第1節 農業・農村の持つ多面的機能の維持・発揮
農業の持続的な発展の基盤であり、農業の持つ多面的機能の発揮の場である農村では、人口減少や高齢化により集落機能や地域資源の維持が困難となる懸念が生じています。一方、伝統的な農業・農村の価値等が再認識され、農村の活性化に向けた動きもみられます。
以下では、農業・農村が多面的な機能を十分に発揮できるよう講じている施策や取組について記述します。
(農業・農村の持つ多面的機能)
農業・農村は、食料を供給する役割だけでなく、その生産活動を通じ、国土の保全、水源の涵(かん)養、生物多様性の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等、様々な機能を有しており、このような多面にわたる機能による効果は、地域住民を始め国民全体が享受しています(図3-1-1)。

また、農山漁村において、農業、林業及び水産業は、それぞれの基盤である農地、森林、海域との間で相互に関係を持ちながら、水や大気、物質の循環等に貢献しつつ、多面的機能を発揮しています。
農業・農村の持つ多面的機能について、農林水産省が農業者及び消費者を対象に行った調査によると、洪水防止や生きものに関する機能への意識が高いほか、農業者は地下水の涵養や農村景観、消費者は伝統文化に関する機能への意識が高くなっています(図3-1-2)。
農業・農村が多面的機能を将来にわたって発揮できるよう、各種施策や取組を通じて、農業・農村の持続的な発展に努めていくことが重要です。
(日本型直接支払の導入)

多面的機能の維持・発揮を図るため、それを支える地域活動、農業生産活動の継続、環境保全に効果の高い営農を支援する日本型直接支払(多面的機能支払、中山間地域等直接支払、環境保全型農業直接支払)が平成26(2014)年度に創設されました(図3-1-3)。
さらに、平成27(2015)年4月、「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」が施行され、これらの取組が法律に基づいて実施されており、国、都道府県及び市町村が相互に連携を図りながら支援が行われています。
(多面的機能支払による取組)
多面的機能支払は、農業者等による活動組織を対象とした「農地維持支払」と地域住民を含む活動組織を対象とした「資源向上支払」で構成されています。
農地維持支払は、水路の草刈り・泥上げ、農道の路面維持等の基礎的保全活動等を対象とし、資源向上支払は、水路、農道等の軽微な補修や植栽による景観形成等の農村環境の良好な保全といった地域資源の質的向上を図る共同活動や施設の長寿命化のための活動等を対象としています(図3-1-4)。
これらの水路・農道等を管理する共同活動を支援し、多面的機能の発揮を促進するとともに、地域で担い手を支えることで農業の構造改革を後押ししていくこととしています。
農地・水保全管理支払の取組組織による新制度への移行に当たっては、円滑な移行のため、申請手続の簡素化等を図り、平成27(2015)年1月末現在の取組の見込みとして、農地維持支払は196万1千haの農用地を対象に24,890組織、資源向上支払は179万2千haの農用地を対象に21,324組織が活動に取り組んでいます。

