ご馳走、東西南北 vol.3
「料理研究家・大原千鶴さんが案内する 巧みな技が生む京の涼味「はも」
別名「はも祭り」と言われる京都の祇園祭は7月1日から1カ月間行われ、京都中央卸売市場ではこの時季だけでも約2万尾のはもが取引されます。京都の夏にはもは欠かせないという料理研究家・大原千鶴さんに、その魅力を案内してもらいました。 |

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今回の案内人 料理研究家 大原千鶴 さん 料理研究家。京都の奥座敷、花背の料理旅館「美山荘」の次女として生まれ、豊かな自然に囲まれて育つ。小学生の頃より店のまかないを作り、料理を作る喜びを知る。日々の暮らしに根差しつつ、旬の食材の持ち味を生かしたシンプルかつ美しい現代の和食を提案。雑誌やテレビ、教室、イベントなどで活躍中。 |
![]() 生きたはもの腹を開いてから骨切りに ![]() はもは6月以降が旬。祇園祭の頃がピーク ![]() はもの身は高級かまぼこによく使われ、残った皮は照り焼きにして細く刻んだものを販売。独特の食感と香ばしさがある |
はもは瀬戸内海など西日本近海で獲れる魚です。それがなぜここまで京都で食べられるようになったかというと、流通手段や冷蔵技術が未発達の時代、京都は新鮮な魚を手に入れることはほぼ不可能に近く、その中で唯一、活きがよいまま届くのがはもやったから。暑い夏でも強い生命力があり、鮮魚に乏しい京都にはうってつけの魚だったんでしょうね。昔のことですが、実家の亡父(美山荘先代主人・中東吉次氏)が京都の料理屋さんたちとフランスでイベントをやった時、日本から運んだはもは現地でもまだ元気に生きてたそうです。ほんと強靭な魚なんですね。 梅雨の雨水を飲んではもはおいしくなる はもはうかつに手を近づけるのは危険と言われるどう猛な魚で、頭を落とした後でも身がピクピクしています。京都ではたいていの魚屋さんで扱ってはりますが、このいかつい魚を昔の人はよう食べようと思いついたなあ、そして暑い夏にぴったりの料理やなあといつも感心させられます。実家の母の話では、母の生まれ育った鹿児島では獲れても捨てていた魚だったので、京都に嫁いで、はも料理が出てきてびっくりしたそうです。 「梅雨の雨水を飲んでからやないとはもはおいしくならへん」と言われるくらい、梅雨の終わり頃から脂がのっておいしくなります。ちょうど祇園祭の頃に旬を迎え、手に入る魚の種類が少ない夏場ということもあって、京都の夏になくてはならない魚になったようです。栄養価が高いのも魅力やったと思います。 骨切りと創意工夫が生む京のはも料理 頭から尾にかけて、はもには無数の小骨があるので骨切りをしないと食べられません。骨切りは料理人の腕の見せ所で、頭を落として身を開き、1ミリ強ほどの幅に順々に包丁を入れ、しかも皮は切らないという極めて熟練した技が要されます。骨切り専用の包丁は、普通の薄刃包丁よりかなり大きいものです。包丁と調理道具を扱う「有次」の店長・武田昇さんによると、この重さを利用してリズムをとりながら押して切るのがコツやそうです。 切り方については昔から「一寸(約3cm)を二十四に包丁する」と言うそうですが、ただ細かく切ればええわけではなく、魚屋さんや料理屋さんは大きさや脂ののり具合で骨切りの切り幅や調理法を考えはるそうです。「木乃婦」のご主人・髙橋拓児さんによると、3000尾の骨切りを経験してようやく一人前やとか。古都の食の知恵と料理人の優れた技術やそれを支える道具があったおかげで、京都のはも料理は洗練された味になったんやなあとあらためて思います。 プロの味、家庭の味で夏の滋養に 料理の種類はいろいろありますが、代表的なのは湯にくぐらせてから冷やし、梅肉でいただく「落とし」と、たれ焼きや白焼きにした「焼きはも」です。ご飯との相性もよく、「たん義」のはも丼は、ふわふわのそぼろ状の身がご飯によくなじみ、味加減も絶妙です。おいしいお店にはそれぞれにおいしい食べ方があり、木乃婦さんの「木屋町焼き」はここでしか味わえへん料理。身がしっとりしていてほんまに上品な味つけです。 家庭では骨切りができないので、私はいきつけの「魚伊」さんに頼んで生身を届けてもらってます。わが家は子供たちが好きな天ぷらにすることが多く、身と別に売っているはも皮も大好物。皮は油で炒ってきゅうりと二杯酢で和えると、いい酒の肴になるんです。はもは10月いっぱいいただけ、秋は脂がよくのっているのでしゃぶしゃぶや、松茸とお椀にしてもおいしいです。 毎年、はもが店頭に並び、たれの匂いが漂ってくると自然に夏やなあと思います。出始めの走りのもんはさっぱり味わい、店頭にたくさん並ぶ梅雨明けの頃にははも三昧。お祭り気分も気温も一気に上がり、この時季だけのごちそうで滋養と涼をとりながら、暑い夏を乗り切ります。 |
