農業DXの事例紹介(12)「いつものイチゴ」をつくるための温度管理、ITセンサー活用
農林水産省は、農業や食関連業界の関係者の皆様に、通信機能を備えたセンサーやロボット、AIなどのデジタル技術を経営に活かしていただきたいと考えていますが、現場からは「デジタル化やDXという言葉を聞くようになったが、どういう意味だろう?」「参考にできる事例はないのか」といった声が聞かれます。そこで、多くの皆様に農業分野でのDXの具体的なイメージを持っていただけるよう、農業や食関連業界におけるDXの実践事例を紹介しています。第12回にあたる今回は、農家経験を重ねながらIT技術活用に改善を行ってきた栃木県の施設園芸における事例を取り上げます。栃木県塩谷郡高根沢町で、イチゴ「とちおとめ」をハウス栽培なさっている「加藤いちご園」を訪問し、代表の加藤康宏様(以下「加藤様」)にお話をうかがいました。
筆者:「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。早速ですが、これまでのイチゴ栽培の経歴や、心がけていらっしゃること等、お伺いできますでしょうか?」
加藤様:「2007年(平成20年度)に就農とともにイチゴ栽培を15aで始めました。2012年に25aに拡大し、2014年にITソリューションを導入しました。
科学的に技術を考えつつも感性や経験による勘も大切にして、楽しいイチゴづくりを心がけています。」

<加藤いちご園 栽培施設 遠景>
加藤様:「『まずは、地元の方に食べてもらいたい、地元のイチゴとして贈ってもらいたい』という想いがあります。栃木県は大産地なのだから、新鮮なイチゴが購入できるのでは?』と疑問に思われる方も多いかと思います。ですが、系統出荷が主なため、県外への流通と同じ過程を経て、県内でもスーパーマーケットでの購入が多くなります。ですので、近くにあるはずの新鮮なイチゴが直接買いにくく、また贈りにくいのです。ぜひ地元の人たちに『私が住んでいるところで作っているイチゴだよ』と自信をもって贈ってもらいたいのです。なので、地元に根ざし、縁を大切にして、近くの直売所や自宅で主に販売しています。安心して大切な人とシェアをしたいと思ってもらえるようなイチゴを作り続けたいですね。」
筆者:「栃木県では新品種のイチゴも登場してきていますが、他の品種の栽培については、いかがでしょうか?」
加藤様:「就農以来『とちおとめ』一品種を栽培しています。『とちあいか』についても興味をもって学んでいますが、地元の『とちおとめ』の需要はまだまだ続くと思っています。」