事例:多面的機能支払を活用した地域資源の保全活動と地域の活性化
(1)混住化が進む地域における地域資源の保全管理に向けた取組
宮崎県宮崎市(みやざきし)の島之内(しまのうち)地区は、稲作を主体に、きゅうり、トマト等の施設園芸も盛んな地域ですが、市街地に近く国道沿いに位置することから混住化が進行し、地域活動に対する意識の希薄化や農業者の高齢化により、施設の保全管理が困難となりつつありました。
また、近隣集落において、交付金を活用して活発に共同活動が行われている状況を受けて、多面的機能支払に取り組む機運が高まったことから、地域の中心的農業者が保全活動組織の立ち上げに向けた勉強会を繰り返し開催し、地区内の農業者や自治会等に参加を呼びかけ、市の助言も得ながら、平成26(2014)年に「農地・水にししま水土里会」を設立しました。同組織では、多面的機能支払を活用し、施設周りの草刈りや植栽活動等の取組を始めています。
(2)遊休農地等の活用による地産地消と6次産業化の取組
岡山県美咲町(みさきちょう)の境(さかい)地区は、中山間地域の棚田地帯であり、農業者の高齢化や減少に伴い、棚田の保全活動の低下や遊休農地(*1)の増大等が危惧されていたことから、平成14(2002)年に農業者や自治会、小・中学校PTA等により「境地区協議会」を設立し、平成19(2007)年度から農地・水・環境保全向上対策(平成26(2014)年度からは多面的機能支払)による草刈り等の共同活動の取組を始めました。
また、取組の中で、遊休農地に景観作物として紅そばを作付けするとともに、収穫時期にそば祭りを開催し、地域の活性化につながっています。さらに、生産者組合がそば屋「紅そば亭」を経営し、地産地消(*2)や地場産農産物の加工販売等の取組により、年間約1万人を集客するなど、その活動を広げています。
(中山間地域等直接支払による取組)
中山間地域等の農業生産条件の不利を補正し、農業生産活動の継続を図ることを目的に、中山間地域等直接支払を実施しています。
仕組みとしては、対象となる農用地において農業を5年以上続けることを、集落を単位とする協定により約束した農業者等に対して、交付金を交付する制度であり、それら協定の下で、農地の法面(のりめん)管理等による耕作放棄の防止等の農業生産活動、農用地と一体となった周辺林地の管理等の多面的機能を増進する活動を行うことができます。
平成27(2015)年1月末現在の取組の見込みとして、全国68万7千haの農用地を対象に、28,079協定が締結されています(図3-1-5)。
本制度は施策の評価を第三者委員会において実施しつつ、5年ごとに対策の見直しを行っており、平成26(2014)年度は第3期対策の最終年度となりました。
本制度の実施により、耕作放棄地の発生防止に加え、協定締結を契機として共同活動への意識の高まり等、農地の保全や集落の活性化に寄与しているほか、集落を基礎とした営農組織の育成・法人化や地場産農産物等の加工・販売、棚田等の地域資源を活かした体験交流活動の推進等、全国各地で様々な取組が行われています。
今後、中山間地域等の集落では一層の人口減少や高齢化が進行することから、次期対策においては、女性・若者等の集落活動への参画や広域での集落協定に基づく複数集落が連携した活動体制づくり、条件が特に厳しい超急傾斜地における農業生産活動への支援を強化することとしています。
(環境保全型農業直接支払による取組)
環境保全に効果の高い営農活動に取り組むことは、地域環境や地球環境の保全・向上に資することから、化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組と合わせて、地球温暖化防止や生物多様性保全に効果の高い営農活動に取り組む農業者等に対して環境保全型農業直接支払(*1)が実施されています。
環境保全に効果の高い営農活動として、土壌への炭素貯留を目的とした、<1>カバークロップ(緑肥)の作付けの取組、<2>炭素貯留効果の高い堆肥の水質保全に資する施用の取組、生物多様性保全を目的とした、<3>化学肥料・農薬を使用しない有機農業があります。このほか、<4>地域の環境や農業の実態等を勘案した上で、地域を限定して取り組むことができる地域特認取組を対象として支援しています。
平成27(2015)年1月末現在における取組面積の見込みとして、前年度に比べて10,428ha増加し61,542haとなっており、毎年取組の拡大が図られています(図3-1-6)。
(世界農業遺産の認定地域における地域資源の保全と活用)
国連食糧農業機関(FAO(*1))は、近代化が進む中で失われつつある伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用、農村文化、土地景観等を地域システムとして一体的に維持保全し、次世代へ継承していくため、世界農業遺産(GIAHS(ジアス)(*2))を認定しています。
我が国では、平成23(2011)年6月に新潟県佐渡市(さどし)の「トキと共生する佐渡の里山」と石川県能登(のと)地域の「能登の里山里海」、平成25(2013)年5月に静岡県掛川(かけがわ)周辺地域の「静岡の茶草場(ちゃぐさば)農法」、熊本県阿蘇(あそ)地域の「阿蘇の草原の維持と持続的農業」及び大分県国東(くにさき)半島宇佐(うさ)地域の「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」の取組が認定されています。
認定地域においては、世界農業遺産の活用・保全計画に基づき、農業の担い手の確保や農産物のブランド化、グリーン・ツーリズム等の農業・農村振興施策を推進し、地域の価値を向上するとともに、これら地域システムを次世代に確実に継承していくことが求められます。
なお、世界農業遺産の認定を受けるに当たっては所管官庁の承認が必要とされていることから、農林水産省では世界農業遺産(GIAHS)専門家会議を開催し、認定申請を行おうとする地域の評価や専門的な視点からの助言を行っています。
事例:世界農業遺産認定地域における農村景観の保全と地域活性化の取組
大分県の国東(くにさき)半島宇佐(うさ)地域(豊後高田市(ぶんごたかだし)、杵築市(きつきし)、宇佐市(うさし)、国東市(くにさきし)、姫島村(ひめしまむら)、日出町(ひじまち))は、降水量が少なく、河川も短く急勾配で、保水性が乏しい火山性土壌であることから、約1,200の小規模なため池による用水供給システムにより、水稲、原木しいたけ、シチトウイを栽培する伝統的な農業が行われてきました。また、しいたけの原木となるクヌギ林とため池群により、多様な生物が育まれ、里山の良好な環境や景観が保全されてきました。
豊後高田市の田染小崎(たしぶおさき)地区は、中世の荘園村落の姿を現在に色濃く残す地区で、史跡や土地の形状を利用した水田が継承され、千年前から続く美しい農村景観を今にとどめています。また、山麓一帯にクヌギ林が広がるとともに、ため池からの用水が田越しかんがいにより水田を潤しています。
平成11(1999)年に同地区自治会の下部組織として設立された「荘園の里推進委員会」では、中世荘園村落遺跡の保全とそれを活用した地域づくりのため、荘園領主(水田オーナー)制度や御田植祭、収穫祭、ホタル鑑賞会の開催、マルシェの出店、グリーン・ツーリズム等に取り組んできました。
世界農業遺産認定の後押しを受け、地元食材を活用した高付加価値商品や新たな都市農村交流プランの開発等、地域資源を最大限に活用した地域の活性化に取り組んでいます。
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