ご馳走、東西南北 vol.4
「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフが案内する 庄内・食のワンダーランド
米どころとして知られる山形県の庄内地方が「食の都庄内」と呼ばれるようになって10年あまり。その中心とも言える鶴岡市は昨年、ユネスコの創造都市*に認定され食の都はますます活気づいています。庄内が目指す食の理想郷とは。イタリア料理人の奥田政行シェフに案内してもらいました。 * 「創造都市ネットワーク」/ユネスコが2004年に創設。食文化、文学、映画、音楽など7つの部門で特色ある都市を認定する。 |

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今回の案内人 料理人 奥田政行さん 山形県鶴岡市のイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ。鶴岡市農業発展奨励賞、第一回辻静雄食文化賞、第一回農林水産省料理マスターズブロンズ賞受賞。食の都庄内親善大使を務めるなど地産地消を代表する料理人。銀座の「ヤマガタサンダンデロ」のほか、東京スカイツリー、三重、福島など日本各地でレストランをプロデュース。 |
たった一軒のレストランが地域を変えた
「食の都」という言葉は、私のレストランでお客様たちとの会話の中で自然発生的に生まれました。なにしろかつて日本中にあったけれど消えていった昔ながらの野菜が、庄内にはたくさん残っている。そんな食材に出会うたびに目の前に理想郷のイメージがどんどん膨らみ、いろんな場所で一生懸命言い続けていたらいつのまにか庄内のキャッチフレーズになり、地域全体の取り組みになったのです。
地元を元気にしたい。その思い一筋でレストランを経営してきた奥田シェフは、半径40km以内で集めた食材で料理を作り続けてきた。そこで開店時から変わらず行っているのが生産者と客との橋渡し役。
私が目指しているのは、ここに来ると庄内のことが端から端までわかるという店です。食材の持ち味を最大に活かした料理を出して、テーブルの横で生産者についてお話する。そして食べた方の感動の声をすぐに生産者に電話で伝える。生産者とお客様が直に交流する機会も作ります。今こうしてたくさんのお客様に来て頂けるのも、優れた食材を育てる生産者の皆さんの存在があるからこそなんです。
まだ無名だった店を繁盛店に変えてくれた食材がある。ある時、常連客が料理してくれと持ち込んだ月山高原花沢ファームの羊肉だ。
今まで食べたどの羊肉をも遥かに凌ぐうまさがありました。すぐに生産者の丸山光平さんに会いにいくと、採算が取れないので今年でもうやめると言う。お願いですからやめないで、僕が販路を見つけますととっさに言葉が口をついて出ました。店で使う他に、肉を持って深夜バスで東京に行き、使ってくれる店を探しました。
そうして丸山さんは生産を続けてくれ、同時に私の店にもお客様が増え出したのです。今では当初の2倍の価格で買い取っています。
その丸山さんに最近、後継者ができました。消えかけていた庄内の小さな光が今、輝きを増して新たな世代へと受け継がれている。他にも平田赤ネギや、藤沢カブなど、庄内では若い世代の担い手が次々と生まれています。
「食の都」という言葉は、私のレストランでお客様たちとの会話の中で自然発生的に生まれました。なにしろかつて日本中にあったけれど消えていった昔ながらの野菜が、庄内にはたくさん残っている。そんな食材に出会うたびに目の前に理想郷のイメージがどんどん膨らみ、いろんな場所で一生懸命言い続けていたらいつのまにか庄内のキャッチフレーズになり、地域全体の取り組みになったのです。
地元を元気にしたい。その思い一筋でレストランを経営してきた奥田シェフは、半径40km以内で集めた食材で料理を作り続けてきた。そこで開店時から変わらず行っているのが生産者と客との橋渡し役。
私が目指しているのは、ここに来ると庄内のことが端から端までわかるという店です。食材の持ち味を最大に活かした料理を出して、テーブルの横で生産者についてお話する。そして食べた方の感動の声をすぐに生産者に電話で伝える。生産者とお客様が直に交流する機会も作ります。今こうしてたくさんのお客様に来て頂けるのも、優れた食材を育てる生産者の皆さんの存在があるからこそなんです。
まだ無名だった店を繁盛店に変えてくれた食材がある。ある時、常連客が料理してくれと持ち込んだ月山高原花沢ファームの羊肉だ。
