品種として注目されています。「あのみのり」シリーズの最大の特徴は、受粉をしなくても実がなる「単為(たんい)結果性」であること。低温の冬は受粉がうまくいかないので、生産者がホルモン剤を一花ずつ施用し、強制的に実を大きくしなければなりませんでした。その手間を軽減する品種として開発されたのが、「あのみのり」です。2006年に最初の品種が生まれ、2014年には改良版の「あのみのり2号」が誕生。さらに2025年には「あのみのりパワー」を品種登録しました。「あのみのりパワー」の最大のポイントは、夏の高温時に増える青枯病への抵抗性があることです。「青枯病は環境条件や植物の生育ステージによって病気の発生程度が変動しやすく、結果を安定させるのに苦労しました。その苦労の甲斐があって、『あのみのりパワー』を開発することができました。なすの場合、現在までに、青枯病に完全に抵抗性を示す遺伝資源は見つかっておらず、感染しても発病にまで至りにくい特性を強めることで対応しています」(農研機構・宮武さん)。「あのみのり」「あのみのり2号」は主にハウス栽培用でしたが、「あのみのりパワー」は夏場の露地栽培向けです。高温時の青枯病発病リスクを下げることによって、夏のなす生産の安定化につながることが期待できそうです。
イラストレーション=田村美佳

熱中症は早期の対応が必要不可欠です。高温下での作業や運動中に「めまい」「頭痛」「吐き気」などの症状を感じたら、すぐに木陰や屋内など涼しい場所へ移動して休憩しましょう。その際、衣服のベルトを緩める、胸元を開ける、靴下を脱ぐなど、体の締め付けを緩めることも大切です。冷たい飲料で水分・塩分を補給するとともに、冷えたペットボトルや保冷剤などを首、脇の下、足の付け根に当てて冷やし、20分から30分様子をみます。熱中症が疑われる場合は、塩分が多めの「経口補水液」が適していますが、常飲は避けましょう。また、農作業はひとりで行わず、休憩時であっても、誰かと一緒にいることが重要です。周囲の人は様子を観察し、「反応がおかしい」「まっすぐ歩けない」「痙攣」など、意識障害の兆候があれば迷わず救急車を呼んで、医療機関を受診させてください。熱中症は死に至る危険が伴い、高齢者や子どもは特にリスクが高いためより注意が必要です。
イラストレーション=シマノアヤ子
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