筆者:「イチゴ栽培にIT技術を導入したきっかけは何だったのでしょうか?」
加藤様:「『経験がない、知識がない、学べない自分が、早く技術を高めるためにはデータを活用することが重要』だと思ったからです。」
筆者:「導入をどのように進めていかれたか、教えていただけますでしょうか?」
加藤様:「イチゴを始めて4作目から温度記録センサーを導入したのですが、『デジタル温度計』としての利用にとどまってしまい、随時データを抜き出して分析することができませんでした。そして、シーズンが終わってしまってからでは、データ活用ができない、という課題にぶつかりました。でも、そこで更にデータを活かしたいという気持ちも高まりました。」
加藤様:「そんななかで着目したのがモニタリングです。株式会社セラクの『みどりクラウド』を導入したのが7年前、2016年の栽培からでした。」
加藤様:「他の生産者との情報交換の精度を上げたい、自分のイメージと実際に見える化したデータとの比較を行いたい」という思いがあって、みんなに声もかけていましたが、周辺に比べていち早く導入したこともあり、データ管理栽培を行っている農家が周囲に少なく、十分な比較や情報交換ができませんでした。そこでSNSを利用し全国のデータ活用をしている生産者との情報交換をしながら今に至っています。私の技術はまだまだですがSNSがなければここまで辿り着かなかったと思います。データを活かすことができれば全国の生産者と詳しい情報交換をすることも可能です。」
筆者:「『みどりクラウド』を選択なさった理由はなんでしょうか?」
加藤様:「まず、➀株式会社セラクを知っていたこと、➁会社としての農業への姿勢がよいと感じたこと、➂将来への期待(特にソフト面)があったことが理由でした。」
加藤様:私はみどりボックス2という圃場モニタリング装置を試験機と実機として導入しています。「みどりクラウド」では、設定した温度の上限・下限に達するとPCやスマートフォンに警報(アラート)を送ることができます。天気予報だけでは対応できない局地的な環境変化であってもリアルタイム情報で圃場の環境を確認でき、速やかに対応できます。
筆者:取材当日には、「みどりクラウド」の開発提供ベンダーである株式会社セラクの方もいらしていたのですが、加藤様がいたずらっぽく「高級温度計」とおっしゃったり、私からの「不満点は?」 という質問にも忖度なく「配線がゴチャゴチャ(あくまで試験機についてです)」とおっしゃったりされるような和やかな雰囲気で、農家と事業者が協力し合って共に製品を向上させていく二人三脚の大切さを感じました。
筆者:「唐突にこんなことを伺うのは失礼ですが、これまで最大の失敗をお聞かせいただけますか?」
加藤様:「育苗ハウスの内張りを潰してしまうミスをしてしまったことがあります。食事をしていた短い時間での出来事でした。散水のための自動と手動の切り替えを忘れたことが原因です。こうした経験から、人と自動化との接点は『人が忘れることを防ぐ』ことが大切だと認識するようになりました。エラーをいち早く発見する。これにもモニタリングが有効だと思います。」

加藤いちご園・加藤様(右)と株式会社セラク・担当者(左)
加藤様:「最近、スマートウォッチを導入しました。温度が閾値を超えた場合のアラートやリアルタイムの圃場情報は、車の運転中や手が離しにくい作業中などには、スマートフォンをポケットから取り出して確認することができません。見落としや、作業を止めて行わなくてはいけない『わざわざ見る』という確認が少なくなりました。」
筆者:「警報や状況を受信する機器側の進化があったというわけですね。ただ、『IT技術』と聞くと、大掛かりに様々なデータを取得して、総合的に分析して、営農活動を決めるといった、複雑なITソリューションを想像しがちです。」
加藤様:「慣行の土耕栽培から始めましたが、少しでも不確定要素を減らして管理できるようにと養液土耕栽培を行っています。イチゴには不確定要素や、栽培条件によっては栽培要素を把握しにくく絶対的な値で管理できないことも少なくありません。そのような作業を工夫して設置したり考えたり対応しながら柔軟にできるこれ(みどりクラウド)でやっています。データは大切ですが私はその値をそのまま受け入れるとは限りません。正しく測定できているとも限らないからです。他の生産者と情報交換しながらデータを多角的にみて補正し、活用していく。あくまで、データはツールだと思っています。数字に踊らされてはいけません。考えて工夫して使う。現場では柔軟に活用する必要があると思います。
筆者:「曖昧な質問ですが、これからは、どのようなイチゴをつくっていきたいですか?」
加藤様:今までもですが、これからも消費者に求められているイチゴを期待通りに作りたいです。期待以上でも以下でもない、「いつものいちご」です。
イチゴは季節をまたいで環境が変わるなかで生産されます。モニタリングでその変化を把握し得た知識と経験をもとに、日々品質の変わらないものを作り続けたいと思います。
筆者:加藤様は造作もなくおっしゃいましたが。これは様々な挑戦と経験を重ね、ご自身には「温度モニターがあれば」という、加藤様のIT製品との向き合い方として至った現時点での結論だと言えるでしょう。筆者には、加藤様のごく自然体の姿勢が印象的でした。
技術の変遷、ひいてはベンダーとの長い試行錯誤の共同実証を経て至った、農家とDXの在り方の一つなのかもしれません。


左が当初に導入した試験機


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