今まで食べたどの羊肉をも遥かに凌ぐうまさがありました。すぐに生産者の丸山光平さんに会いにいくと、採算が取れないので今年でもうやめると言う。お願いですからやめないで、僕が販路を見つけますととっさに言葉が口をついて出ました。店で使う他に、肉を持って深夜バスで東京に行き、使ってくれる店を探しました。
そうして丸山さんは生産を続けてくれ、同時に私の店にもお客様が増え出したのです。今では当初の2倍の価格で買い取っています。
その丸山さんに最近、後継者ができました。消えかけていた庄内の小さな光が今、輝きを増して新たな世代へと受け継がれている。他にも平田赤ネギや、藤沢カブなど、庄内では若い世代の担い手が次々と生まれています。
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月山高原花沢ファーム 奥田シェフが日本一おいしいと言う丸山光平さんの羊は、年間およそ100頭が出荷されている。生産中止の危機を乗り越え、今では丸山さんを息子の公介さん(左端)と近所に住み子供の頃から羊を見に来ていたという丸山洋充さん(右端)の若手二人が支える。「羊たちの世話をしていると母性本能をくすぐられます」と公介さん |
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人の営みと調和した自然が料理人の感性を磨いてくれる
「食の都庄内」の中心とも言える鶴岡市は平成26年12月、ユネスコの「創造都市ネットワーク食文化部門」に認定された。山、平野、川、海と変化に富む地形がもたらす多種多様な食材があり、在来作物が数多く継承され、さらにその食文化を伝承する多くの市民がいることが評価されたのだ。
この地域には自然と調和した暮らしがある、だからこれだけ食材が豊かなのです。それを日々五感で感じ取り、料理に映し出すのが料理人の仕事です。新たな料理は、食材の質の高さに触発されるところからうまれてくるのです。
奥田シェフには料理人としての感性を養ってくれる山があるという。「全部食べられる山」、そう呼んでいる場所は店から車で15分ほどのところにあり、持ち主から奥田シェフにだけ自由に出入りが許されている。春は山菜、夏は野草、秋はヤマブドウやキノコが採れる。
この山は、私を料理人としての原点に引き戻してくれる山です。
ある日、山の持ち主である進藤享さんが天然マイタケを持って店にやって来ました。そしてブナとナラとでは採れるマイタケの香りが違うんだぞと教えてくれたのです。本当に全く違うのですごくビックリしました。それから数日ごとにマイタケを持って来てくれたので、店でその日のスペシャリテにさせてもらいました。
その当時はメディアの取材が殺到して、慣れない私は疲労困憊していました。それを見かねた進藤さんは、今度は私を車に乗せてこの山に連れて来てくれたのです。急斜面の林道を分け入って中腹で降ろされ「山の空気を感じて生気を取り戻しなさい」と。そこで私は、自分の体にみずみずしさが戻ってくるのを感じたのです。
見てください。この道に生えているのは全部食べられる野草なんですよ。しかもそれぞれに力がある。ミツバは苦みが利いていておいしいし、カタバミは酸っぱさがしっかりある、アオミズはえぐみがないので生で食べられます。ここの野草に出会って、私の料理は塩で食材の味を引き出すやり方に変わりました。食材たちがこんなに味を主張しているのに、味を付けるなんておこがましくて。
「食の都庄内」の中心とも言える鶴岡市は平成26年12月、ユネスコの「創造都市ネットワーク食文化部門」に認定された。山、平野、川、海と変化に富む地形がもたらす多種多様な食材があり、在来作物が数多く継承され、さらにその食文化を伝承する多くの市民がいることが評価されたのだ。
この地域には自然と調和した暮らしがある、だからこれだけ食材が豊かなのです。それを日々五感で感じ取り、料理に映し出すのが料理人の仕事です。新たな料理は、食材の質の高さに触発されるところからうまれてくるのです。
奥田シェフには料理人としての感性を養ってくれる山があるという。「全部食べられる山」、そう呼んでいる場所は店から車で15分ほどのところにあり、持ち主から奥田シェフにだけ自由に出入りが許されている。春は山菜、夏は野草、秋はヤマブドウやキノコが採れる。
この山は、私を料理人としての原点に引き戻してくれる山です。
