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農林水産省

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トップランナー 今、この人たちが熱い vol.7

雲仙市鳥獣被害対策実施隊[長崎県]

青年農業者と市職員が連携 若い力で鳥獣被害対策に取り組む



野生鳥獣による農業被害が全国で問題化しています。イノシシの食害に悩まされていた長崎県雲仙市では、地元の若い農業者と市職員が雲仙市鳥獣被害対策実施隊を組織し、地域ぐるみで対策を推進することで大きな成果をあげています。

元村孝太郎さん(写真右から2人目)たち民間実施隊のメンバーと松尾裕樹さん(写真右)。民間実施隊員は侵入を防ぐ柵の管理のほか、住民の要請に応じて捕獲も行う
元村孝太郎さん(写真右から2人目)たち民間実施隊のメンバーと松尾裕樹さん(写真右)。民間実施隊員は侵入を防ぐ柵の管理のほか、住民の要請に応じて捕獲も行う


市の職員が立ち上がる
島原半島の北西部、雲仙岳につらなる丘陵の広がる雲仙市は、温暖な気候を生かした露地野菜やイモ類などの栽培が盛んです。しかし、農村を取り巻く環境の変化などから鳥獣被害が拡大し、ピーク時の2006年度にはイノシシによる農作物の被害額が5980万円に達しました。

被害に頭を抱えていた市では、まず、職員の知識・技術の向上を図るため、09年に長崎県主催のイノシシ対策A級インストラクター(※)の養成講座に市職員を参加させました。

「電気柵はイノシシの腹と鼻に効くように設置することなど、具体的なノウハウや技術を得るうえで有効でした」と語るのは、A級インストラクターを取得した雲仙市産業振興部農林水産課農業班の松尾裕樹さんです。

市役所内での人材育成を進めた同市は、次のステップとして、11年に専門知識や技術を備えた市職員5名で雲仙市鳥獣被害対策実施隊を結成します。実施隊では、被害対策の集合研修や集落に出向いて出前講座を開催するなど、被害対策に必要な知識と技術を持った地域の中核となる人材(地域リーダー)の育成に努めてきました。

※イノシシ対策A級インストラクター:知識・技能の習得に加えて地域での対策指導の実習を行い、被害対策を実施する地域リーダーの指導者として県が認定する制度

若手農業者を隊員に任命
そうした取り組みを行っていながらも、新たに対策を講じる地域が増え、市の職員のみの体制では十分な現地指導が困難になりました。そこで13年3月、新たに若手の農業者4名を民間実施隊員に任命しました。

愛知県の企業に勤めた後、地元に戻って就農した元村孝太郎さんも隊員の1人。任命される前から、農作物の食害や踏みつけの被害に危機感をおぼえ、「4Hクラブ(農業青年クラブ)」(※)のメンバーとして防護柵の点検・管理などに取り組んでいました。そこで、より組織的に地域の農業を守りたい、という思いから参加を決意したのです。

農家の視点を活かして活動する元村さんは、「初めは先輩の農家に遠慮するところもありましたが、自分たちの親や祖父の世代に農業者として認めてもらえたと感じることができ、うれしいですね」と微笑みます。

こうして、元村さんたち若手の奮闘を見た農家の意識はさらに高まり、自分たちの地域でもがんばろうと、地域ぐるみの取り組みが広がりました。

※4Hクラブ(農業青年クラブ):農業技術の改良などを目的とする若い農業者の組織。名称は腕(Hands)、頭(Head)、心(Heart)、健康(Health)の4つのHを意味する

対策の三本柱と可視化
イノシシ対策は防護、棲み分け、捕獲の三本柱で進めています。

「防護は単に柵を整備すればよいというものではありません。イノシシは賢い動物で、侵入の仕方をどんどん変えてくるので、対策は知恵比べ。また、防護柵は設置後、管理を怠らないことも大切です」(元村さん)

棲み分けでは、ほ場の近くに草が生い茂って侵入経路になることを防ぐため、ヤギを放牧して緩衝帯を整備する試みを行っています。捕獲については、4名の民間隊員がわな猟免許を取得しました。

また、情報の「見える化」も意識。白地図と航空写真を使って、イノシシの痕跡や棲み家となる藪、収穫残渣、防護柵の設置状況などを記入した「集落環境マップ」を作成し、地域住民と情報を共有することで、被害の発生要因などを知ってもらいます。

こうしたさまざまな取り組みにより、被害額をピーク時から8割以上減少させることに成功しました。「人を育てることと、人と人をつなぐこと」。鳥獣被害と向き合ってきた松尾裕樹さんは対策の秘訣をそう語ります。


雲仙市鳥獣被害対策実施隊のあゆみ 2006年、市役所職員が奮闘。2009年、市役所職員の人材育成。2011年、雲仙市鳥獣被害対策実施隊の設置(市職員で構成)。2013年、4人の青年農業者を民間実施隊員として任命。民間実施隊独自の活動(イノシシ被害地区への巡回指導等)。2014年、平成26年度 鳥獣被害対策優良活動表彰 農林水産大臣賞受賞。2015年、12名体制の対策実施隊に。



雲仙市鳥獣被害対策実施隊の特徴的な取り組み

1.柵の設置指導
1.柵の設置指導
ワイヤーメッシュ柵には忍び返しをつけるよう指導。メンテナンスも重視している
2.ハイテク機器の利用
2.ハイテク機器の利用
ほ場に近づく加害動物を確認するためのセンサーカメラ。獣種の確認や行動調査を行う

3.集落での座談会
3.集落での座談会
地域住民も交え、地域ぐるみで被害対策や改善計画などについて話し合う




Data
所在地 長崎県雲仙市吾妻町牛口名714(雲仙市役所)
対象地区 長崎県雲仙市管内
対象地区 鳥獣被害対策
隊員 12名(民間実施隊4名、市役所農林水産課職員8名)


奴らとの知恵比べ。人を育て、人と人をつないでいくしかない。


文/下境敏弘