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農林水産省

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トップランナー 今、この人たちが熱い vol.4

株式会社鹿渡島(かどしま)定置[石川県]

「天然の生けす」を舞台に若者が漁業の6次産業化に邁進



能登半島でも漁業の高齢化が進んでいますが、定置網漁という漁法のメリットを生かしたさまざまな取り組みを展開しているのが株式会社鹿渡島定置。人材育成に熱心な社風から従業員の平均年齢は35歳。30代前半の漁労長をはじめ若い漁師の集団が一丸となって漁から海産物の加工販売、直販まで積極的に取り組む姿勢を紹介します。

株式会社鹿渡島(かどしま)定置の皆さんの写真


定置網に適した豊饒の海
能登半島が巨大な防波堤をなし、3000メートル級の立山連峰からの清らかな水が注ぎこむ富山湾。冬の寒ブリが有名ですが、「天然の生けす」と称されるほど魚種の豊富な漁場です。夏にはマイワシがよく獲れ、サバ、トビウオも旬を迎えています。

この湾を臨む崎山半島にある鹿渡島漁港(石川県七尾市)を母港に、2カ統(定置網を数える単位)の大型定置網漁業を営むのが、株式会社鹿渡島定置です。

定置網漁は、決まった場所に網を設置し、回遊する魚群を誘い込む漁法で、代表取締役・酒井秀信さんは「過剰に獲りすぎないばかりか、魚の産卵や隠れる場所を提供することで、環境保全に資する面もある」とその利点を語ります。


あらゆる手段で鮮度を管理
定置網漁業には、漁場が沿岸付近のため、毎朝、新鮮な魚を供給できるという利点もあります。獲れた魚を極力鮮度の良い状態で消費者に届けるべく、鹿渡島定置ではあらゆる技術を導入してきました。

たとえば神経締めです。血抜きをしてから脊髄の上の神経筋に針金を差し込んで神経を破壊する技術で、死後硬直を遅らせることで、鮮度を長く保つ効果があります。
「とくにブリやサワラ、マグロなど生きたまま港に持ち帰れない魚でも、漁師が船上で神経締めをしたものは味にこだわる飲食店のみなさんに好評です」

また殺菌装置付きの流動氷(海水シャーベット氷)製造装置もいち早く導入しました。流動氷は凝固点がマイナス2度と低く、急速に冷却でき、有害な微生物の繁殖を抑えられるうえ、粒子が細かいので魚を傷つけずにすみます。輸送に際しても最適な温度帯を保ち、魚の自重による傷みを抑えるため梱包にも工夫をこらしています。

酒井さんは持ち前の行動力を発揮、事業の多角化も進めています。2012年には新鮮な海産物を干物や沖漬けにするため加工施設と直販所を兼ねた「魚工房 旬」を開設し、年間30種以上の商品を加工・販売。地元の集落まで専用の軽トラックを使った移動販売も実施しています。

中でも人気商品は漁船のスクリューにからみやすく、厄介者扱いされてきた海藻のアカモクを加工した「海のじねんじょ」です。フコイダンを豊富に含み、美容と健康に良い、と販路が広がっています。

こうした先進的な取り組みが評価され、一昨年、石川県の水産業者として初めて農林水産大臣から六次産業化・地産地消法に基づく事業計画の認定を受けました。


地域貢献と人材育成に尽力
人材育成も酒井さんが力を注いでいることの一つです。
「社員の主体性、やる気を引き出すため、管理職は立候補制、賞与は自己申告制をとっています。また一昨年に株式会社化して、自社株を社員たちに無償で配布しました」

安定的な収入の見込める職場ができ、移住してきた若い漁師が地元の女性と家庭を持つなど地域の活性化にもつながっています。
酒井さん自身、生まれたのはお隣の富山県氷見市で、地域貢献は「よそ者を受け入れてくれたことへの恩返し」と言います。雇用創出のほか、町内会への寄付や災害時に社員で編成する緊急隊などにも取り組んでいます。

また、貢献の対象は海外にもおよびます。
「通常の漁法は好漁場など秘密にしておきたいノウハウがつきものですが、場所が決まっている定置網漁は技術を広めやすい」と言う酒井さん。台湾やフィリピン、スリランカの漁業者も指導しており、これまで17人もの船頭を育成してきました。現在はアフリカの研修生を受け入れる準備に奔走中です。
「資源保護や地域貢献につながる定置網漁の技術を世界に広めたい」と語る酒井さん。さらなる夢に日焼けした顔がほころびました。

鹿渡島定置のあゆみ 1992年、開業。1996年、野崎漁場を増設。2001年、酒井定置網研修館開設。2002年、海水シャーベット氷製造装置を導入。2012年、「魚工房 旬」を開設。2012年、神経締めの技術を導入。2014年、第19回全国青年・女性漁業者交流大会で水産庁長官賞受賞。平成26年度ふるさとづくり大賞で内閣総理大臣賞受賞。



鹿渡島定置の特徴的な取り組み

魚の鮮度を保つ
1.魚の鮮度を保つ
錐で脳と延髄を破壊した後、エラから刃を入れて血抜き。これで生臭さを抑えられる
錐で開けた穴から背骨に沿って針金を入れ、死後硬直の進行を遅らせる神経締め
錐で開けた穴から背骨に沿って針金を入れ、死後硬直の進行を遅らせる神経締め
6次産業化
2.6次産業化
徹底した衛生管理のもと干物など30種以上の加工品を生産。インターネット販売も行う

移動販売の実施
3.移動販売の実施
買い物が困難な地域の高齢者などのため、鮮魚や加工品の移動販売を実施している

若手人材の育成
4.若手人材の育成
「見て覚える」といった旧来の指導法ではなく、技術や理論をマニュアル化し、1人ひとり丹念に仕事を教えている

海外貢献
5.海外貢献
台湾で定置網漁の発展に貢献、政府から感謝状を受けた。スリランカでも定置網の操業技術の指導を実施した


「感動してもらえる魚を消費者に届けたい」と語る代表取締役の酒井秀信さん
「感動してもらえる魚を消費者に届けたい」と語る代表取締役の酒井秀信さん


Data
所在地 石川県七尾市鵜浦町9部38-2
漁港 鹿渡島漁港
主要な魚種 イワシ、アジ、イカ
業種 大型定置網、魚介類加工販売、定置網の敷設や技術指導、定置網に関する潜水業務
販売金額 約1億2,000万円
労働力 社員15名(代表取締役、漁師12名、加工販売員2名)、パートタイマー4名


文/下境敏弘  写真/島 誠