ある日、山の持ち主である進藤享さんが天然マイタケを持って店にやって来ました。そしてブナとナラとでは採れるマイタケの香りが違うんだぞと教えてくれたのです。本当に全く違うのですごくビックリしました。それから数日ごとにマイタケを持って来てくれたので、店でその日のスペシャリテにさせてもらいました。
その当時はメディアの取材が殺到して、慣れない私は疲労困憊していました。それを見かねた進藤さんは、今度は私を車に乗せてこの山に連れて来てくれたのです。急斜面の林道を分け入って中腹で降ろされ「山の空気を感じて生気を取り戻しなさい」と。そこで私は、自分の体にみずみずしさが戻ってくるのを感じたのです。
見てください。この道に生えているのは全部食べられる野草なんですよ。しかもそれぞれに力がある。ミツバは苦みが利いていておいしいし、カタバミは酸っぱさがしっかりある、アオミズはえぐみがないので生で食べられます。ここの野草に出会って、私の料理は塩で食材の味を引き出すやり方に変わりました。食材たちがこんなに味を主張しているのに、味を付けるなんておこがましくて。
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講演やプロデュースの依頼で全国各地を巡る奥田シェフは、自分を取り戻すためにこの山に来る。一人静かに山に入り、風を感じながら野草を摘む。どんなに疲れていてもここの野草を口にするだけで力がみなぎり、新たな料理の発想が湧く |
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「全部食べられる山」の持ち主、進藤享さん。二人は共同でバルサミコ酢も作っている。進藤さんが自生のヤマブドウを掛け合わせて栽培し収穫、奥田シェフは煮詰める係 |
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キャベツはいも虫に葉を提供し、蝶になったら花の受粉を引き受けてもらう。いも虫も葉脈は残して食べる。「先に与えて後からいただくのが自然界のルール。人も見習うべき」と山澤さん |
畑から味を作る新しいレストランを
庄内が食材の宝庫ということは地元の人たちだけでなく県外の方にも少しずつ浸透してきました。食の都は今、第二章が始まろうとしています。私の師匠である山澤清さんと共に、日本の新しい農業のあり方を模索していきます。
奥田シェフが師匠と呼んでいる山澤清さんは、鳩の生産では日本随一。さらに無農薬・無化学肥料の野菜とハーブを生産し、それによる化粧品製造の6次化にも成功している。奥田シェフが師と仰ぐわけは、料理人としてまだ駆け出しの頃に野菜の気持ちになっていないとたしなめられたから。
山澤さんは私の料理を一口食べて納得がいかないとそれ以上口にしません。そこで私は何がいけなかったのかを必死で考える。食材の気持ちを理解して料理をするということを学びました。
そうして食らいついてくる奥田シェフを山澤さんは助けてもきた。店の経営が不安定な時には半年間無料で鳩を提供したことも。
そんな二人は日本の農業を元気にしたいと、新たな取り組みを始めた。今年できたのが固定種の野菜ばかりを百種類ほど植えた展示ハウス。ここには見本として少量ずつ野菜が植えられ、周辺の畑で見本と同じ品目を5つの農家が共同で量産する。隣に建設予定のレストランを訪れた人にはハウスの見本から食べたい野菜を選んでもらう。つまり展示ハウスはそのままその日のメニュー表なのだ。
野菜料理は究極的には畑から始まります。野菜は遺伝子が持つ味の他に土、水、光、風、そして生産者の人柄がぎゅっと詰め込まれて固有の味となって出来上がる。そうした野菜の味づくりからこだわったレストランを作るのです。
私たちがここで目指しているのは農家とレストランが共同事業を行うひとつのモデルづくり。生産者は個性豊かな野菜を作り、レストランは情報発信の場となり食べ方を伝える。そうすることで日本の野菜の付加価値を高める。このモデルを日本中に広めてみんなで一緒に取り組んで、5年後の東京五輪で世界中からいらっしゃる人たちにも日本の野菜をPRしたい。日本の食材の魅力が世界の人に伝われば、農産物の輸出拡大へとつながるはずです。そのために日々挑戦しています。
庄内が食材の宝庫ということは地元の人たちだけでなく県外の方にも少しずつ浸透してきました。食の都は今、第二章が始まろうとしています。私の師匠である山澤清さんと共に、日本の新しい農業のあり方を模索していきます。
