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強いクモの糸の性質を持つ新しいシルクが誕生!
カイコが生み出すクモ糸シルク 新たな技術が未来を紡ぐ



各界から注目を浴び続けていたクモの糸。
日本の文豪やハリウッド映画も題材として扱った"夢の繊維"が、遺伝子研究の結果、ついに実用化に向けて本格的に動き出しました。
規格外の強さと、人類を優しく包んできた柔らかさの融合をご紹介します。


クモの糸を使ったシルクベスト
クモ糸シルクの特徴は、遺伝子組み換えであるにもかかわらず、通常のシルクと同様に扱える点。すなわち、繰糸、撚糸、精練、染色、織り、編みなど、シルクに対して行われる加工がこれまで通り機械を使って可能になる


クモ糸シルクを作る遺伝子組み換えカイコの5齢幼虫
クモ糸シルクを作る遺伝子組み換えカイコの5齢幼虫。卵からふ化した幼虫は、桑の葉を食べて約3週間ほどで体重を1万倍に増やし、繭を作る


オニグモの写真
カイコに組み込んだのは、オニグモ(写真)のクモ糸遺伝子。この縦糸を構成するタンパク質の一つについて遺伝子をクローニングし、その特性がカイコのシルクに現れるよう組み換えを行った
製品化が難しかった夢の天然繊維・クモの糸

強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍。クモの糸は、まさに"夢の繊維"として各界から注目を集める存在です。

人間の毛髪の10分の1程度の太さながら、約400℃の熱にも溶けない耐熱性も兼ね備えています。
その丈夫で柔らかなクモの糸を大量生産して工業製品に実用化できないか、という研究が世界中で行われています。

過去には、クモ糸の情報から人工的に再現した遺伝子を、特定の微生物に組み込んで培養し、クモの糸と同じタンパク質を生成した事例なども少しずつ出てはきています。

海外では、百万匹のクモから糸を採取して約4平方メートルの布地を作ったアーティストなどもいますが、手間がかかりすぎて現実的な方法ではありません。

そもそも、クモは共食いをする習性があり、ひとつの場所で大量飼育することができません。また、カイコのように繭を作るわけでもないので、糸を集めるのも非常に難しいのです。



「クモ糸シルク」を紡ぐカイコの実用化に成功

世界中で様々な研究が進む中、国立研究開発法人農業生物資源研究所は、オニグモの縦糸を作る遺伝子の一部を遺伝子組み換えによってカイコに導入する研究を行ってきました

昨年8月、ついにクモの糸を吐くカイコの実用品種の開発に成功。
遺伝子の組み換えによって、通常のシルクが持つ美しい光沢や柔らかい肌触りを残したままの「クモ糸シルク」が誕生したのです。

その上、通常のシルクより1・5倍以上も切れにくいという強さも備えていました。これは鋼鉄の20倍の強度を誇る、アメリカジョロウグモの縦糸に匹敵する強さです。

強度があるということは、繭玉から糸として引き出し、加工するまでの全ての工程を、従来のシルクと同じように機械で行えるということ。
同研究所では、ベストやスカーフを実際に製作し、製品化への確かな手応えをつかみました。



手術用縫合糸や防災ロープへの応用も

今後は、さらに強度や機能性、耐熱性を高めて幅広い分野での活用が期待されています。

例えば、手術用縫合糸などの医療素材や防災ロープ、防護服、消防士が火災現場で着る防火服のインナーなど、人命に関わるような製品への応用も考えられています。

また、遺伝子組み換え技術で生み出された蛍光シルクなど、先行して開発されたカイコ品種と掛け合わせた「切れにくい蛍光シルク」など、より高い付加価値を持つシルクの研究が始まっています。

今回ご紹介した研究成果は、昨年8月に米国科学雑誌『PLOS ONE』にて発表されました。

画期的なこの研究成果が世界に貢献できる日は、すぐそこまで来ています。




クモ糸シルクは通常のシルクと何が違うの?

2007年に発表した初代クモ糸シルクの繭

  2007年に発表した初代クモ糸シルクの繭(左)は、糸を取るのも難しい小ささで、糸の強度測定が不可能だった。
今回、実用品種の中515というカイコに遺伝子組み換えをして作ったのが、右の繭。
糸の量も初代に比べ3倍に増加した
通常シルクの生糸、クモ糸シルクの生糸

  左は通常シルクの生糸、右はクモ糸シルクの生糸。
これまで、遺伝子組み換えカイコは実験用の品種で作っていたため、組み換え繭糸を生糸にすることが困難だった。
今回、生糸を作ることができる品種のカイコを使って遺伝子組み換えを行うことで、クモ糸のタンパク質を含む組み換え生糸を作ることに成功した
伸びが違う

  クモ糸シルク(上)、通常シルク(下)で作ったスカーフを引っ張ったところ、 クモ糸シルクで作ったスカーフのほうがよく伸び、手触りもきめ細かくて柔らかいと評判だった


あふ・ラボトリビア【カイコ】
カイコの成虫は何も食べない!?

カイコの成虫には口が無く、エサを食べません。
幼虫の間に一生分のエサを食べて、成虫になると子孫を残すことだけを最後の仕事として、一生を終えるのです。



文/四宮明子(フリート)
写真提供/国立研究開発法人農業生物資源研究所