北山魚伊 kitayamauoi 大原さんが長年ひいきにする鮮魚店。顧客の9割以上が割烹や料亭だが、店頭では一般客相手に魚を販売している。はもは淡路島・沼島沖などで釣った身がきれいな国産を扱う。「梅雨の頃からおいしくなり7月頃に脂がのり、その後産卵期を迎えてふたたびピークを迎えるのが10月」とご主人・濱中輝明さん。はもの落とし(1,000円前後)やはも寿司(2,300円~2,900円)なども販売し、取り寄せも可能。良心的な値段で新鮮なものが手に入る。 |
![]() 京都市北区紫竹大門町38-6 TEL:075-492-1018 8時30分~18時30分 無休 |
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木乃婦 kinobu 町衆御用達の仕出しの店として創業、80余年を迎える日本料理店。三代目主人の髙橋拓児さんは創業からの味を守りつつ新しい日本料理に挑戦し、時代のエッセンスを取り入れた京料理を提供。はも料理は、定番の落としや葛打ちしたぼたんはもの煮物椀から、づくしコースまであり、中でも江戸期の料理書「海鰻百珍」に残る料理を2匹のはもの身同士を合わせて焼いた「木屋町焼き」はここだけの味。昼は5,400円~、夜は12,960円~、要予約。 |
![]() 京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町416 TEL:075-352-0001 11時30分~14時30分、17時~19時30分(L.O.) 休/不定休 |
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割烹 たん義 tanyoshi 厳選した素材と磨かれた料理人の技で作る板前割烹本来の味を守る昭和39年創業のお店。名物の「はも丼」はていねいに骨切りしたはもを秘伝のたれでつけ焼きにし、焼き立てのはもを細かく切ってそぼろ状態にしてご飯に乗せるので、程よいあんばいに。小どんぶりにしてコースのしめのごはんや、折詰にして持ち帰ることもできる。ほかにお造りや焼物、鍋などがいただける。はも丼は2,200円、コース5,400円~。一品料理多数。要予約。 |
![]() 京都市東山区新門前通花見小路西入ル TEL:075-561-0446 12時~21時 休/日曜・祝日 |
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有次 aritsugu 1560年創業。京都の台所、錦市場に店を構える老舗の包丁店。店内には50種400アイテムの包丁が揃い、大原さんも愛用。はも専用の「骨切包丁」の刃渡りは24cmから36cmで5サイズがあり、左用も取り扱う。「5月末から秋までしが使わへん贅沢な包丁で、骨切りの技術を助ける道具です」と語るこの道50年近い武田店長。写真の包丁は右から特製骨切包丁9寸/43,200円、上製骨切包丁尺2寸/108,000円、左用特製骨切包丁8寸/56,700円。名入れや包丁研ぎなどのアフターケアも対応してくれる。 |
![]() 京都市中京区錦小路通御幸町西入ル鍛冶屋町219 TEL:075-221-1091 9時~17時30分 無休 |
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祇園祭とはも文化
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![]() 祇園祭の山鉾巡行の有料観覧席が販売中です。 設置場所/御池通、前祭/7月17日10時20分~、後祭/7月24日9時50分~。 各3,180円(全席指定、パンフレット付)。問い合わせ/京都市観光協会 TEL:075-752-7070 |
日本三大祭りの一つで、国の重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産でもある祇園祭。さまざまな神事や行事が執り行われ、はもは行事食の一つとして長年食されてきました。いつ頃から食すようになったか定かではありませんが、最初は公家、その後、経済の実権を握る町衆が祇園祭のハレの料理として広く取り入れ、流通がよくなるにつれ庶民の口にも入るようになります。江戸後期には110数品のはも料理を紹介した「海鰻(はむ)百珍」という書物が出版されており、骨切りの技術の普及とともにいろいろな料理法で食べられるように。明治以降は商家の旦那衆がはもで祭りのお客をもてなし、祇園祭は別名「はも祭り」と呼ばれるようになりました。 |
撮影/浮田輝雄
取材・文/西村晶子
取材・文/西村晶子
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