奥田シェフが師匠と呼んでいる山澤清さんは、鳩の生産では日本随一。さらに無農薬・無化学肥料の野菜とハーブを生産し、それによる化粧品製造の6次化にも成功している。奥田シェフが師と仰ぐわけは、料理人としてまだ駆け出しの頃に野菜の気持ちになっていないとたしなめられたから。
山澤さんは私の料理を一口食べて納得がいかないとそれ以上口にしません。そこで私は何がいけなかったのかを必死で考える。食材の気持ちを理解して料理をするということを学びました。
そうして食らいついてくる奥田シェフを山澤さんは助けてもきた。店の経営が不安定な時には半年間無料で鳩を提供したことも。
そんな二人は日本の農業を元気にしたいと、新たな取り組みを始めた。今年できたのが固定種の野菜ばかりを百種類ほど植えた展示ハウス。ここには見本として少量ずつ野菜が植えられ、周辺の畑で見本と同じ品目を5つの農家が共同で量産する。隣に建設予定のレストランを訪れた人にはハウスの見本から食べたい野菜を選んでもらう。つまり展示ハウスはそのままその日のメニュー表なのだ。
野菜料理は究極的には畑から始まります。野菜は遺伝子が持つ味の他に土、水、光、風、そして生産者の人柄がぎゅっと詰め込まれて固有の味となって出来上がる。そうした野菜の味づくりからこだわったレストランを作るのです。
私たちがここで目指しているのは農家とレストランが共同事業を行うひとつのモデルづくり。生産者は個性豊かな野菜を作り、レストランは情報発信の場となり食べ方を伝える。そうすることで日本の野菜の付加価値を高める。このモデルを日本中に広めてみんなで一緒に取り組んで、5年後の東京五輪で世界中からいらっしゃる人たちにも日本の野菜をPRしたい。日本の食材の魅力が世界の人に伝われば、農産物の輸出拡大へとつながるはずです。そのために日々挑戦しています。
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![]() 「漬け物の汁やたれは野菜の味が染み出ている。うまみが凝縮した万能調味料です」と奥田シェフ |
アル・ケッチァーノ 「アル・ケッチァーノ」とは「(こんな食材)あったよね」という意味の庄内弁。従業員は北海道から沖縄まで全国から集結。地産地消のレストラン経営を学び、将来は地元に店を開きたいという人が多い ![]() TEL:0235-78-7230 営業時間/ランチ 11時30分~14時(L.O.) ディナー 18時~21時(L.O.) 月曜定休 |
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![]() つけもの処 本長 創業明治41年。創業時より庄内の在来作物を使って漬け物を作り続けてきた。首都圏や大阪、広島の百貨店の他、ネット販売などで販路を広げている。季節限定で販売される旬の在来野菜の浅漬けも人気 山形県鶴岡市大山1丁目7-7 TEL:0235-33-2023 営業時間/8時~18時 定休日 元日 |
大日本伝承野菜研究所 日本各地の固定種を集めた野菜の展示ハウス。全国から集めた種は500種類を超え、ホルモン剤や抗生物質を与えていない鳥の堆肥を使って育てている。山澤さんはまだシェアの低い日本の有機野菜市場を日本の農業が大きく発展できるチャンスと捉え、このモデルを成功させ全国に向けて発信していきたいと語る 山形県鶴岡市羽黒町市野山字山王林125番1 TEL:0234-56-3883 (ハーブ研究所SPUR内) ![]() 野菜を間近で見てほしいと、土を1メートルほど盛った上に植えてある。子供の目線の高さに根元が来る設計
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裾野広がる食の都庄内づくり 奥田シェフがアル・ケッチァーノ開店当初から取り組んで来たのが「食の都庄内」づくり。庄内地方とは山形県の日本海に面した2市3町の行政区で、今では民間と行政が共同で活動している。その柱とも言えるのが県の庄内総合支庁が12年前から任命してきた「食の都庄内親善大使」。この大使らが中心となり地元食材、生産者、在来作物などの情報を発信してきた。近年は観光業への顧客誘導、海外に向けたPRなど活動の幅を広げている。 http://syokunomiyakoshounai.com/ |
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撮影/長谷川 潤 取材・文/加藤真紀子