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農林水産省

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明日をつくる 東日本の復旧・復興に向けて vol.5

多くの困難を乗り越えて味のプロを魅了する川俣シャモ

福島県川俣町 株式会社川俣町農業振興公社




町おこしのプロジェクトとして福島県川俣町が開発した川俣シャモ。東日本大震災の影響で、一時期は取引量が激減したものの、関係者の粘り強い努力が実を結び、震災前を超える出荷量を実現しています。
福島県川俣町株式会社川俣町農業振興公社


2008年に「福島県ブランド認証産品」となった川俣シャモ。おいしいだけでなく、高タンパク・低カロリー・低脂肪のヘルシーな肉 2008年に「福島県ブランド認証産品」となった川俣シャモ。おいしいだけでなく、高タンパク・低カロリー・低脂肪のヘルシーな肉


絶妙な歯ごたえ、かむほどに口の中に広がるうまみ──。

飲食店関係者をはじめ、食材にこだわりを持つプロの舌を魅了してやまない川俣シャモの産地は、阿武隈山系の山懐に抱かれた福島県川俣町です。

静かで広々とした環境でのびのびと育てる
川俣は絹織物、とくに羽二重の産地として栄えた町で、江戸時代から機屋の旦那衆はシャモを飼い、闘鶏に興じていました。

1983年、この伝統に目をつけたのが、地域の特産品を探していた当時の町長・渡辺弥七さんでした。さっそく町おこしのプロジェクトが立ち上がります。

純系のシャモは肉が硬いことから、福島県の養鶏試験場(当時)が品種改良に取り組みました。試行錯誤の末、レッドコーニッシュとロードアイランドレッドを交配させることで、和食にもフレンチにもイタリアンにも合う理想の肉質になることを見いだしたのです。

こうして始まった川俣町のシャモの事業を、1987年に株式会社川俣町農業振興公社が引き継いで加工や販売を担い、ヒナを供給する有限会社川俣シャモファーム、飼育を行う14戸の農家と連携して進めてきました。

公社の代表取締役社長・笠間英夫さんは「種鶏の管理、ふ化、育雛、肥育、そして加工・販売まで一貫管理を行っているのが私たちの強みです」と言います。

シャモは騒がしい環境や暑さに弱いため、鶏舎を標高400~500メートルの山間に点在させて、 広い運動場を用意し、坪当たりの羽数を抑え、雌雄混合の平飼いにするなど、のびのびと健康的に育つ飼育環境の整備に力を注ぎました。エサにもこだわり、抗生物質を含まない飼料に加えて野菜や青草を与えています。



脂っこくないのにコクのある肉質は親子丼にもうってつけ 脂っこくないのにコクのある肉質は親子丼にもうってつけ

毎年8月末に開催している「川俣シャモまつり」。川俣シャモのマスコット「シャモフレンズ」が祭りを盛り上げる
毎年8月末に開催している「川俣シャモまつり」。川俣シャモのマスコット「シャモフレンズ」が祭りを盛り上げる
シャモの生肉の他、丸焼きや燻製、ソーセージなどを製造し、道の駅やインターネットで販売
シャモの生肉の他、丸焼きや燻製、ソーセージなどを製造し、道の駅やインターネットで販売



逆境を乗り越えるためあらゆる手を打つ
おいしさが知られるとともに、生産量も順調に伸びていたのですが、東日本大震災が発生。東京電力福島第一原子力発電所の事故で、川俣町の一部が計画的避難区域に指定されてしまいます。飼育場や加工工場はすべて避難区域外だったのですが、売り上げへの影響は小さくありませんでした。

「震災後、ひと月くらいはまったく売れず、6割減産を決定せざるを得ませんでした。手塩にかけたシャモを処分した農家の皆さんに辛い思いをさせてしまいました」

この辛さを乗り越えて、多くの人に支持されている川俣シャモを復活させよう!

団結した関係者は東北人の粘り強さを発揮します。

放射性物質の影響を徹底的に除去するため、国の被災地域農業復興総合支援事業を活用して、広い屋内運動場を備えた鶏舎を13棟新築しました。

出荷に際しては放射性物質のモニタリング検査を行い、安全を確認しています。

公社の笠間さんは、全国のバイヤーが集まる商談会に商品を出品するなど、あらゆる機会をとらえて味と安全性をPRしました。

「商談の場に足しげく通い、試食していただき、風評の払しょくに努めました。町ぐるみ、県ぐるみの支援もあり、取引量が着実に回復して、昨年度の出荷は6万5000羽と震災前の6万羽を凌駕することができました」

関係者のがんばりにエネルギーを与えたのが、全国から寄せられた熱い励ましの声でした。

「イベントを通じて交流のあった生産者、フレンチやイタリアンのシェフ、親子丼やすき焼きの老舗のみなさんなど多くの方々から激励のお電話や、お見舞金までいただきました」

温かいエールに応えるためにもシャモをよりおいしくしよう、と県農業総合センター畜産研究所養鶏分場とエサの試験研究を進めるなど関係者の努力は続いています。その粘りにより、町のシンボルはさらなる高みへと羽ばたくことでしょう。


震災後、ヒナを育てる施設の増築にも取り組んだ
震災後、ヒナを育てる施設の増築にも取り組んだ

川俣町と農業協同組合による第3セクター、株式会社川俣町農業振興公社の代表取締役社長・笠間英夫さん
川俣町と農業協同組合による第3セクター、株式会社川俣町農業振興公社の代表取締役社長・笠間英夫さん




文/下境敏弘