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農林水産省

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高知平野の水田開発を拓いた野中兼山

土佐の農業土木の先哲

高知県土佐山田町
1615年(元和元年)~1663年(寛文3年)

野中兼山像
野中兼山像

山田堰記念公園
山田堰記念公園

高知県は、南の土佐湾に大きく弧を描き、四国山地に発する物部、仁淀、四万十などの河川が水田平野を潤しています。水田のかんがい用水は、河川から取水する井堰に支えられながら、温暖な気候の下で稲作が行われてきました。

しかし、今から400年ほど前の江戸時代初期には、台風による洪水などにより、見渡す限り荒涼とした大地が続き、当時のわが国において、土佐は辺境の貧しい国の一つに数えられていました。

そのような土佐を、信念をもって藩政の改革に取り組み、その一環としてかんがい用水と新田開発を強力に押し進めた人が、 野中兼山です。

その偉業の中でも、特に高知平野の東部を流れる物部川にある「山田堰」は、26年の歳月をかけ、兼山が最も心血を注いだもので、現在では、水田面積5,000ヘクタールに及ぶ県内最大の穀倉地帯となっています。堰の規模は、幅10.6メートル、高さ1.5メートル、長さ324メートルで、この築造に松材14万本、石材7,000立方メートルを使用したと言われています。

現在、この堰は長い努めを終えて撤去されましたが、高知県内の緑豊かな水田の多くが、兼山の時代に開拓されており、土佐の人は、今でも、農業土木における兼山の業績を讃えています。

参考情報

  • 施設位置:山田堰記念公園(高知県香美郡土佐山田町)
  • 観光ガイド:兼山神社(高知市五台山)

担当

高知県 農業振興部 農業基盤課 調査計画担当
TEL:088-821-4562
FAX:088-821-4567

お問合せ先

農村振興局整備部設計課
代表:03-3502-8111(内線5561)
ダイヤルイン:03-3595-6338
FAX:03-5511-8251